Chapter:4 「火事場の馬鹿力ってヤツだよ」

「聞きたいこと? まだ何か?」 「ええ」  景はずり落ちた眼鏡をくい、と上げて、スカフィードを見た。景の眼鏡の奥が光って、スカフィードには、景の瞳は見えなかった。 「あなたは先程、六人の部下がこの世界の方々に散ったというような話をなさいましたね」 「ああ」 「では、この世界はレドルアビデの手の中に沈んだも同じ。この世界に住む人々は、苦しんでいらっしゃるのではありませんか」 「……そうだ」  景はスカフィードの瞳をまっすぐ見据えた。 「ならば、僕らを待つより、手っ取り早い方法があるじゃないですか」 「それは」 「革命軍とか――レジスタンスとか、そういう類のものですが――存在はしていないのですか」 「――いや、聞かないな」 「え……?」  スカフィードはテーブルの上で手を組みなおした。景は半ば呆気にとられて、彼を見ていた。 「多分、いない。存在、していない」 「なぜ!? ……」  スカフィードは少しだけ、唇に微笑を浮かべた。 「この世界は、もともと、平和だからだ」 「平和」 「そうだ」  それっきり、景は何を聞くこともできなくなった。スカフィードのすすめによって、景はスープを飲んでしまうと、何か、自分の中で事の解決しないもやもやが心の中に引っかかっているのに気がついた。  が、今は、解決しようにも、できないことを、彼はよく知っていた。  食事が終わってから、スカフィードが何かを出してきた。 「なんだよこれ?」  腕輪というよりは、何かの防具のようなもの。肘から手首までをすっぽりと覆っている。 「この世界の住民であるという証しだ。これをつけていないと、異邦人であるということが一発でバレる」 「なるほどな、勇士だっつーこともそうオイソレとバラしていいもんじゃないもんな。どっかのテレビ番組で言ってたよ」 「……どこのヒーローモノでです?」 「……し、知らないなあ」  スカフィードはそして、布のようなものも付け加えて渡してくれた。 「これで、エンブレムを隠すといい」 「あっ、時代劇で旅の人がつけてるようなやつだねっ」  博希はスカフィードの髪を見ながら言った。 「じゃあ、目の色とか髪の色は? スカフィードは白い髪に青い瞳だろ、俺は純粋に黒いぜ」 「ああ、この世界の民は、髪の色や瞳の色など千差万別だ。黒い髪や瞳を持つ者もいる」 「へえ。……ああそうか、お姫様も、髪も目も、真っ青だったもんね」 「王族は、基本的には薄いブルーの瞳と髪なのだよ」  景が身支度をしながら、その言葉になにか引っかかったように、言った。 「基本的には? 例外もいるということですか?」 「…………例を挙げるなら、先代の皇帝は、薄いレッドの髪と瞳をもっていた。とても薄い、美しい色のね」 「見てみたかったなぁ」 「そうですね」  スカフィードは、三つのブレスレットを持ってきた。 「一つは時計機能、一つは地図機能、一つは翻訳機能が搭載されたものだ。好きなものを選んでつけるといい。通信機にもなっているから、便利だ」 「わーい、じゃぼく、翻訳ー」 「何言ってんだっ、英語の授業もロクに聞いてないような奴がっ。翻訳は景だよ、頭いいし」 「えー、じゃぼく、何つけたらいいの」 「地図にしたらどうですか? この世界が丸々入っているようですし、面白いかもしれませんよ」 「そうだねっ、じゃ、ぼく地図にするっ」  単純だなあ、と、博希は思いつつ、ひとつ残った、時計機能の搭載されたブレスをつける。 「荷物は何に入れていったらいいんだろう」 「どんな物がいい? たいがいのものは揃っているから、準備できるぞ」 「いいのか? 俺は――……大きいヤツがいいなあ」 「ぼく、ナップザック」 「僕は雑嚢でいいです、必要最小限のものしか入れませんから」 「ケンカ売ってんのか、景?」 