―Second World―  うちへ帰ろう?

Chapter:11 「……何かオリエンタルな感じで……」

 イエローサンダを目指して、三人はてくてくと森の中を歩いていた。が。 「ワア」  五月が突然に、突拍子もない声を上げて転げた。一歩先を歩いていた博希と景はその声に驚いて、思わず足を止める。 「どうした?」 「何か背中に入って、ビリッとした」 「毛虫かなにかかもしれませんね。刺すと厄介ですから、動かないで」  五月は静かに待った。 「どうしようか?」 「出さなきゃいけないでしょう」 「そうだな。で、誰が」  景は無言で、博希を見る。 「俺か!?」 「他に誰がやるんです」 「俺が刺されたときのことは考えてないのか」 「その時は村で薬でも塗ってさしあげます」 「…………」  博希はそれ以上何も言わず、五月の背中に向かった。 「五月、上着脱げ」 「うん」  そーっと、そーっと。博希は上着の下に何もいないことを確認してから、五月のシャツの中に手を入れた。 「くすぐったいよ」 「動くなっ。刺されるぞっ」  五月、行動停止。 「……これ……かな?」  どうやらそれらしいモノにぶち当たったらしい。博希はその物に指を触れた。 「うあっ」 「どうしました!?」 「ビリッとする」 「触っただけで?」 「どうやら毛虫じゃないぞ」  五月が博希の言葉を受けて言った。 「毛虫じゃないと思うの。ずいぶん尖ってる感じがする」  それに、動かない、と、五月は付け加えた。 「どうしましょうねえ。全部脱がないと、何がなんだか解りゃしませんが、こんな所で脱いでもらっても困りますしね」 「……ん」  五月がちょっと顔をしかめた。 「どうしたんです?」 「ビリッとするのが消えた。冷たい感じがするよ」 「?」 「もしかしたら出せるかもしれませんね。今度は僕がやってみましょう」  俺もそこまで待ってくれりゃあよかったんじゃないのか、と、博希が苦笑するのを横目で見ながら、景は五月の背中に手を入れた。 「……出ましたよ」  それはまるでこんペいとうのような、少し黒ずんだ丸いもの。もっと言うなら、のど飴のコマーシャルで誰もが一度は見たことがあるであろう、エヘン虫。 「何でしょうね?」  その時。 「ウッヒャ」  博希が飛び上がった。 「今っ、手に何かっ」  自分の手をぶん回す。ボトリと落ちたそれは、さっきと形は同じだが、鮮やかな黄色をしていた。 「これと同じものじゃないでしょうか」 「……触ってみろよ。きっとビリッとくる」 「遠慮しておきます。それより、もしかしたらこれは“土砂降り”になるかもしれませんよ。五月サン、地図を」 「うん。……チズヨデローッ。……ここから一番近い村まで、あと、二キロ、だよ。イエローサンダの村で、サンダリンク」 「じゃ、急ごうか」  博希がそう言った瞬間、ドザ――――ッ! と、先程のエヘン虫……もとい、  黄色いこんペいとうが、大量に降り出した。 「うわうわうわ、ビリビリするっ」 「コートのフードをかぶるんですっ。村まで走りますよっ」  三人は真っ黄色の光の中、バタバタと走っていった。  サンダリンクに着く頃、こんペいとうは止んでいた。 「晴れたって言っていいんでしょうかね、これは」 「でも不思議なモノが降るんだねえ、この村」 「グリーンライでは光が降ったでしょう。この世界ではそうなのかもしれません」 「そうって?」  景がさっき五月の背中から取り出した、黒ずんだこんペいとうを出して言った。 「これは雷のかけらなのでは」 「雷の」 「イエローサンダ。その名の通りですよ。黄色い雷の降る街。グリーンライが、緑色の光の降る街だったように」 「へえ! じゃあこれからも、いろんな街で、いろんなモノが降るんだね」 「僕の推理が当たっていれば、ですけど」  村に入った三人は、その賑やかな様子に、少し、ウキウキした。しかし、景がすぐに、何かに気がつく。微妙な、違和感。 「…………?」 「どうした?」 「……いえ……、たいしたことでは」  まだ、明るい。三人は今度は固まって、村の店を見て回ることにした。 「あー、これ、かわいいよっ」  両手に抱えてちょうどいいくらいの大きさの縫いぐるみ。 「そうですね。でも買いませんよ? 荷物になります」 「ちぇーっ」 「あー、これ、欲しいな」 「だめですよ、買いま……博希サンっ!! あなたまでなんです!? それになんですかその怪しげなお面は!!」 「……何かオリエンタルな感じで……」 「あなたのオリエンタルはどこかズレてます! そんな一度かぶったら二度と取れなさそうな怪しいデザインのお面、頭下げられても買いませんよ」 「わーん、取れなくなった」  五月がかぶったらしい。 