窓の中のWILL

Chapter:51 「やっぱり父ちゃんはサイコーのダンナだよ!」

「――命令だという、おつもりですか……」  長い髪が、風にふうわりと揺れた。 「ああ。これは命令だ」 「それならばリテアルフィにご命令なさればよいこと。――なぜ、私に」  白磁の肌をもつ影は、その問いには答えなかった。 「……では質問をかえます、私は……本当に『リオール』ですか」 「どういう意味かな」  影は唇の端をゆがめて、にやあ、と、笑った。 「先日私は、ある流れで、【伝説の勇士】と接触をもちました」 「……ほう。……」 「その際、彼の名を、私は口走ったのです。知りもしない名前を」 「……名前をな。……」 「なぜ、私が、知るはずのない【伝説の勇士】の名前を知っているのです。私は本当は『リオール』ではないのでは――」 「いや、お前は『リオール』だ」  言い切った。それはとても早かった。即答だったといってもいい。 「ですがレドルアビデ様、」 「リオール!」  影――レドルアビデの鋭い声が飛ぶ。 「……はい」 「いいか、三度は言わぬ。アイルッシュ攻撃を命ずる」 「それは壊滅のご命令ですか。それとも」 「遊べ」 「遊ぶ……」 「壊滅はまだ、早い」 「それは…………」  瞳がギラリと妙な色を放った。『黙れ』というサインであることを、リオールは読み取った。 「俺はお前を最高の幹部だと思っている。俺の期待を裏切るようなマネはせぬと――信じているがな」 「…………」  リオールは黙って頭を垂れ、部屋を出て行った。 「今一度『細工』しておくべきか」  しばし考えに浸るレドルアビデ。そこに、ばさり――と音がして、長いマフラーの少年が部屋に入ってきた。 「――レドルアビデ様」 「デストダか。久しいな、今まで何をしていた」 「……ご命令どおりに“砂”捜しを」 「……そうだったな。見つかったのか」 「それが――皆目、見つかりませぬ。何者かが持ち去ったと考えるのが妥当かと――」 「あんなもの、持ち去っても何の役にも立つまい? ――俺以外には」 「……あなた様を陥れる目的があるとするなら……」 「陥れる?」 「“砂”はあなた様の――いえ、あなた様ご自身とも――」  「……『読心』か? 久しいが……まさか忘れた訳ではあるまいな!?」  デストダは身を固くした。しまった。忘れた訳ではなかったが、つい。しかしレドルアビデの叱責はそこまでで、ひとつ息をついた彼は、ぼそりとつぶやいた。 「……ではお前の考えも汲むことにする……何者かが持ち去った可能性も考えて捜せ」  それっきり、レドルアビデはデストダの方を見なかった。デストダは会釈ひとつ残して、退室した。  窓からデストダの飛び立つ背中を見つつ、レドルアビデはつぶやいた……。 「事は一刻を争う……あるいはデストダ、お前にとってはその方がよいのかもしれぬがな……?」 「結局、」  温室に戻ってきた景はいの一番にそう言った。 「奴隷生活はほんの数日だったようですね。まだ十時前です」  どうも向こうの世界に行っていると時間の感覚を忘れますよ。――景はそうつぶやいて、さてどうします? そう聞いた。 「このままおうちに帰らない? ぼくはそっちのがいいと思うの」  ヒロくんのためにもね? 五月は景の服の裾をくい、と引っ張って、言った。 「そうですね、あそこで空を見つめている博希サンのためにもね」  ぼんやりと空を見ている博希を見やる景。博希は温室の外の階段に腰かけて、ため息をついていた。 「何も起きなければいいのですがね……」  景はただ、このあと博希の身に降りかかるかもしれない事態を懸念していた。いつかの五月サンのように、戦えなくなってしまったりするのだろうか。  もしそうなったなら――とても、やりにくい。  博希サンは戦力の要ですから。  だけど、今はとにかくこのまま落ち着くのを待つしかない。 「それじゃあ、帰りましょう」  三人はただ、黙って、温室を後にした。  博希はぼんやりしたまま、家に帰った。やはり、というかなんというか、店にノレンは出ていなかった。 「お帰り、お兄ちゃん」  家の戸をからりと開けると、茜が出てきた。博希は「ただいま」と小さな声で言うと、手をちょっとだけ挙げた。 「……早かったね?」 「まーな。