窓の中のWILL

Chapter:56 「そっ、それ奉公と違うような気がするっ」

「あなたが【伝説の勇士】ねえ?」  部屋に入ってきたなよりとした人物にそう言われ、五月は背中が凍った。 「なんでもうバレてるの!?」  だが、その疑問はすぐに氷解することになる。 「久し振りだな」 「あ……! ディルの、お父さん!?」  そっか、それで、ぼくが勇士だって、もうバレてたんだ……  「ヒロくんとカーくんをどうしたの!」 「どうもしないわよ。あなたをどうかしただけで」 「じゃあ、ぼくをどうしたの!」 「さらってきただけ。あなたがあまりに可愛いので」  またしてもくふふふふと笑う。気持ちの悪い笑い方だなあ、と思ったが、五月はそのことは言わず、別の言葉を捜した。 「ぼく可愛いんじゃないやい。美しいんだい」  もはやその言葉が誰に言っても通用しないということを知らないのは本人のみである。 「くふふ、気の強い。それで、名前はなんといったかねえ?」 「……五月……」 「サツキ、ね。本当に女の子のよう――」 「ぼ、ぼく女の子じゃないよっ! 男だよ!?」  五月は焦った。早くここから逃げ出したかった。ではどうすればいい?  そうだ、鎧装着だ!  五月はそこまで考えるだけの余裕がまだあった。通信機が取られても、エンブレムまでは取られないもの! 五月は手の甲の布をはぎ取った! 「ヨロイヨ――」  だが、デロ、は、言わせてもらえなかった。というより、言っても無駄だった。言いかけた瞬間、 「ダメよ」  なよりとした人物が、五月の手の甲に、何かを巻きつけたのだ。それはまるで新体操のリボンのようなもの。五月の手の甲にきつく巻きつき、エンブレムを隠してしまった。 「ああっ」 「くふふ。これで鎧装着はできないわね」 「痛いよう……」  きりきりと、リボンは五月の手を締めつけた。 「なるほど、ステキに可愛らしいわねえ。ドレスで奉公してもらおうかしらねえ」 「痛い痛い痛い」 「この子を着替え部屋へ! 私の最側近にするわ」  たぶん配下のような人物が二、三人、出てきて、リボンごと五月を別の部屋に運んでいった。 「いやああああ~~やだああああ~~~~」  そんな絶叫を残して。 「……どうだ」  ディルの親父がそう聞いた。 「……ヤバいわねええ。どう? あの可愛さ。二日といわず一日あれば十分よ、陥落には」 「自分で言うな、自分で。……だから最側近に?」 「もちろん」  くふふふふ。  ああ、しつこい。 「自分で化粧品買い込む日が来るなんて思わなかったぜ」  博希はそう独り言ちた。が、悪い気はしない。 「舞台化粧と普通の化粧は違うが、まぁ、男でも女に見えるような化粧は化粧の勉強の時にやったから大丈夫だろうと思う」 「あなたがいてくれてよかったと思いますよ、ディル。ありがとうございます」 「いやあ、俺だって、お前たち【伝説の勇士】の手伝いがこんな形でできるなんて、すごい感激さ。死ぬまで自慢になる」  大袋を抱えて、三人はいったん、ディルの村に戻った。 「あれ? 建設途中だった屋敷はどうしたんだ」 「屋敷じゃなくって倉庫にすることにしたんだ。元の屋敷で十分住めるしな」 「なるほど、予定を変更したんですね。屋敷より倉庫のほうが建つのは早いでしょう」 「ちゃんと大工に頼んだから一般人が倒れることもない」 「お前、いい執政官になれるぜ」  ぱむ、と、博希はディルの肩を叩いた。 「ありがとな。お前らにそう言われると、ホントにそうなる気がする」  ディルはそう言ってちょっと笑った。  ディルの部屋で、三人は化粧および女装にいそしんだ。 「急いでやってしまおう、早く隣村に行かないと、五月が危ない」  博希と景はこの前着たような女物の服を着てしまうと、ディルに顔を任せた。 「下地にこれ塗って、眉……と、それからちょいちょいっと……、ほい、ヒロキ、終わりだ」  景は心臓を二、三回叩いてから、博希の振り向くのを待った。 「どうだ?」  博希は景の方を向いた。 「……は」  景は一瞬、誰か別人を見ているような感覚に襲われた。ここまで可愛くなれるんなら、パープルウォーで化粧したのはいったいなんだったのだろう。 「……やっぱり兄妹、ですね。茜サンそっくりですねえ……」  茜がもう少し成長したらこんな感じになるのだろう、という見本のような顔がそこにあった。 「さあ、次はお前だな、ヒカゲ」 「すみません……」  景もディルに顔を任せる。もしかしたら、僕は姉様に似るのでしょうか。 「あぁあ」  五月はため息をついた。