Chapter:8 「あなたは鳥に法律を適用するのですか」

「おいっ。宿屋の主人っ」  博希は宿屋の一階に降りるなり、主人につかみかかった。 「なっ、何ですかっ」 「てめぇっ、どこの誰に頼まれて睡眠薬なんか盛りやがった!?」 「すっ、睡眠薬…………? 何のことです!?」 「とぼけんなっ。首絞めるぞっ」 「あががががが」  あわや、博希が殺人犯になろうかというとき、景がよろけながら降りて来て、博希を止めた。 「落ち着いてくださいっ、博希サンっ。あなたに聞き込みさせると死人が増えますっ。僕が聞きますから」  博希は部屋の端っこに追いやられた。 「仲間が乱暴なことをしてすみませんでした。実は、昨夜、僕たちの仲間が一人、誰かにかどわかされたようなのです。僕たちは昨日、夕食をいただいてから、非常に眠たくなりました。それで、前後不覚になってしまったのです。――昨日、夕食前に、どなたかお訪ねにはなりませんでしたか?」  礼儀正しい景の質問に、宿の主人はやっと我に返れた。 「――ああ、そういえば」 「どなたかが?」 「ええ、ヴォルシガ様のお使いの方と名乗る人がいらっしゃいました」 「ヴォルシガぁ!?」  博希が乗り出して来た。 「博希サンっ。黙っててください、あなたが話に加わると十分ですむ話が一時間かかります。……で?」 「伝染病の薬だから食事に混ぜるようにと、瓶を一瓶置いていかれました」 「…………! その薬は、まだ?」 「はい、多分食堂に……」 「失礼しますっ」  景が食堂に駆け込む。博希も急いでその後を追った。 「この瓶ですか?」 「そうです」  瓶のフタを開ける。ちょうど、化学の実験でやるように、手であおいで、薬を少しだけ、嗅ぐ。 「典型的な睡眠薬ですね」 「なんでそんな事知ってんだ」 「実験で何度か使ったことがあります」 「…………」  瓶を即捨ててしまうと、景は宿屋の主人に断って、宿を出た。荷物はもちろん、そのままにしてある。博希が景の後からついてきた。不意に、景が、立ち止まる。博希も、立ち止まって、正面を見据えた。 「景。……」 「博希サン。……」  二人の瞳に、危ない光が初めてよぎった。博希はともかく景までこんな好戦的な目をするとは。彼らの目の前には今、総勢五十人ほどの、種種雑多な暴漢――のような人々――がいた。 「ヴォルシガってヤツは……」 「ずいぶんと、手回しのいい方ですね。なぜ五月サンをさらっておいてこんなマネをするかは解りませんけどね」 「何のつもりだろうかな。少なくとも……」 「はい。僕たちの素性を、こちらの方々はご存じですねっ!」  ずあっ、と、暴漢が飛びかかってきた――――! 「……ここは……」 「ここは俺の城。久し振りだね、お嬢さん?」 「えっ……?」  五月は重い頭で、懸命に昨日の記憶を辿る。 「あっ……」  気がついた。昨日、自分がいた店で、キャンドルを買ってやると誘った青年! 「キャンドルの人……」 「俺は今変身していないが、そこまで解るとはね。さすがは伝説の勇士といったところか」 「知ってるの!?」 「それはもう。俺はレドルアビデの直属部下だからね」 「……????」  五月の頭の中に、『チョクゾクブカ』という言葉が巡った。レドルアビデは解る。しかしチョクゾクブカとは? あの二人に意味を聞かないと解らない。どこにいるのだろう。しかし、二人は見当たらない。 「ひ……ヒロくん? カーくん?」  見回してみて、やっと、ここが昨夜、博希や景と共に訪れた宿屋でないことが解る。 「ぼく……どうして、ここに……」 「俺が連れて来たんだ。君があんまり可愛いから」  五月は少し、ムッとした。 「ぼくは『可愛い』んじゃないよっ、『美しい』って言ってくれなくちゃ。……ヒロくんは……? カーくんはどこっ?」  わざわざ『連れて来た』と言っているのに、まだ連れのことを気にかけている。ヴォルシガにとってはそれさえも愛しかった。 