笑わず、怒らず、いつも無口無表情の「私」の子供が抱えていた秘密を知り、母として成長していく物語。

桜隠しの娘

 子供ってね、手はかかるし、わがままを言って暴れ出すしもう大変だけどよく笑うから本当に可愛いのよ。だから楽しみにしていてね。毎日が大変だけど、その分、とても楽しいから。  二人の子供を持つ友人からの、私を気遣ったアドバイス。  しかしそのアドバイスは、全くの的外れだった。  私の身体から産まれた子供は、感情表現が非常に乏しかった。笑わず、泣かず、怒りもせず。まるで心をどこかに落としてきたかのよう。  四歳になっても、陽菜は、むっとした表情のままだ。言葉が話せないわけではない。でも、話そうとしない。いつもぼぅっとして無口だ。  夫は「手がかからない楽な子供で良いじゃないか」と言うけれど、私は良いとは思わない。  他の子供は、感情表現が豊かだ。喚き散らし、叫び、大声で笑う。  やかましいと思うが、子供らしいと思う。  だが、陽菜は違う。  よその子とまるきり違う陽菜を見て、私は、毎日のように心の中で深いため息をつく。  どうしたものか。まさか精神面での病だろうか?  一度病院に連れて行こうかとも思ったのだが、夫は世間体を気にして「行くな」と言う。  夫の許可が得られないなら、病院に連れて行けない。  「ねぇ陽菜。桜、見に行こうか」  少しでも陽菜の表情を引き出したいと思い、花見に誘った。  短い黒髪の陽菜は、無表情のまま、黙って頷く。小さく柔らかな手を握り、家の近くにある神社に向かった。そこには大きな一本の桜の木があった。  まだ五分咲きだ。そこまで美しくない。  「ほら陽菜、桜よ。綺麗ね」  努めて声を明るくする。でも陽菜は桜を見上げて、黙ったままだ。  私は陽菜の傍にしゃがみ、そっと頭を撫でた。  何を考えているか分からない、つまらなさそうな陽菜。じっと見つめていると、珍しく陽菜が口を開いた。  「綺麗ってなに?」  「桜のことよ。ほら、綺麗なピンク色」  ひらひらと足元に落ちてきた桜の花びらを手に取り、陽菜の前で見せる。  陽菜はじっとそれを見た。道端の石でも見ているかのような表情だった。  「綺麗じゃない。変な色」  「変な色?」  「この前に触った粘土の色と、同じ」  粘土の色と言われ、はっと思い出す。陽菜に買ってあげた粘土の色は、黄土色ではなかったか。私は慌てて陽菜を家に連れ戻した。冷蔵庫の野菜室を開け、トマトを見せる。  「これ、何色に見える?」  「粘土の色」  「じゃあ、このキュウリは?」  「粘土の色」  全て黄土色に見えるのか。私は夫に事情を話し、病院に行った。  そこで診断されたのは「色盲」だった。  色盲と言っても、全てが白黒に見える訳ではない。陽菜の言うように、まるで薄ら色が抜けた枯葉のような茶で、世界が見えるのだそうだ。  私は激しい衝撃を受けた。陽菜が色盲。  だからそうか、と納得する。色が分からない世界で生きていれば、それはなんとつまらないことだろう。幼い子供にとってなんという仕打ちか。  治療法はないのかと身を乗り出して聞いたが、医師は首を振った。治療法はない。愕然とした。  だが医師は、私に色盲患者に有用なメガネがあると教えてくれた。  色彩補助メガネ。それを通販で購入出来るとのことだった。  家に戻り、早速メガネを調べて購入した。数日が経ち、メガネが届いた。  見た目は普通のメガネと何ら変わりがない。  「陽菜、桜を見に行こう」  陽菜を連れて行こうとしたが、陽菜は「寒いから嫌」と珍しく嫌がった。  「いいから。とっておきの魔法を陽菜にかけるから、おいで」  魔法という言葉に惹かれたのか、素直になる陽菜。陽菜の手を引き、バッグに補助メガネを入れて外に出た。  春だというのに、季節外れの雪が降っていた。  赤い傘を差す。水で濡らしたコットンのような雪の上を踏みしめ、神社にたどり着く。  「陽菜、このメガネをかけてごらん」  そっと陽菜にメガネをかけてやる。すると、陽菜の目が驚きに開かれた。  身体を震わせ、辺りをきょろきょろと見回し、様々な場所へうろうろと歩き回る。  「あ、あぁ、あああああぁああ」  赤ん坊のような声を上げ、陽菜は桜の木に触れて見上げる。  ピンクの花の群れに、雪が被さっている幻想的な姿。あの美しさを、陽菜の目に届けられているのだろうか。  陽菜は膝から崩れ落ち、泣き叫んだ。  届いたのだ。色の美しさが。  私は陽菜をそっと背後から抱きしめた。  我が子の泣き声が愛しく、そして苦しい。  「ごめんね、ごめんね、陽菜。気づいてやれなくて、ごめんね」  もっと陽菜のことを知らなければ。決めつけるのでなく、他の子と比較せず、陽菜は陽菜なのだとしっかりと向き合おう。  桜隠しの季節、私はそう心に誓った。

