窓の中のWILL

Chapter:20 「俺は聡いか!?」

 翌朝、博希はなんだか気持ちよく目を覚ました。 「おっ、早いな」  父親が機嫌のいい声を上げる。今日も良い仕入れがあったらしい。  テレビでは、相変わらず、昨日の『電気強奪犯』のニュースを流していた。 「…………」  博希は適当にチャンネルを回した。民放ばかり選んで回すのは、多分、この家で培ったクセであろう。局によっては、『説得(戦闘)』に当たった少年たちの正体を追跡するつもりであるとの報を流すところもあり、博希は、背筋が寒くなった。  目の前の映像は、博希たちの姿を如実に映しているものではないが、もし次に誰かがコスポルーダからやってきたら――正体がバレることぐらい、覚悟して鎧装着しなくてはいけないかもしれない。映像的にカッコいいな、とは思えど、わざわざ正体を暴露して差し上げるほど、博希は親切にできていないのである。  新聞を開く。どこの局も、二時間の特番を組んでいる。 「うあ」  顔を少ししかめて、それだけをつぶやくと、博希は朝食をかきこんだ。 「行ってくる」 「まだ五月ちゃんたち、来てないじゃないの?」  母親がおたまを持ったまま、台所から顔を出す。 「玄関で待っとくんだよ」 「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」  茜が髪の毛を結いながら言った。博希は手をヒラヒラと振った。  博希が玄関を出て、五分ほど待ったところで、五月と景がやってきた。 「あ、ヒロくん?」 「おや、珍しいですね、玄関で待っているなんて」 「まあな」 「今日は遠足でも修学旅行でもありませんよ? ……文化祭と体育祭には相当早いし」 「お前一言多いぞ」 「だってヒロくん、お祭りと旅行のときしか早起きしないから」 「……俺は子供かっ」  はい、と、答えようとして、景はすでにこの会話がいまひとつ目的性を失ったものであることに気がついた。 「とにかく、学校に行きましょう。せっかく早く行けるんですから」  玄関を掃いていた隣のおばさんが、目を丸くして博希を見た。 「今日は遠足か何か?」 「おばちゃんっ!!」 「あははははは」 「ぷっ…くく」  結局、街の電気は、景が扇を打ち抜くことにより、大多数が街に戻った。スイフルセントに感電させられた人々の中にも、感電死した人はいないらしく、ひどい人でも、二、三日中には、退院が可能になるとのことだった。  学校の生徒たちは、半数近くが病院に搬送されたが、即日退院で済んだ者がほとんどだった。博希たちが学校に行ったとき、噂の中心はやはり、『電気強奪犯』だった。 「昨日さ、博希たちはどこいたんだよ?」  友人からそう聞かれて、博希は、昨日の夜から考えていた『台本』を読み上げるように、言った。 「俺たち、実は立ち入り禁止の屋上でメシ食ってたんだよ。そこで、何かビリビリッときちまってさ。そのまま気絶してた。さえねぇよ」  前半部分に嘘はない。あくまで前半部分には。 「そっかー、俺は教室でさあ…………」  友人の『感電自慢』をうんうんとうなずいて聞きながら、博希は景と五月を見た。ま、俺に聞きゃあ、あの二人に聞いたも同じだからな、と思って、博希は、また意識を友人に戻した。  そのうち――零一が入ってきた。博希たちは適応の良さで、すでに、コスポルーダとの時差ボケからは回復していた。 「なんだ、今日はちゃんと起きてるな」 「…………」  博希と五月と景は苦笑した。 「どうせ俺の授業になったら寝るんだろ」 「よく解るな」 「殴るぞ」 「新聞社に電話すんぞ」 「…………」  博希はやはり、誰であろうと、人のおちょくり方というのを知っている。零一はホームルームを始めた。  怠惰な午前中の授業が終わって、昼休み。やはり三人は、屋上にいた。景はキンピラゴボウをつつきながら、言った。 「スカフィードから連絡はありましたか?」  博希と五月は無言で首をふった。 「そうですか……」  僕のところにもありません。――そう言って、景はキンピラゴボウと白飯を一緒に口の中におさめた。 「ね、やっぱり、ぼくたちが行ってみなくちゃいけないんじゃない?」  五月が身を乗り出す。彼の小さな弁当箱は既にフロシキで包まれていた。 「……うーん」  博希がほっペたに飯粒をくっつけたまま、うなった。巻鮨が半分、箸に残っていた。 「景」 「は?」 「俺たちがこっちに戻ってきてから、もう、向こうにしたら何日くらい経ってるんだろうな?」 