窓の中のWILL

Chapter:40 「……嘘つきね……」

 博希が『声』で鎧装着を行った瞬間、――それはきっと、彼の勇士としての力がそうさせたものだろう――周りの鏡が、音を立てて、割れた。 「おわあ!?」  博希は本気で驚きながらも、五月と景に鏡のかけらが当たらないようにかばった。  鏡が割れたことで、ファンフィーヌは、博希の目の前に姿を見せる結果となってしまった。博希は上を見上げた。二階部分のポーチに、彼女はいた。 「――お前が、ファンフィーヌか」 「そんな……いくらほんの少しとはいえ、『過去』の姿になったのだから、鎧装着ができるわけ……」 「あるじゃねぇか。ここによ」  博希はまた、自分を指した。 「つまり俺は『変わら』なかったってコトだ。俺はいつまでもそのままだ!」  とは言ってみたものの、実は武器創出の『声』も思い出せない。博希はリオールの姿を探したが、すでに彼女はファンフィーヌの城から姿を消していた。 「ああ、せめて、武器の出し方まで教えていけよなあ……」  博希はぼやいたが、今そんなことをぼやいてみたところで、どうなるものでもない。 「とにかくお前の『砂時計』――壊させてもらうぜ!」 「させるものですか――私に触らないでっ!」  博希はその叫びをまともに聞いた。 「触るな?」 「そうよ――――来ないで!」 「まさか、……ファンフィーヌ、お前」  博希はその先は言わなかった。何となく、解るような気がした。さっき、彼女の『過去』を垣間見たこともあいまって。 「言っておくけれど、砂時計を壊したからって、『魔法』は解けないわよ!」 「なにィ……!?」 「解ける方法は二つ! 私が自分の意思で『魔法』を解くか、私が、――死ぬか!」 「!」  博希は丸腰のまま、そこで硬直した。 「じゃあ、お前の意思で、その『魔法』、解いちゃくれねぇかな」 「何ですって……!?」 「俺が『変わら』ないでいられたのはたぶん、こいつら二人がいつもそばにいてくれたからだ。こいつらがいなくなったら――きっと、俺は、俺でいられなくなると思う」 「……ふん。私にとっては好都合ね。勇士たちがいなくなるんですもの!」  博希は少しだけ、顔をしかめた。 「レドルアビデにとってもか」 「え……?」  今度はファンフィーヌが硬直した。『過去』に戻ったはずの博希がなぜレドルアビデの名を知っている。  まさか。  ファンフィーヌの心の中を、一つの予感がかすめた。ファンフィーヌは自分の手の中にあった博希の砂時計を、見た。 「――――!」  博希の砂時計の中にあった砂は、黒ずんでいた。五月と景の砂時計の色とは、明らかに異質なものだった。彼らの砂時計の色は、鮮やかな紫色だというのに―― 「――――ああ……」  ファンフィーヌはつぶやいた。理由は、すぐに、解った。  魔法が効かなくなっている。  『砂時計』を量産し過ぎた。  彼女はこれまでに、ルピーダの村の村民たちの『砂時計』も作っていた。  そして……『鏡』を、使い過ぎた。  たぶん直接の引き金はそれであろう。  博希の時間だけが、弱まった魔法の中、元に戻ったのである。ファンフィーヌは博希の砂時計を握りしめ、泣きそうな顔で、自虐的につぶやいた。 「……『魔法』も……無限ではなかったということ……ね……」 「…………!?」 「なら私は……何の為に……何の為にあの方のために男たちを集めて……」  博希はそのつぶやきを聞き逃さなかった。 「ファンフィーヌ! お前っ……今なんて言ったっ!?」  だが博希が彼女に駆け寄ってその言葉の意味について問いただす前に、彼女は、首輪を自ら外し、それを床に叩きつけて、割り砕いた―――― 「ファン、…………!!」  博希は絶句した。首輪にはライフクリスタルが埋め込んであったはず!  なぜ!!  博希が駆け寄ったのは、それより秒ほど後だった。 「なんで。何でファンフィーヌ、お前、」 「もういい。