窓の中のWILL

Chapter:21 「何かぼくたち、宇宙人みたい」

 七月十六日は、博希たちの学校の創立記念日である。よって、彼らの高校は、この日、毎年休みに決まっていた。そういうわけで、今年も例によって、博希たちには夏休み前の、ささいな休みが与えられていた。祭りと休みをこよなく愛する博希など、そのことを忘れていたわけではないのだが、十三日の変事により、さっぱり気にかけなくなっていた。今朝、妹の茜から、 「あれぇ? 今日、お兄ちゃんの学校、創立記念日じゃなかったっけ?」  と聞かれてやっと、今日が休みであることに気がついたぐらいである。 「それとも何? もしかして補習授業とかぁ?」  茜がそう言ったことで、博希は言い訳のチャンスを与えられた気がした。 「まあそんなもんだ」  博希は言って、ズックをはいた。カバンの中にはビデオテープが五本。  当然今日が休みであるということに、五月も気がついていなかった。この日の授業内容をまるまるカバンにおさめて、一人で学校にやってきたのだが―― 「あれえ? どうしてみんな来てないの?」  おかしいなあ、と、首をかしげる。チャイムは鳴るが、誰も来ない。零一さえ来ない。当然である。 「へんだなあ」  五月は、それならいいや、と、机に伏せて眠り始めた。   景は、といえば、知らなかったわけではないのである。視聴覚室の使用許可を取りに行った時に、 「明日は創立記念日で休みだけど?」  と聞かれてはじめて、 「あ、そうか」  と思った、という点では博希と似ているけれど。それでも 「構いません」  と言ったのは、どうせなら休みであったほうが、誰にも干渉されずによいと思ったからである。かくして景は、いの一番に視聴覚室入りした。 「おっす」 「おはようございます」  博希が二番手にやってきた。 「ビデオ持ってきたけど、使い方解るか?」 「ええ、大丈夫です。この程度の機械、僕にとってはちょっとしたオモチャみたいなもんですよ」 「ちょっとしたオモチャ……」  自分なんか家のビデオ扱うのも大変なのに。『休日に家にいなかったら、古本屋か電器屋をあたってください』と普段からそう語る景……こいつ、つくづく底の知れねぇヤツだよな、と、博希はそんなことを思うのだった。  景は博希に断って、バッグの中の物色を始めた。 「……? なんでビデオが五本も?」 「一昨日と、それから昨夜のも撮ったんだよ」 「? 記念なら一本で足りるんじゃないんですか?」  ちっちっちっ、と、博希は指を左右に振った。 「国営放送しか見てねぇから解んねーんだろ。民放各局によって撮るアングル違ってるんだぜ」  一瞬、景は呆気にとられたが、すぐに、――ということは、と、頭の中が少しだけ回った。 「アングルが違う? ……じゃあ、僕らの顔も撮られている可能佐があるってことですか?」 「!」  博希はいまさらそのことに気がついたらしい。 「きっ……気がつかなかったあああ! それじゃあダメなんだよっ、謎のヒーローは謎のままでなくっちゃ!! どうしよう!?」 「博希サン落ち着いてください。うろたえ方が何か違います。このうち、見たのはどれなんです?」 「全部見てない」 「なぜ」 「見るヒマなんかあるかよ。家帰りゃ配達で夜ァヘトヘトだ。宿題できねェのもそのせいだ」 「……どさくさに紛れて自分の勉強嫌いを正当化しないように」 「何のことかねえ」 「安土宮先生が聞いたら問答無用ではたかれますよ。……それじゃあ、順番に見てくしかありませんね。一本ずつセットして、早送りしながら見ることにしましょう」  景がビデオテープの一本を取って、かちゃりとセットする。 「ちょっと待て」 「え?」  博希がいきなり景を止めたので、景は再生ボタンを押すのをやめた。 「どうしたんです?」 「――五月は?」 「は?」 「五月がいねェよ」 「あ」  忘れていた。まだ家にいるのだろうか。 「ちゃんと来るようにって言いましたよね」 「言った。――あ、もしかして」 「もしかして?」 