……――父ちゃんと母ちゃんとじっちゃんとばっちゃん、どうしてる?」 「ううん……おじいちゃんは悠々とかまえてるように見えるけど、内心焦ってるのがバレバレ。おばあちゃんは一言も口きいてくれないし、お父さんとお母さんはあのまんま、ずっとね」 「そうか」  家に上がるとテレビがついていた。昨日の猛暑で病院が一時パンク状態になったとか、そういったふうなニュースが流れていた。スイフルセントとの時と違って、解釈によっては異常気象でカタのつく話である。  もっとも湖やなんかが干上がった件に関しては今も追及がなされているらしいが、今回に限っては自分たちへの追及だけはなさそうだ。博希は少し、胸をなで下ろした。 「お昼、そうめんにするけどいい?」 「あー、いーよ、手軽にすまそうぜ」  茜は戸棚から四把のそうめんを出すと、湯を沸かし始めた。 「できたら呼んでくれ。俺、部屋にいるから」 「うん」  博希は部屋に戻って、『今、考えなければいけないこと』を頭の中でまとめてみた。とはいえそんなこと、まとめられないはずがないのだが。  ――父ちゃんと母ちゃんのこと。  ケンカの原因そのものや経過については解った。が、あとひとつ、解らないことがある。  なぜ今回に限ってそんなに魚にこだわった。  こだわった、というのは、無論別の意味であって、つまり、魚がとれなくて落ち込んだことを素子に励まされたにもかかわらず、なぜ、まだ落ち込んでいたのか、ということである。いつもはそのあたりで立ち直るはずの豊が。それだけは解らなかった。博希は畳の上にごろーんと横になると、天井を見つめてふーんと息を吐いた。 「お兄ちゃん、そうめん、ゆだったよ」  茜が呼びにきた。博希は少し重い体を起こすと、茶の間に向かった。  ちゃぶ台の上には、二人前のそうめんとツユ、割り水と薬味まで用意してあった。二人は座ると、黙ってそうめんをすすり始めた。  が、ふと、博希が手を止める。そうめんをすする茜を見つめる。茜も見つめられているのに気がついて、手を止めた。 「なあに? 気持ち悪いね」 「いんや……お前、いいヨメさんになるよ」 「えー? おかしいこと言うのね。私、まだ中学生よ」 「うん……お前のゆでたそうめん、うまいよ」 「やなの。ほめたって追加はナシよ? ――でも、」 「なんだ」 「それがもしかプロポーズの言葉だったりしたら、嬉しいかも」 「お前俺は兄貴だぞ」 「違うよ! 別の人に言われたらってこと。ほら古い表現でよくあるでしょ、毎日君のみそ汁が飲みたい、とかさ」 「やっぱオンナとしてはそういう言葉が嬉しいもんか?」 「さあねー、私は嬉しいけど?」 「母ちゃんは……なんて言われたんだろう? 父ちゃんに」 「お母さん? ――いつか聞いたことあるよ、んとね、『毎日、俺が寿司を握るのを見守っててくれないか』だったって。お父さんも古風だけど、ステキなこと言うよね」 「寿司をね……」 「あ、早く食べないとのびちゃうよ」  茜はそう言って箸に手をかけた。のびたそうめんは好きじゃない。博希も箸に手を伸ばし、またそうめんをすすり始めた。  簡単な昼食が終わると、茜の洗いものを手伝って、博希はまた部屋に戻った。精神状態は少し、落ち着いていた――コスポルーダにいた時よりは。落ち着き始めた心で、博希はもう一つ、整理すべき事柄があるのを思いついた。  俺はここを継ぐことをどう考えてる?  それは間違いなく、ディルに影響されて生まれた考え。ずっと、ただぼんやりと、長男だからとか、一人息子だからとか、そういう理由を抜きにして、自分は寿司屋になるものだと思っていた。四代目として、この店でやっていくものだと思っていた。だけど――  それは決められたレールなのか?  ディルのように――ああなったことがない俺には――  解らないだけなのか。  跡継ぎって――フシギな響きだよな。  そこまで考えた時、博希は部屋のカレンダーをふと、見た。そういえば、ここ最近のゴタゴタで、というか無精な性格も手伝って、六月のまま、カレンダーは止まっていた。  ふむ。博希はカレンダーをめくりにかかることにした。  べりぃ、と音がして、六月のカレンダーはめくれた。博希は早々と七月十九日――それは当然終業式の日である――のところに花丸をつけている自分が少し、おかしくなって、笑った。  