窓の中のWILL

Chapter:30 「幸せになってほしいなあって」

「ただいまぁ」  五月の明るい声が、玄関で響いた。宿の婦人は笑顔で三人を迎えた。 「まあまあ、ありがとうございました。それで?」 「ええ、明後日は晴れだそうですよ。それから、これ」  景が、『天気予報のオババ』からもらった果物やキノコを渡す。 「その……うちの仲間が少し手をつけてしまいましたが……足りますかね」  博希の口からまだキノコの柄がはみ出している。景ににらまれて、博希はやっと、口の中に収めた。なんだかすまなさそうに、ペコリと頭を下げる。 「いいえ、構いませんよ。そんなにたくさんお客様をお呼びするでもなし、十分足りますから心配なさらないでください」 「そう、ですか。それならいいのですが」  景は少しだけホッとした。 「お部屋でおやすみになっていてくださいね、夕飯の時間になったら、また、ご連絡します」 「はい」  三人は部屋に戻っていった。ほぼ同時に、ベッドにどたーっと倒れ込む。 「ふあ」 「眠いんですか、五月サン?」 「うーん。疲れちゃったかなあ」  博希は黙って天井を見つめている。 「石突きだの柄だのは固いんですよ。飲み込めないんでしょう」  景が言うと、博希は少し景を見て、『水よこせ』とジェスチャーで話した。多分飲み込みきれなかったのだろう。 「言わんこっちゃない。丸ごと食べるからですよ」  普通はそんなところまで食べやしません――景はあきれて、水を博希に渡す。博希は起き上がってコップの中身をぐーっとあけると、一息ついて、言った。 「別に、飲み込みきれなかったから、天井見てたわけじゃないぞ」 「は?」 「気になったんだよ」 「予言の話ですか?」 「いや……この世界でもばっちゃんは『オババ』なんだなあって……」 「……今、なんと」 「だからさ。この世界でも『オババ』っていうんだなって思ったんだよ」 「……博希サン……」 「ってことは『ハルババ』もばっちゃんなんだよな」  景は全身から力の抜けるのを感じずにはいられなかった。 「まあ、そうでしょうね」 「マンガで見るみたいに長生きなんかな? じゃ相当歳くってんだろうな」 「解りませんよ、もしかしたら、外見は美しいかもしれない」 「なるほど! 奥が深いな、この世界も」 「僕はもしもの話をしただけですが!?」 「お前がそうだっつーならそうだよ」 「……僕の言ったことを鵜呑みにするのもどうかと」 「でもさ、この世界、日本と違って、常識じゃ考えられねーこと、いっぱい起こってんじゃん。ありうるぜ~~!?」  博希がいたずらな笑顔で言った。 「そうですね、多分結婚の儀式なんかも――僕らの世界と違ったりするんでしょうねえ」  景はふと、五月を見た。五月はベッドで、すうすうといい寝息を立てている。景は五月の体に布団をばさりとかけてやった。博希はベッドにごろんと横になって、景のほうに向いた。 「……まだ一週間も、経っていないんだぜ、俺たちの世界にしちゃあ。いろんなことが起こり過ぎた気がするよ」 「ええ、僕は旅をしていて、新しい発見ばかりでびっくりします」 「あん?」 「存外ご婦人に好かれるタチだったんですね、博希サンは」 「……スイフルセントのことかあ! ……ありゃもう……忘れろ」 「なにか嫌なことでも?」 「口にだすのも恐ろしいぜ」  博希は手を振った。 「まさか襲われかけましたか」 「……寝る」 「図星ですか」 「おやすみ!」 「逃げましたね」  しばらくして、本当に、博希の規則正しい寝息が聞こえてきた。景はくすっと笑って、博希の体に布団をかけてやった。 「夕飯の時間になったら起こして差し上げます」  景は荷物の整理をすませてしまうと、自分の世界から持ってきた本を読み始めた。  とてもゆっくりした時間が流れていた。  翌日、博希たちは、結婚式の準備にとりかかっていた。 「俺たちのとこの結婚式とそんなに変わらないなあ」 「僕は結婚式には出たことがないんですが、博希サンはあるんですか」 「従兄弟の兄ちゃんが結婚式やったよ。結構なゴチソーが出た」 「……それは披露宴では」 「同じだろ」 「違いますよ」 「どう違う」 「……ゴチソーが出るのが披露宴で、出ないのが結婚式です」  とても解りやすい説明である。博希は『なんとなく』納得した。  村の広場はにぎやかに飾りつけられていった。