窓の中のWILL

Chapter:90 「きっと頑張れるよ」

 マリセルヴィネの砂を完全にビンに閉じ込めてしまった五月は、言いよどんだ。 「えと、その、」 「なんで砂なんか拾ってんだ、ばっちいだろっ」 「何か研究にでも使うのですか? でしたら僕にも手伝わせていただきたく」  完全に方向性の違う二つのツッコミを受けながら、目を白黒させる五月。 「あのう、あのう、……や、ヤーマさんは……?」  どうにかこうにか言葉を絞り出せた。 「え」 「話は、あとでするから、ヤーマさんのことと、ヒロくんはほら、スカフィードのとこ行ってレリーアちゃん連れてこないと」  それは五月にしては至極常識的で、かつ、理にかなった発言であった。そしてそれにいち早く反応したのは、さすがと言うべきかなんというか、景であった。 「そうですね、ヤーマさんのことがありましたね。レリーアちゃんはスカフィードのところにいるんですか? 五月サン、あとで必ず、いろいろとお話ししましょうね?」 「うん」  博希は完全に物足りない、というよりは、消化不良の様子であったが、景がクギを刺したためか、割合素直に“ほころび”を開いた。 「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」  博希がいなくなってから、二人はヤーマのところへ向かった。マリセルヴィネが倒れたせいか、魔法も消えたとみえ、マートルンは元の一両編成の列車に戻っていた。扉の向こう、ヤーマは運転席を撫でながら、どっと老け込んだ顔になっていた。 「お疲れさまでした」 「勇士様……ああ、こりゃどうも……」 「マリセルヴィネは僕らが倒しました。あとは――奥様と、村の方々の件が残っています」 「総統を……何から何まで申し訳ない……」  頭を床にこすりつけるようにして、ヤーマは礼を言った。  「参りましょう。博希サンはちょっと外していますが、ほどなく合流するはずです、レリーアちゃんを連れてね」  三人がマートルンを降りたとき、そこは家屋の密集地帯手前だった。本当にスレスレのところで大惨事を回避できたのだと、五月も景も胸をなでおろした。    それから少しあとの、マートルン内。 「……マリセルヴィネ……己が力を過信したか」  崩れたマリセルヴィネの砂に手を触れる影があった。ざらりと手の中にすくうと、 「足りぬ……」  と苦々しげにつぶやく。解る。指一本分くらいのわずかなものであるが、これはマリセルヴィネの全身ではない! あの騒動から、室内にいたのは運転士とマリセルヴィネ、そして…… 「勇士どもの仕業か!」  長い髪が怒りに燃えて逆立つようにぴりぴりとうねった。  このまま勇士どもを殺しに行くこともできる、だが――――。クラヴィーリはひとり、ホワイトキャッスルへ踵を返すのだった。  村は騒然としていた。  それはそうだ、マートルンが暴走した挙句村に突っ込もうとしたのだから、村人のほとんどは家から飛び出して、その状況を固唾をのんで見守っていた。  マートルンが暴走したことで、村人たちはヤーマがこの件にかかわっていることを確信していた。マリセルヴィネのもくろみは、叶わなかったなりにも理想通りの道を進んではいたのである。 「あのオヤジ、何考えてんだ!」 「ぶちのめすしかない、娘もろとも村から出て行ってもらおう!」  そこにヤーマと景と五月、数分後に、追いついた博希とレリーアが歩いてきたものだから、村人たちのボルテージは一気に上がった。 「誰だお前たちは! ヤーマとその娘をこちらに渡せ!」 「何者だ!? どうせよそ者だろう!」 「いや……ちょっと待て、あの姿……聞いたことがあるぞ、もしかして伝説の……」  村人の誰かがそう言ったことで、今度はギャラリーがたちまちざわつく。まだ鎧装着を解いていなかった三人は、これ幸いと、二人をかばうように仁王立ちになった。 