「取んなさい!!」 「バレた?」 「バレます」  景は、子供を二人、どころか、一ダースも抱えているような疲れに襲われたのであった。  三人で歩いているうち、行商のおばさんに、引き止められた。 「旅人さんかい?」 「ええ、そうですが」 「そうかい……」  それだけ言って、おばさんは向こうに行ってしまった。 「何だったのかな?」 「さあ……?」  そして五月はふと、自分たちを見る村人たちの目が、どこかしら奇妙であるのに気がついた。 「なにか……見られてるような気がする」 「旅人がめずらしいんじゃねえのか」 「うーん……」  それは憎悪の目というわけではない。自分たちを排除しようと思っている目なら、それなりの悪意が感じられてしかりであるが、この時五月には、村人たちの目には、興味か好奇の意識が浮かんでいるようにしか思えなかった。 「ぼくが美しいから、見とれてるのかな」 「馬鹿言っちゃいけねぇや。俺の肉付きの良さに見とれてるんだろ」 「違いますよ、僕の知的な顔に見とれているんです」  景まで何を言うか。  その時、五月が、景のシャツの裾を、くい、と、引っ張った。 「カーくんカーくん」 「何です?」 「ぼくの勘違いならいいんだけどね。この村、ぼくたち以外に、男の人がいない」 「…………」  景は黙った。景自身が村に入った直後に感じた違和感は、それであった。 「え? そうだっけ?」  博希は今気がついたらしい。  どうもグリーンライを出てから、五月の神経はどこか高ぶっているような気がする、と、景は思っていた。その敏感さが、いつになく、五月の「第六感」を引き出させていた。が、景はそこのところには触れなかった。五月が精神的にデリケートにできているということを、知っていたから。 「僕も、この村に入って、それが気になっていたんですよ。宿屋に入ったら、宿の方に聞いてみましょうね?」  それだけを言えば、十分である。 「そうだね」  五月はそして、少し、笑った。  宿に入る。宿帳書きは、景の仕事だ。その間、博希は村の新聞を(字が読めないくせに)広げて見ていた。五月は、カウンターの方で、少し、もじもじしている。どうやら、もう一人の宿の従業員と、何か話しているらしい。 「……あるの?」 「ええ」 「じゃ、ください」  など、少しだけ、景には聞こえたが、それが何のことであるかまでは解らなかった。  宿帳を書いてしまって、部屋の鍵をもらう。 「行きますよ、五月サン」 「あ、待って」  五月は宿の従業員からなにかをもらうと、景たちに追いつくようにして、走った。 「何をいただいたんです?」 「秘密」  部屋で、荷物を下ろすと、程なくして、宿のおばさんがお茶を運んで来た。 「ようこそ、サンダリンクヘ。どうぞどうぞ」 「わーい、どうも」 「男の方の旅人さんなんて珍しいですねえ」  景の眼鏡が、キラリと光った。 「あの……僕らはこの村にきたばかりなのでよく解らないんですが……、この村で、男の方を見かけないんですけど、どこかに出稼ぎにでも行かれているのですか?」  宿のおばさんは博希たちの部屋の戸をぴしゃっ、と閉めた。そして、キョロキョロとあたりを伺って、こそこそと言う。 「実はね。こんな事言っていいもんじゃあないんだけど、この村の男衆は、ある日、神隠しに遭ったのさ」 「神隠し」 「うん……それがね、噂では、執政官様が一枚かんでんだって! 執政官様は美少年好きだからねえ。噂じゃあ、お屋敷に千を越す美少年を放し飼いになさってるらしいよ」  千を越す美少年を放し飼い。博希と景はがくう……と、肩をたれた。 「これはあくまで噂だからね。もし執政官様のお耳に入りでもしたら、この宿自体が潰れちまうよ」 「じゃなんでぼくらに教えてくれたの」 「気をつけろってコトさあ。旅人が神隠しに遭った例なんて、この村じゃあ、珍しくないんだよ」  おばさんの剣呑そうな笑顔を含んだ忠告は、ぞくっ、と、三人の背中に、冷や汗を流した。おばさんは「ごゆっくりい」とだけ言い残して、部屋を出ていった。  博希はどさあっ、と、床に寝転んだ。 「まぁた執政官が悪いコトやらかしてやがる」 「その上にはきっと似たような――美少年好きの総統がいるんでしょうねえ……」  どきっ、と、五月が身を固くする。そのしぐさに気がついたのは、多分、景だけであろう。 「この村に男性がいない理由は神隠し、でしたか……いやあどの村の執政官様も神懸かった言い伝えがお好きなようですね」 「前回が娘で今度ァ美少年かよ。