もういいの、私がバカだった。――見たでしょ、私の、過去」 「……見た。見たけど、お前……ああ、ごめん……」  ファンフィーヌが男嫌いであることを、『過去』を見て、それからファンフィーヌの言動をもって知った博希は、彼女から離れようとした。だが、離れようとすると、崩れた体の一部が、博希の指の間からこぼれ落ちる。 「大丈夫。……バカよね、私、あの方に捨てられてからも、部下として仕えて、男たちをあの方に」 「……男たちは……レドルアビデのところで、何を……」  ファンフィーヌはまた、自虐的に笑った。 「何を、……フフ……あの方にそんな奇妙な趣味はないわ。男たちはね……すべて、生け贄になったの」 「生け贄!?」 「そう、あの方が私よりも愛している、【エヴィーアの花】の、生け贄……」 「なっ!?」  博希は言葉を失った。 「知らないわけではないでしょ? あの花は人を肥料にしなくては生きられない。――グリーンライで娘を、イエローサンダとここ――パープルウォーで美少年や男性を――あの花は――喰っているの」 「…………!」  ざら……いやな音を立てて、手足がどんどん、崩れていく。 「なぜ、……自分で、ライフクリスタルを」 「自分の心を、最後まで、貫きたかっただけ」  後ろで、わずかにむずかる声がする。博希が慌てて振り返ると、それは、現在に戻りつつある、景と五月の姿だった。 「ファンフィーヌ、……お前……」 「……私も、『変わら』ないって思えたら……良かったのにね……」  そう言って彼女は柔らかく笑った。博希は何かを言いかけて、やめた。 「ね」  博希はファンフィーヌからふいに話しかけられて、戸惑った。 「――なんだ?」 「……こんなになっても……まだ、あの方のこと……愛してるって言ったら……笑う……?」 「………………」  博希は泣きたいような、困ったような、どうしたらいいのか解らない、そんな微妙な表情になったが、迷いはなかった。 「笑わない……よ」  ざらっ。 「……嘘つきね……」  ファンフィーヌはまた、柔らかく――多分彼女にとって、最高の笑顔で――笑った。  そして、彼女は、砂に、なった。 「…………」  博希はそれっきり、黙って、何も言わなくなった。 「――――博希サン」 『現在』に戻った景と五月が、博希の後ろに立っていた。 「……こんな終わり方しかなかったのかよ……」 「え……」 「ファンフィーヌは……死ぬしかなかったってのかよ……」 「ヒロくん」 「……『変わる』ってのは、そんなにいけないことかよ。『変わら』なかった俺も、『変わって』しまった景たちも、同じじゃないか。ちっとも違わないじゃないか……」  博希は座ったままだった。五月が、ファンフィーヌの砂に、少しだけ、手をふれて、言った。 「あったかいね」  博希の肩が、震えた。景は切なそうな顔をして、同じく切なそうな顔をした五月の肩に手を置き、うなだれる博希を見た。  その時――城が、小刻みに震えだした。三人はそれで、この城がほどなく崩れてしまうのを悟った。だが、博希は、首を垂れたまま、動かなかった。 「博希サン、行かなくては――」 「…………ああ」  答えのみがぼんやりと返ってきた。 「ヒロくん」  がらり、と、壁の崩れる音。 「博希サンっ! このままだと瓦礫の下敷きになりますよ!!」  それでも彼は立ち上がらなかった。景は少し、舌打ちすると、博希を無理やり立たせて、引きずった。 「五月サン、フォルシーを呼んで下さい!」 「きゃあっ」 「五月サン!」  五月の目の前に天井が落ちてくる。だが五月は、落ちてきた天井を紙一重でかわすと(多分、それは強運のなせる業だったのだろう)、思い切り、笛を吹いた! 『勇士様!』  城の入り口で待っていたフォルシーが来るのは、早かった。三人の、特に博希の様子にやや首をかしげながらも、フォルシーは三人を乗せて、城から緊急脱出を果たした。 