Chapter:25 「子供の幸せを思わない親っていうのは、いないんだよ」

「ガイルス……さんは、いつから君の恋人に?」 「最初は、他愛ない、友達でした。知り合ったのは、本当に偶然で」  博希はそこまで聞いて、不謹慎にも、『昔の少女漫画によくあるシチュエーションの出会い』を思い浮かべていた。 「靴のカカトが折れたんです。それを、てきぱきと直してくれたのがあの人で」 「……はあ」  なんと、自分が予想していたのよりももっと古いパターンだったか……博希は『朝、慌てて出かけていたらぶつかった』とか、『不良に絡まれているところを助けてもらった』とか、そんないったいどこで読んだんだか、陳腐極まる出会いを想像していたのだった。  ……よく考えたら、コスポルーダに不良がいるわけねぇか……  レドルアビデが来る前は『仲良しさんの世界』だったらしいからな。  どこか間違っているようで、しかし意識せず皮肉の効いた、いい解釈である。 「それで、付き合いが始まったと」 「意識し始めたのは、数年前です。だんだん、自分の中で、あの人の存在が大きくなっていったんです」  少しだけ頬を赤く染めながら、娘は言った。 「で、恋に落ちたと」  博希は自分でもよく言うよ、と思いつつ、古びた言葉で表現した。娘はこくりとうなずいた。 「ガイルスは私を愛してくれました。私もガイルスを愛していました。やがて、逢瀬を重ねて、」  いちいち言うことが古いなあ、まるで景の恋愛講義だぜ――博希は思いながら、それでも、娘の言うことに耳を傾けていた。 「結婚の約束をするまでになったのです」 「そのことを、君はお母さんに言わなかったらしいね?」 「…………」  娘ははたと黙った。博希は何も言わなかった。ただ、娘が語り出すのを待った。  そのころ景は、宿の婦人と向かい合って、茶を飲んでいた。  会話は、なし。 「……おかわりは」 「いただきます」  すでに五杯目。会話も見つからないし、かといって席を立ってもすることはない。部屋に入ることもできない。景は無言で、静かに茶を飲んでいた。 「……おかわりは?」 「いただきます」  六杯目。  博希は膝に肘をついて、娘の口が動くのを待っていた。やがて震えるようにして、娘の口が動いた。 「……母さんには……いつか、折を見て話すつもりでした。母さんは、昔から、結婚するなら裕福な人と、と言って、譲らなかったんです。ガイルスは、――そう、裕福な人ではありません。母さんにそんなことを言ったら、きっと、反対される。――そう思ったから――」  博希は眉間に少しだけしわを寄せた。 「そんな矢先、執政官様からの通達で、男の人たちが奉公という名目で連れていかれてしまいました。当然ガイルスも連れていかれることになったのです」 「そう、だろうね」 「ガイルスは約束してくれました。きっと帰ってくるからと。帰ってきたらその時は、結婚しようと。私は、それを待ったのです」  博希は足を組み替えた。 「――村の女性たちが、旅人たちと深い仲に落ちていくのにも、君は見向きもしないで、ガイルスさんを待った。――」 「ええ。私が愛するのは、ガイルスだけです」  娘ははっきりと言い放った。その瞳には、嘘はなかった。 「だけどガイルスさんはいくら待っても戻ってこなかった。その思いがこうじて、旅人としてやってきた、ガイルスさんにそっくりな俺を、完全にガイルスさんと勘違いして、夜中に部屋に忍び込んだ。――」 「……そう、です。ガイルスは……帰ってこないのに……あなたを見たとたん……ガイルスが帰ってきた、私との約束を守ってくれたんだって……そんなことばかり頭にめぐって……ごめんなさい……ごめんなさい……」  博希は娘の頭をなでた。 「そういうコトを責めてるんじゃないんだから、いいんだよ」  博希は娘の涙を拭いてやって、言った。 「ただね。これだけは、言わせてほしい。子供の幸せを思わない親っていうのは、いないんだよ。