窓の中のWILL

Chapter:28 「ヒロくんだってカーくんだって、砂になんかさせない」

「博希サンっ!」 「ヒロくんっ!」 博希が大絶叫してから数分後、景と五月が城の中にバタバタと入ってきた。 「あらあ」 スイフルセントはまたも妖艶な笑みを浮かべた。だが景はそんなものには目もくれず、博希のもとに走っていった。 「博希サン! まったくあなたっていう人は、漢字くらいちゃんと書けないんですか!?」 「ああ??」 トートツな景の発言に、博希は一瞬、あっけにとられた。 「執政官の屋敷の人たちと執政官です! 何でみんなひらがななんですか!?」 「るせぇなー、度忘れだよ度忘れっ」 「嘘ですね!」 「なぬう!?」 「博希サンがちゃんと書ける四字熟語は『焼肉定食』だけでしょう?!」 「…………よく知ってんじゃねぇか」 「だから今教えて差し上げます! いいですか、『しょぎょーむじょー』は『諸々の行いは常に無』と書くんです、常と無は逆に書くんですよ、それから『じょーしゃひっすい』は『盛んな者は必ず衰える』と書くんです、ちょっとその二つ、今ここで書いてみなさい!」 「書くものねぇよ」 「ああもう! ちょっとすみませんがそこの人、書くものを!」 景は案外熱くなると周りが見えなくなるタチらしい。あろうことかスイフルセントに『書くものを』などと言ってしまった。 「ないわ」 丁寧に答えるスイフルセント。答えなくてもいいのに。 「ないんですか!? まったく役立たずな城ですね、それでも城ですか!」 もう訳が解らない。 「カーくんカーくん」 「五月サンは黙っててください! 博希サン、いいですか、いくら寿司屋の跡取りだからって、漢字が書けないのは恥ずかしいですよ。あなた魚ヘンの漢字全部書けますか? 寿司屋なら書けていなければ」 「カタカナでもいいだろ」 「有名になれますよ、『魚ヘンの漢字パーフェクトの寿司屋』って」 熱っぽく語る景の肩を、五月がトントンと叩いた。 「カーくん」 「なんですかもう、五月サンはぁ」 「スイフルセントはどうするの」 「は? ……はっ! いたんですかスイフルセント!!」 「ずいぶん前からいたわ」 「ここスイフルセントの城だぜ」 「カーくん、なんかおかしいよ今日」 「……あ……」 ええそうでしょうね、なんせまだ二十杯の後遺症が、とは言わない。やっと本来の目的を達成できそうだ。今回はなんだかずいぶん回り道が多かったが―― 「大丈夫です」 そのやり取りをずいぶんと黙って見続けていたスイフルセントは、まるで、自分の子供たちがはしゃぐのを見守る母親のように、くすりと笑っていた。全く各都市の総統は我慢強くできているらしい。  そして、スイフルセントの口から、やっと、それらしい言葉が発せられた。 「デストダったら、足留めに失敗したのね」 やっと本来の――【伝説の勇士】としての――自覚を取り戻した景が、静かにつぶやく。 「……あなたの差し金でしたか……」 「どうせだったら一人ずつ楽しみたいじゃない? こんな美少年たちと戦える機会なんて、そうないんだもの」 一人ずつね、苦痛にゆがむ表情を見たいのよ、スイフルセントはそう言って、くすくすと笑った。 「イヤな人ですね。僕らが苦しむのがそんなに楽しいですか」 「ええ」 「言い切りましたね」 「こわーい」 五月は景の腕をギュッと握った。 「仕切るんじゃなかったんですか五月サン。勇気出してください」 五月はもう一度だけ、景の腕を握った。そして、 「ヒロくん、カーくん! 武器出して! ブキヨデロー!!」 「……俺、もう、出てるんだけど」 「しっ! ……五月サンがせっかくその気になってるんですから、水を差さないで! ……以一簣障江河――武器招来!」 「スイフルセント! ぼくたちが許さないよ!」 しかしスイフルセントは、くすくすと笑ったまま、三人を眺めていた。 「誰から仕留めてあげましょうか? ……三人とも素敵なんだもの、迷うわ」 博希はぞくりとした。