Chapter:74 「僕ももう子供ではありませんよ」

 許さない――と景が言ったときのオルデの顔は、どこまでも凶悪だった。ひゅん……と鞭をふる。景がそれをよけると、オルデはきりい、と眉を吊って言った。 「許さない? どうしてそんなことが言えるのです」 「あなたは僕を捕らえたときに言いましたね。執政官様が許可すればどんな結婚も可能と。――ニュアンスは多少違いましたけど」 「ええ、そうですよ」  景は自分の身体の内から溢れようとする力を、必死に抑えながら会話していた。 「何がいけないのです? 愛する者を力づくで手に入れることのなにが?」 「あなたは――いえ。あなたがたは本当に人を愛している訳ではない! ただ、自分の自由になりそうなおもちゃが見つかればそれを欲しがる――子供です」 「子供……」 「あの時ははっきりと解らなかったし言えなかった。でも、今なら解ります。あなたがたは本当に人を愛したことはない! おもちゃを求め、それで遊び、壊れてしまえば――――ゆく先はホワイトキャッスル! 違いますか!? そうして新しいおもちゃを探すのでしょう。僕に目をつけたのもそのなかのひとつなのでしょう!?」  ぐ、と、オルデは言葉に詰まった。初めて言葉に詰まらされた。 「間違った推理ではない――。しかし私はそれが正しいと思っている。それが何故おかしい?」  執政官は五月に一歩近づき、そうつぶやいた。 「正しいって思ってるならそれでもいいよ、でも、でも、じゃあ、傷ついた人たちはどうすればいいの!?」 「さあ? そんなモノ――知ったことじゃない」 「も……の……!」  ドクン!  心臓の鼓動が早まる。景の全身が、熱くなる――――――  五月の腕に抱えられた主人は、かたかたと小さく震えながら、言った。 「……私も……同罪です……! 本当にあの人が大切ならばそれこそ力づくででも取り返すべきだった!! それのできなかった……勇士様を罠にかけてしまった私も……同罪なんです……」  ドク……ン!  景は一回、ゆらりと震えた。それを見て、博希が叫ぶ。 「五月! おっちゃんを守れ! 来る……景がカクセイすんぞ!!」 「わ、解った」  五月は慌てて主人を包み込むように伏せると、緑色の光をまとい始めた景を、じっと見守った。 「なんだ……?」  もちろんオルデと執政官と、それからマリセルヴィネは、これから何が起こるのか知るはずがないから、その場に立ち尽くしていた。 「本当に愛し合う者が結ばれて然るべき……でしょう! あなたがたの愛情は……エゴでしかありません! 人を愛するということは……そんなに、簡単なことではない!!」  ドクン!!  身体の内から溢れかえる感情を、景はもう止めることができなかった。両手の中に、緑色に輝く弓矢が生まれる。 「あ……あ」  手で柔らかく握ってやると、その光はぶあっと散った。その光もまるごと腕の中で受け止めようと、景はすうと手を伸ばした。そこまで見えたとき、博希も五月もその一瞬、『来る』ことが解っていたから、叫んだ。 「遠慮しなくていいぞ、景!」 「カーくん、やっちゃえ!」 「……っ……ああ……うああああああっ!」  ダンッ! と、大砲をぶちあげるような鈍い音。その直後、そこにいた全員の瞳の中に、限りなく鮮やかな緑色の光が滑り込んだ! 「……!?」 「何……!?」 「これは……くっ、【伝説の勇士】の力……なの!?」  マリセルヴィネのそのつぶやきを聞くか聞かないかのうちに、執政官とオルデの意識はトーンと飛んでいた。博希は景の放つ、押し流されそうに強い『意識』と『力』に必死で抗いながら、彼がいつ倒れてもいいように心の準備だけはしていた。すでに『爆発の』光は落ち着いているが、景は立ち尽くしたまま、まだ余波のような柔らかな光を放っていた。その中で、なぜか博希は冷静だった。光の中、彼が考えていたことといえば、   これで全員カクセイした。  だった。相変わらず『覚醒』が漢字でないところが非常に博希らしいといえばらしいのだが、ともかく、博希は多分初めて冷静にそう考えていた。これからどうなるのかはまったく解らないが、しかし何が変わるとも言えない。 「……ビミョー」  どこか余裕ありげに、博希はそうつぶやいて笑った。そうさ。カクセイしたからって何が変わる? 五月も俺も変わりはしなかった。そのままだった。なにも怖がることはないだろ。  景の代わりにいろいろと考えてみた博希は、それだけで頭が疲労した。しかしここでぶっ倒れるわけにはいかない。