そういう奴しかいねぇのかこの世界には!?」 「さあねえ……」  五月はベッドに横たわって、ぼんやり天井を見ている。手の中で、何かを転がしている。 「さっきもらったやつですか?」 「ん? ……うん。まあね」 「何もらったんだよ。見せろよ」 「だめっ。ぼくのだもん。ヒロくんだって秘密のもの見られたくないでしょ」  五月にズバリと言われ、博希はうっ、と言いよどんだ。 「そりゃな、確かにな、……」 「それよりさ、引っかかるよね」 「何がです?」  景が聞く。 「うん……この村の男の人って、言っちゃあ悪いけど、美少年ばかりじゃあなかったと思うの。他の人はどうしたのかなって」 「ああ……なるほどなあ」 「これは調べてみる必要がありそうですね」 「だいたい、いくら美少年でも、放し飼いってのはナシだよね」 「動物じゃないんですからねえ……」 「とにかく、宿のおばちゃんの話だけじゃ、信憑性に欠ける。なんせ噂噂って、噂の大安売りだ。噂が現実かどうか調べようぜ」 「それと、美少年以外の男の方々の行方も」 「明日やることは決まったね」  OK! 三人はいつものように、握り拳をちょん、と突き合わせた。彼らがかならずやる、お決まりの合い言葉みたいなものだった。 「とりあえず、今夜は戸締まりを厳重にして眠りましょう」 「そうだね」 「おう」  三人は程なくして、眠った。 「何かご用とか……?」  ロ元を美しい扇で隠した女性が、黒い翼の支配者の前にいた。 「うん。最近、お前の街もなかなかに活気があるそうだな」 「それはもう。私が差し出している生け贄のほうはいかがでして?」 「よい肥やしとなっているぞ」 「そうですか。それはそれは。ほほほほほ」 「ところで、だ」 「ええ」 「アイルッシュに行ってみる気はないか。今すぐに、でなくて構わぬが」 「……アイルッシュへ……?」  黄色い髪が揺れた。わずかに、赤い口紅を塗った唇がかいま見える。 「それはもしかすると、【伝説の勇士】の?」 「いや、奴らがそこまで抵抗してくるかどうかは解らぬ。遊んでみるのよ」  少し、考えるふうを見せる。 「了解いたしました。不肖スイフルセント、アイルッシュへ行かせていただきますわ、レドルアビデ様」 「そうか」 「私も……【伝説の勇士】とやらと、遊んでみとうございますわ」  くすり……と、扇の向こうの唇が形よく歪んだ。  レドルアビデは、――多分それが日課なのであろう――【エヴィーアの花】の元へ行った。 「最近とみに美しくなってゆくな、マスカレッタ……。その茎も、その葉も、そして何よりその赤き花びらも――すべて、俺のために美しくなれ」  ぷつっ――――長く伸びた自身の爪で、自らの白磁のような肌に傷をつける。真っ白い、だがけして貧弱ではない腕に、赤い筋がズウ――ッと浮かんだ。そこから、ポタリ……と、血が滴る。レドルアビデは腕をそのまま、【エヴィーアの花】の根元に持っていった。土の中に、レドルアビデの血が、ポタリ、ポタリと落ちてゆく。そして――茎がわずかに赤くそまり、『花』が、赤みを増した。 「やはりお前を美しく染めるのは、この俺の血でなければならぬ。……それとも、スカフィードの血で美しく染まりたいか? フフフ……」 【エヴィーア】は、やはりもの言わず、静かに――レドルアビデの血を受けて、美しく、たたずんでいた。  部屋の中は、暗かった。いつもなら、熟睡している時間に、布団から、一つの影がゆっくりと起き上がる。 「…………」  影は何かを見つめていた。じっと。  蒼い、光を放つもの――  翌朝。別に信用していなかったわけではないのだが、前例があるので、夕食どころか朝食まで警戒した博希たちは、朝ご飯も食べすに、村の中へ聞き込みに回った。五月は北。景は南。博希は西と東である。 「ふああ」 「眠たいな――」 「それじゃあ、いいですね? 何かあったらこれで連絡すること。いったん、お昼ご飯の時間に集まることにしましょう」 「解った」 「うんっ」 「それと。五月サン」 「ん?」 「縫いぐるみに見とれないこと。博希サン」 「あ?」 「怪しいオリエンタルさを醸し出す店には近づかないことっ。いいですね」 「わーったよっ」 「は~い」  三人はそれで別れた。 (さて、行きましょうか!) (まずどこ行こうかな? 紅茶のお店に行きたいなあ) (あれオリエンタルだと思うんだけどなぁ……俺が間違ってんのかな?)  三者三様の思いを抱きつつ。

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