金輪際こういったタイプのマダムには近寄りたくないな、俺もミョーなトラウマついちまった、と、博希は両腕に鳥肌立てながら思った。まあその思考の七割方は多分レドルアビデに対する嫌悪感も手伝ってのことだろうが…… 「決定する前に、僕らが倒して差し上げますよ!」 景がキリキリと弓を引き絞る。 「乾坤一擲!」 だが、放った矢は、スイフルセントの閉じた扇で、叩き落とされた。 「なっ!?」 「この扇は、これまでのものとは違ってよ。覚悟なさい、【伝説の勇士】!」 ぶわっ! ――スイフルセントは扇をいっぱいに広げた。ヒラヒラというよりは、バサバサッ! といったほうが近いであろうほどに、扇を舞わせる。その度に、黄金色の輝きが扇から発せられ、博希たちの武器に取りつく。 「離されちゃダメだよ!」 「解ってるよっ!」 「解ってます、でも……」 景はスイフルセントを見た。全身、真っ白な布をまとったように見えるこの妖艶な婦人の首には、ヴォルシガがつけていたような首輪がついていた。  あれは、ライフクリスタルの? ……だったら、あれを攻撃してしまえば、スイフルセントは倒れる。五月もそれを思ったらしい。 「カーくん、首輪、……」 「ええ」 景は雷撃による強力な引力の中、必死に、弓を引いた。 「――乾坤……一擲!」 バッ! と、一気に放たれる矢。一瞬だけスキのできたスイフルセントの首に、その矢は、命中した。 「首輪……!」 スイフルセントの絶句。首輪は二つに割れ、落ちた。当然、中に入っているライフクリスタルも、割れた。 「やったか!?」 博希が剣を取られまいと抵抗しながら、言う。  だが―― 当然、博希も五月も景も、スイフルセントがヴォルシガのように、砂になるものと思っていた。しかし、スイフルセントは、崩れなかった! 「な……何だとっ……!?」 「まさか、そんなこと、だって、ライフクリスタル……!?」 「どうして!? どうして!?」 三人ともパニックになっている。 「首輪を狙ったことは褒めてあげるわ。ヴォルシガのことがあるんですものね、首輪にライフクリスタルが――と考えるのは当然のことよねえ。だけど少し、甘かったわね」 嫌な笑い。 「じゃあ、そのライフクリスタルは……ダミー……!?」 答えはない。その代わりに、スイフルセントは、扇を操った。先程博希の剣をとらえたような鞭が、ぶあん、と生まれる。それも、三つ! 「うわっ」 「……っ!」 「きゃあ」 まるでそれは蔓のように――細く、取りついた雷撃の鞭は、博希たちの腕にも、取りついた。 「うああああ」 「ああっ……がっ」 「やあああああ」 体に痺れが走る。 「本当に素敵。これが三人バラバラだったら、もっと素敵だったのに。一人ずつ、楽しんだのに」 本当に残念そうに言うスイフルセント。 「やっぱりアブねぇやつ……だぜ……!」 博希は苦しみの淵からそうつぶやく。  くそっ、母ちゃん、俺……  茜っ! 父ちゃん! じっちゃんにばっちゃん!  俺に力をくれよっ!  ……ちきしょう、あんなアブないヤツにやられるのなんかごめんだぜ! 黄金色は自分たちの腕だけでなく、その体までを包もうとする。  景は考えていた。  解らない。  ライフクリスタルがあそこではないとしたら?  他に、どこに、ライフクリスタルを隠す? 「痛いよう」 五月は泣きそうだ。 「泣いてはいけません、五月サン! 男の子でしょう!?」 「うん」 必死に涙を抑える。目に涙をいっぱいにためて、我慢している。 「このままじゃあ、」 本当に、僕たちの体が危ないですね……景は思った。その前に。その前に、スイフルセントを倒さなくては、感電により異世界で死を迎えるなんていうことになったら、元の世界で葬式をあげてもらえませんよ……! もっともそういう問題ではないような気もしたが、景は雷撃の中でそんなことを思うと、もう一度、スイフルセントをよく見た。