窓の中のWILL

Chapter:5 「俺たちが、君を助ける」

 夜。それなりにご馳走になった後、布団に入った博希たちは、疲れもあってぐっすりと眠った。――ただ一人を除いては。  真夜中、景は、持ち前の神経質さも手伝っての事だろうが、ふと、話し声に目が覚めた。この家の父親と、誰かもう一人か二人、大人が話をしている。 「もうこの村で残っているのは、隣とうちだけだ。明日にも、隣の娘が……」 (……? 何の話でしょうね……)  景は寝たフリをしつつ、悪いとは思ったが聞き耳を立てた。 「仕方がない事だ。神様には、逆らえん」 (神様?) 「お前はそれでいいのか!? 自分の娘が生け贄にも等しくいなくなるというのに……」 「…………」  景は布団に潜り込んだ。今、博希と五月を起こすのはたやすい。しかし、下手に起こすと、ろくなことにならない。なんせ二人とも、寝起きが悪いのだ。小学校からの付き合いで、景にはそれがよく解っていた。 (明日……博希サンと五月サンに話をしてみましょうかね……それにしても、神様……とはまた……)  景はそれからうとうとしたまま、朝を迎えた。  朝、昨日の様子からはうって変わって、娘の顔は暗かった。ああ、昨夜のことで……と、景にはすぐに察しがついた。が、博希と五月には全く何も解っていなかったため、二人とも、かなり無神経に、娘に聞いた。 「どうしたの? 娘さん、顔色悪いよ」 「そうだな。よく眠れなかったの?」 「!!」  なんて事を聞いてくれる。景は思った。娘は、顔を覆って部屋を出ていってしまった。 「なんて事聞くんですっ。二人ともっ」 「え? なんだよ、景ぇ」  娘の父親がそのやり取りを見て、言った。 「そちらの方はご存じのようですね」 「……! ……、あの、昨夜、すみません、聞こえてしまいました」 「いえ、いいんです」  なお首をひねる博希と五月。 「何の話だよ?」 「ああもうっ。僕が説明しますっ」  父親がそれを制す。 「いえ。私から話させていただきます」  父親は椅子に座った。三人にも、椅子を進める。 「あ、どうも」 「……この村に、『神の呪い』が降り立ったのは、つい最近の事です」 「神の呪い?」 「村には五つの『ご神体』があります。ある時、そのご神体が、すべて壊されていました」 「ね、カーくん、ゴシンタイって?」  五月がこそこそと聞く。 「ご神体というのは、神様を象った、石の置き物とかそういうものです。お地蔵さまみたいなものですよ」  父親は更に続けた。 「ご神体が壊されたその日に、村の人間が十人、死にました。村の執政官様がおっしゃるには、夢枕に、ご神体が立たれたそうです――『毎日一人、村の娘を差し出せ。さもなくば村の者が毎日十人死ぬだろう』――と」 「それが『神の呪い』ですか」  父親はうなずいた。 「娘を一人ずつ差し出すようになってからは、村の者は死なずに済みました。ですが、隣の娘と、それから、うちの娘で、もう、最後なのです。それで呪いが治まるのか、……こんな事を言うと、他の親から、何を言われるか解りませんが、私は、娘を神に差し出すのが、嫌なのです。ここまで育てた娘です。何も神に差し出すために育ててきたわけではない! ……」  景が博希に言った。 「……ということです。どう、思いますか?」  博希は好戦的な瞳で景に言った。 「怪しいねえ。ひっじょ――に、怪しい」 「えー? ねえねえ、怪しいってどういうコト?」  五月はまだ飲み込めないでいる。博希はそれを半ば無視して、父親に言った。 「だいたいなんで、アンタがたが動かないんだよ? あとでもつけりゃあ分かるんじゃないのかい?」 「……それは……できません」 「なぜ」  景はまっすぐ父親を見た。が、何か――それは多分、スカフィードと話した時と同じ――胸に、わずかに引っかかるものを感じて、博希に言った。 「博希サン。理屈抜きで、これは、多分、僕たちの仕事です」  「解ってらあな。最初ッからそのつもりだぜ」  それを聞いて、景はうなずき、改めて、父親に頭を下げた。 「お父さん。よろしければ今晩か明晩くらいまで、僕らを泊めていただいて構いませんか」 「ええ、それはもう、いつまでいて下さっても構いませんが、……?」  景はいつもの微笑を浮かべた。 「もしかしたら、娘さんは助かるかもしれませんよ。それだけでなく、他の家の娘さんもね」 「……え? あなた方は……一体……?」  部屋の隅で泣いていた娘に、博希が言いに行く。 「任せとけよ、大丈夫だから。さっきはごめんよ」 「どうして……?」 「俺たちが、君を助ける」 「……?」  夜。博希たちは家を出て、隣の家の娘の納められた棺桶の後を追った。夜、ご神体の前に運んでゆくのがしきたりとなっているらしい。道々、こそこそと五月に事情を説明してやる。 「隣の娘さんが、どうやって神様とやらに連れていかれるのか、見届けるんですよ。