「今日が休みだって気がついて、午後から出てくることにしたとか」 「それはないと思います」  景はきっぱりと言った。自分でさえ昨日、人に言われてやっと気がついたくらいなのに、五月がそこまで気が回るとは思えなかったのである。――言い過ぎか。 「五月サンの性格で考えられるのは――ひとつですねえ」 「ひとつ?」  景が苦笑する。博希は訳が解らない。 「どこだよ」 「多分、教室で寝てます」 「はあん?」 「起こしてきてください。きっと熟睡してますよ」  博希は景に言われて、教室へ急いだ。廊下も教室も、シンと静まり返っていた。長い廊下には、博希の足音しか存在しなかった。  自分たちの教室にたどり着くと、博希は前のほうから入って、五月の席を見た。  いた!  気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。まあ起こすのが申し訳ないような幸せそうな寝顔だ。だが起こさなくては。博希は腰に手を当てた。 「五月」 「んー」 「五月っ」 「んんー」 「ほら起きろ五月。さぁつぅきっ」 「眠いよう……」 「起きろっつってんだろ! 真っ昼間から寝るんじゃねぇよ」  平日の自分のことは棚に上げて、博希は五月を揺すぶった。休日になるとやたら元気が出る人間というのはまったくどこにでもいるものである。 「ヒロくーん?」 「ああっ。俺だよ博希だよ。起きろっ」 「なあにー?」 「作戦会議だよ。約束してたろう」 「授業はあ……?」 「ねえよっ。今日は創立記念日で休みだっ」 「なぁんだ………………」  五月は再び、夢の世界に誘われていってしまった。 「起きろっっっ!!」  うーん、アドの気持ちが解るなあ……と、博希はなんとなくそう思った。これからは少しだけ、寝ないように努力してみようか? でも眠くなるのは人間の自然な欲求ってヤツだしなあ……勝手なことを考えながら、博希は、五月を起こそうと肩のあたりをペしペし叩いた。 「起・き・ろ!」 「ねむーい」 「俺だって眠てぇんだっ。ビデオ見るから起きろっ」 「何の」 「俺たちのだよ」 「……ぼく映ってるう……?」 「映ってる……と思う……ぜ。とにかく起きろよ。お前が起きないと会議にならん」 「うん」  それでやっと五月は起きて、視聴覚室に向かった。博希はビデオと会議の前から、ドッと疲れたような気がした。  景はビデオテープをきちんと整理して待っていた。 「おはようございます」 「カーくんだあ。おはよう」 「待ってたんですよ。やっぱり教室で寝てたんですね」 「うん、だって、誰も来なかったんだもん」 「今日はお休みですからね。まあそれでこそ、会議も誰にも邪魔されずに進められるというものです」  景はビデオの再生ボタンを押した。  少しだけ、コマーシャルが流れて、番組が始まる。 「夜中の番組ですね」 「そうだな。こりゃ、俺たちが街で鎧装着したその日のだよ」  まだ、ニュースとしては事実関係を伝えるだけのものであった。景はキュルキュルと早送りをする。やがて、あのとき撮られたらしい映像が、三人の目に飛び込んできた。  もっとも映像としてはそう長くもなく、数人いるニュースキャスターは、とにかく訳の解らないことが起きましたねえ、だの、『電気強奪犯』の行方は目下不明だの、なんだかどうでもいいようなことばかりを語っていた。 「じゃ、次のを見てみましょうか」  景は新しいテープを入れた。 「二本目、です」  再生ボタンを押す。今度は、ほぼ本格的な特番スタイルで、一体何の専門家だか、どこかの教授のような人物が数人呼ばれている。 「意味が解りませんね。電気工学の教授を呼んで何を語らせる気なんです」 「なんで心理学の教授がいるの?」 「……その……体操選手がいるのはなんでだ??」  正味一時間四十五分ほどの特番を、博希たちは全部見ることにした。このコメンテーターたちがどんな的外れなことを語り出すか、興味があったし、自分たちの映像がどこまで鮮明なものか、確かめるためでもあった。  案の定、撮影された不明瞭なVTRで、コメンテーターたちは好き勝手なことをしゃべっていた。 