「そうだな、君は美しいよ。これからもずっと、俺のものとしてここにいるがいい」 「……え……!?」 「君みたいな素敵な娘には初めて出会った。その髪も、その瞳も、その唇も、俺好みだよ」  五月はそれを聞いてやっと、ヴォルシガが何を勘違いしているかが解った。 「あの……何か勘違いしてる。ぼく、男だよ。娘じゃないよ」  「ええ? 何を言うんだ。こんなに可愛いじゃないか」  「だから、美しいけど男なんだって!」 「いやあ君は女の子だよ」  陶酔しきったヴォルシガに、今は何を言っても無駄である。 「違うよう~~~~ヒロくぅん……カーくぅん……助けてよう~~」  五月はシクシクと泣き出した。 「ああっ、何で泣くんだ。あの二人だなっ、あの二人が気にかかって泣いているんだな。そのうち連絡が入るだろう、もう泣くなっ」  何で五月に翻弄されているのだろう。ヴォルシガはようよう泣きやませた五月を、別の部屋に連れていった。 「……ここは?」 「衣装部屋だ。好きなのを選んで着るがいい」  ヴォルシガは『また後でな』と言って、五月をその部屋に入れた。足音が遠くなる。  ………………。  ………………。 「何で全部ドレスなのっ!!??」  博希と景は、暴漢が飛びかかると同時に、手の甲のエンブレムをあらわにした。それを見ていた、暴漢以外の村の人々は、あっ! ――と、叫ぶような表情を見せた。 「これを待ってたんだろっ!? レジェンドプロテクター・チェンジ!」 「僕たちを襲った事、後悔するんですね……! 勇猛邁進・鎧冑変化!!」  二人は実にすばやく、鎧装着を完了した。 「殺すのはおやめなさい、博希サン!」 「解ってらぁ!」  周りの観衆は、実に無責任に、「伝説の勇士だ」「勇士様が来てくださった」と口々に言い合っていた。景はそれを聞きながら、暴漢を矢で倒していきながら、複雑な気分になっていた。今度、スカフィードに会ったら、いくらでも話したいことがあふれ出しそうな気が、した。博希は何も考えていないようで、次々と、暴漢を倒していく。 「博希サンには悩みなんかないんでしょうね」 「ああ? 何の話だよ?」 「いえ……独り言です!」  暴漢はこの三分で、半分に減った。全く普通の高校生だった自分たちが、えらい力を手にいれてしまったもんだ。博希はそう思った。 「後は放っておくか? 早く五月のところへ行かないと……」 「そうですね。走りますか!」  だが、その時。 「お前たちが――伝説の勇士か?」  五月はとりあえず、一番きれいなドレスを選んで、着ることにした。これでもし着なかったら、しまいにゃ何を言われるか解ったものではない。 「やあ、似合うよ」  そう言われて、複雑ではあるが別に悪い気はしない。メイ(五月)は何を着ても似合うものねえ――母親が口癖のように言っていた。  五月はヴォルシガに引き連れられて、ヴォルシガの部屋にいた。 「…………」  ヴォルシガは五月の腕に手を伸ばした。冷たい。五月は瞬間、ゾッとした。 「これは、預かっておくよ」 「あっ」  地図機能搭載の通信機を奪われた。これでは博希たちに連絡が取れない。五月は無意識のうちに、左手の甲に手をやっていた。いざとなったら、この布をはいで、鎧装着すればいい。  だが――その考えを、まるで見透かされたかのように、ヴォルシガの瞳が、イヤな色に光った。 「……俺の目を見て」 「えっ……」  五月は、そう言われて素直に見るほど、彼の事を信用しているわけではなかった。五月は即座に目をつぶるか、横を向くかして目をそらそうとした。だが、そらせなかった…… 「……あ」  イヤな色の瞳に吸い込まれるようにして、五月は、キイィ――……ンと、耳鳴りがするのを覚え、意識が、遠くなった。  人ごみをかき分けて、一人の紳士が現れた。その瞬間、見物人の空気が変わったのを、景は鋭く感じた。 「……誰だ、アンタ」  博希が走るスタンバイ完了の体勢のまま、じりじりと、紳士を見ている。 