もしかしたら、神様はこの村の住民かもしれません」 「??」  博希がふっと、立ち止まった。 「静かにっ。あれが、壊されたご神体らしい」  棺桶が置かれた。 「寒いよう」 「黙んなさい五月サン。少し我慢するんですっ」  五月はしゅーんとなってちぢこまった。  三人は、それからかなり待った。 「……待って……どのくらいになります……?」 「そうだな。出てきた時間見てないから何とも言えないが、かれこれ二時間以上は待ってるはず……」 「あっ。ちょっと静かにっ。誰か来たよっ」  五月には言われたくなかったな、と二人ともにそう思ったが、とりあえず二人はそれっきり黙って、来た人物を見た。集団だ。四~五人はいる。みんな、黒い装束で身を隠している…… 「今度の娘で最後か?」 「いや。まだあと一人いる」 「確かめろ」 「確かめろ」 「へっへっへっへ。確かに娘だ。生娘だ」 「生娘だ」 「連れて行け」 「連れて行こう」 「へっへっへっへっへ」  四~五人の怪しい集団は、棺桶の中から娘を出して、連れていってしまった。博希と五月と景は、黙った。 「…………」  そして、集団が去ってしまうのを、確認した。 「…………」  そして、 「神様が『へっへっへっへ』なんか言うかあ!?」 「神様のくせにボキャブラリーが貧弱すぎますよ!!」 「神様って黒い服着てるんだねー」 「……ちょっと待て五月。お前の突っ込みはなんか視点が違ってる」 「えー? そう?」  大騒ぎする三人。が、景がすぐに我に返る。 「さっきの男たちの後を追うんですっ! どこへ行くのか見届けなくては」 「お、おう、そうだな。で、誰が行くんだ」 「あなたしかいませんよ、博希サン」 「は??」 「当たり前でしょう、僕らの中で唯一の体育会系ですから」 「ヒキョーだぞ」 「ごたごた言ってる間があったら行くっ!」 「わーったよっ」  博希は走り出した。 「うまく後をつけられたらいいんですけど」 「そうだねぇ。……でところで、ヒロくんが体育会系なら、ぼくは何系?」 「…………」 「ねーえ。ねーえ」 「……耽美系ですかね……」 「タンビ? タンビってなーに?」 「……世の中には知らないほうがいいってこともあるものですよ」 「えー? 解んないよー」  景は遠い目をしたまま、博希の帰りを待った。五月は横でふくれていた。  やがて、博希が帰って来た。 「ただいまっ」 「どうでした?」 「集団は執政官の屋敷らしいとこに入って行ったぞ。どうやら、娘を閉じ込めとく地下室があるらしい。そこに運んでいってたみたいだけど、よく見えなかった」 「やはり……そうでしたか」  ふむ。景は顎のほうに手をやって、しばし、考えた。 「今から行ってみますか……」 「どこへ!?」 「霊感の大変お強い、執政官様のお宅ですよ」  瞳をキラリと光らせて、皮肉を強烈に交えた一言を吐く景。 「……いや、それはやめたほうが」 「なぜです」 「……これ」  博希が指差した先を見る。五月がゴトリと崩れ、非常に気持ちよさそうに眠っていた。スヤスヤと。 「…………」  景は肩を落として、それから空を見上げた。 「……博希サン。五月サンを連れて、先に帰っていて下さい。僕は執政官様のお宅の様子を窺ってきます」 「何だと!? 危険だぞ!」 「……自分も行きたいんでしょ?」  うっ。博希はぎくっとした。 「心配いりません。殴り込みは明日です。その前に、地理などを見ておきたいだけです。地理を知らなくては作戦も立てられません」 「……気をつけろよ?」 「解ってますよ」  博希はよいしょ、と五月をおぶった。 「……ん――」  五月が博希の背中でむずかる。ぽんぽんと背中を叩くと、五月はまたスヤスヤと眠った。 「ホントにこいつ十六かよ」 「戸籍上はそうでしょうよ」 「そういうこと言ってんじゃないんだよ。……ま、頑張れや」  博希は五月をおぶって、帰っていった。 「さて、と」  行ってみますか。景はさっき、男たちが娘を連れていったほうへとゆっくり歩き出した。  ざくりざくり、土の道を蹴る。 「…………」  この世界には星だの月だのはないのだろうか、と、景は思った。あたりはとっぷりと暗い。ベルトにつけていたライトキーホルダーで、足元を照らしながら歩く。 「!」  足跡。それも、いくつもの。 「バカ丸出しですね」  辛辣な意見である。村人はこの足跡に気がつかないのだろうか。いや……気がついていても、口出しできない? ――なぜ?  厄介な事に巻き込まれましたね、心の中でもう一人の自分が冷静に語った。そこからしばらく歩くと、足場が急に土からアスファルト――というより、石畳――に変わった。 「……ここ……ですか」  景が顔を上げると、そこには、大きな屋敷があった。執政官の屋敷らしい。 「うっ」  景はそのとき何かに気がついて、物陰に身を潜めた。屋敷から、誰かが出てくる。 「……さっきの……」  娘を運んでいった男たち……装束はすでに脱いでいる。 