「はて、何のことやら」  程なくして、それぞれの荷物が揃い、旅支度は整った。 「さて……行こうか?」 「うん」 「ええ、行きましょう」  スカフィードは玄関先まで三人を送り出した。 「五月のブレスで、グリーンライまでの道は解るはずだから、とにかくそこまでたどり着け。その後は、宿屋に泊まるもよし、街で捜し人を尋ねてもよし。正体は、できるだけギリギリまで知られないようにするんだぞ」 「ああ」 「それから。これは大事な事だ。この世界では、『声』が魔法になる。お前たちがいくらエンブレムだけ出しても、鎧は装着されない。お前たちが一番しっくりくる、『鎧装着時の声』がないといけないんだ」 「キーワードのようなものですね」 「それを決めるのはお前たち一人一人だ。もし、装着しなくてはならない時が訪れたときのために、できるだけ早いうちに決めておくことだ」 「うんっ」 「それと、これも言っておいたほうがいいだろう。武器を出す時は『武器射出時の声』、ブレスの機能を使う時は『機能使用時の声』というふうに、自分が決めたそれぞれの『声』で起動させなきゃだめなんだ。もっとも、攻撃の時は、決まった『声』でなくていい。好きな『声』で攻撃するんだ」 「了解っ」 「じゃ、行ってくるね?」 「行って参ります」  スカフィードは無言でうなずいて、三人の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った。  びゅうっ、と、一陣の風が吹く。 「!」  何か……影が横切った……? 「まさか……っ!」  スカフィードは空を見上げたが、影とおぼしきものは、すでに見えなかった。彼は家の中に戻り、しばらく、たたずんで、がくりと崩れた。    マスカレッタ……、……様……    私は――――    何もできない……情けない神官です……  ぼろりと、涙がこぼれた。マスカレッタのライフクリスタルが、わずかに、光った。  黒い影が、真っ白な城にひゅうっと入り込んだ。ルビーのように真っ赤な瞳と髪を持つ、黒い翼の人物の前で、ひざまずく。 「レドルアビデ様」 「デストダ、か」 「はい」  デストダと呼ばれた影は、非常に、面妖な姿をしていた。多分、見た目は少年であろうが、額からはえた触角、足は恐らく鳥のものであろう。手には水かきがついている。忍者服のようなものを着ており、大きな瞳…… 「伝説の勇士が、動き出した様子にございます」 「伝説の勇士がな……」 「いかがいたします?」  レドルアビデは、クスリ……と笑った。 「捨て置け。恐らく神官・スカフィードあたりが導いたのだろう」 「グリーンライに行く――と、言っておりましたが」  真っ赤な瞳が、キラリ、と、光を帯びる。 「グリーンライ……。あそこには確かヴォルシガがいたな?」 「はっ」 「面白い。ヴォルシガを呼べ」 「承知」  デストダは、窓の所から、外へ飛んでいった。  レドルアビデは、もともと、マスカレッタの居室だったところに行った。ドアは修理されて、堅固な作りになっていた。中には、【エヴィーアの花】が、静かに咲いていた。 「入るぞ」  もの言わぬ花に、そう断る。【エヴィーアの花】のそばに座ると、レドルアビデは、言った。 「マスカレッタ……いや、【エヴィーアの花】。お前の愛するスカフィードが、伝説の勇士を見つけ出したらしいぞ……ふっふふ……悔しいか。自分の不幸に間に合わず、悔しいか。ハハハハハ!」  茎というよりはまだ、マスカレッタの足に近いであろう所を、撫でさする。 「そのうち、伝説の勇士と共に、スカフィードの血も、お前に飲ませてやろう……フフ……」  レドルアビデはマスカレッタの部屋を出た。そして、その隣の部屋の戸を開ける。中に置いてあるたった一つの家具である、固そうなベッドに、一人の少女が眠っていた。 