Chapter:27 「トンチクイズの初歩ですよこんなの」

「お前らいい加減にしろ!!」  デストダはついに頭にきた。だが目の前の【伝説の勇士】たちは、非常に冷めた面持ちで、たった今我慢の限界を迎えた『鳥で虫でカッパ』を見つめた。 「だったらさっさと本題に入っていただけませんか」 「お前らがそうさせないんじゃないか!」 「ぼくらさびしんぼなの。早く話し始めてくれないと、さびしすぎてぼくら勝手に話を始めちゃうよ?」  デストダは唇を噛んだ。 「くっ」  これは奴らの術なのか、それとも、こいつら本気でそういうことを言っているのか。デストダにはもう何がなんだか訳が解らなくなってきた。このままスイフルセントではなくてレドルアビデの元に逃げたいという欲求さえ強まってきた。とはいえそんなことをして何と言い訳する? 「奴らは正真正銘のアホでした」  などと言いたいのはヤマヤマだが、そんなことをしたが最後、二度とこの世界を飛ぶことはできなくなるだろう。――デストダはそこまで考えた。五月はワクワクしながら、景は少し冷めた顔で、デストダの言葉を待っていた。 「まだですか、鳥で虫でカッパの人?」  景の一言に、彼はカチンときた。 「そうだ! そこからがすべての間違いだったんだ! 自分は『鳥で虫でカッパ』などという回りくどい名前じゃない!!」 「ほう」 「自分の名前はデストダ! レドルアビデ様の配下だっ!」  やっと名乗れた。デストダはホッとしながらも、何か違うような気もするなあ、と、心の中で半分泣きながら首をかしげていた。  こんなはずじゃなかった。 「お前、誰だ。スイフルセントじゃねぇな」 「私? あなたたちがさっきまでいた村の執政官よ」  博希はそれに答える代わりに、 「スタンバイ・マイウェポン――」  とつぶやき、出した剣を肩のところでトントンともてあそびながら、言った。 「あんたがね。……屋敷はエラいことになってるぜ?」 「ふうん」  何の興味も示さないかのようなその言い種に、博希は少しだけ――普段はそこまで考えやしないのだが――考えた。  ……てめぇの屋敷そのままにほっとくくらいだからな。  ある程度の予想はしてたんだろうな。  ……ヤなヤツだな…… 「なるほどねえ、スイフルセント様のおっしゃる通り、美少年だわね」  執政官のセリフに、博希は反応した。 「俺にそっくりな奴が村にいたろう」 「覚えているわ。ガイルス……とかいったかしら」 「俺はそいつを取り戻しに来た。どこにいる」  クスリ、と、笑う唇。 「さあ」 「なにい?」 「スイフルセント様ならご存じかもしれないわ。あなたガイルスの何?」 「あ? ……」 「恋人?」 「俺ァそんな趣味ねぇよ」 「残念」  何が残念なんだか、執政官は少しだけ肩をすくめると、手からフヒュッ――と、何かを飛ばした。博希は瞬間、剣でそれを弾いた。それがなんだったのか――博希は、たたき落としたそれを、見た。  針。それで博希は、今までのパターンと、自分の持っている少しの知識で、彼女が何をするつもりであったのかを悟った。 「俺はあんたやスイフルセントの人形になるつもりはないぜ」  ニヤッ、と、笑う。執政官はその表情に少しだけ、微笑んだ。 「その表情、ガイルスにそっくりね」 「! ……ガイルスは……どこだっ。てめぇ居場所を知ってるな!?」 「知らないって言ってるじゃないの。もう、とっくに、スイフルセント様に引き渡したわ」 「引き渡した? ……どういう事だ?」 「スイフルセント様のお好みだったのでね。ずいぶんとお気に入りのようだったわ」  じゃあガイルスにそっくりな俺もスイフルセント好みで間違いないんだ。今回こそは俺が勝ったな、景! ……などと余計なことを考えつつ、ふいに、彼は目の前の執政官が許せなくなった。 「男はオモチャじゃねぇぞ。引き渡すだの気に入りだのって、サイテーだぜ」 「そう? 私は楽しいけれどね」 「いらなくなったら捨てるんだろ」  執政官は言葉に出さず、ただ、フッ、と、笑った。博希はそれで、執政官の返事をすべて読み取った。 「お前みたいなヤツが俺ァ一番嫌ェなんだ。