「そうですねえ……まだ計算してないんですよ、実を言うとね。すぐあの騒ぎでしたから」 「そうか……」  博希が残りの巻鮨を食らった。五月はごろん――と、横になった。 「お姫様、どう、なったかな」 「……皇姫マスカレッタですか……」 「ん。レドルアビデに花にされたまま、助けにくる人を待ってるんだよ」 「……なぁんでコスポルーダ人は助けに行こうとしねぇんだろうな?」 「……!」  景は博希を見た。多分そのセリフは、博希が無意識に放ったものであろうが、今の景にとっては、ものすごく、大きな意味があるように思われた。 「そうだよね。自分たちのお姫様が、危ないのに。花になりそうなのに」 「…………」 「どうしたんだよ、景?」 「……いえ……」 「そういえばスカフィードもだよ、ね」 「スカフィードは仕方ねぇよ。皇姫のライフクリスタル、預かってんだから」 「うーん。でもさ、なんだか……」 「また五月の『なんだか……』が始まった。なんだか、なんだ?」 「んー。なんだかそれだけじゃないような気がするの」  景が五月の頭をくしゃっ、とやった。 「五月サンは、僕とは違った意味で『聡い』ですからね」 「え? どういうこと?」 「カンが、人よりも、よく働く――ということですよ」 「俺は!? 俺は聡いか!? 聡いだろ!?」 「ああっ、博希サンも『聡い』ですよっ。騒ぐのはやめなさいっ」 「そうか。で、どこが『聡い』のか聞かせてもらえるか?」 「は…………」  ワクワクしている博希を見て、景はできるだけ言葉を選んで博希の『聡さ』を形容しようとした。が、本家の『聡さ』を持つ彼でも、それはとても難しいことだった。 「……そ、そうですねえ……」 「早く言えよう」 「……僕は博希サンに時折ドキッとさせられますよ。どこまで真相が解っているのかも解らないのに、的を射たことをズバッと言いますから、ね」 「ほうほう」  博希はそれで納得した。その時、チャイムが鳴った。 「行きましょう。午後の授業が始まります」 「午後イチって、誰の授業だったっけね?」 「安土宮先生の数学ですよ」 「ったー。寝ちまおうかな」 「また殴られますよ」 「じゃあ民放各局に電話かけてやるよ」 「無茶苦茶な」  何のこっちゃ。景ははあ、とため息をつくと、博希の後に続いた。が、五月が、ふと、立ち止まった。 「どした」 「ううん……今、そこに、誰かいたような気がして、」 「誰が?」 「多分気のせいだよ。ごめん」 「そうでしょうね。この場所にわざわざ来るのは僕らくらいのものですから」  屋上は本当は立ち入り禁止になっているのだ。誰もがその事を知っている。この場所が、誰にも邪魔されない場所だから、と、昼食会場に使っているのは、博希たち三人だけ、だった。  そう、昨日、までは。  博希たちが降りていった後、屋上設置のタンクの陰で、人影が動いた。 「…………」  生徒ではない。スカフィードであるはずもない。ましてや誰かコスポルーダ人であるはずも。  その、影は――――。 「おっせーなー、アドのヤロー」 「妙ですねえ。時間に厳しい安土宮先生が遅れるなんて」 「ぼくもう寝てていい?」 「じゃ俺も寝るぞっ」 「やめなさいっ」  誰の陰謀だか、横一列に並んだ博希、五月、景は、ボケてツッコんで、数学の授業を待った。  漫才のネタがそろそろ尽きてきた頃――授業が始まって十分ほど経っていた――勢いよく、ドアを開けて、零一が入ってきた。 「ごめんごめん! さあ、授業始めよう」 「……やっときやがった。遅ェよっ」  零一はジットリした目で博希を見た。 「なんだよっ、気持ち悪ィなっ」 「そんなに俺の授業を楽しみにしていたのかお前。よしよし、今日の練習問題は全部お前に解かせてやろう」 「あァ?!」 「ご冗談を先生。博希サン一人に解かせたら、今日終わるはずのところの二十分の一も終わりはしませんよ。それでもよろしいのであれば博希サンに解かせて差し上げても構いませんが」 「ぬう」  零一は景を見た。悔しいがこの少年に、数学教師歴十年の彼が勝てた試しはない。景のロジックは、誰が相手でも完璧に近かった。 「じゃ第一問。若林解け」 「そうきましたか」 「意地でもお前に解かせるわけにはいかん」  やれやれ、といったふうに、景は首をふった。博希は景の肩をトントンと叩いた。 「……サンキュー」 「いえいえ」 「……でもなんか傷つくような言葉だった気がするのは、俺の気のせいか?」 