窓の中のWILL

Chapter:9 「産婆さんは間違えなかったよ」

 疾走を続ける博希たち。どこからか、激しい怒鳴り声が聞こえてきた。 「何だ?」 「今誰か怒鳴りましたかね」 「いやあ……? このへんには俺とお前しかいないだろ?」 「当然です。邪魔する方々には全員、眠っていただいていますから」  彼らの走り去った後には、ヴォルシガが保険のつもりで従えていた暴漢たちが累々と転がっていた。それもみな、額に『天晴』と大書きされて。 「天晴好きだな」 「まあ彼らに捧げる言葉は天晴が一番いいかと思いましてね」  ――その時。また、声が聞こえた。 『返事しろっ!! 聞いてるんだろっ!!』 「…………」  声は自分たちの手の甲からする、と、博希と景はやっと気がついた。 「なーんだ、ここか」 「へえ、鎧装着したら、通信機はここになるんですねえ」  手袋の表――手の甲に当たる部分にはめられた、丸い宝石。博希と景が『ここ』と言ったのはこれのことだ。 「おもしれぇなあ」 「そうですねえ。片っぽはどうなんでしょうね? あ、無理でしょうね」 「なーに言ってんだよ。アハハハハハ」 『笑ってんじゃねぇっ!!』 「…………」  博希と景は黙った。 「その声、五月じゃねぇな」 「当たり前でしょう。五月サンがこんなドス効いた声してますか?」 「解ってるよー、お約束だろ、こういうリアクションはっ」 「せめて『てめぇ……誰だっ』ぐらいがこの場合はよかったと思いますけど」 「そうか……じゃやり直すか? すいません、向こうの五月じゃない人、もう一回」 『………………』 「………………」 『……違うだろっ!! 思わずホントにもう一回言おうとしたっ。俺の名はヴォルシガ、グリーンライ総統、ヴォルシガだっ!!』  博希は不意に真面目な声になった。 「本気と冗談の区別もつかねぇヤツに、五月はかっさらわれたのかよ」 『ええい、そんな事はどうでもいいんだっ。貴様らよくもこの俺を騙してくれたな』 「騙す?? ……何のことですか?」 『すっとぼけるなっ。首絞めるぞっ』 「俺と同じキレ方してんじゃねぇよ。虫酸が走らぁ」 「絞められるもんなら絞めてごらんなさい」 『お前らのじゃないぞ。ここにいるヤツだぞ』 「…………!…………」  博希と景は相手の声の調子から、これ以上のおちょくりをやめた。 「俺たちにはホントに解らねぇな。騙したって何のことだ」 『こいつが――何で男なんだっ』  博希と景はそれで、ヴォルシガが五月をさらっていった理由、わざわざ暴漢や執政官まで使って自分たちを足留めした理由が一気に氷解した。 「俺たちがいつ、お前に『五月は女です』なんて言ったよ」 「アンタバカですか? 間違えたのはアンタで、僕たちはアンタに眠らされてただけですよ」 「五月はそこにいるんだな」 『いる……だが……今から殺すっ』  博希はピン、と、緊張を走らせた。自分が間違ったとはいえ、ヴォルシガは五月が女ではなかったことに愕然としている。まず逆上は免れまい。  博希は景を見た。景も通信を聞いている。景はそばの標識で、グリーンライ中心都市までのキロ数を確認していた。 (あと五キロです)  景の口がそう動く。五キロなら軽い。博希は景と、一瞬でこれからの作戦を手短に立ててしまうと、一足早くに駆け出した。景は通信機に向かった。 「もし――五月サンに手をかけるようなことがあったら、僕は博希サンと共に、あなたを地の果てまで追い詰めてズタズタにします」  冷たい声どころか、景のそのセリフには、百パーセントの本気が入っていた。  景もまた、グリーンライ中心都市に向けて、走り出した。  ヴォルシガはカチャーンと、五月の通信機を取り落とした。 「…………」 「だから言ったのに。