「…………フ…………」  それだけをつぶやいて、レドルアビデは、自分がもといた部屋に戻った。 「まぁだグリーンライに着かないのかよっ?」 「そう簡単に着くわけないでしょうが。さっき五月サンの地図を見なかったんですか? ホワイトキャッスルを、日本でいう国会か皇居と例えるなら、グリーンライや他の都市は、四十七都道府県みたいなものですよ。スカフィードの家は、グリーンライのはしっこのはしっこにあったんです。少なくともあと五十キロは歩かないと、たどり着きはしません」 「五十キロ~~~~!?」 「すごーい、マラソンの人より多いね!」  そんなどうでもいいのかよくないのか解らない言い合いを続けながら、博希たち勇士様御一行は、グリーンライヘの道を歩いていた。幸いにまだ、敵らしきものは出てこない。もちろん、もともと平和だとスカフィードが語ったのを裏付けるかのように、時代劇でよく見る、旅人を狙った強盗みたいなものにも出くわさなかった。 「お」  博希が何かを見つけた。 「標識だぜ」  だが、当然の事ながら、読めない。これがコスポルーダ語というのだろうか。不思議な文字の羅列が、博希たちの目に飛び込んできた。 「じゃ、ここは僕に任せて下さい」  ブレスを標識の前に突き出す。 「……明鏡止水! 翻訳開始」  なぜ明鏡止水なのかよく解らないが、これが景の『機能使用時の声』であるらしい。『声』を受けて、ブレスがキラリと輝いた。コスポルーダ語で書かれた標識に、光が当たって、文字が読めるようになる。 「こっちの方向にあと四十キロあまりでグリーンライのようですね」 「まだまだ違いなあ……水あるか?」 「あるよ、ぼくのナップザックの中」  スカフィードが入れてくれた水筒の中身を、三人で分けて飲む。 「下手をすると野宿になるかもしれませんね。急がなければ」 「小さな村でもいいから探さないとな。とにかく、今夜寝る場所だけでも確保しといた方がいいだろう」 「ぼく野宿はイヤだよ」 「今夜食べるものさえないとなったらシャレにもならんだろう」 「ええ。こちらは、僕たちの世界と違って、冬に入りかけているようですし」 「寒いのもイヤ」  約一名の発言を完全に無視したのにもかかわらず、相談は平行線を辿った。このあと飲むであろう水を少しだけ残して、博希たちは再び、歩き始めた。  グリーンライまで残り三十キロ―――― 「もう疲れたよう」  やはり、というかなんというか、五月がいの一番に音を上げた。 「まだあと三十キロもあるんだぞっ」 「なんだかすごく眠たいの」  どこかのアニメで聞いたようなセリフを吐きつつ、五月はそばの草むらに横になりかけた。 「ならお一人でどうぞ。ただし、このまま寝てしまったら、多分明日の朝には、五月サンが凍死体で発見されることでしょう。凍死はそのままだと真っ青で非常に美しいですが――……」  なぜか妙に恍惚とした景の表情に、博希は一種、空恐ろしいものを感じた。 「もし解凍されたらヒサンですよ、グニャグニャになって」 「いやあああ――――!」  五月は飛び起きた。 「ぼく、醜い死体だけはさらしたくないのっ。美しく死にたいのっ」  そういう問題ではないような気もする。 「だったら歩いて行きましょう」  博希はふう……と、人知れずため息をついた。  前途多難。  ――だが博希も景も、当然といえば当然であるが、疲れていた。普通は遠足でもそんな長い距離を歩くということはない。腹も減った。 「…………」  口数も少なくなる。 「……ねえ」  五月がぼそりと言う。 「おなか、減った」 「……みんな減ってんだよっ」  博希が殺気立っている。 「やめましょうよ博希サン」 「どうでもいいけど何でこの世界には乗り物がねぇんだ」 「都市部に行けばあると思いますよ。ここは外れの方だからないんでしょう」 「…………」  こんな状況でもよく冷静でいられるものである。