「結局、」  フォルシーの背中に乗りながら、景はルピーダから聞いたことを博希に伝えた。鏡の中の過去を見ただけの博希にとって、とりあえずそれを補うだけの情報ではあった。 「ファンフィーヌは過去に縛られていたんですね」 「だけどよ」  博希は今際の際のファンフィーヌが話したことを、博希と五月に伝えた。イエローサンダから彼らがずっと持ち続けていた疑問――総統にとって対象外の男たちはどこへ行ったのか――は、それで、氷解した。 「俺にはどうしても解らねぇ」 「解らない?」 「捨てられたのに――なのにファンフィーヌは、レドルアビデを愛して――」 「……ああ……」  景はいつの間にかフォルシーの羽毛にくるまれて眠ってしまった五月を少し、見やると、フーッ……と、大きな息を吐いて、言った。 「封印したつもりでも、彼女にとっては、捨てられなく、忘れることのできない『過去』であったということでしょう。あるいは――」 「あるいは?」 「自分がレドルアビデを愛している、その事実のみが、彼女にとって支えだったのかもしれません」 「ん……」  少しだけ気のぬけた返事をして、博希は風の中で目を閉じた。  やわらかい雨が降り出した。  紫色の、雨。 「終わったな」  水が揺れた。 「あなたは最初からそのつもりで、ファンフィーヌに好意を寄せたフリを?」  その問いに、水鏡を見つめていた支配者は、少し、黙った。 「……さあ、な」  翼が揺れた。落ちるはずのない羽が一枚――ひらりと、落ちた……。 「足りぬ。力が、エネルギーが……」  フォルシーがルピーダの村に着いたのは、もう夕方近かった。 『それでは、お疲れ様でした』 「ええ、あなたこそ。ありがとうございました」 「おぬしら!」  ルピーダが早足で歩み寄る。声相応に老いている、という印象を、景はやっと受けることができた。 「『呪』が、解けたんですね……ああ、博希サン。こちらがルピーダです」 「あ、何か俺、助けてもらったらしいな。ありがとよ」 「なに構わぬわ。それより、……ファンフィーヌはどうした」  景は少しだけ、躊躇したが、言った。 「自ら、ライフクリスタルを割り砕いた……そうです……」 「――自ら。」 「俺の目の前でな。……もう魔力も、使い果たしてた……とさ」  博希が少し、目を細めた。 「そう……か」  ルピーダは空を見上げた。  哀しい女……だった……のう。  博希はルピーダのそんなつぶやきを、聞いた。また体が、震えた。 「これから、どうするつもりじゃ」 「……ああ。次の都市へ、向かいます。もう、この都市に僕らがいる理由は……ないのですから。あとは、ルピーダ、あなたの仕事です。どうか、この村を、平和な村に」 「解っておるよ。おぬしらには感謝の言葉もない。――この村を出て行くのなら、もう一度、あやつの体を診察させてはくれぬか」 「博希サンのですか」 「それが医者としての役目よ」 「ああ、いいよ」  博希は素直に従った。二人は、個室で向かい合って座った。 「俺の体をマユでおっかぶせたんだってな」 「まあ、そうでもしなくてはおぬしは『呪』で帰らぬ者になっていたろうからの。……だが、おぬしを救ったのは、ワシではない」 「……どういう意味だよ?」  ルピーダは博希の腹と背中を、そのシワの浮かぶ手でなでながら、言った。 「おぬしの『勇士のエンブレム』が、おぬしを救ったのだ。あの二人のエンブレムも、おぬしのエンブレムに呼応しておったよ――」 「ほー、エンブレムがね」 「……ふむ、本当にもう異常はないようじゃの。気をつけて行くがよいわ」 「そっか。サンキューな」  博希はシャツを下ろしてしまうと、ルピーダにニッコリした笑顔を見せた。 「おぬしらの、」 「え?」 「おぬしらの力は未知数じゃ。何しろ、このワシの魔法を上回った能力は初めて見たわい。――だからこそ、敵も多かろう」 「敵」 「その未知数の力、誰かに狙われてもおかしくはない。