カーくん怒らせると怖いって」  五月は景のセリフを聞いて、二人は絶対に、自分が殺されるようなことになっても間に合うと――そんな確信をしていた。 「……じゃないか……」 「え?」 「首なんか締められるわけないじゃないかあ!!」  ヴォルシガの絶叫。五月は唖然とした。 「こんなに女の子っぽいのにっ、何で男なんだっ。そりゃあ目の前にいるのが筋肉の一本一本まで解るようなマッチョだったら、即座に殺してるっ。でもこんなに可愛いのにっ、殺せるわけがないっ!!」 「あのねえ」  その時。デストダが、ばさりと現れた。 「お楽しみの途中でしたか」 「……イヤミか」 「はい」 「…………」  デストダはそのまま、続けた。 「レドルアビデ様からの通達です。あとは自分でどうにかしろと」 「なにい?」 「レドルアビデ様も自分も、『万里の水鏡』を見ておりましたから。すでに、自分が次にお仕えする総統も決まっています」 「……どこのどいつだ」 「イエローサンダ総統、スイフルセント様にございます。それでは」  そうして、デストダは飛び去っていった。切り捨てられた――と、ヴォルシガは思った。では、もう、レドルアビデを頼る事はできない。しかし、このまま逃げるのも、自分のプライドというヤツが許さない。  五月はデストダとヴォルシガのやり取りを見ながら、必死に、エンブレムを覆う布を外そうと努力していた。さるぐつわは外れている。エンブレムさえあらわになれば、『声』ひとつで鎧装着ができる。  だが―― 「動くなっ」  ヴォルシガが、五月に剣を突きつけた。 「ぼくを殺すことはできないんじゃなかったの」 「うるさいっ。男だと思って見りゃあいいんだっ」  なるほどね、と、五月は思った。 「動くと、その華薯な体が真っ二つになるぞっ」 「後でちゃんとくっつけてくれる?」 「誰がくっつけるかっ。あとの二人といい、お前といい、何で伝説の勇士はこんなに人をおちょくるのが上手いんだっ」  五月は別におちょくったわけではない。素で聞いたのである。くっつけてくれないんだったら真っ二つにされ損だなあ、と、五月はぼんやり考えていた。まあ、動くなと言うなら動かないほうがいいんだろう。五月はエンブレムを出そうとするのをやめた。 「そうだ、そういうふうにおとなしくしてろ……」 「……トイレ」 「我慢しろっ! 褒めたとたんにこれだっ」  だが五月は首を振っている。ぼくが言ったんじゃないよ、とでも言いたげに。 「トイレ」 「やっぱりお前じゃないかっ」 「違うよっ」 「トーイレ、トイレトーイレ、トイレトーイレ」 「じゃあどこのトンチキがほざいてるんだっ!!」  五月はその声に聞き覚えがあった。 「多分、窓の外」 「窓の外う!? ここは六階だぞっ」 「じゃ、見てみたらいいじゃない」  ヴォルシガは五月の言う通り、窓を開けて下を見た。 「うわっ?!」  すぐそこまで博希がロッククライミングで迫ってきていた。しかも 「トイレトイレトイレトイレトイレ」  と、なぜか『トイレ』ばかりを連呼して。 「貴様あ、伝説の勇士だな!」  まだ登ってきている博希に、ヴォルシガは窓から首を出したまま言った。したがって、自分の背後で一体なにが起こっているのか、彼には解らなかったのである。正面の入り口から堂々と入ってきた景が、五月のエンブレムを隠している布を狙って、弓を引いた。 「カーくん!」 「なにっ!?」 「遅いですよ、ヴォルシガっ! ――灯台下暗!」  ひょんっ、と弓が放たれ、五月のエンブレムをあらわにした。 「ありがとう、カーくん」 「ぶっ……くくっ……」  なぜか笑いをこらえているふうの景に、五月は首をかしげた。博希もヴォルシガの攻撃を避けつつ、部屋に侵入してすぐの後、「ぶはっ」と吹き出した。 