晴天でなければならないというのはそのためだった。多分、縁起担ぎという理由もあっただろうけれど。 「そんなにお客さん呼ばないって、おっしゃってませんでしたか?」 「そうもいかないのでしょう。この村では何年かぶりに、正式な結婚式が開かれるんです。招待しなくても、村人たちのほうから、やってきますよ」  様子を見に来た娘がそう言った。 「それにしても」  景はテーブルに丁寧にテーブルクロスをかけていきながら、言った。 「立食パーティーみたいな雰囲気ですねえ。披露宴だけですか?」 「いえ、式のほうもここでやります」 「正式な?」 「そうですよ」 「……ほう」  ラフなスタイルで式をやるもんなんですねえ。景は思った。やはりずいぶんと文化の相違というものがあるらしい。 「あ、衣装の打ち合わせをしなくちゃ。じゃあ、また、後で」 「ええ。それでは」  娘が行ってしまった後で、景はぐるりと会場を見回してみた。まあ、ステージらしき所はあるものの、あとはどう見ても立食パーティーである。式はともかく、披露宴も兼ねるとするなら、お色直しなんかはどうするんでしょうね、と、なんだか余計なことまで考えてしまう景だった。  その夜、五月はなんだかウキウキしながら、荷物をあさっていた。 「何やってるんですか?」 「明日なに着て行こうかなあと思って。だって結婚式でしょ、オシャレしなくちゃ」  五月の背中を見ながら、景は考えた。はて。 「そんなに着替え持ってきてるんですか?」  しばらくの沈黙の後、五月は背中を向けたまま、ふるふると首を振った。 「なら」 「でもオシャレしたいの。何かないかなと思ってさ」 「いいんですよ、だいたい、結婚式の主役は花嫁さんと花婿さんなんですから、お客の僕らが着飾ったら、花嫁さんと花婿さんがかすみます。それに、五月サンは人目につきやすいですから、着飾ったら華やかすぎてかえって失礼ですよ」 「そう? じゃ、このままでもいいかな?」 「いいんじゃないんですか。僕はポケットにハンカチをあしらうくらいのお洒落にしておきます」 「そうだね。じゃぼくも何か考えよう」  博希はすでに寝ていた。まあ博希サンも結構ファッションセンスというものを持ってますから大丈夫でしょう――景はそうつぶやいて、五月に、早く寝ましょうね、と言ってから、自分も布団に入った。  翌日――結婚式当日は、本当に晴れだった。 「うわあ、『天気予報のオババ』様の言ったこと、当たったよ!」 「よかったですねえ。さ、支度しましょう」  景はポケットにハンカチをあしらって。  五月は、セーターの首にリボンを結んで。  博希は―― 「結婚式なんて予想してないもんな」  などと言いつつも、首に直接、バンダナを巻いた。 「行きますか?」 「行こうか」 「うんっ」  三人は宿を出た。  村は、お祭り騒ぎだった。花嫁は村の街道を一回りしてから、会場へ入るのだという。花婿は花嫁と逆のルートを一周。これは、これまでのお互いの人生を再確認するための儀式らしい。  博希たちは一足先に会場へ急いだ。その途中、まず、娘に出会った。 「きれーい」  五月がつぶやく。娘は純白の、薄いドレスをまとって、静々と街道を歩いていた。手にはブーケ。 「着るものは僕たちの世界とそんなに変わらないんですねえ」  景が感心したようにつぶやいた。それからその後、別のルートを歩くガイルスに出会った。 「うっ!?」  博希たちが何にびっくりしたかというと、ガイルスが、娘と同じドレスを着ていた――そのことに、である。もっともブーケは持っていなかったが。 「なんだこりゃ」  博希は街道を歩いている最中のガイルスに、すんでのところで駆け寄ろうとしたが、儀式を邪魔したらなんかタタリがあるかもしれないな、と、一体どこの本で得た知識なのか、そんなコトを考えて、やめた。  博希たちが広場に到着して何分か後、まず娘が、次いでガイルスが入場して来た。娘の母親はステージで待っていた。  景はその一部始終をじっと見守っていた。なんせこんな体験、そうそうできるものではないから。  花嫁に見える花婿――ガイルスが、娘の母親に、一礼。母親も、幸せそうな微笑みの中、一礼を返した。ガイルスは娘の手を取って、ステージの真ん中へ立った。そして、すう、と息を吸って、一言。 「皆さん、ありがとう!」  