無理やりに着させられたドレスは、奉公用で動きやすいものではあったものの、やたらめったらビラビラのついたものだった。 「……でも、かわいいよね」  ぴらん。スカートの裾をめくると、五月は一回転した。  やっぱり何かが違う。 「執政官様がお呼びです。急いでお部屋に行かれるよう」 「執政官……?」 「先程お目見えした方です」 「…………アレ…………?」 「執政官様にアレとはなんですアレとは!」 「ごめんなさい」  ……行きたくないなあ。五月はそう思った。が、行かなかったら行かなかったでどうなることか解らない。巻きついたままのリボンはどうしても外れなかった。  これじゃあ鎧装着もできないよね。五月はまたため息をつくのだった。 「ホレ、ヒカゲあがり。あとは俺だけだな」  景も化粧が終わった。景は博希の方を向く前に、鏡で自分の顔を見ることにした。 「……これは……」  博希が興味シンシンで 「見せてみろよぉ」  と言うので、景は博希の方を向いた。 「へえ、お前の母ちゃんそっくりだぜ! お前、母ちゃん似だったんだな」 「……そのようですね……」  姉そっくり、というよりも、母親のどこか華奢な感じに、その顔は似ていた。  化粧、恐るべし!!  景は心の底からそう思うとともに、今は遠くアイルッシュにいる母親のことを思うのだった。  ほどなくして、ディルサイドから声が上がった。 「俺もあがりー。できたぜ、さあ、行こうか!」  やはりその顔も美しい。化粧の名人ですねえディルは、とは景の言。 「行くのか?」 「もう夕方ですが――」 「夜の方が襲撃はしやすい。それに、夜ってのは危ないぜ、五月にとっちゃあな?」 「!」  それで殴り込みは決定した。ディルはすぐ、天空に向かって叫んだ。 「パピヨン!」  フォルシーとはまた違ったタイプの鳥が舞ってきた。 「パ……パピヨン??」 「ディル、この鳥はあなたの……?」 「そうさ。下手に歩いて人目を引くより、こっちのがマシだろ」 『……ディル様ですよね……?』 「お前主人の顔を忘れたのか」  無理言うな。 「急いで隣のファイテリアに飛んでくれ、急な用事なんだ!」 『承知致しました!』  譬えて言うならでっかくなったツバメのような感じ――これは博希の譬えである――のパピヨンは、空を斬るようにして五月がいるはずの村に向かった。博希や景にとっては戻ってきた、ということになる。 「無事だといいんだが、サツキ」 「五月サン……」 「五月、もうちょっと我慢してろよ!」  何をだろう。  趣味の悪い障子に手をかけるのは、少しばかりの勇気が要った。 「……あの、えーと……来ました」  景のようにうまい敬語が使えない。まあ使えたところでどうなるものでもないのだけれど。 「そう。サツキ、だったわねえ。湯浴みはした?」 「ユアミ??」 「……お風呂には、入った?」 「うん」 「ではこちらへ。髪のひとつもといてあげなくてはねえ」  手がくいくいと五月を誘った。五月は自分の髪をつかんでぶるぶるぶるんと首を高速で横に振る。 「そっ、それ奉公と違うような気がするっ」  正解である。しかし目の前の執政官は瞳にもうどこの執政官も敵わないくらい怪しげな光をたたえて、五月を上から下まで見ている。  かた。  かたかたかたかたかたかた。  五月は覚えず、足が震えているのを知った。 「これは……」  本当にヤバいと思う。五月は心の片隅で冷静にそう思っている自分に、少し、驚いた。だが今は、焦るのが先かもしれなかった。 「よく考えたら、」 「どうしたヒロキ?」 「闇討ちするのに女装する必要なんかあったんかな?」 「……忍び込んで、誰かに見つかった時、ごまかしが利く、という意味でなら、必要はあったと思いますよ」 「そういうことだ。なにせゴッツいのもかなりいるそうだからな」 「ゴッツいのね……執政官の趣味で?」 「……たぶん」 「………………」  しばらく、沈黙。 「ええい、急ぐぞ!!」 「正体バレたらその場で脱ぎますよこれ!」 「解ってらな、ところで、」 「なんです?」 「化粧はどうする?」 「………………」 「ま、そんなにまずい化粧じゃなし、つけたまま戦うってのもある意味オツかもしれんぞ」 「何がオツですか。落とすのは簡単には?」 「いかないね。仕方ないさ、それも宿命」  ディルはからからと笑った。執政官の屋敷が、すぐ、見えてきた。 「そのへんで下ろしてくれ。先に帰ってていいぞ、遅くなるかもしれんから」 『はい。それでは』  パピヨンは飛び去っていった。 「さあて……」 「行くか」 「ええ」  博希と景がまず塀に飛び乗って、ディルを引き上げる。 