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  • 女子高生

    洞吹桂五

    ♡2,000pt 〇1,000pt 2020年12月13日 19時58分

    子のしあわせを願う母の想いが伝わってきました。 子供と親の感情の温度差もふくめ、感情表現がとても豊かですね! この作品を読み終えて、私も「陽菜ちゃんにしあわせになってもらいたい!」と想えました。

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    洞吹桂五

    2020年12月13日 19時58分

    女子高生
  • 文豪猫

    きさきみな

    2020年12月13日 21時46分

    わあああありがとうございます(`;ω;´)ブワッすごく嬉しいです(இωஇ )ブワッとても励みになります!!いつもありがとうございます☺💓💞

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    きさきみな

    2020年12月13日 21時46分

    文豪猫
  • 猫のべら

    暁月暖書

    ビビッと ♡2,000pt 2020年12月14日 23時44分

    《「あ、あぁ、あああああぁああ」》にビビッとしました!

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    暁月暖書

    2020年12月14日 23時44分

    猫のべら
  • 文豪猫

    きさきみな

    2020年12月15日 10時13分

    お読み頂きありがとうございます.*・゚(*º∀º*).゚・*.いつもありがとうございます☺💓💞

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    きさきみな

    2020年12月15日 10時13分

    文豪猫
  • ミミズクさん

    文月伶架

    ビビッと ♡1,600pt 2020年12月15日 12時59分

    《ピンクの花の群れに、雪が被さっている幻想的な姿。あの美しさを、陽菜の目に届けられているのだろうか。》にビビッとしました!

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    文月伶架

    2020年12月15日 12時59分

    ミミズクさん
  • 文豪猫

    きさきみな

    2020年12月15日 17時23分

    お読み頂きありがとうございます.*・゚(*º∀º*).゚・*.励みになります(*´ω`*)✨✨✨

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    きさきみな

    2020年12月15日 17時23分

    文豪猫
  • しろくま

    秋野桐吾

    ♡1,000pt 2020年12月13日 22時06分

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    全俺が泣いた

    秋野桐吾

    2020年12月13日 22時06分

    しろくま
  • 文豪猫

    きさきみな

    2020年12月13日 22時51分

    お読み頂きありがとうございます.*・゚(*º∀º*).゚・*.嬉しいです(*´ω`*)励みになります((。´・ω・)。´_ _))ペコリ✨✨✨

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    きさきみな

    2020年12月13日 22時51分

    文豪猫
  • かえるさん

    風瑠璃

    ♡1,000pt 2020年12月13日 14時05分

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    最高です…!

    風瑠璃

    2020年12月13日 14時05分

    かえるさん
  • 文豪猫

    きさきみな

    2020年12月13日 21時45分

    ヾ( 〃∇〃)ツ キャーーーッありがとうございます☺💓💞とても励みになります(*´ω`*)✨✨✨

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    きさきみな

    2020年12月13日 21時45分

    文豪猫

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