窓の中のWILL

Chapter:13 「永久に『花』として愛でるだけ。ねえ? 冬菫」

 相手はだんまりを決め込んでいた。景のつぶやきには答えず、ただ、黙って起き上がった景と博希を見下ろしていた。 「………………」 しばらくして、目の前の『神隠し』二人が、何か、相談――というか、話し合っているのが、二人には感じられた。なにぶん部屋の中はそうまで明るくなく、二人の面相まで、博希たちには解らなかったのである。 『どっちにする?』 『そうさなあ』 『どっちがお好きかな』 『さあ…………』 『この役立たず! 何のためにお前を連れてきたんだ』 勝手にケンカまで始めている。 『こっちかな』 『こっちだろう』 『じゃあそうしよう』 博希と景は黙っていた。黙って『神隠し』の話を聞いていた。だから――目の前の『神隠し』の、その早すぎる動きに、二人とも、対応できなかった。何せ、起きたばかりで頭が回っていなかったというせいもあった。  『神隠し』は本当に素早く、景の首筋を殴り倒した。 「!」 景は昏倒して、動かなくなった。博希は一瞬、黙って、それから、何も言えなくなった。そうして『神隠し』は、景を運んでいってしまった。  これだけの騒ぎがあれば、さすがに五月でも目覚めるものである。 「……ヒロくん……?」 「………………」 博希は五月に何も言わず、茫然自失の体で、布団に入ったが、眠れなかった。  じきに、朝になった。 「………………」 「昨夜、何があったの。『神隠し』に遭ったのは、カーくんなの」 「………………」 「どうしたのさあ」 五月が黙り込む博希を揺する。 「……腑に落ちねぇ……」 「え?」 「何で俺じゃなくて景なんだ」 「は??」 「おかしいだろうよ? 俺だと思ってたのにっ」 「え~~~~?」 俺ァ『神隠し』が景の首ぶったたいて、景を担ぐまで、ホントにその時まで、自分が『神隠し』に遭うもんだと思ってたんだぜ――そう、博希は言った。五月は呆気にとられるしかなかった。 「そこまでさらわれたかったの」 イヤさらわれたかったんじゃなくてな……景のほうが美少年だってのが何か納得いかない気がするんだよ――博希はそこまで言うと、再び、布団に入った。 「もう、朝だよ」 「知るかよ」 「も~~、ヒロくんっ」 「うるせぇよ」 博希は完全にいじけていた。ヒロくんが立ち直らない限り、動くのは無理だなあ……と、五月は思った。 「…………?」  景は自分の首がジンジンするのを覚えながら、目を覚ました。ああ、そうか、あの時……景に、昨夜の記憶が蘇る。  それにしても、やっぱりさらわれたのは僕だったようですねえ……ぼんやりとそう思って、博希のことを思う。今頃いじけているんじゃないだろうか……  大正解である。だが景が、そんな事を知る由もなく。 「ここは」 一体、あの屋敷のどこにあたるんでしょうね――景はそんな事を思って、立ち上がる。すでに朝にはなっている。だが、景のいる部屋は、なんだか全体的に暗かった。朝だというのも、小窓から微妙に入り込んでくる光でそう分かったまでのことである。  その時―― 「おいっ」 「!」 「新入りっ。出ろっ」 「新入り……? 僕のことですか?」 「そうだっ」 景ははいはいとうなずいて、そこから出た。ここはおとなしく従っていたほうが身のためである。おちょくるのは向こうの性格が解ってからでも十分に間に合う。  それにしても囚人じゃあるまいしこんな所に閉じ込めてしかも『新入り』呼ばわりとは。 「……まさか正体がすでにバレてるんですかねえ……」 つぶやいてみるが、そんなはずはない。この村で正体を暴露した覚えはない。 「黙って歩けっ」 「……はい」 景は連れて行かれながら、そういえば他の美少年たちはどこにいるのやら、と思っていた。『放し飼い』と言うくらいだから、多分、屋敷の中にわらわらといるのだろうが。  景は外を見て、初めて、自分が『美少年の屋敷』ではなく『執政官の本屋敷』らしき所に連れて行かれているであろうことが解った。 (お目通りがかなう、わけですか……) 景は両眼に宿らせた剣呑な光を抑えて、できるだけいつもの瞳で、執政官に会おうと思った。それが今は一番いい、と考えた。  広い部屋に通される景。 「執政官様がおいでになる。そこへなおれ」 アンタ方は一体どこの時代の方々です? と、景はもう少しで突っ込みそうになった。笑えた。もちろん緊張感なんてないし、危機感なんて感じていない。景は正座して、執政官を待った。  そして……執政官が現れた―― 「いい加減に起きてよっ」 「俺今日は腹が痛えんだよっ」 「ヒロくんが仮病を使うときっていつもそうだよ。もう騙されないよっ」 「じゃあ今日は頭が痛えんだよっ」 「起きてよっ。カーくんはどうなるのっ」 「知るかっ」 博希はまだいじけていた。 「最低っ。カーくん見殺しにするんだっ。いい作戦立てられるのはカーくんだけなのに、見捨てるんだっ」 「あぁ……?」 「酷い酷いヒロくんっ。ぼくそんなヒロくん大キライだっ」 五月はついにめそめそと泣き出した。 「おいおい、俺ァ何もそこまでは言ってないだろうよ!?」 「違うもん違うもん。仮病まで使って起きないなんて、カーくんのこと見捨てる気なんだもん~~」 えーん。 五月はホントに泣いていた。 「あわわわわわわわわわわ」 博希が狼狽する。五月がいったん泣くと、余程のことがなければ泣きやませることができない。博希は五月との長いつき合いでそれがよく解っていたため、うろたえた。 「おいおい……」 今度は五月が泣きやむまで、動き出す事はできなさそうである。博希はもともと自分のせいであるということも忘れ、ため息をついた。 「あなたが新入り?」 景は下げていた頭を上げて、驚いた。目の前にいたのは、妙齢の婦人。 「…………」 「どうしたのです」 「……いえ……あの、女性の方だとは思わなかったものですから」 「ほほほ……イエローサンダの執政官はほとんど女性よ。総統スイフルセント様が女性であらせられるのでね?」 ほう、なるほどね……景はそう思った。では今度の相手は女性……ですか。景は少しだけ、舌打ちして、それからちょっとだけ、ホッとした。舌打ちしたのは戦いにくいな、と思ったからであり、ホッとしたのは、男が美少年好きの趣味持ちだったらそれこそ危ないな、と思ったからである。そういう点では、女好きだったヴォルシガのほうがまだマシかもしれない、とまで、景は思っていたのだ。 「ところで」 「!」 景は思考を遮断されて、執政官を見た。 「名はなんというのかしら」 「……景、と申します」 「ヒカゲ……。そう。もっと近くに。遠慮はいらないわ」 「…………」 一瞬、景は躊躇した。何をされるか解らないという警戒もあったし、シチュエーションが『別れ別れの親子ご対面』というのとよく似ている、と思ったせいもあった。だが、正体もバレていないのに捕まるということはないだろうし(もっとも、こんな扱いをされて、捕まっていない――というほうがどこかおかしい気はするが)、自分の親はちゃんといる。母子手帳だって確認している。景は少しだけ、近づくことにした。 「その冷たい目。いえ、冷たい中にも、どこかに暖かみを持っているのね」 「……褒めていただいて光栄です」 それは景にとって、ちょっとした皮肉であったのだが、恐らくそれには気がつかず、執政官は言った。 「その知的さ、私は好きよ。ふふ……今日からあなたは、『冬菫(ふゆすみれ)』と名乗るといいわ。『ヒカゲ』なんてお忘れなさい。あなたの名は『冬菫』よ」 「……は?」  冬菫!?  景は絶句した。『山椒太夫』じゃあるまいし、花の名前をつけるとは……ともかくこれで、この屋敷で自分の呼び名は『冬菫』になってしまった。博希たちが来てくれるまで、『冬菫』。景は執政官の部屋から退室しながら、はあ……っ、と、ため息をつくのだった。  そしてその博希たちはいまだに、何の対策も立てられず。 「だから悪かったって!」 「ウソだウソだ」 「俺が景を見捨てるなんてこと、すると思うか!?」 