「どこだ、五月!」 「叫んじゃダメです博希サン、シー」  三人は手分けして屋敷の中をかけずり回っていた。屋敷は、ムチャクチャ、広かった。  すでに救出要員が侵入を完了していることなど夢にも思わないここの二人はというと、――執政官はまだ誘っており、五月はまだ、抵抗を続けていた。 「イヤだってばっ」 「早くおいで。――来ないとこちらにも考えがあるわよお」 「……え……」  よく見たら唇は真紫に染まっている。ああ、気持ち悪い。 「いらっしゃいっ」  そう唱えるとともに、執政官の右手に、何かが収まった。 「! 『声』……『声』の魔法だ!?」  五月はその時思い出した。そうだ、ぼくたちが武器を出せるのと同じように、『声』でこの人は、  ……、  ……何を出したの? 「おいで~~?」  ピシュン、まさにそんな音がして、何かが長く伸びた――! 「きゃーっ! またリボンっ!!」  そう、五月のエンブレムを封印したリボン、それと同じタイプのものが再び、五月を襲った! 「ほーほほほほほっ」 「ひゃあああああっ」  リボンは五月の体に非常に的確に巻きついた。上半身の自由が奪われる。 「いやだ――――!!」 「叫んでもムダムダ。この部屋だけは防音設備を施してあるの」  ずる。  ずる。  ずるり。  当然つながっているリボンの端を引っ張れば、五月はそれに応じて引きずられるわけで。 「やだああああああっ」 「そろそろおとなしくなさあい?」 「気持ち悪いよおおおおおおうっ」  正論。 「あ、すみません、執政官様のお部屋はどちらでしたでしょう?」 「あちらの方だけれど……あら、あなた、見ない顔ね?」 「え、ええ、新顔ですわ……」  景はげっそりしながら、動きにくいヒラヒラのスカートで屋敷の中を早歩きしていた。 「栗色の髪をした可愛い子、見なかったあ?」 「見ないわよ。……あなた、誰? 名前、なんていったかしら?」 「へ……ききき、昨日入ったの。えと、アカネっていうのお」  目がバタフライ。博希は限界までスカートをたくしあげて走り回っていた。  すまん、茜。兄ちゃんは頑張ってるぞ。 「……!」  ディルは目の前から歩いて来る人物に気がついた。  親父……!  やっぱりここにいやがった!  だが、今は女装している身分。というか、正体がバレたら何が起こるか解らない。ディルは黙って通りすぎようとした。 「初めて見る顔だが?」 「! ……新顔ですの。よろしく」 「そうか」  ……はふう――。  が。 「……【伝説の勇士】を捜しに来たのなら邪魔するまでだぞ、ディル?」 「!!」  モロバレてる――――!! ディルはそこからダッシュをかけた。もう構うもんか! スカートをモロにたくしあげ、ディルは廊下を走って逃亡した。 「ちいっ」  一瞬だった。ディルを逃がしてしまった……、……ディルがここに来ているということは残りの【伝説の勇士】も侵入の可能性が高い。――そう考えた彼は、執政官の部屋へ急いだ。  五月はまだ頑張っていた。カーペットの端っこを噛んだりして、引きずられまいと必死の抵抗。彼にしてはたいしたものである。 「んっもうっ。……でも、抵抗されればされるほど、引き寄せた時の興奮も高いわ~~!」 「ひ――――――――!!」  これほどまでのピンチがあったかと思うくらいの大ピンチである。ヴォルシガの時なんかがショボ目に思えてくるほどピンチ度が高い。  が、そのピンチが、一瞬だけ、軽減された。 「おいっ!」  ディルの親父が入ってくる。 「どうしたの」 「……邪魔したか?」 「ちょっとね」 「それは悪かった。それよりも、……【伝説の勇士】がこの屋敷にいる可能性がある!」 「あらあら!」 「ヒロくんとカーくんが……!」 「ディルがさっき、女装までしてこの屋敷に潜入していた。【伝説の勇士】を手引きしたのかもしれん」 「ふうん。じゃあ、ここにもほどなく来るわねえ?」  五月はそれで、ちょっとだけ、救われた気分になった。しかし、その心を先読みしたかのように、執政官の一言。 「彼らも見てみたいわねえ……」  ぞぞぞぞぞ。  五月は鳥肌の立つ感覚を体中に感じた。 「その前にやっぱりあなたよね、サ・ツ・キ」  くいん。  リボンが、引かれた。 「ひいややああああぁぁあああ!!!!」  もう何語か解らない叫び声をあげて、五月が叫んだ時、 「ここにいましたかっ!」  五月にとっての、救世主の第一声だった。

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