君のお母さんも、多分、口では裕福だのなんだのって言ってるけど、君が本当に幸せになることを望んでるはずなんだ」 「母さんが……言ったんですか?」 「いや、俺がそう思うだけ。――たとえばね、俺の母ちゃんなんかは、俺の帰りが遅いと、俺に向かって平気で包丁なんか投げやがるんだ」 「まあ」 「でもさ、俺、思うんだよね。帰りが遅くなることを心配しないんなら、包丁なんか投げないよなって。俺が早く帰るって言ったのに、遅くなっちまった時は決まって、包丁が飛んでくるからさ――母ちゃんは俺のことを心配してくれてるんだって、そう、思うんだ」  娘の表情が、少しだけ、柔らかくなった。博希は、 (そうだよな? そうなんだよな!? この解釈で間違ってねぇよなあ、母ちゃん!?)  と、遠くアイルッシュはジアルーパで寿司屋の女将をやっている母親に向かって、しきりにそう語りかけていた。まさか趣味で包丁を投げられるということはあるまいし、包丁の洗礼を浴びるのはたいがいのところ博希で、茜はほとんどくらったことはないから――茜はちゃんと約束した時間に帰ってくるのであった――博希はそう解釈するしか、ないのである。 「とにかくね」  博希は落ち着いて、娘の瞳をのぞき込むようにして言った。 「何でも、言ってみなくちゃ始まらないんだ。最初っからあきらめてちゃあ、話なんて進みやしない」  娘は下を向いた。ぽろり、と、涙が一粒、こぼれた。  いい加減腹がタポタポしてきた……景は十杯目の茶を飲みながら、そんな事を考えていた。 「……おかわりは」 「…………え…………」 「おかわりは?」 「……いただきます……」  そうとも言わなければ間が続きやしない。景はコップを差し出した。  十一杯目。  誰かこの空気をどうにかしてください。 「俺がね」  博希がふと、思い出したように言った。娘は少しだけ、顔を上げた。 「何年か前に、田舎のじっちゃんとこに、遊びに行った時の話なんだけど」  娘は博希の口元を見つめた。 「そこで、――多分女の人だと思うんだけど、その人がね、サムライみたいなのとチャンバラやってたんだ。まるで映画かなんかの撮影みたいな感じでさ――でもカメラはなかったな確か。……じゃあ何だったんだろ?」 「サムライ? チャンバラ?」 「……うーんと、棒とかを持って、チャンチャンチャンって、こんな」  博希は直接に表現できなかったらしく、指をなんべんか交差させて叩きつけることで、説明した。 「でもどうにもさ、サムライの方が強えんだ。俺思わず、女の人のほう応援してたんだけどね、――その人が、言ったんだよ――『あたしゃ逃げる気ァないねっ! 逃げたら何もできねェだろォッ!!』って――もしかしたら自分に言ってたんじゃないかと思うんだけどね。俺はその言葉、好きになっちまった」 「逃げ……」 「君も同じだよ。反対されることから逃げてたら、多分、何もできない」  布団をつかむ手が、少しだけ、汗ばむ。  ぎゅっ。 「目の前の問題に背を向けちゃだめだ。俺はそう思う」 「……間違ってたんでしょうかねえ」 「……え?」  やっと話題が見つかったか。景は十四杯目の茶を飲みながら、婦人を見た。 「娘に変な虫がつかないかと――それに、私はあの子に幸せな結婚をしてほしかったんですが――それは――」 「間違っては、いなかったと思いますよ」  景は微笑んで、言った。 「僕はそう思います。ただもし、娘さんにとっての本当の幸せを見誤っていたとするなら、間違いはそれだけだと思います」 「……旅人さん」 「娘さんと、もっと、話し合われたらいいと、僕は思いますよ。親子というのは、そういうものですから」  婦人は何度もこくこくとうなずいて、言った。 「おかわりは?」  嬉しそうな婦人のそのセリフに、景も、嬉しくなって、思わず言ってしまった。 「はい! いただきます」  十五杯目。  そして博希は、娘を見て、言った。 