「どうしたの」 「……に、似合うぞ、五月」 「はっ……初めて見ましたよ、ドレスっ」 「ブッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ」 「あっははははは、だめですよ博希サンっ、笑わないって約束したでしょう、どういうことになっててもっ」 「仕方ねぇだろっ、ドレスだぜドレスっ」 「水着よりマシでしょうよっ」 「ゲラゲラゲラゲラゲラ」 「ひどいっ。ぼく我慢したんだよっ」 「はいはい、ごめんなさいごめんなさい。とりあえず鎧装着しましょうね、鎖も邪魔でしょうし」  ひとしきり彼らの大爆笑を聞いていたヴォルシガは、さっき景が放った矢が、自分ではなく、五月の布を狙っていたことに、いまさらながら気がついた。 「貴様……」 「早くっ」 「ヨロイヨデロー!」  ヴォルシガが五月の体を真っ二つにするより早く、五月は鎧装着を完了していた。五月は鎖を引きちぎると、博希と景のもとに駆け寄った。 「あのね、もう、あの人、レドルアビデから見放された」 「おや」 「そりゃあそうだろうよ、俺たち眠らせて殺すつもりが、五月を女と間違ってさらって、挙げ句の果てにゃ襲いかけちまうんだもんなあ」  ヴォルシガは怒りをあらわにしつつ、反論した。 「女だと思ったんだっ、最初に村で見たときからっ!!」  景がため息をつく。 「ますますバカですね。そんなに前から五月サンに目ェつけてたんですか。男だって事も気がつかずに!?」 「誰だって間違うだろう!?」 「…………」 「……否定はしません」  五月が少しむくれた。 「でも産婆さんは間違えなかったよ。ママが言ってた」 「そりゃそうだろう、産婆にまで間違えられちゃあおしまいだよ」  博希がまだ笑いが止まらないというふうに、口をできるだけ開けないようにして言った。景が、もう少しで再びふき出そうとする博希を、手で制した。 「まあ、不毛な論争はここまでにしておきましょう。先程五月サンの言ったことが確かなら、あなたはもう、レドルアビデの部下ではない。ということは、僕たちと戦う理由はありませんね。どうなさいますか?」 「……決まっているっ。貴様らを道連れに、俺も死ぬっ!」  景が少し、目を細めた。 「道連れに自分も――という思考がまず先にくるようなら、あなた長くありませんよ。悪役だったら僕らだけ倒せばいいでしょう、相討ち覚悟でね。どんなことをしても生き残る、それが悪役の美学だと僕は思いますが?」  博希と五月が思わず拍手する。 「そうか。……だったらそうさせてもらうっ!」  ヴォルシガが、真っ直ぐ、景に向かっていった。手には剣を持っている。恐らく、至近距離では矢が放てないということを見ての考えだろう。そこのところは、なかなかに、戦い慣れしている者の知恵である。 「出てこいっ!」  景に襲いかかりながら、ヴォルシガは自分の周りに叫んだ。すると―― 「うえっ」 「きゃあっ」  床から、うねうねとスライムのようなものが出てきて、人のかたちを作った。 「俺の“魔法”は、緑色の液固体を操ることだ! もがき苦しめっ」  にょろん――と、博希の体や五月の体が、ぶよぶよしたものに覆われる。 「博希サンっ。五月サンっ」 「ふふふ……放っとけば窒息死だ。その前に、貴様を冥土に送ってやる!」 「!」  景はすんでの所で、剣の切っ先を避けた。だが避け損なってか、腕からぶしゅうっ……と血があふれる。 『カーくんっ』  五月が緑色の中から叫ぶが、口の中にドロンとしたものが入ってきて、もがく。ごぼごぼごぼごぼ。 「しゃべっちゃだめですっ。博希サンも、いいですね!?」 『おう!』  ごぼごぼごぼごぼごぼ。 「何やってるんです!? しゃべるなって言ったじゃないですかあっ!!」 「お前らこそバカじゃないのか」 「……そう思います? やっぱり」  景が疲れたような声で言うが、瞳は真剣そのものだった。しかしいつもの不敵な笑みは失っていない。それは彼に自信がある証拠だった。  