『この電気は科学的見地から言うと……云々』 『一万人を感電させようという思想が生まれるのは……云々』 『この少年たちの筋力は人並み外れて……云々』  コマーシャルに入って、景は苦笑しながら言った。 「まったく真相を知っているとバラエティーかコメディーに見えてきますね」 「ぼくもそう思う」 「俺も」  景はきゅい、と眼鏡のレンズを拭いた。特番はそのうち、答えにならない答えを出して終わった。 「じゃ三本目――」  三本目。映像とニュースキャスターのトークのみにとどまっている。 「それじゃ四本目――」  四本目。ほとんど他愛のない話題で締めくくられていた。 「最後の一本です」  二本目のビデオよりは相当信用のおけそうなコメンテーターを用意している最後の一本――その特番では、鎧装着した博希たちの映像、またはスイフルセントが大写しになっている映像のみに着目し、この四人がどういう関係で、また、どこの誰であるのかをつき止めようというものだった。 「……他に話題はないのかね」 「余程他人のプライバシーに立ち入るのがお好きなのでしょう」 「何かぼくたち、宇宙人みたい」  だがあまりいい状況で撮られた映像ではないらしく、博希たちの姿も、スイフルセントの姿も、なんだかぼんやりした感じで、それはどれだけ解析にかけても、アップにしてみても、はっきりと顔の解るものではなかった。 「これがまあまあ、救いといえば救いですね」  そしてふー、と、息をつくと、景はテープを止めた。 「今日得たこと。鎧装着は時と場所を選ぶ。うさん臭い人には近づかない。――特に五月サン」 「モノもらってもついて行くんじゃねぇぞ」 「解ってるよ」  きゅらきゅらとテープが巻き戻されていく。 「それにしても」  いろいろな見解が出たもんですね、僕たちがビル街に現れてまだ二日ですよ――景はつぶやいた。 「だよな」  まったく場合によっちゃああいつら――レドルアビデたちより厄介だぜ。博希もそんなつぶやきをもらす。 「警察の人も学校にくるかなあ。指名手配されたらどうしよう」  なんだか余計なことまで考える五月。 「指名手配されるようなことをした覚えがあるんですか?」 「一昨日、ヒロくんたちのトコ行くときに、車を足踏み台にした」 「……それは……別に……」  僕らもやりましたし。という言葉は飲み込む。 「へこんでなければ大丈夫ですよ」  そういう問題だろうか。博希は思ったが、景に何を言われるか解らないということもあって、言わずにおいた。  五本のテープの巻き戻しが終わった。  外では、パトカーのサイレン音が響いていた。 「帰る?」 「そうしますか」 「おう」  景はパトカーのサイレンをぼんやり聞きながら、視聴覚室に鍵をかけた。 「僕は後から追いつきますから、先に帰ってください。鍵を返しに行かなくては」 「そっか。じゃ、お先」 「お先にー」  景は二人に手を振って、事務室に向かった。 「視聴覚室の鍵。浦場くんだね」 「はい。ありがとうございました」  鍵を返してしまうと、景は校門のほうへ歩いていった。  ――その景の背中を、見つめていた影があった。  いつからいたのだろう。  なぜいたのだろう。  ――それは、本人にしか、解らない。 「浦場……、か」  なるほどね――と言いたげに、軽くゆがめたその唇の端からは、興味とも悪意ともつかない、わずかな笑みがこぼれていた。 「グッド、ラック」  つぶやいて、安土宮零一は、その場を後にした。  景は遠くなるパトカーのサイレンを聞いていた。聞きながら、考える。行くべきか。コスポルーダへ。  その晩、景の自室の机の上には、数字が大量にかき込まれたノートが大開きになっていた。 「……博希サンですか? ……ええ。あのですね」  そして景は、たった今、自分が決意したことを、博希に伝えた。 「明日、コスポルーダヘ行きましょう」 『あぁ!!??』  景の家の電話は一台、それも、大広間にある。深夜、とまではいかないが、夜遅くに電話などかけていたら、父親や祖母に怪しまれる。