ことに、レドルアビデにのう」 「! ……レドルアビデがなんで」 「奴の力も完全ではないと聞く。気をつけることじゃの」 「……ああ」 「それから」 「あ?」 「ファンフィーヌを救ってやれなかったのはワシの落ち度じゃ。だが、ワシは、レドルアビデを許すことはできぬ。ワシの代わりに――奴に鉄鎚を下してはくれまいか」 「ルピーダ」 「余命幾許もない老人の頼みじゃ、聞いてはくれまいかの」  博希はその太めの眉に力を入れた。 「解ってらあ……! 俺も……もう、あいつを許すワケにゃいかねェ!」  その叫びを、景と五月が聞き、二人のいた個室に入ってきた。 「博希サン?!」 「お前ら」 「……どうしたのー?」 「レドルアビデのヤローを倒す決意をしてたとこだよ!」 「博希サン。また倒れないで下さいよ」 「なんでだ」 「またいつになく真剣ですからね」 「俺は本気だよ」 「…………」 「もう許せねーんだよ。ファンフィーヌが――気の毒すぎる――」 「ああ……」  そういうことでしたか。景は燃え上がった瞳をしはじめた博希を見ながら、これで、やっと、勇士としての王道に話が進みつつあるかもしれない、と思った。だがそのことは口には出さず、 「僕も――そう、思いますよ」  と、言った。少し、微笑みが、浮かんでいた。 「ぼくもぅ」  五月がはーいと両手をバンザイの形に挙げる。 「ようし、決まりだな! じゃあさっそく出発だ!」 「うんっ」 「はい」  ルピーダはそんな三人を、微笑ましく見ていた。まるで、彼らを見守る、老婆のように。 「あ、そうだ。ルピーダ」  博希がふいに、ルピーダのほうを見て、ポケットをごそごそとやる。 「なんじゃ?」 「この女の子――知らねぇか?」  博希がルピーダに見せたのは、沙織の写真だった。 「捜し人か」 「この世界に紛れ込んだ可能性が高いんですよ。ご存知ありませんか」 「……いや……見ぬ顔だのう……」  ルピーダは沙織の写真を食い入るように見たが、やはり、見ない顔だったらしい。すまなそうに、博希に写真を返した。 「そうか……」 「すまぬの」 「ルピーダが謝るこたぁねェよ。ここで見つからないなら、次で捜すさ」  博希はそう言って、また、笑った。 「世話んなったな」 「いや。災難だったのう」 「いいえ。……だけれど本当に、どうか、ルピーダ」 「解っておるよ。ワシの目の黒いうちは、この都市を潰しはせぬわ」 「おねがいね? でないとね、ヒロくんとカーくんがまた女の子にならなくっちゃいけないから」 「五月サン!」  四人は愉快に、別れた。 「あのさ」 「何です」  博希がなにか深刻な顔で景に話しかけた。歩きだしてしばらくのことである。 「……俺、熱でうなされてるときに……沙織の声……聞いた気がするんだ」 「沙織サンの?」  博希は空を見た。 「それだけじゃなくってさ。沙織が、俺の力になってくれたような気がする」 「力に」 「あれは、夢……だったのかな? それとも」  景も空を見た。雨は上がっていた。青かった。 「さあ」  そう言って、彼は、ニッコリ笑った。 「博希サンがそう思うなら、そうなんじゃないんですか」 「そっか。そうだよな」  また、博希は歩きだした……。景がその後を追う。 「それにしても」 「何です」 「かぁわいかったなー、赤ん坊の景っ!」 「!」 「あぶあぶ言っちゃってさっ、もー、手がこんなちっちぇーの!」 「ひ、博希サンっ!」 「カーくん、赤ちゃんだったんだー?」 「五月サンだって小さかったんですよっ、同じですっ!」 「ウンウン、両方ともかわいかったかわいかった」 「そういう問題じゃありませんっ!!」  景はそんな博希を見ながら、前言撤回……勇士としての王道はまだまだ遠そうですね、そんなことを思った。  三人は、次の都市に向かって、歩きだすのだった。

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