だが、解らない。見えない。  五月は薄れていく意識の中で、なぜか、父親のコンソメスープを思い出していた。  パパ。  もう一度、卵の入ったコンソメスープ飲みたいな。  ……ぼく、宿題の答え、解らないかもしれない。  宿題?  そうだ、宿題!  パパと約束したじゃない。宿題。ぼく、解かなくちゃ。  解けないうちに倒されるのなんてやだ。  絶対、やだ!  五月の瞳が、カッと開いた。瞬間、彼は無意識に、スイフルセントを見ていた。 「…………あ!?」 五月はその時、不思議なものを見た。黄金色の中に、何かひとつ、ひとつだけ、違う光があった。五月はビリビリとする体を引きずりながら、景のそばに寄った。博希より、景のほうがいいような気がしたのである。 「カーくん」 「五月サン?」 「ぼく、見つけた。ライフクリスタル、見つけたよ」 「なんですって!」 景はそっと、五月の口元まで、耳をもっていった。 「ええ、ええ……え? そこに? でも狙うのは……」 「カーくんしかできないと思うの。ぼくカーくんを信じてる」 「…………!」 景はそれで、意を決した。 「解りました。では博希サンも呼んでください」 うん、とうなずいて、五月は博希を手招きで呼んだ。博希はすぐ、匍匐前進で寄ってきた。だが――いくらなんでも怪しすぎたのだろう、スイフルセントは不必要なまでの笑顔で、博希を見た。 「何をしているの?」 「うがああああっ」 博希にうんと激しい雷撃が下る。 「っづ……」 「大丈夫ですかっ」 「なんとか、……な」 「博希サン。スイフルセントの気を引いてください。僕が、スイフルセントのライフクリスタルを狙います!」 「何!? だってヤツの……」 「五月サンが本当のライフクリスタルを見つけてくれました」 「……そう……か。解った」 博希はズルズルとスイフルセントの元まではうと、剣でもってスイフルセントを攻撃にかかった。彼女は当然、景の考えなんて知らない。 「まだ動けたの? もっと欲しいのね! いいわ、好きなだけあげる!」 雷撃を放ちかける。博希は目を見開いた。ヤバい! 「だめ――――っ!」 五月の叫び。スイフルセントは思わず、五月のほうを見た。その瞬間、本当に一瞬、スイフルセントの全身が、フリーになった。  景はそのタイミングを見逃さなかった。そして、折よく、自分への警戒と、雷撃の鞭は、やや、解かれていた。 「この時を待ってました! 乾坤一擲っ!!」  与一、鏑を取ってつがひ、よっぴいてひょうど放つ――――再び!  バシュウッ! 「あああっ!」 スイフルセントは悲痛な叫びを上げた。彼女の扇は、ド真ん中を打ち抜かれ、ヒラヒラと空を舞った。その瞬間、パアン! と、音がする。景がバランスを失って、そこに転がるのと、それはほぼ同時だった。 「五月サンの目は、正しかったよう、ですね。扇、でしたか……」 ざらり――スイフルセントの指先が、砂に変わり始めた。 「まさかね、見破られるなんて思っていなかったわ」 景は体を起こすと、言った。 「……この都市の村の男性たちを……どうしたんですか。美少年ばかりではないでしょう。それだのに老若問わず奪うとは」 「うふふ。すべてね、レドルアビデ様への『献上品』にしたのよ」 「なああああああ!? けっ、献上品!?」 博希が叫んだ。 「あーわわわわわわわわ、あーわわわわわわわわ、あわわわわわわ」 「どうしました博希サン!?」 「イヤっ……なんつーかそのっ……マジかっ!?」 「こんな時に嘘なんか言わないわ」 ざらり――腕が崩れる。 「だから多分――私を倒しても、永久に帰ってはこなくてよ。残念ながら無駄骨だったってことね」 ホホホホホホホ、と、スイフルセントが笑うのを、五月はじっと見つめながら言った。 「ムダボネなんて思わないよ」 その瞳は真剣だった。真剣に、スイフルセントを見つめていた。 「ムダボネなんて――思わない」 もう一度、言う。 