景はごく簡潔明瞭に、明日の七時半、温室前に――と伝えると、電話を切った。 「景さん」 「うわう!?」  景が電話を切った直後、祖母が顔を出した。景は心臓が耳から出るかと思うほど驚いた。 「どこへの電話だったのです?」 「は、あの……友人に……」 「そうですか。明日どこかへ行くのですか?」 「……え、ええ、ちょっと、学校のほうに行って参ります」 「……夕食の時間には遅れぬように」 「はい」  博希は景の電話を受けて、腰が抜けんばかりに驚いた。 「……あいつ、いきなり何言ってんだよ!?」  この前まで『スカフィードからの連絡を待つ』とか言っといて。博希はしばし呆然として、それから、もう一度、受話器を取り上げた。 「いーかげんプッシュホンに代えてほしいもんだぜ」  愚痴りながら、ジーコロと五月の家のダイヤルを回す。 「おう、五月か? 俺だよ、博希。さっき、景から電話あってさ、明日、コスポルーダに行くって言ってんだ。……うん。明日時半、温室前だ。……うん。じゃあな」  博希は電話を切ると、部屋に戻って、一番カッコよく見える服を選び始めた。 「カジュアルになおかつファッションセンスを生かしつつ」  五月は電話を切ると、まず、困った。パパとママにどう言おう。ヒロくんたちと遊びに行く、でいいのかな。でもコスポルーダに行くのは遊びじゃないし。うーん。……ウソってむつかしいな。  五月は父親と母親が食後に語らっている部屋へ行った。 「あのね、パパ、ママ」 「なあに?」 「なんだい、五月」 「明日ね、ヒロくんたちと遊びに行っていい?」 「いいわよ。どこに行くの?」 「え」  困った。そこまで考えていない。五月がもじもじしていると、真実を知ってか知らずか、父親が助け船を出した。 「まあ、五月にも、一つや二つ秘密があってもいいさ。男の子っていうのはそういうものだよ。いいよ。楽しんでおいで」 「ありがとう。明日ちょっと早く出るの。もう寝るね。おやすみなさい」 「うん、おやすみ」 「おやすみ、メイ」  母親が『メイが私に隠し事ををををを~~!』とわめくのを背中に聞きながら、五月は部屋に戻り、クローゼットを開けた。  明日、なに着て行こう。  七時半を少し過ぎて博希がやってきたことで、三人は学校の温室前に勢揃いした。結局五月も博希も、いつも学校にくるようないでたちで現れた。 「で? どうして、今日、行くことにしたんだよ。そりゃあ急いだ方がいいかもしれねぇけど、な?」 「僕が今日行きましょうと言ったのは、」  博希の言葉を受けて、景が空を見ながら言う。 「コスポルーダとアイルッシュとの日数計算がやっとできたからです」 「日数計算? もしかして時差の?」 「ええ。それによると――僕らがここに戻ってきて、すでに三日が経過していますね。今日で四日目ですよね」 「そうだね。水曜日に戻ってきたもんね」 「僕の計算が正しければ――すでにコスポルーダでは、一年半もの月日が経っているはずなんです」 「一年半だァ!?」 「じゃもしかしたら、お姫様、花になっちゃってるかもしれないの!?」  景はうなずく。 「もしかしたら、ですが」 「じゃあ早く行かなきゃなんねーだろ! 行くぞ!」  警察もマスコミもいないであろう事を確かめると、三人は、温室に入っていった。本当を言うならどこでもいいのだが、温室のほうが、人目につかなくていい。三人は、『“ほころび”創出の声』を発動させた。 「ホールディア!」  三人の目の前が、少しだけ、ゆがんで――“ほころび”が、できた。 「行くぞっ」 「現在時刻、午前七時四十五分ですっ」 「飛び込むよー!」  三人は、“ほころび”をくぐっていった。  ――そのとき一瞬だけ、温室が光った。それを職員室の窓から確認した零一は、職員室のカーテンを、カシャッ、と閉めた。 「…………………………」  自分のパソコン画面に、目を落とす。 「――面白い、な」  コンピューターウイルス『レドルアビデ』が――画面に波を作っていた。

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