その声はとても大きく、張りがあった。本当に幸せそうだった。多分ガイルスの友人であろう、青年たちがおたけびをあげる。博希も周りに合わせ、 「うおー」  などと叫んで、見知らぬギャラリーとともにウエーブを作った。娘はガイルスの隣で、空を見上げて言った。 「この青空に誓います。ガイルスと、永遠の夫婦となることを!」  景が周りに合わせて拍手した。五月は博希と一緒に、ウエーブに参加してはしゃいだ。 「なるほど、かしこまった儀式のようなものはないんですねえ」  景は拍手しながら、そうつぶやいた。みんなが参加して、はじめて夫婦と認められる。媒酌人はここに列席したみんなであり、そして――この青空、というわけですね。いい結婚式だ。――景はそんなことを思った。 「おい景、お前もやれよ!」 「え?」  博希に腕を引っ張られ、景は人の波の中に押し込まれた。 「何ですか!?」 「ウエーブだよウエーブ、知らないわけじゃないだろ?」 「ウエーブ……ああ、……やるんですかあ!? 僕が!?」 「当たり前だろ、結婚式はにぎやかでなくちゃな!」  なんであなたが仕切ってるんですかっ、などとつっこむ間は与えられず、村人総出のウエーブは始まった。もう断っているヒマはない。それに、これが祝いの印となるのであれば。景はウエーブに参加して、自分も、波になった。  その後は、食べたり飲んだりの、立食パーティーが始まった。博希はやっとガイルスのもとに駆け寄って、ドレスを着ている理由を聞いた。 「ああ、これですか」  ガイルスは裾をちょっとつまんで、言った。その様子がなんだかおかしくて、博希は苦笑した。 「約束ごとなんですよ。これから長い生涯を生きていく相手と、一心同体になるっていう意味があるらしいです」 「へえ、じゃあ、離婚なんかないんだなあ」 「リコン?」 「あ、別れるってコトだよ」 「そんな夫婦は聞いたことがありませんよ、みんな、幸せにやってますから」 「あ、そうか」  争いごとなんかないんだっけ――博希は頭をかいた。じゃ幸せな結婚をする人ばっかりなんだろうな。いいな、日本じゃあ何分かに一組離婚してるっつーもんなあ……。ま、うちは大丈夫だろうけど。博希はそんなことを考えながら、幸せに満ちた二人をまぶしそうに見っめた。 「何見てるんです?」 「景」 「――明日、発ちますか?」 「俺が言おうと思ってたのによ」 「博希サンも?」 「だって、あの二人が幸せなら、俺たちがここにいる理由はもうねぇよ。捜さなきゃな、沙織を? 多分、この都市にはいねぇだろ」 「……ですよね」  そこまで景が言ったとき、宴はお開きになりかけた。娘は手に持っていたブーケを、ひょいっと投げた、 「次の幸せを得る方に!」  と、言って。その花束は――なぜだろう――他の娘が走って取ろうとする中、偶然に、五月の手の中に、ふわっと、収まった。 「わあ」  景と博希が駆け寄る。 「これなあに」 「花嫁さんのブーケを受けとった人は、幸せになれるんですよ」 「へえ」  五月は嬉しそうに、その花の中に顔をうずめた。……多分、真の意味は理解していない。 「でもどうしよう。これ、旅には持って行けないよね」 「え?」 「明日あたり、この村、出るんでしょう」  五月も同じ事を考えていたらしい。景はそのことに少しだけ驚いて、それから、答えた。 「そうですね。そのうち枯れてしまうでしょうね」  五月は少し考えた。が、そのまま、宿に戻ることにした。 「引き出物なんかはないんだなあ」 「博希サン。いやしいですよ」 「結婚式にはつきものだろう」 「まだ披露宴と結婚式を混同してますね」 「よしなよ二人とも」  宿について、五月は花をコップの水にひたした。 「うーん」  しばらく花を眺めてから、五月は、首から下げた笛を吹いた。 『お呼びですか?』  少しして、フォルシーが窓際にとまる。 「フォルシー。この花ね、スカフィードに届けて欲しいの」 『スカフィード様に?』 「今日、ぼくが結婚式でもらった花なんだけど、幸せになれるんだって。スカフィードにあげようと思って」 『それはそれは。スカフィード様もお喜びになるでしょう。では、お届けします』 「うん。ありがとう」  フォルシーは花をくわえると、飛び立っていった。 「スカフィードに花を?」 