「…………」 「なー」 「……気のせいです」 「そっか」  納得した博希は、眠りの体勢に入った。 「松井っ!! 親呼ぶぞ!!」  零一が教科書を抱えて仁王立ちしている。 「そんなに俺の机の上に花置きてぇのかよ」 「……? 意味が解らん」 「俺の母ちゃんはなぁ、子供に平気で包丁投げんだよ! いっペん投げられてみろ、怖えぇぞ」 「……そ、そうか」  教室中に一気に爆笑が広がった。 「じゃあな」  博希はまた顔を伏せて、  ス――。 「ちょっと待て松井!! 親が包丁を投げることが寝ていい理由にはならんぞっ!! 起きろっ!!」  そんな騒ぎのうちに、数学の授業は終わった。  そして、次の授業も、博希が熟睡して教師をキレさせたことを除けば、まあ滞りなく終わった。  放課後はあっという間にやってきた。 「な、俺たちの学校に、記者みたいなのが来てるぜ!」  友人の興奮した発言に、博希と五月と景は言葉を失った。恐らくこの街の学校すべてに記者を配置して、『少年』に話を聞くつもりであろうが、そんなことされたらいつかは正体がバレる。博希と五月は景の机に集まって、話した。 「バラバラに帰りましょう」 「バラバラに?」 「あの『少年たち』が『三人』であることは、テレビを見た誰もが知っています。下手に三人そろって帰っていたら、格好の餌食ですよ」 「そうだね」 「多分こんなニュースはそのうち下火になるはずです。あくまで、はず、ですが。その時まで、三人でまとまって帰るのは避けたほうがいいかもしれませんね」 「寂しくなるなあ……」 「仕方ありませんよ。どうせ学校では会えるんですし、記者たちの目を欺くにはこれが一番です。コスポルーダに行くのも、時と場所を選んだほうがいいですね」  それで、話は一応のまとまりをみた。 「じゃ俺が先に帰るよ。どうせ、配達やれって言われてんだ」 「そうですか」  すでに三人の手の甲から、エンブレムは消えていた。どこから見ても、普通の高校生であるはずだ。 「ああそうだ博希サン。明日、視聴覚室に行きませんか」 「あんな陰気な所に何しに行くんだ」 「陰気……」  博希の的確だか的確でないんだかよく解らない一言に、景は一瞬だけ戸惑って、それから、言った。 「これから、僕らがどうやって『マスコミ』の目を避ければいいか、作戦会議を」 「ははあん、なるほどな。じゃ俺、明日ビデオ持ってくる」 「……何のです?」 「昨日の夜中の特番。俺たちが映ってるヤツ」 「……撮ったんですか」 「撮ったさ。一応、記念に」 「記念?」  何の記念に、とまで聞くと、なんだか不毛な議論になりそうだったので、景はそれ以上の発言をやめた。  景としては、作戦会議だけでもやればいいものだと思っていたが、まさか博希がビデオを撮っていたとは思わなかった。だったらそれを有効利用しない手はない。 「じゃあ持ってきて下さい。僕は視聴覚室の使用許可を取っておきます」 「おう」  人が予想だにしないことを先読みして、とんでもないことをやらかす――博希サンの『聡さ』は、そのへんにあるのかもしれませんねえ――景はそう思った。  博希は自分のバッグを担いだ。 「じゃあな」 「ばいばーい」 「さようなら」  博希が先に帰って、それから十分後に、五月が帰った。  景はすぐ職員室にいって、担当教員から視聴覚室の使用許可を取った。それから、二十分ほどおいて、景がゆっくりと教室を出た時は、ほとんどの生徒が帰っていた。  校門の方には、もう、誰もいなかった。記者も大まかな取材だけで帰ってしまったらしい。だが多分――他の生徒の些細な一言から、沙織サンの失踪だけは明らかになってしまうかもしれませんね、と、景はそんなことを思った。温室を横切ると、ふっと――不思議な気分になった。  振り返る。  職員室には、まだ、明かりが点っていた。 「……誰かお仕事中、なんですねえ……」  景は校門を出た。  もう、夏である。ついと冷えた空気が、景の頬をなでた。  安土宮零一は、一人、パソコンに向かっていた。  カチッ――と、マウスのボタンをクリックする。 「…………」  画面に、何か、奇妙な語が浮かんだ。 「ウイルス、侵入――――」  ぽつりとつぶやく。 「ウイルスネーム――――『レドルアビデ』――――」  唇の端に、ふっ……と、笑みが浮かんだ。

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