男だろうが女だろうが、他人をもてあそんで喜んでるヤツがな」  それだけのつぶやきでよかった。執政官が針を出すのと同時に、博希も剣を構えた。 「それで? 僕らをどうするつもりなんです、鳥で虫でカッパの人?」  デストダは本当に頭にきた。 「さっき自己紹介しただろう!? 名前で呼べ名前で!」 「だって鳥で虫でカッパの人っていったほうがかわいくていい」  五月が上目づかいに言う。 「そ、そうか? ……なんてこと言うか――――っ!! 確かに自分は鳥も虫も混じってる! だがカッパってなんだ! どんな生き物だ!?」  コスポルーダ人はカッパを知らないらしい。ああ、そりゃそうか、と、景と五月は納得して、景が『カッパ』を説明することにした。 「その水掻きがカッパ風です。本当のカッパというのは頭の上に皿が乗っているものですが、その水掻きだけでもカッパと認めて差し上げましょう」 「認められて嬉しいヤツがどこの世界にいるっ!」 「嬉しくないんですか?」 「嬉しいわけないだろっ」 「いったい僕たちにどうしろっていうんですか」 「人の話を聞け――――――!!」  もはや足留めとかそういった概念のものではなくなっている。まるで即興トリオ漫才だ。まあ、景と五月をここに足留めしているという点では、やや成功かもしれないが、デストダはいたく傷ついていた。 「じゃあ聞いて差し上げますから、早いとこお話しなさい」 「何でそんなに態度がデカい」 「聞けと命令したのはあなたですが、僕らが卑屈になる理由はありません」 「ムッ」  デストダは顔でちょっとだけすねてみせて、言った。 「お前俺をどうやっておちょくってやろうか――とか思ってるだろう。それからそっちの髪の長いの――早く『ヒロくん』のところに行って、『仕切りたい』と思っているだろう」 「えっ?」  五月は驚いた目でデストダを見て、それから、はしゃいだ。 「すごぉい!! なんでぼくの考えてることが解ったの!?」  景は少しだけハッとした表情を見せて、五月を背中のほうへ回し、五月にささやいた。 「五月サン。……博希サンのことだけ、考えていてください。そうですね、今日のお夕食のことでも構いません、とにかく、戦いに関係なさそうなことを考えて」 「うん」  順応性のよい五月は、言われてからすぐに、頭の中を博希と温かいスープのことで一杯にした。 「考えたな」 「読心――ですね、あなたの『魔法』ですか、それが?」 「あながちアホではないんだな」 「そりゃあ僕はね」  その先は飲み込んでおく。 「言っておきますが僕を『読心』しようとしても無駄ですよ」 「ほう?」 「なぜなら僕も――『読心』できるんですからね」 「何……?」 「ダテに【伝説の勇士】の名を冠してはいないということです」  そう言って景は不敵に笑った。  博希はスイフルセントの居城内を走り回っていた。もう何階まで登ったかさえ解らない。それくらい高く高く登っていた。 「どこだっ、好色総統スイフルセント!」  言葉のゴロはいいが、なんだか不名誉な呼び方だ。だがそんなことを気にしている場合ではない。博希は走り通しで疲れ果てた足を時々さすりながら、スイフルセントを捜していた。  その時、博希の瞳に、鏡が映った。自分の姿が目の前にある。だが何か、微妙な違和感が……。鉄格子の中に鏡? 「?」  いや違う、これは、鏡じゃない、俺が鎧装着してないからな、……じゃこれは……? 「あの」 「うおあ!」  博希はのけぞった。鏡がしゃべった!? が、すぐに落ち着きを取り戻す。 「……あ、ひょっとして、お前……ガイルスとかいう名前じゃねぇ?」 「そうですが」  なるほど! それじゃあ鏡と間違える訳だ! はっはっは――! 博希はひとしきり、よく解らない納得をした後、ガイルスに言った。 「恋人が待ってるぜ。俺はお前を助けに来たんだ」 「えっ」 「離れてろ!」  博希は剣を振った。ガシャアン! と音がして、鉄格子が砕けた。その中にいたガイルス以外の青年たちもみな、安堵のため息をもらす。 「あなたは、【伝説の勇士】様なんですね?」 「そうだよ」 「ありがとうございます、ありがとうございます……」 「おら、早く行けよ、スイフルセントに見つからねぇうちにさ!」  