だが、ふいに気になるマークを見つけた。十七日のところにも、花丸、とまではいかないが、二重丸がつけてある。なんの日だったろう?  こういうことは茜に聞いた方がよい。博希は茜の部屋に向かった。 「茜」 「ん? なあに?」 「あのさ、十七日って、なんの日だったっけか」 「この前の日曜日?」  そこで博希は気がついた。この日は自分たちがイエローサンダからパープルウォーをマタにかけて旅した日であったことに。そして帰ってきたら、豊と素子がケンカしていた……。茜はとても言いにくそうに、言った。 「お母さんの、誕生日」 「え? あっ、そおか……」 「ケンカのゴタゴタで、お祝いもできなくてさ。この日って、お父さんとお母さんの結婚記念日でもあるでしょお?」 「うあ、忘れてた」 「いつもならお寿司もお刺身も食卓に並ぶのにね。つまんない」  茜がそう言った時、博希の脳裏に、去年までの情景が、バンッ! と蘇ってきた。 「そうか……だから……!!」 「どうしたの、お兄ちゃん?」 「ケンカの、本当の原因が解ったんだ! やっぱり父ちゃんはサイコーのダンナだよ!」 「ちょっと待って、説明して? よく解んないよー」 「いーか、よく聞けよ、……」  “ほころび”は、街の片隅にひっそりと生まれた。 「ここが、アイルッシュ……」  不思議だ。  初めて来るはずのこの世界に、  私はなぜこんなに懐かしさを感じる。  やわらかい風が吹いていた。 「この風を、」  私は――知っている。  そんな気がする。 「いや――まさか、」  そんなはずはない。  これは多分、幻想。  リオールは自らの大剣を握りしめ、地を蹴った。 「そういうことだったの」 「多分そうさ。フタ開けてみりゃホントにバカバカしいケンカだったんだ」 「ってことは、」 「まず母ちゃんの誤解を解くのが先だ!」  うんっ。二人はうなずき合った。そして二人して素子の部屋へ行こうとしたその時、   ド――――――ン!  多分外で、大きな音がした。 「――花火かな?」 「真っ昼間にか」 「真っ昼間でも打ち上げる花火ってあるのよ」 「そうか。――ん?」  いったんは納得した博希は、なぜだろう――自分でもなぜなのかは解らないが――ずきん、と、胸の辺りが痛んだ。それは昨日、リテアルフィにやられてリオールに介抱してもらったところでもあるようで、自分のハートそのものでもあるような。 「なんだ……?」  説明がつかないが、誰かが自分を呼んでる、そんな気がした。気がつくと、茜に、言っていた。 「ちょっとテレビつけろ! 国営放送にしろよ、民放じゃなくな」 「いつも民放しか見ないのに?」 「多分こっちの方が情報が早い」  茜はテレビをつけた。チャンネルを変えると、流れるようなニュース速報のテロップの後、番組の途中なのにもかかわらず、テレビ画面はニュースに変わった。これが国営放送のよいところである。もっとも悪いところでもあるのだけど。 『番組の途中ですがニュースを申し上げます。本日午後十二時半頃、K県円角市中心部で、原因不明の爆発がありました。この爆発によるけが人は出ておりません。繰り返します、――』 「円角市ってここじゃない!!」  茜が驚いたように叫んだ。 「じゃ、さっきの花火って、この音!?」 「多分、な」  今度は誰だ。それとも引き続きリテアルフィなのか。というか、むしろ、これはレドルアビデの起こしたことなのか。問題はそこからである。もし単なる『アイルッシュの愉快犯』の引き起こしたことなら、博希たちの出る幕ではない。そんなものは警察にでも任せておけばよいことである。 「やだねー、犯人つかまってないのかなぁ?」 「さあなあ……」  ぼんやりと答える。ともかく実行犯だけでもはっきりしないものか、博希は一人、心の中で急いていた。  その時―― 「お兄ちゃん、誰か、変な人映ってる」 「え?」  あまり焦点の定まっていなかった博希は、もう一度、テレビに目を戻した。  そして、言葉を、失った。  長い髪、そして――鎧。  博希は無意識のうちに、胸を、押さえていた。  ずき……ん。 「リ、…………!!」  な……ん、で!!

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