博希と五月は、必死に、自分の武器で、自分にまとわりつく緑色を断ち切ろうとした。だが、モノがモノであるため、切れない。  景は剣を避けながら、頭脳コンピューターを起動させていた。 「………………」  考えろ。どうやったら、あの緑色を溶かすことができる。 「………………」  そして、景の脳裏に、つい先日やった実験が浮かんだ。 「!」  景はヴォルシガの部屋から出た。 「逃げるかっ」  ヴォルシガは景を追う。 「動かないで待っててくださいねっ」  景は五月と博希、特に博希にそう念を押して、走っていった。  景はだだっ広いバスルームに来ていた。 「さて……いったい、どうやって……? ……あ、そうか、別にここじゃなても……何やってるんでしょうね僕は」 「ここかっ!」 「!」  景はとっさに、隠れた。ヴォルシガはバスルームを見渡して、景がいないのを見てとると、言った。 「……もぉ――いい――か――い」  景はそれに、思わず、答えてしまった。 「もぉ――いい――よ――。……!!」  しまったああっ!! 『もういい』わけがない。いや、それどころか、永久にいいわけがないっ! 「そこかっ!」  こんな初歩的な罠にはまるとは、僕もまだまだお子様ですね。景はそうつぶやいて、バスルームからあるものを失敬し、ヴォルシガの追随を振り切って逃げ出した。 「貴様! ……ああっ、俺のシャボン玉用ストローのストックをっ!!」  走るだけ走って、再び、ヴォルシガの部屋へ。博希と五月の口に、なにかをはめる。 『?』 「ストローですっ。空気穴にして下さい」 『どっから持ってきたの!?』 「ヴォルシガのバスルーム」 『冗談じゃねーぞ! 何でヤツのストローなんか……!』 「大丈夫です、新品みたいですから」 『そういう問題じゃないよう』 「これで少しは大丈夫だと思います、もうちょっと待ってるようにっ」  景は走って部屋を出た。急がなくては。少なくとも、あの緑色が乾燥し始めたら、僕には助ける術はない……!  同じ階にシャワールームか何かないか。景は六階を走り回った。  はあ。はあ。はあ。はあ。息が荒くなる。 「……ビンゴ……っ!」  景はシャワーの蛇口をいっぱいに回して、そのままヴォルシガの部屋に持っていった。この城は円形というか、筒型である。景は走り回ったつもりで、実は、六階シャワールームは、ヴォルシガの部屋の真隣だったのだ。 「本当は“魔法”があれば一番いいんですが、これで我慢してくださいね!」  景はシャワーからあふれ出る湯を、博希と五月に浴びせた。本当は、あっためることができれば一番いいのである。多分スカフィードあたりの使う魔法があれば、それも叶っただろう。  じょわあ……と、二人はシャワーを浴びて、緑色が溶けていくのをはっきりと感じた。 「サンキュー……」  その時ようやく、ヴォルシガが到着した。 「貴様ら……俺をどこまでもおちょくりおってぇ……」 「いくぞっ、五月、景!!」  やっと仕切れた。博希はちょっとホッとした。景はその時、自分が「いきますよ」なんて言い出さなくてよかったと思った。ローテーションの約束を忘れていたわけではないが、博希が忘れているかもしれないと思ったので。 「うんっ」 「はいっ」  博希がヴォルシガにかかっていきながら言った。 「緑色のヤツには気をつけろよっ!」 「解ってる! ヒロくんもね!?」 「おうっ」  ヴォルシガはギッ――と、博希をにらんだ。 「なめるなあっ!!」  景はヴォルシガの表情の、今までに感じられなかった剣呑さに気がついた。いけない。間に合わないっ……! 「博希サンっ、危ないっ!」   ザク……ッ!! 「ヒロく――――んっ!」

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