博希が背中を叩く。 「はいっ」  ガイルスと、あと数十人の青年たちは出口に向かって走り出した。  それにしても「イエ俺も戦います」なんてなことも言わないでそのまんまとっとと逃げやがった……なーんか、拍子抜けするなあ……  博希はそんなことを思いつつ、スイフルセントを再び捜した。が、 「余計なことをしてくれたわね?」  イヤな笑いの含まれたセリフだ、と、博希は咄嗟にそう思った。背後に殺気を感じて素早く振り返る。 「久しぶりね、美少年」 「お前に言われるといい気がしないな」 「あら、そう? ……執政官はどうしたのかしらね」  博希は少しだけスイフルセントと距離を作ってから、言った。 「玄関にいるよ。ただし、起きてはいない」  ふうん。聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、そうつぶやく、スイフルセント。瞬間的に博希は、その婦人の瞳に、危ない光がよぎるのを見た。 「!」  博希が思わず大股に二歩ほど飛びのくのと、スイフルセントが自身の扇をふるうのとは、ほぼ、同時だった。 「うあっ……!」 「ならば自分を『読心』してみるか?」  デストダが自分の胸に手を置いて言った。景は少しだけ、唇の端で笑った。 「もし僕が本当に『読心』できたら、どう、します?」 「ふん、『読心』の魔法は自分がレドルアビデ様より直々にいただいたもの――【伝説の勇士】などに使えてたまるか。もしも本当に『読心』できたら――その時は潔く去ろう」  景の双眸に、鋭い光がよぎったのに、デストダは気がつかなかった。 「約束、しましたよ?」  フ、と、景は笑った。自分の脇を見る。五月はぼんやりと、多分、スープのことでも考えているのだろうか――空を眺めている。 「お花がキレイ」  てなことまでつぶやきつつ。 「では『読心』して差し上げます。――ええと――お名前は何とおっしゃいましたっけ、鳥で虫でカッパの人?」 「!! デストダだっ! 何度言わせる!」 「そう怒らずとも。デストダ、でいいんですか?」 「は?」 「ちゃんづけでもして欲しいかと」 「誰が望むかっ、そんな事! 普通に呼び捨てにしろ呼び捨てに!」 「そうですか。全く遊び心のない。……」  人を呼ぶのに遊び心なんているのかっ、とデストダは突っ込みかけたがやめた。なにせ『読心』できると豪語する者が自分以外にいる。しかも目の前に。なおかつ【伝説の勇士】だ。こいつがどんなふうに自分を『読心』するのか、彼はそのことに、今最大の関心を寄せていた。  だが彼は少しだけ――というか相当甘かった。景の頭のデキとデストダの狡猾さをハカリにかければ、重いのはどう考えても圧倒的に景の頭のデキのほうであることを、デストダは知らなかった。 「デストダ。……あなた、今、僕たちの前から『潔く去る』気は『ありません』ね?」 「……何……?」  博希は一歩でなく、二歩のけぞった自分の判断力に心から感謝した。床はえぐれており、ぷすぷすと煙を立てていた。 「……は……」 「残念ね、もう少しだったのに」  なんて威力だ。アイルッシュにいたときに持っていた扇の力の数倍はあるぞ! 「ずいぶん、強くなったな」 「レドルアビデ様のおかげよ。せっかくレドルアビデ様のもとに『献上』しようとしていた美少年たちを逃がしてしまうんですもの。それ相応のおもてなしをしなくてはね?」 「献……!?」  博希がつぶやくより早く、スイフルセントは扇をふるった! 「ぐあっ!」 「素敵! 美少年の苦痛にゆがめたその表情! もっと見せて、私に!」  博希は体のまわりにバチバチというわずかな痺れを残しながら、一階まで飛び下りた。 「逃がさなくてよ!」  スイフルセントも後を追う。その瞳は恍惚としていた。なんてアブないオバちゃんだ、博希は背中に悪寒を走らせながら、剣を構えた。 「どうなんです。当たっているんですか外れているんですか?」 「自分が……お前たちの前から潔く去る気はないと考えていると言ったな?」 「ええ」 「その通りだ! よく解ったな」  景はそれを聞くや否や、ニッコリ笑った。 「ああそうですか。