「私はこの村の執政官だ」 「……へえ」  景が、冷たい微笑を見せた。弓矢は下に降ろしている。 「この前の村の時点で、僕らは『執政官』という人種を信用するのはやめようと決めたんですよ。悪いですがそこを通してください」 「そういうわけにはいかんな」 「何ですって?」 「君たちの暴れっぷりはさっき、観察させてもらった」 「止めにも入らなかったんですね。本当にいやな人だ」 「君たちの所業は村の治安を乱す大罪だ」  執政官の嫌な微笑。 「だったら俺たちを逮捕しちゃあどうだ?」 「きっと、ヴォルシガに頼まれた足留めでしょうが、やる事があまりにも稚拙すぎやしませんか」 「稚拙?」 「この世界の法律を僕は知りませんが、僕らはこの世界の住民ではなく、この世界を旅する、鳥です」 「鳥」 「あなたは鳥に法律を適用するのですか」 「…………」 「どうなんです」  景は詰め寄った。こんな事を言われたのは初めてだ、と、執政官は思っていたに違いない。顔を真っ赤にして、景を見ている。 「もしも、法律を通用するというなら、どうぞここにいる方々も断罪なさってくださいね。もともと、この方々が僕らに襲いかかってきたのです。僕らは正当防衛という名のもとに、無罪を主張しますが、如何です?」  執政官は本当に怒った。景が執政官と対話している間、博希は、周囲の見物人たちをみんな、家の中に避難させた。見物人なんかにいられたら、執政官が逆上して何をするか解らない。博希はそこまで気を回したのである。そして、実際、博希の予感はちょっとだけ当たった。 「……貴様ら……よくもそんな口が叩けたな! おいっ、お前たち、遠慮はいらん! こいつらを始末しろ!」  残り半分の暴漢たちは、博希と景の恐ろしさを先程知ったため、ほとんど腰がひけていた。 「俺たちの強さを知ってるんだよ。それでも俺たちと対等にやり合う気かい」 「…………っ!」 「恐らく、その統制力と舌鋒で、人々を仕切ってきたんでしょうねえ。この村が平和だと勘違いした僕が愚かでした」 「遠慮はいらねえぞ景。やってやれ」 「ええ。そのつもりです」  景は弓をキリキリと引き絞った。 「安心なさい、殺しはしません。ただし、死ぬよりも苦しい目に遭う可能性はありますが。村の人たちを抑圧してきた罪が下るのです」 「何をするっ。私に何かあると、ヴォルシガ様の事を聞き出せないぞっ」 「そんなもん、聞かなくても解るわい。ここにはお前なんかよりゃずーっと頭の冴えの違うブレーンがいるんだからよ」 「褒め過ぎですよ、博希サン」  景は真っ直ぐに、執政官を狙った。 「僕を怒らせると怖いということを、あなたはもっと早くに知るべきでした。乾坤一擲ッ!!」 「うわああああああ」  矢は、したたかに、執政官の肩口に刺さった。もっとも、服の布地だけに刺さったのであって、ケガはない。だが、執政官は、景が『殺さない』と言ったにもかかわらず、殺されるものと思って、失神していた。 「とりあえず額に『天晴』と書いておきましょう」 「何で天晴なんだ」 「馬鹿さ加減が天晴です」 「なるほど」  景は執政官の額に『天晴』と大書きして、ついでにどこから出したやら、日の丸の描かれた扇子を頭にくっつけておいた。 「めでたさ加減も天晴ですが、どっか馬鹿に見える人間の出来上がりです」 「まだ甘い方だよな。ヒマがないからこれ以上はやらないけど」  二人はちょっと笑って、それから、暴漢たちに聞いた。 「あんたがたもやってほしい?」  無言で首を振る暴漢たち。 「そっか。じゃあやめとく。だけど今度この村の人たちに何かやらかしたら――……執政官よりもひどいぞ」  それだけ言って、博希と景は走り出した。 「それにしても、シブかったぜ、『鳥』」 「そうですか? 『雲』の方がよかったかと思ったんですが」 「いや、『鳥』の方がカッコよかったねえ」 「そうですか。