サンタアメノニア礼拝堂、ずらりと椅子の立ち並ぶ三階観覧席の一角に、その少女たちは居た。
長い黒髪を頭の後ろでポニーテールに括り上げ、厚手のサロペットで小柄な体を包んだ童顔の少女がレオ。
その隣で、青く染めた髪に黄色のメッシュを一房差したヘアースタイルが嫌でも目につく、革ジャケットを伊達に着こなす彼女がアカラメである。
「……スミレーってさ」
「ん?」
「昔っからホント、お尻好きだよね」
「それ、される方? する方?」
「どっちも」
二人の視線の先にあるのは、ゴマツブとまでは言わないが、闘う二人の姿がずっと向こうに見える大きな祭壇――ではなく、観覧席のどこからでもよく見えるように心配りをされた大型モニターの一つがある。
そこではスミレーのフリーになった手が、リーフルのレオタードから剥き出しになった白いお尻を撫で摺り揉んでは揉み尽くしている姿が大映しで6万4000人の参列者と全世界数億人の視聴者たちにお届けされていた。
「こういう時、スミレーには勝てないなーって思うの。思っちゃうの」
思っちゃ駄目なんだけどさ、負けるなんて。
レオが漏らしたそんな弱音に、アカラメも不承不承と眉根をしかめながら頷いた。
「あれだけボコられておいて、よくまー聖欲残ってんなって思うわね」
「でもさ。やっぱここでやるような人たちって、みんな、どこからでも聖欲剥き出してくるじゃない。
やっぱりそこが、違いなんだと思う。決定的なっていうか……とにかくなんか、大きな」
「かもねー」
三角締めを仕掛けられているスミレーの顔は、苦しんでいるように見えなくもないが、彼女の事をよく知る二人が見れば一目でわかる。
あの顔は、恍惚というのだ。
アカラメは胸の奥に溜まった「敵わない」とか「ものが違う」とか、そういう鬱屈した気持ちを「ハァ」と小さなため息の中に全て吐き捨てて、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで、叫んだ。
「そのタイプ、アナル弱いよーッ!!
アナル狙え、アナルーッ!!!」
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アナルは形容詞であり、正確にはアヌスだ。
エルフの優れた知性が今この瞬間世界一どうでも良いツッコミをリーフルに齎す。
(こんな、瀬戸際で聖欲を見せてくるとは、予想外ではあった――だが、無意味だ!)
細く引き締まった脚へと繋がるぐっ、と密度の詰まった尻肉は、闘いの中でじっとりとした汗にまみれて触れる指先に吸い付くように、揉まれるままにぐにぐにと形を変える。時折指先がレオタードの内側に入り込み、出口の上をこしょこしょとくすぐるように撫ぜてくるのが腹立たしい。
だが、触れられた部分は脱力するどころかむしろ強張って、スミレーへの締め付けを強くする。締め技の急所は外し、落ちるまでにはまだ時間は掛かりそうだが、じわじわと呼吸だけでなく、脳に送る血流も絞ってきているはずだ。
「そんな、手付きじゃ……イケ、ないな……ッ! スミ、レー……っ!」
喉輪締めの息苦しさの隙間を縫うように、挑発の言葉をかける。ムキになって、もっと攻め立てようと前傾してくれれば、頭を抱き込んで完璧に絞め落としてやれるのだが。そこは流石に彼女も剛の者、しっかりと首を反らして、掴みきれない距離を保っている。
「ふ……ッ♡ うふふっ、そう、ですかぁ……♡ ふふっ、んっ、ぐ……っ」
言葉が聞こえているのかいないのか。
少なくとも、先程の観客席の声は届かなかったのだろうか、穴攻めを本気で仕掛けてくる様子はない。時々レオタードの内側に指が入り込むことはあっても、尻肉をただぐにぐに、むにむにと揉みしだくのが主な攻めだ。ぐるぐる、とその場でリーフルの体ごと身体の向きを変えたりして動き回っているが、そんなことではこの三角締めは緩まない。
だが、尻穴への指の挿入には、覚悟を決めておくべきだろう。その行為は聖的な意味合いのみならぬ「暴力」としての効果がある。
この聖欲闘技とは無関係な地上での組技の競技を学んでいた頃、リーフルはそれを「裏技」として聞き及んだことがあった。言い換えれば、反則行為である。
相手への密着が必要となる絞め技・極め技を競い合う闘いの攻防の中で、審判のブラインドになりやすく注目の集まりにくい体の「穴」。ほんの少し奥まで入れればそこは無防備な粘膜地帯であり、指で引っかかれば皮膚へのダメージとは比べ物にならないショックが全身に行き渡るのだ。
レオタードの内側に指が入る度に内心で奔る緊張を表に出さないように意識しながら、暴れるスミレーの動きに付き合わず、自分は力を温存しつつ下から地道に締め続ける。
もう、先程のパンチのように焦らない。この状態を維持できれば、勝てる。勝てるのだ――肉体においてどの種族より劣ると言われ続けたエルフの自分が、この闘いの聖地で! その技と、強さへの欲深さで!
(――えっ?)
不意に、スミレーが頭を垂れた。
一瞬の動揺に反応が遅れる――などということは、ありえない。
正しく美しい技の移行は、頭が判断するより先に腕が動く。肩が動く。体幹が動く。一瞬の動作を身体に染み込ませる鍛錬を怠るような意思の弱さで、この場に立っているのではない。
がちり、と三角絞めが完成した。
もう、数秒も要らない。このまま絞め落とし、スミレーは失神し、私が勝つ。
リーフルは高揚感を覚えた。
心にではない。
リーフルの身体がふわりと浮いて、その背中がマットから離れていた。
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『持ち上げたァァァァアアアああああああッッッ!!!! 三角締めを決められた右腕がムキッ! と大きくパンプアップッッ!!!! 身体にしっかり引きつけて今、リーフルの体ごと腕一本で持ち上げ、いや、いやいや一本ではありませんッッッ!!!!』
『あぁ、左手で、握ってますね。レオタード。お尻側から、何度も何度も指を引っ掛けて、細く絞っちゃって。Iバックの部分をぎゅっ、と握り込んだんですね』
『レオタードの食い込みを気にする余裕は無いッ!!!! じわじわとじわじわと、寄っていたのはポストの正面ッ!!!!!