「ふうん。それならそう思ってもいいんじゃないの。いつかはあなたたちも、砂になる運命よ、私のようにね? ホホホホホ!」 足が崩れる―― 「ぼくらは絶対、砂になんかならない! ぼくらは……ぼくらは!」 ギュッと、握り拳を固めて、五月は言った。景は五月の肩に優しく手を置くと、スイフルセントに言った。 「僕らは負けるつもりはありませんし、ましてや倒されるつもりもありません。もし倒れるときがくるなら、それは、レドルアビデを倒した後です」 ニッ……と、スイフルセントは最後の笑みをもって、景を見つめた。 「それは楽しみねえ」 本当に。どこまでやれるものかしら――スイフルセントはそれだけつぶやくと、すべてが砂に還った。  三人はようやく、まともに立ち上がれた。 「……い」 五月がなにかしらをつぶやく。 「五月サン?」 「……やっぱり、いい気分はしない」 「……総統を、倒したこと――ですか」 五月はこくんとうなずいた。そして、スイフルセントの砂をちょっとだけ触ると、また、言った。 「でも、やらなきゃいけない気はしてる。ぼくは絶対砂にはならないし、ヒロくんだってカーくんだって、砂になんかさせない」 博希はそれを聞いて、心底嬉しかった。もちろん景も嬉しかったが、そんなことは言えない。ただ、博希が照れ隠しに、 「コノー、柄にもないコト言いやがって」 と、五月の頭を小突くのを、微笑ましく見ているだけだった。  その時! 「またかぁっ!?」 城が揺れ始めた! 「今度は時間差できましたか……うーむ」 「考えてるヒマなんかないよっ」 「脱出するぞっ」 「ガイルスさんはどうしました!?」 「もう村まで逃げてるよ、俺が逃がした」 「そうですか、そりゃよかった……いやいや一時はどうなることかと」 「バカっ、景っ! お前一人ここで人生終わらせたいか!?」 城は揺れ続ける。 「間に合わないよ~~~~!!」 「博希サン、よくも僕のことをバカだとのたまいましたね」 「こんな時にヨユーこいてるヤツをバカと言わないでなにがバカだっ」 「博希サンのように無鉄砲なのをバカと言うんですっ。だいたいなんで僕たちに相談もなく一人で飛び出してっ……!」 「結果的にスイフルセント倒せたんだからいいだろっ!」 「早く逃げようよ~~~~!!」 「ア゛――――――!!」 「崩れる――――――!」 「はっ、そうだ!」 五月はとっさに、胸に手をやっていた。次の瞬間、三人は、空を飛んでいた。大きな翼の上に、三人はいたのである。 『危なかったですねえ、お三人とも』 「フォルシー……」 「ありがとう、こんなに早く来てくれるなんて思わなかった」 「そうか、フォルシーを呼ぶという手がありましたねえ……」 「ホントに今日のカーくんヘンだ」 景は苦笑をもって返事に代えた。 『で? どちらで下ろしましょうか?』 「この前の村でいいですよ、宿の娘さんの幸せを確かめてから、新しい都市に行くことにします」 『そうですか。では、また、折があればお呼びください。それでは』 「ありがとう」 フォルシーは三人を宿の前で下ろすと、バサバサと飛び立っていった。  宿はなんだか賑やかだった。 「ただいま、……」 「まあ! 勇士様!」 娘が幸せいっぱいの表情で、博希たちのほうへ駆け寄ってきた。 「どうしたんです?」 「ありがとうございます、ガイルスを助けてくださって……私たち、結婚します」 「へえ! そりゃおめでとう」 ガイルスが半ば照れながら、博希に言った。 「あの、勇士様方にも、ご参列願いたいんですが……」 「結婚式に?」 「ぼく行きたーい! いいでしょ、カーくん」 「仕方ないですねえ、いいでしょう」 「お前も出たいんだろ、まったく、素直じゃねぇな」 「うるさいですね」 というわけで、滞在期間は、少し、延びることになった。

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