「ご存じの方もみえるようですが、僕たちは【伝説の勇士】です」 「その俺たちが、俺たちの名において言うぞ。この親子に手を出すんじゃねえ」 「これから、執政官の人のところ行くの。邪魔しないで」 「執政官様のところへ……!? で、でも勇士様、それは、」 「知っています。だからこそ、行くのです。申し上げておきますが、すでに総統マリセルヴィネは倒れました。執政官の方が改心すれば、みなさんを苦しめる存在はいなくなります。違いますか」  またギャラリーがざわつく。総統様が倒れた? まさかそんな、でも勇士様がおっしゃることだし、ならばここは信じてみるべきか? そういうひそひそ声があちこちから聞こえてくる。 「僕たちは必ず戻ってきます。どうか、信じていただけませんか」  あまりに熱心な景の様子に、村人たちはついに折れた。こういうときに博希や、ましてや五月が説得に回らなかったのはなんとも珍しかった。二人がのちに語るには、この時の景にはなにかしらの熱を感じたという。  未だにざわつく村人たちの中、一行は執政官の屋敷を目指した。   「ここが、執政官の屋敷か……?」  博希の声に、ヤーマ自身が半信半疑の様子でうなずいた。まさか、そんなはずは、というつぶやきが、景や五月の耳にも届く。確かに、そのつぶやきも、解る気がする。なぜなら―― 「あなた! レリーア……!」  女性が一人、奥の部屋から出てきた。 「あれ? あのひとがレリーアちゃんの母ちゃん?」 「うん」  博希がレリーアにそう聞いたのには訳があった。話に聞いていたより、その屋敷も、そして執政官本人も、とても質素だった。 「どうした……」  ヤーマが呆然としてつぶやく。聞いていた話と違う。そんな様子であった。 「あたくしはひどいことをこの村にしました。ですから……集めたものをすべて返そうと……」  それだけではないのではないか、と景は思う。仮にマリセルヴィネがここに戻ってくれば、この――多分あの女からすれば【惨状】を――きっと許すまい。  それに、彼女はマリセルヴィネが消えたことを知らない。それならば…… 「命と引き換えに?」  彼は無意識にそうつぶやいていた。 「なに……?」  ヤーマがその言葉をとらえて、執政官につかみかかる。 「馬鹿なことを言うな! お前がいなくなったら俺だって……!!」 「でも! あなたとレリーアはあたくしのせいで村を追われて……ずっとずっと、それが……それだけが気がかりで……」 「お母さんっ」  執政官の言葉を遮ったのは、レリーアだった。身体いっぱいを使って執政官にしがみつき、一生懸命に言葉を探していた。 「三人がいいの、三人いなくっちゃダメなの。お父さんも、お母さんも、わたしも! 三人いたら、みんないたら、きっと頑張れるよ、なんでもできるよ、やり直しもできるよ! だから……」 「やり直し……」 「レリーアちゃんの言う通りです」  景の澄んだ声がした。 「お二人が心の奥深いところでそれぞれを想っていらっしゃるのは、いまのでよく解りました。だからこそ、もう一度、この村を立て直すべきです」 「あなた……あのかたは……?」 「【伝説の勇士】様だ。俺のマートルンを守ってくれて、総統様も倒した」  ええっ、と、執政官が声をあげる。それはそうだ、【伝説の勇士】というだけでも驚きなのに、あのマリセルヴィネが倒されるなんて、きっと想像もしていなかっただろう。 「だからもう心配はいらない。お前が死ぬこともない。きっとうまくいく、きっと……」  崩れる執政官の瞳から涙があふれて、止まらなくなった。ヤーマは彼女をただただ抱きかかえて、二人で泣いた。レリーアは二人に抱きかかえられた形で、とても幸せそうな、穏やかな顔をするのだった。  景はそっと、博希と五月を伴って屋敷を出た。 「あああああぁぁああ!!」  頭がずきずきと痛む。  兄? 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