今真っ白なポストのテッペンにッ!!!! リーフルの背中を叩きつけ――っ、たァァァアアアアアアアッッッッッ!!!!!!』
実況の声が随分と遠くに聞こえる。
背骨に一発を受けたのは、スミレーも一緒だ。これで五分というものだろう?
頭の中の、小賢しい私が訳知り顔でそんな事を言う。ふざけるな、ふざけるな。馬鹿か。
つい先日、彼女の体を触り倒した感触をもう忘れたのか。分厚い筋肉とそれを覆う確かな脂肪の鎧。それに比べてこちらはどうだ。細く無駄がないなんて言えば聞こえは良いが、痩せっぽちの薄っぺらな肉の皮のちょっと奥には脆い背骨が待っているんだ。何も考えちゃいない呑気な内臓が、こんな時でも通常営業してるんだ。
「う、ゲェ……ッ、アッ、ゲっ、ごォ……ッ!!!」
『悶絶ゥゥゥウウウッ!!!!! ポストと背骨の正面衝突・衝撃映像ッ!!!! 丸まっていたリーフルの背中が一瞬で逆さくの字に曲がるその瞬間を我々は目撃してしまったァァアアアア!!!! 完全ノーカットのショッキング・シーンッ!!!!!!
のけぞる勢いで喉輪は解けたッ!!!! リーフルの腕は痙攣の海を漂っているッッッ!!!!
今も二人の体を繋ぐものはただ一つッッッ!!!!
スミレーがぎゅっと握って離さない、レオタードのIバックのみィィィイイイイッ!!!!』
――リーフルの体は祭壇の隅で仰向けに倒れていた。
先程までスミレーの体に巻き付いていた引き締まった筋肉質な手足は、陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと震えてマットを叩く。背中がビキビキと反り返り、戻ろうとすると全身を貫く激痛が逆くの字へと戻ることを強制する。背骨と内蔵を痛めつけた一撃のショックが引くまで思うように動くことは出来ない。たとえ、衣装のお尻の部分を力いっぱい握られて、股間に食い込む衣装にまた別の種類の痛みを与えられていてもだ。
「こほっ、けホ……ッ!
あぁ……っ♡ リーフルさぁん……♡」
スミレーがゆっくりと立ち上がる。ギュッとレオタードを握りしめたまま。
「ぎッ、んぎぃぃぃいいい…………ッ!!!?」
食いしばった歯の隙間から、なんとも情けない声が漏れた。
立ち上がったスミレーの体とて、満身創痍だ。ただ立つだけでも容易ではない。痣だらけになった体をふらつかせながら、ポストにもたれかかってどうにか立ち上がるその姿は決して堂々たるモノとは言えない。
だが、自分ほどではない。
むやみに頑丈な衣装に釣り上げられるようにして体は反転し、うつ伏せの姿勢になったまま、尻を高々と持ち上げさせられる。バランスを取ろうと這い回る自分の手は、前足と形容するほうがそれらしいのではないかと思えた。
「はぁ……♡ お尻、綺麗……♡」
「んニィっ!?」
震える脚で、馬がそうするように背後のスミレーを蹴り上げようとした、その動作を見咎められていたとでも言うのか。
突き上げられ、衣装を引っ張られ、剥き出しになっていた、かのスミレーの友人たちのアドバイス通りのポイントに、スミレーの人差し指がぬぷり、と挿入った。
リーフルを襲ったのはショックだった。
痛みだとか快感だとか、そういう名前のついたものとは違う、ただ無属性のショックが、痛む背骨を律儀に経由して脳まで一直線の電流となって駆け抜ける。ぐるんと一瞬、目が裏返りそうになるのを自覚した。
「もっと……ね、リーフルさん……♡
聖欲闘技は、これからですよ……♡」
スミレーは、ポストにもたれかかったまま右腕でリーフルの腰を掻き抱くと、そのまま無理矢理彼女を立ち上がらせた。
まだ足元の覚束ないリーフルの体を支えるように背後から抱きしめながら、自身もまだ覚束ない体をポストに預けている、そんな格好になる。
ぐいぐい、と左手でレオタードの股の部分を食い込ませながら、右手はお腹や胸や首元を、レオタード越しにさわさわと撫で回しながら、時折指に力を入れて少しだけ強く揉んでやるのだった。
(ほら……こんな時間は、本来、必要ないはずなんだ、スミレー)
実況解説の声が、遠くで何か、スミレーの責め方の見事さであるとか、興奮してきたとか、そんなようなことを言っている。
だが、こんな事をしている余裕があるのなら、その前に仕留めてしまうべきだ。
「は…………ぁ、ん……っ!」
「リーフルさん……♡ リーフルさん……っ♡」
身体の敏感な部分の上を撫で回されれば、声も出る。甘い声で名前を呼ばれ続けるのも、場違いながら、悪い気はしない。
今はそれも甘んじて受けよう。少しずつ、少しずつだが痛みは回復してきている。この細い体の耐久力回復力も、強く有りたいという自分の欲望の力で増幅されているのだ。
リーフルのエメラルドの眼差しが虎視眈々と輝いていた。
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