五月を見ると、主人を抱え込んだままへろへろと目を回している。 「ヤバ」  博希はつぶやいた。あまりにも長すぎる。自分のときと比べてどうだったのかは解らないが、とにかくまずいと思った。 「景が干からびちまう」  彼は目の前で光を放出し続ける景を見て、そんなことを思った。思うのと同時に、身体は景のほうに動いていた。 「景!」  とん、と、後ろから景の身体を支える。景は博希の胸に背中をあずける形になりながらも、まだ光の放出を止めなかった。 「大丈夫だ――もう大丈夫だ、景」 「………………」  すでに彼の意識はない。眠るように瞳を閉じた景は、そのまま、博希の胸の中にもたれていった。 「ヒ――――……ロ……くん」  少し遠くから五月の声がする。回していた目が平常に戻ったらしい。 「五月。おっちゃんは大丈夫か?」 「うん、息してる。大丈夫みたい」 「……まあ、そら俺たちのときも死人は出てねえけどよ」 「カーくんは」 「おう、何とか大丈夫みたいだ。ずいぶん頑張ったよーだし、少し寝りゃもとに戻らあな」  そっか、と五月はつぶやいて、きょろきょろと辺りを見回した。 「あの……ヒロくん? マリセルヴィネは……!?」 「は!?」  忘れていた。そういえば少し前から姿が見えない。 「逃げやがったなっ!! あんのブラコンっ!!」 「落ち着いてよ、逃げちゃったものどうしようもないじゃない。それより、これどうにかしなきゃ」  五月の指した先には、オルデと執政官が仲良くすっ転がっていた。 「こいつらも大口叩く割にゃあ大したことなかったな。……やるかっ」  きゅぽん。 「もちろん」  きゅぽん。  おろしたての油性ペンのキャップが開けられた。ぷんと特有の匂いが漂う。 「久しぶりだぜ~~!」 「ぼく執政官のほうやるから、ヒロくんオルデのほうでいいよ」 「おう、好き放題やらせてもらうぜ!」  それから小一時間して、景は中央広場のベンチの上で目を覚ました。 「……ん」  鼻をつんとつくきつい匂い。 「油性ペン……?」  体を起こすと、博希と五月がオルデと執政官の上に馬乗りになってきゅかきゅかと落書きをやっていた。つまりかれこれ一時間も彼らは落書きをしているのである。 「景! どうだ、体大丈夫か?」 「え……ええ、なんとか……」 「そーか、そりゃよかった! あ、今回はお前落書きしなくていいからな! もう書くとこねえんだよ、俺たちが全部書いちまった」  言われて、景はオルデと執政官のほうを見た。顔のみならず腕だの着物だの筆記可能なあらゆるところに「エロ兄弟(兄)」「エロ兄弟(弟)」、果ては「サド」だの「1点」だの、画も字もムチャクチャに書かれていた。 「うわあ……」  つぶやくのが精一杯。少なくともこれから先、この二人が権勢を誇ることはないだろう。景はそう思って、少しだけホッとした。 「あの」 「え?……ああ、あなたは……」  あの、宿の主人が景のそばに立つ。 「本当に申し訳ありませんでした! 私は……私は我が身とあの人の身かわいさに、あなたを売るようなことをしてしまった……!」 「――もう、いいんですよ。終わったことです。――ときに、あなたの――大切な方は、見つかったのですか。このような状態です、もう、この二人があなたに害をなすことはありませんよ。取り戻しに行かれたらいかがです」  それを聞いて、主人は眉をひそめた。 「……それが……」 「?」 「いなかったのです」 「いなかった……!?」 「先程、他の勇士様に同じことを言われ、私はお屋敷のほうに向かわせていただきました。しかし、そこにあの人はいなかったのです」 「――どうして――」  その会話をいち早く耳に入れた博希は、オルデをがんがんと叩き起こした。 「変態門番! 起きろこらっ! おっちゃんの恋人をどこへやった!?」  オルデは視点の定まらぬ目で、ぼんやりと言った。 「あの女ですか? すでに……ホワイトキャッスルですよ、ウフフ」  カッチ――――ン。  博希がじかに言ったのか、景の耳だけに幻聴の如く聞こえたのか、それは定かではないけれど、そんな音が響いたような感じがした。 「どうやらテメー、本気でこの村から出ていきてえらしいなあ、オイ?」  博希の目が本気になった。とするとさっきまでは冗談半分だったのか、それにしては相当ひどい目にあっているが――――景は少し考えるのを止める。  ――それから、博希がオルデと執政官を真っ裸にして中央広場にさらし者にし全身に油性ペンでボディペインティングを施しなおかつ一週間そこにうっちゃっておこうとある意味残酷な決定を下してしまうまで、三十分かからなかった。 