「さっきするつもりだったくせにっ」 「~~~~」 もう涙だって乾いていておかしくないだろうに、五月はまだ泣いていた。余程、博希が景に嫉妬して見捨てかけたのが許せなかったらしい。 「解ったから、もう泣きやめ。助けに行こうな? 景のこと、助けにさっ」 「ウソだ。行く直前になったらまたおなかが痛いって言い出すっ」 「……あのなあ……」 いかん。一晩待って、五月が落ち着いたら作戦を立てることにしよう。――といっても、ロクな作戦立てられないだろうけどな――めそめそ泣いている五月を見ながら、博希はそう思い、そして、何をしたかというと――寝足りなかった分を補おうと、布団に潜ったのであった。  景が入れられたのは、『美少年の屋敷』だった。 「新入りですか?」 「はあ……」 「名前は?」 「景……いえ、『冬菫』です」 こっ恥ずかしい。まさか自分でそう名乗るときがくるとは。他の美少年たちは、僕は紫苑だの、僕は牡丹だのと、多分慣れてしまったのだろう、自分の『花としての』名前を名乗った。 「君は新入りだから、大部屋です」 「大部屋? ……」 「執政官様のお気に入ることができれば、一つの部屋をあてがわれるんです」 「………………」  景は大部屋の端に座って、考えた。  そして、思い出した。【エヴィーアの花】のことを。  レドルアビデの魔法にはほど遠いものの……自分たちも、魔法をかけられた『花』か……景は大部屋を見渡した。そしてふいに、自分が明らかに場違いなところにいるような気がした。どちらかというと五月サン向きですよね――そんなことを思う。執政官のために生きる、千人の『花』……彼らは、ここから脱出しようとは思わないのか――もっとも、脱出しようとすると、『始末』されて、新しい『花』が連れてこられるのだろうけれど――それで、いいのか。『始末』が怖いのか、もはや『順応』か。  ………………。  景は一人、物思いに耽るのだった。 「冬菫くん」 「……え?」 肩を叩かれて気がつく。そうだ。自分はここでは『冬菫』だった。 「呼ばれてますよ。多分執政官様のお呼び立てです」 「執政官様の……?」 それは異な。ここに来たばかりの自分を呼びつけるとは。もっと他に……そう五月サンに似たような、美少年と呼んで相応しい『花』はいくらでもいるのに。大部屋の自分をなぜ……? 「冬菫、です」 「おお、ささ、こちらへ」 「は」 景はすすすっと執政官の下へ寄った。 「聞きたいことがあってね……?」 「え……?」 景は身を固くした。どんな事を聞かれるのか、この「聡い」彼には解るような気がした。 「その、左手につけている腕輪はなんです?」 通信機のことである。これだけは奪われてはならない! 「あの……私の、亡くなりました母の形見でございます。優しい母でございました。これがないと、私と母との絆が断ち切れてしまうような気がするのです。……女々しいでしょうか」 我ながらウソがうまい。自分の母親はまだ健在である。そうそう早く死なれてたまるもんですか、と景は心の中で毒づきつつ、ごめんなさい、母様、と、自分の母親に向かって頭を下げていた。 「いいえ、女々しくなどありませんよ。とても親思いなのですね」 ニッコリと微笑む執政官。その微笑みを見て、景は、うっ、と、詰まった。この執政官の微笑みは『母親』に似ている。何もかもを話してしまいそうになる。いけない。景は目を逸らしつつ、また、頭を下げた。 「ご用は……ご用はそれだけにございますか」 「いいえ」 景は背中に滝のような冷や汗が流れるのを感じた。これ以上何かを聞かれたら、自分にはもう逃げる術はないかもしれない。いつもは冷静な景が、そこまで追い込まれていた。 「両手の甲を覆っている布は何ですか? この村のものにしては珍しいですね」 「…………!」 景は必死に答えを探した。この布の下には――特に左手の甲には――勇士の証であるエンブレムがある。今暴かれる訳にはいかない。どうしたらいい!? 「…………」 「どう、したのです」 まさかこの執政官、すべてを知っていてこんなことを聞くんじゃないでしょうね……!? 