「ガイルスさんは俺にそっくりだって言ったね?」 「え? は、はい……」 「……うん。だったら多分、まだ、執政官のところか、スイフルセントのところにいるはずだよ」 「ど、どうしてそんなことが?!」 「大丈夫。俺にそっくりなら、スイフルセント好みの、美少年だ」  もし景がこの話を聞いてたら、思いっきり手と首を左右に振っていたであろう博希のそんなセリフに、娘は、何の疑いも持たずに、言った。 「本当に、まだ、いるんでしょうか。ガイルスは」 「俺が、連れ戻してきてあげる」 「えっ!?」 「多分、奉公なんていってるけど、捕まったに決まってる。俺が、ガイルスさんを、助けてあげる」 「そんな、あなたにそんなことまでしていただいて、どうしたらいいのか」 「もう、他人じゃないよ、俺と君は。人と人は一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だ――って歌もあるんだぜ」  博希はちょっとだけ笑った。 「……でも、でも、あなたの身が心配です」 「俺の身なら、心配、いらないよ」 「……ヒロキさん。……あなたは一体……どういうお人なのですか?」  博希は一瞬だけ、迷った。しかし、この場合なら、スカフィードも笑って許してくれるだろうと思った。……いかんせん、その時の博希の脳裏には、スカフィードが怒り狂っている場面しか思い浮かばなかったが。  博希は心を決めた。少しだけ笑って、 「俺は漂泊の旅人だよ。ただし――」  左手の甲の布を、ばっ――と、取った。 「……『こういう』、特技持ちのね?」 「!」  娘にエンブレムを見せる。 「内緒だよ。俺は、一人で、行く。そして、ガイルスさんを、助け出すよ」  窓を開ける。二階。ここからなら、飛び下りられる。 「ヒロキさん」 「心配しないで。君の恋人は、必ず、連れ戻す」  ニッコリ、笑ってみせる。娘には、その笑顔が、ガイルスの笑顔に見えた。 「ガイルス」 「行ってくる。……ああ、そうだ、言い忘れてた。……さっきの話のね」 「チャンバラの人?」 「そう。……結局、勝ったのは、女の人のほう、だったんだぜ」 「!」  それだけ言うと、博希は窓から、一気に弾みをつけて、下へ飛び下りた! とん、と、軽く、着地して―― 「レジェンドプロテクター・チェンジ!」  ぱきいんっ! ――鎧装着した博希は、走り出した。 「ヒロキさんっ、……」  娘は窓から離れると、部屋の中を見渡した。五月がいまだにスヤスヤと眠っている。  はっ。  あと一人。  あと一人の方はどこ? もしかして、一階?  娘は下に駆け降りていった。  二十杯目の茶を飲み干して、いい加減、喉のフチまで茶がこみ上げてきそうな景は、さすがに今度おかわりを聞かれたら断ろうと思っていた。もう限界だ。  言語の処理能力すら二十杯の茶のせいでトロくなっていた景は、娘が駆け降りてきたのにも気がつかなかった。 「母さんっ。ヒロキさんが――【伝説の勇士】様が――」 「えっ!? 【伝説の勇士】様!? じゃあこの方も……!? 勇士様? あなた様は勇士様なんですか?」 「いえ、結構です。いりません」 「は?」  景は何をトチ狂ったか、大きくかみ合わない答えを返してしまった。聞かれたらすぐに、と思っていたためのミスだ。それにしてもコントじゃあるまいに。 「あの」 「え? ……ああ、僕は何を言ってるんでしょうね、ええそうです勇士です、……なんですって!!??」  景はやっと我に返った。今になって自分の発言がとてつもなく問題であったことに気がついた。 「いや、勇士とはいいますがその、気がついたらそうなっていたというだけでして、おかしいですね僕は暴露した覚えは、でもどうして、いえ、だってほら、僕は……、……誰が言ったんですか僕が勇士だって!?」  景はこの宿に来てから今一つ自分のペースが崩れているような気がした。すべて娘を幽霊だと見聞違えたところから始まったことだが。 