「……てことはアレか。もう……彼女は」  博希はすべてが終わってから、そう結論づけた。しかし、その先は言わない。 「助けに行けばいいじゃないですか。どうせ最後にはホワイトキャッスルに行くんですよ?」 「そうだよね。ぼくらが行けば、いいんだよね」 「――そういうことです。ご主人、時間はかかってしまうかもしれませんが、あなたの大切な方は必ず助け出します。約束します。どうか待っていてください」 「はい……信じて待っています!」  景はそれを聞いてにっこり笑うと、真っ裸のエロ兄弟二人を指して、言った。 「家に閉じこもっている皆さんに声をかけて、この状況を見せてあげてください。それから先はあなたたちの仕事です。この村が幸せになりますように」 「行こうぜ、景。マリセルヴィネを追わなきゃなんねえ」 「少々慌ただしくなってしまいましたがね。行きましょう」 「おじさん、じゃあね」 「ありがとうございます……本当にありがとうございます!」  まだ本当の解決ではない。少なくとも彼の恋人を救い出すまでは。景はその瞳の中に消えない炎を宿し、二人の後をついて歩いた。 「素晴らしい方々だ……【伝説の勇士】様……」  ……どういうあたりで「素晴らしい」のかはさておいて。 「お前が逃げるとはな」 「だって仕方がないじゃない? まさかあれだけ激しい力にまみれるとは思わなかったもの。兄様だってあの力にぶつかれば、どうなるか解らないわよ」 「さあな。少なくとも俺は一度勝っているからな」 「そうね、そうだったわね。……それにしてもホッとしたわ、間一髪で兄様が来てくれて」 「当然だ。俺は可愛い妹を見殺しにするような外道じゃない」  並んで木の上から下を見下ろしつつ、そんな会話を交わすふたつの影は、鏡に映したようによく似ていた。 「さあて、どうする?」 「もう少し遊んでみてもいいかしら? 兄様じゃあ遊ぶより殺してしまうでしょ?」 「――まあ、ピンクフーラはお前の都市だからな。好きにしろ」  ふ……と、ため息にも似た笑い声がもれた。 「だがあまりでしゃばるな。どうも『あの男』からの干渉が激しいようだ」 「あら。今更どういうつもりかしらねえ。レドルアビデ様はもう充分に」 「いや……覚醒がまだだ――――完全な、ね」  マリセルヴィネはそれを聞いて、少し目を細めた。 「そうね」  穏やかに残虐な表情を浮かべ、この双子はくすくすと笑っていた。  次の村へ行くために、三人は歩き出していた。  しかし―――― 「……あ――――!」 「どうした景?」 「僕の通信機! あの、彼に踏み潰されたやつです! 取り戻すのを忘れていました!」 「きゃーっ、そういえばっ」  本当に忘れていた。あの村に戻った目的の半分はこれのためだったというのに、死刑執行・救出大作戦・景爆発と大イベント三連コンボの中にすっかり飲み込まれてしまっていたのだ。――もっとも死刑執行についてはこれが初めてではなかったが。 「先に行っていてください、通信機を取り返し次第、追いますから」 「大丈夫か?」 「僕ももう子供ではありませんよ」  くすっと笑って、景は握り拳を博希に突きつけた。博希はすぐににやっと笑い返し、自分も握り拳をつくると、とん、と景の握り拳にぶつける。五月もえへっと言って笑うと、同じようにした。  それから景は、くるっと踵を返すや否や、今さっき歩いてきた道を辿って走りはじめた。しかしなぜか、博希の心はもやもやっとしていた。まただ。なんだろう、この感覚は。そう考え始めた矢先、五月が博希の服の裾をくくんと引っぱった。 「……ねえ、ヒロくん?」 「あん?」 「言っちゃってもいい? ぼくね今気がついたんだけど。怒る?」 「怒らんから言ってみ」 「フォルシー呼べば早かったんじゃないかな」  ………………。  で、「うぇう、うぇう。怒らないって言ったじゃない」と半泣きで言いながら、五月がフォルシーの笛を吹いたのは、それから三十秒後だった。 「先に行ってていいってカーくん言ったじゃない」 「なんかやーな予感がすんだよ! それに俺たちは三人いなきゃダメなんだ。解るだろ!?」 「解る」  フォルシーの背中でそんなことをしゃべりながら、二人は景の背中を捜した。  その頃、早々ともとの村にたどり着いていた景は―――― 「懲りていない――という解釈で、よろしいですか!?」

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