景はしかし、冷静を保って、言った。 「私は――この村の者ではございませぬ。街を巡る、旅人にございます。道中、何が起こるか解りませぬゆえ、保護のために、つけているのです」 「では、外しても構いませんね?」 「!」 やっぱりそう来た?! いや来るだろうなとは思いましたけど。景はまたも言葉を探す羽目になった。 「……それだけはご勘弁願います。実は幼少時に、左手の甲に火傷を負いまして、その跡がくっきりと残っております。執政官様にそのような恥ずかしいものをお見せするわけにはいきません。ですから――」 景はそれだけのセリフを、頭を下げたまま言った。下手に目を合わせると、嘘がつけない気がした。 「まあ……。それでは強要はしませんよ。悪いことを聞いてしまいましたね」 「いえ」 「退出して構いませんよ。あなたにも近いうちに部屋を与えましょう」 それがどういう意味であるのか、景にはもう解っていた。自分が、……執政官の気に入りになるということ…… 「はっ……」 退出する景の背中に、執政官は、次のような言葉を投げかけた。 「お母様は、おいくつ?」 彼を試すつもりであったのか。景はその時にはいくぶんか落ち着きを取り戻しており、言った。 「亡くなった歳は覚えておりませぬ……私もずいぶん幼かったもので……」 「…………」 こう言ったのは、景にとって、この世界のものの年齢基準がつかめなかったせいである。下手に亡くなった年齢や、自分がいくつのときに亡くなったとか言ってしまうと、そこから異邦人であるとバレ、ひいては、【伝説の勇士】であることもバレてしまう――そういう考えが彼の中にあったのだ。  まだ、彼女の微笑みに呑まれてしまうほど、精神がイカレたわけではありませんよ――景はそんなことを思いながら、大部屋に引き上げていった。多分それは、屋敷にいる、千人の『花』たちに向けた皮肉の思いでもあったに違いない。  どうかこの屋敷の滞在が長くなりませんように。景は心からそう祈った。 「……固いの、ね。なかなか尻尾を出さない――」 「カーくんから連絡、あった?」 「いや…………」  五月もいつか、泣き疲れて寝てしまったらしい。目をふにふにとこすりながら、起きたばかりの博希に聞いた。 「下手に連絡するわけにはいかないしな。景からの連絡を待たないと」 「…………」 五月が凄い目でにらんでいる。 「違う! 景がそう言ってたんだよ!? 俺はもう助けに行く気まんまんだぞ!」 「……ホントに?」 「ああっ、ホントだ!」 「信じていい?」 博希はちょっとだけ詰まって、言った。 「俺を信じなかったら誰を信じるんだよ」 「……カーくん」 博希は肩を落とした。五月をどうにかどうにかなだめると、景からの連絡を待つ、ということで落ち着いた。博希は再び横になった。やっぱりまだ、複雑な心境だった。  そして景は、再度、執政官に呼び出されていた。 「何度も何度も呼び出してごめんなさいね」 「いえ。私は執政官様の『花』でございます、呼び出されるが仕事」 「まあ、口の上手な。ふふふふ」 それで世の中渡ってきたからですよ、と、景は毒づきそうになった。どうもこの屋敷にきてから、ロに出して毒づきたくって仕方がない。 「それで、ご用は」 「……」 ぱちんっ。前回と違って、今度の執政官は指をはじくのがうまい。と、景がそう思ったとき――彼は両端から、はがいじめにされた。 「!?」 「そろそろ――お芝居は止めにしない?」 「…………え」 「スイフルセント様からの連絡が入っているの。この村に【伝説の勇士】がいる、とね?」 景は言いよどんだ。 「……もし……そうでなかったら……いかがなさいます……?」 「愚問ね」 ぞくっ。景は執政官を見ないように――うつむいた。 「永久に『花』として愛でるだけ。ねえ? 冬菫」 はがいじめになっている今のままでは――鎧装着はできない。景は自分の計画の挫折を肌で感じた。  博希サン……、五月……サン……!

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