きっと火事が起きても準備しておいた大事なモノだけ取り出してテキパキと逃げるタイプだろう。 「でも、おなかが空いたのは事実ですね」 「ご飯食べたい」 「この世界に米なんてあんのか」 「さあ…………」  三人は草むらの上で途方に暮れた。その時である。 「!」  博希がいきなり立ち上がった。 「どうしたんですか!?」 「……米の、匂いだ」 「ええっ!?」 「ホントですかっ」 「おかずの匂いもする……この匂いは……鶏肉か……?」 「どっち!」 「……あっちの方だ……走るぞっ」 「でもぼくもう走れない」 「悪いけど、僕もです」 「じゃ二人とも担いでやるっ、俺の肩に乗れっ!!」 「うんっ!」 「い、いいんですかっ!?」 「いくぞおおおおっ! うりゃあああっ!」  博希はまるでサーカスによくいる力自慢の人のように、五月と景を両肩に担いだまま、どこかのオリンピック選手も真っ青な走りを見せた。  博希の爆走、約一時間足らず。 「あ、なんか、光が見える」 「村のようですね……それにしてもこれだけ離れた場所の米の匂いを嗅ぎ当てるとは、さすが寿司屋の跡取り息子」 「とりあえず、宿を探そう」  五月と景を肩から降ろした博希が言う。 「博希サン、疲れてないんですか」 「火事場の馬鹿力ってヤツだよ。別に疲れはない」 「…………」  火事場の馬鹿力でいくら体重がそう重くないとはいえ二人の男子高校生を何十キロもの距離走って運べるもんだろうか。景はそう考えたが、辺りはすでに暗い。考えるより、泊まる所を探すほうが先である。 「そこの家で聞いてみよっか?」  五月の提案で、一番社交性のある景が代表で聞きにいくことにした。  トントン。 「ごめんくださいませ」 「どなたでしょう」 「私たちは旅をしている者なのですが、もう暗いので、辺りに宿を探しているのです。この村に宿はありますでしょうか」  出てきたその家の娘らしい少女は、中にいる人間と何か相談していた。しばらくして、再び顔を出す。 「あいにくこの村には、宿はありませんの。よろしければうちに泊めて差し上げると父が申しておりますが」 「本当ですか! それはありがたい。お願いして構いませんか。あと二人男性がいるのですけれども」 「ええ。いいわよね、お父さん」  中の人間は承知したらしい。程なくして、三人とも家の中に入れてもらえた。 「よろしくお願いします」 「お邪魔しまあす」 「どうもありがとうございます。お邪魔いたします」  とりあえず、凍死の心配はしなくてよくなった彼らであった。 「伝説の勇士が、うちに?」 「デストダの報告ではな。中心に着くのはいつになるか解らんが」  夜の闇が、真っ白な城を黒く染めていた。 「グリーンライにいったいいくつ村があると思っている。俺が手を下すまでもなかろう」  はっはっ、と笑う、影。レドルアビデのものではない。 「さあ、どうかな……」 「もし村の執政官にも倒せないような奴らだったら、俺が出るさ」 「奴らがお前の存在に気がつくまで、放っておくつもりか?」 「執政官の働きを邪魔するほど野暮ではないだけだ」  唇の端をフワリと歪める。 「話はそれだけか?」 「まあ、そうだが」 「そうだ、一つ聞いておく」 「?」 「伝説の勇士とやらの中に、女はいるのか」 「……、……男ばかり三人と聞いているが」 「なんだつまらん。それじゃあな」 「あまり悪い癖を出すな、ヴォルシガ」 「人のことが言えるのか、レドルアビデ、様?」  ヴォルシガ、と呼ばれた影は、悪戯っぽい笑顔でそれだけ言うと、消えた。 「あいつめ」  夜の闇が深くなってゆく。  そして、博希たちにとって、最初の事件が起ころうとしていた。

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