では、潔く去ってください」 「何!?」 「僕が『読心』できたら、あなたは僕らの前から潔く去る約束だったでしょう?」 「ちょ、ちょっと待て! 当たってない! 外れてるぞ! どうだ、お前たちの負けだっ。自分はここから立ち去らないぞ」 「外れですか? ……じゃ、潔く去ってください」 「なぜ!!」 「潔く去る気がない――のが、外れなんでしょう? じゃあ、潔く去る気なんでしょう?」 「え!?」  デストダはなぜか指を折って考え始めた。解らない。どこで間違えた!? 「僕らの勝ちです。トンチクイズの初歩ですよこんなの」  景は五月に、行きますよ、と声をかけて、歩き出した。 「待て――――っ!!」 「待ちません。無駄な時間を使いましたよ全く。……またお会いしましょう、『鳥で虫でカッパの人』?」  景は本当に狡猾そうな微笑みでデストダを見た。 「なっ……」 「それじゃあね、鳥で虫でカッパの人ー」  五月は無邪気に手を振った。  後にはデストダが残された。一陣の風が、彼の寂しさを演出していた。 「自分は……デストダだ……覚えてくれ……」 「ところでさ」 「え?」 「ぼくまだ聞いてなかった。今回の事件って、どんなの?」 「え!?」  五月の素朴な疑問に、景は時を止めた。 「ねー」  景は少し黙った。 「え…………」  そこまで説明する必要はないはずなのに、景の頭の中には『一夜の関係』という語がぐるぐると回って、止まらなくなった。 「ぼ……僕は知りませんっ。博希サンに聞いてくださいっ」 「なんで顔赤いの」 「気のせいですっ。急ぎますよっ!!」  五月は「?」と首をひねりながら、頬を上気させる景の後をついて行った。 「さ……っき、お前言ったな、『献上』? どういう意味だ」  スイフルセントは扇をぱちんと閉じた。 「あなたは知らなくてもいいことよ」  妖艶な瞳を向ける。博希の全身に、ずあっ――! と、悪寒が走った。扇が静かに開かれる。 「そのうち、あなたも『献上品』になるんですもの!」  扇がふられ、素早く閉じられる。黄金に輝く雷撃が――細く、まるでそれは鞭のように、博希の剣を捕らえた! 「うわっ」 「放つだけの雷撃と思ったら大間違いよ。素敵――金色の輝きと銀色の輝きが絡み合う様――美しいわ」  笑う。博希は剣だけは飛ばされてはいけない、と思いながら、足のほうでぐっと踏ん張っていた。 「……俺も『献上品』になるってなァどういうコトだ。レドルアビデへの、『献上品』になるってのか!?」 「それ以外に何かあって?」  博希は考えた。レドルアビデとは確か男ではなかったか。  なんでそんなヤツのとこに美少年を『献上』しなきゃいけないんだ?  レドルアビデってもしかして『そういう』趣味があるのか!?  何てヤツだ、ヴォルシガとかこいつよりアブない奴なのか!  ……け……『献上品』になったら一体どうなるんだ?  ってか前の村の美少年千人もそのうちレドルアビデの『献上品』に!?  うわっ、じゃあヤツは千人あまりの美少年をはべらせて何やってんだ!! 「ギャ――――――――――!!」 「!?」  博希は自身の勝手な想像で混乱の極致に達していた。 「お前はそんなヤツに仕えてんのか! サイテーだっサイテー、寄るなっ!!」  固定されているはずの剣をぶんぶんとふる。 「な……何なの????」  スイフルセントは訳が解らず当惑している。そりゃそうだ。  今、景と五月の足元には、執政官が転がっていた。 「面白いかっこうして寝てるねー」  白目をむいて倒れている彼女は、頭に針を五本ほど刺されて――その姿はさながらどこかの仏像のような――、額に『じょーしゃひっすい』と書かれている。 「博希サンの仕業ですよ」 「だよね」  二人は城を見上げた。その時ちょうど、城の中から 「ギャ――――――――――!!」  という叫び声が聞こえた。 「ヒロくんだよ!」 「行きましょう!!」  その叫びが一体どういう状況下で発せられたものか解るわけもなく、景と五月は城の中へ急いでいった。

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