「明日で仕事は終わりだよ。よく頑張ってくれた」 「へえ」  男たちに金らしきものを渡しているのは執政官か……? 「日雇いですかねえ」  なぜこんなときに彼らの給料が気になるのか、景は頭の中で、彼らの今後について考え出してしまった。きっと『仕事』が終われば、彼らは消される運命にあるだろう。彼らの口から下手にこのことがのぼりでもしたら、執政官にとっては致命傷にも等しい。金を与えてつなぎとめておいて、終わった直後にバッサリ……悪役の考えそうなことだ……。 「娘を運ぶだけでこんなに金をくれるなんてなぁ」 「それにしてもこの村にはきれいな娘ばっかりで」 「そうだそうだ」 「執政官様が羨ましいぜ、毎晩毎晩とっかえひっかえ……」  景はその時、思わず声に出してしまった。 「なんですってえ!?」  しまったと思って口を押さえても、もう遅い。 「誰だっ」 「うわっ」  見つかった。こんなお約束な展開で見つかるとは……景は自分の未熟さに頭を垂れながら、走り出した。だが『頭脳担当が主』な十六歳の高校生と、『悪いコトはだいたい一通りやった』成人男性五人とでは、どっちが勝つか、考えなくても解る。捕まる。まずい。  景はその時、ぱっ――と、頭に、あることがひらめいた。 「ふっ!」  足に気合いを入れる。そのまま、景は、石畳を、蹴った! 「何!?」  石畳を蹴った景は、自分がとんでもない跳躍力で、屋根の上に乗ったことを知った。そのまま、屋根の上を走って、逃げる。 「ちいっ」 「まあ、どうせ、何も知らんだろう。今度会ったら、始末すればいい」  その声を遠くに聞きながら、景は「じゃあ、明日ですね」と、約束でも交わしたかのようにつぶやいた。誰にも聞こえないように。  博希は寝ないで待っていた。 「ただいま帰りました」 「景! 大丈夫だったか?」 「ええまあ……ちょっと、追われましたけど、逃げ切りました」  え? と博希は思った。体育の授業は特に苦手な景が、あの男たちの足から逃げ切った? 「よく……逃げ切れたな、それにしても」 「ええ。多分これは僕の想像ですが、――」 「?」 「……いえ、まだ、確定していないことを言っても仕方ありませんね、今度にします」 「そうか。で、どうするよ」 「そうですね、……」  五月抜きの相談は夜中じゅう続いた。時々、なぜか何かがどっかんどっかん爆発した。  翌朝。父親と娘の顔色は悪かった。 「おはようございます」  景が挨拶に続いて、二人に言った。 「今日、棺桶の中には、僕たちの仲間を入れておきます。あなた方は、家で、おとなしく待っててください」 「なんですって?」 「僕たちが、神様の呪いとやらを、鎮めてきます」 「そんな、そんなことまでしてもらって……」  博希がそれを聞いて、ウインクした。 「俺たちの住む国に、こういう言葉があるんだよ、『一宿一飯の恩義は大切に』ってね。一宿一飯どころか、もう、俺たち二宿五飯もさせてもらってる。恩義返すには十分すぎる」 「ご飯美味しかったから、そのお礼だよ」  五月が多分、これから何をやるのか解らずに、そう言った。  朝食の後、博希と景は、五月に、今夜の作戦を、できるだけ五月に解りやすく、話した。 「そんなことするの!? ぼく怖いよっ」 「どうせ、その頃には昨日みたいに眠くなっているでしょう? 棺桶の中で寝ていればコトは終わりますよ」 「ダメダメダメ。だって、初めて、鎧装着するんでしょ!? そんな時に、寝ぼけてたくないもん。寝ぼけてたら、せっかくのぼくの美しい登場シーンがダメになる」 「…………」  景は絶句して、少し、考えた。 「ではお昼寝しておきなさい。そうすれば、夜は寝なくてすみますよ」 「あ、そうか。じゃそうするねっ」 「ちょっと待ってください、五月サン。寝る前に、『鎧装着時の声』と『武器射出時の声』を決めておくこと。いいですね?」 「うん」 「じゃあ、おやすみなさい」 「おやすみ」  五月が部屋に引いていくのを見ながら、博希がつぶやいた。 「……やっぱりオトリ、俺でなくていいのか」 「…………」  景はしばしの沈黙の後、答えた。 「慎ましく却下しておきます」 「そうか……」 「それよりも、僕らも『鎧装着時の声』と『武器射出時の声』を決めておかなくては。せっかくの初装着ですからね」 「お前もそういう性格持ってたんだな」 「何の事です」  顔を見合わせて、博希と景は、ぷっ――と笑った。握り拳をちょん、と合わせると、最終的な打ち合わせを始めた。  五月の入った棺桶が、ご神体のもとへ運ばれていく。 「行こうか……」 「行きましょう」 「しかしお前も面白いこと考えるね」 「そうですか?」 「そうデスよ」 「ほらっ、五月サンを追いますよっ。無駄口叩いてないで」 「はいよはいよ」  博希と景は、五月の棺桶の後を追い始めた。

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