「うん」 「またどうして」 「あのね……お姫様のことで悩んでるみたいだったから、幸せになってほしいなあって」  景は少し言いよどんだが、五月の頭をくしゃっとやって、笑った。 「五月サンは優しいですね」  翌日も晴れた。博希たちは宿の婦人と娘、それからガイルスに挨拶して、宿を出た。 「本当にありがとうございました。ご恩は一生忘れません」 「そんな大袈裟な」 「また是非遊びにいらしてくださいね」 「どうもありがとう」  村の道を歩きながら、次はどこへ行く? ……と、三人は語らっていた。 「チズヨデロー」  道は二つある。 「棒倒しで決めるか」  博希の言葉がすべてを決めた。もともと、他に選択肢をあげられるわけでもなかったので。 「じゃあ、分かれ道まで行きましょう」  この様子を見ていたのがデストダである。 「何で自分がこんなコトまで」  本人の前ではとても言えないセリフを吐きながら、彼は今、レドルアビデから受けた命令を遂行しようとしていた。  博希たちは村を離れ、森の奥を歩いて、分かれ道まで来た。 「右に行けばパープルウォー。左だったらブルーロックだ」  五月が木々の中から、棒きれを拾ってくる。 「これ」 「いいですねえ」  景が受けとって、博希に渡す。 「倒すぞー」  デストダはその瞬間を見逃さなかった。遠くから一陣、自分のマフラーで、『風』を起こす。棒は、右に倒れた。 「お、パープルウォーだ」 「じゃ、行きましょうか。今度はどんな村なんでしょうかねえ」 「あっ、そうだ、何が『降る』んだろう?」 「パープルですからねえ……紫色の何かが降るには違いないんでしょうけど」 「キレイなんだろうね、また」 「多分そうでしょう。さあ、行きましょう」  三人がパープルウォーに向かって歩きだしたのを確認して、デストダは、ほうっと安堵のため息をついた。やっと命令の遂行がかなった。レドルアビデの居城に戻って、報告を! 彼は急ぎ飛び立った。  スカフィードは自室で本を読んでいた。そこにフォルシーが花を持ってやってきたので、いささか、彼は驚いた。 「五月が? ……」 『はい。なんでも、幸せになれるとか』 「え……?」  フォルシーから一部始終を聞き、彼はようやく事情が飲み込めた。少しだけ苦笑して、花を花瓶に挿すと、彼は、椅子にもたれてまた、本を読み始めた。 「……そうか。成功か」 「はっ」 「……さて……」  レドルアビデは唇の端を歪めると、部屋を出た。 「どちらへ?」 「ついてくることは許さぬ」 「ははっ」  デストダは主人の背中を見つめ、命令遂行完了の喜びにまだひたっていた。ふいに、去りかけたレドルアビデが振り返る。 「デストダ」 「は!?」 「……『砂捜し』、怠るな」 「……はっ……」  そしてこちらはアイルッシュ――ジアルーパ、とある高校の職員室の中。 「……、っ……」  黒服の人物の表情が歪む。頭を押さえるが、程なくして、わずかに、笑った。 「――完全な『覚醒』には、もう少し、時間がかかる――」  カチャカチャと、キーボードを叩く音が、部屋の中に不気味に響いていた。 「解っているはずだ、それくらいは」  ざっと、人物はカーテンを開けた。日中の光をまぶしそうに眺めてから、人物――安土宮零一は、つぶやいた。 「この光は――あと、どれくらい、続くかな」

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  • 男戦士

    洋夏晴崇

    2020年6月16日 17時02分

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    にゃかにゃか良い

    洋夏晴崇

    2020年6月16日 17時02分

    男戦士
  • 女神官

    担倉 刻

    2020年6月16日 23時35分

    スタンプありがとうございます! 飛び上がって喜びました! 再開まで少しお休みしますが、今後ともぜひよろしくお願いいたします!!

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    担倉 刻

    2020年6月16日 23時35分

    女神官

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