それはよかった」  二人はグリーンライ中心都市へ急いだ。 「…………」  まだ耳鳴りが残る。五月は重いまぶたを開けた。 「……!?」 「覚めたかい」  目の前にはヴォルシガがいる。やはりニコニコと笑ってはいるが、五月は、その笑顔に友好的なものを感じることはできなかった。 「……っ……う」  ガチャガチャと、頭の上で音がする。頭の上で腕をくくられている、それも金属的なもので。――と気がつくのに、そう、時間はかからなかった。おまけにしゃべれないときている。そう――、五月は今、いわゆる、さるぐつわをかまされていた。 「こうでもしないと、君に暴れられて、鎧装着でもされると面倒だからね」 「――――!」  やっぱり見抜かれていた。これでは、何とかエンブレムを出すことはできても、『声』を出す事ができないから、鎧装着は不可能。ヴォルシガはそこまで解っていたのである。 「……ぐ……」  暴れてみる。だが、金属の手鎖である、壊せるわけがない。 「ああ、だめだめ、下手に暴れて、手首に傷でもついたらどうするんだい?」  五月の手首を優しく撫でるヴォルシガ。もはやその優しささえ、五月には鳥肌が立って仕方がなかった。  この人は完全にぼくのことを誤解している。  もしぼくが本当に男だと解ったら、この人はどうするだろう……?  ザッ! と、五月の心が凍る。  殺される……!?  だとすると、なんだか男だと解ってほしいけど、男だとバレても困るような気がする。でもでも、それはさっきから男だって言ってるのにこの人が聞く耳持たなかったからで。……一発、脱げば理解してくれるんだろうか。だめだめ、こんな体勢で脱げるわけないじゃないの! 脱ぐのもヤだし。  それにしても、この人はぼくをどうする気なんだろう、と、五月は思った。ぼくのこと女の子だって思ってるなら、お人形として置いとくつもりかな。じゃあもうぼく暴れないから、鎧装着もしないから、これ外してもらいたい。  ――五月はそう、思っていたが、いかんせん、ヴォルシガはあくまで『女好きの男』なのである。五月の予想をどこまでも遥かに超える事を、彼はやらかすつもりでいた。五月はもっと、勉強しておくべきだった。何をと言われると困るが。  五月の目の前にいるヴォルシガは、なんだか、さっきのヴォルシガと違っていた。目の色が明らかに違う。また耳鳴りがするのかと思って、五月は少し警戒したが、それとも違う。 「…………」 「……ふふふ……、」  全身に、ぞわっ――と悪寒が走る。だが、五月自身にとっては、一体ヴォルシガが何をしようとしているのか、全く解っていない。 「怯えなくても大丈夫だよ」 「??????????」  五月の着ていたドレスは微妙にフワリとしていたため、ヴォルシガはとうとう五月を女だと勘違いしたまま、五月のドレスを脱がせにかかった。  五月にしてみれば、今、ヴォルシガが何をやっているのか、全くもって理解不可能だったため、ああなるほど、やっと、ぼくが男か女か、確かめようとしてくれてるんだ――ぐらいの、非常に楽観的な考えしか頭に浮かんでいなかった。  博希と景はいまだに疾走中だった。 「! ……おい景、何か今、俺、すっげーイヤな予感が」 「は?」  五月はまだ脱がされていた。ドレスというのは意外に脱がすのに時間がかかるものなのである。そして、――ヴォルシガがやっと自らのミスに気がつく時が、刻一刻と迫っていた。  ヴォルシガの手が、五月の胸にかかった。五月はヴォルシガの手の、比喩的な冷たさに、ゾッとした。だが、 「…………!?」  五月の胸を触ったヴォルシガの方が、一瞬、身を固くした。  『平ペったい』。  ヴォルシガは五月のさるぐつわを取り、できるだけ冷静を保ちつつ、聞いた。 「お前、本当に、年頃なんだろうな」 「年頃? 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