「ヒロキさんが」  娘がつぶやく。 「博希サン!? 博希サンが言ったんですか!?」 「勇士様の証しを見せてくださいました」  景はもう、自分たちの正体が隠しようのないことをはっきり悟った。それと同時に、なんだか説明のつかない怒りがムラムラとわいてきた。 「博希サンはどこですかっ! まったくあの人ときたら、スカフィードがあれだけ『正体はギリギリまでバラすな』と言ったというのに、簡単に正体を暴露して、あの人は自分のなすべきことを解っていない! ……博希サン! 博希サン!?」  娘が景の裾を引っ張る。 「ヒロキさんは、ここには、いないんです」 「は? ……じゃあどこに」 「……執政官様のお屋敷に――というか、多分、スイフルセント様のお城に行かれました」 「なんですってえええ!!」  景は自分でも至極珍しいほどに大声を上げた。 「何をしに!」  解っているくせにそう聞く。 「私の――私のガイルスを、連れ戻してくると言って――」 「あなたの恋人を?」  景は娘がこくん……とうなずくのを見てとると、二階に走った。 「五月サンっ! 起きなさい!!」 「ん」  ふにふにふに。五月は少しだけむずかって、目を開ける。 「どうしたの」 「博希サンが、スイフルセントのところに行きました!!」 「それがどしたの」  どうやらまだ寝ぼけているらしい。景は五月の布団をひっペがした。 「寒いよう」 「それどころじゃありません! 博希サンが一人で、スイフルセントを倒しに行ったんですよ!!」  布団をバンバン叩く景。五月はベッドの上でちぢこまって、景を見ていた。 「それが?」 「……っ、二回連続で博希サンに仕切らせるつもりですか!? 今度は五月サンじゃなかったんですか!? しかも今度は博希サン一人で行ったから、見せ場はあの人が一人で持っていってしまいますよ!!」  もちろん本当の事ではあるが、五月を早く起こすための、景の策でもあった。そして五月は、景のこの策に、面白いくらいに引っかかってくれた。 「そんなのダメだよ! 今度はぼくが仕切らなきゃ! ヒロくんにだけいいカッコさせたら、美しいぼくの見せ場がますます減っちゃうっ!」  五月の目は完全に覚めた。 「じゃあ早く着替えてください! あなたが着替えてしまったらすぐにでも出発しますよ!」 「うんっ!」  およそ不純な理由で、五月はベッドから飛び下りて着替え始めた。景は婦人と娘に挨拶だけ簡単に済ましておこうと、下に降りていった。 「デストダ」 「は」  唇が微笑を形作った。 「動いたわ、【伝説の勇士】。しかも、一人のようね」 「お解りに?」 「私だって、『万里の水鏡』ぐらい、作れる魔力は持っていてよ?」 「……自分に何をしろとおっしゃるので……」 「残りの二人の足留めを頼むわ」 「足留めを?」 「あら……不服?」  瞳がきらっ、と光った。デストダは少しだけ、ぞくりと――した。レドルアビデの見せる瞳に、似ていた。 「いえ、不服などということはありませんが、なぜ、足留めなど、」 「……レドルアビデ様の心は読めても、私の心は読めないというわけ?」 「えっ?!」  読めないわけがない。何のためにもらった『読心』の魔法なのか。デストダはしかし、それきり黙って、ひざまずき続けた。 「お行き。時間がないわ」 「ははっ」  デストダは飛び立った。  スイフルセントは扇を広げて、くすくすと笑いながら、言った。 「理由なんて簡単よ。一人ずつ楽しまなくっちゃ、つまらないじゃない?」 「五月サンっ! まだですか!?」 「まだー」 「何やってるんです!?」 「髪の毛といてる」 「……早くしてください!」  ……二人はまだ出られなさそうである。  博希は、――走り続けていた――まずは、執政官の、屋敷。そして、スイフルセントの居城目指して!

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