窓の中のWILL

Chapter:88 「それが一流のシナリオです!!」

 博希と景と、それからデストダがにらみあって、たぶん数分は時間が流れた――――ろう。じりじりと、間合いをはかるように、お互いがお互いスキを探して立ち尽くしていた。 「僕らが鎧装着する前に立ち去っていただくが得策かと思うのですがね」  景が静かにつぶやく。下手をしなくとも博希サンはあと一分もすればあなたに飛びかかりますよ――と、淡々と告げる。無論デストダ自身が抜き差しならぬ状況であろうことも理解はしているが、できることならあまり戦うことなく決着をつけてしまいたいのだ。  それに、マートルンのあの音も気になる。 「そうはいかんな。その娘、連れて帰れなければ自分の命も危うい」  でしょうねと景はため息をついた。ならば力づくでも止めるだけ、である。彼は鎧装着をすべく、博希に目配せをしようとした。  しかし、博希から発せられたのは、全く予想外の言葉だった。 「景、お前、先に行け」 「え? ……」 「おっちゃんのことが気になる。ここは俺と五月でなんとかするから、先に行っててくれ。すぐ、追いつく! 心配すんな、お前だけにカッコいい目は見せてやんねェからな」  別にそんな心配はしていないが、景はデストダのことも気にかかっていた。それは無論博希や五月もそうであったろうが、いまはそれをどうこう言っている場合でもないことは、三人が一番よく解っていた。 「――では、お言葉に甘えて!」  考えるのは、あとだ。景はそのまま、デストダの脇をすり抜けて駆け出した。 「お前にしちゃあ、頭のいいことをする」  デストダが唇の端を上げて博希を褒めた。 「え、マジか? やったぞ五月、俺頭いいんだって」  でへーと照れた博希の頭上を、 「ヒロくん!」 「レジェンドプロテクター・チェンジ!」  一閃。デストダが狙う。  だが博希はまるでそれが解っていたかのように、鎧装着するとともにデストダの短刀を受け止めた。  両者の歯のきしむ音が、五月には聞こえた気がした。 「分断するとはな。わざわざ全滅するために!」  こりゃすげえ、凶器まで出しやがって、デストダがいつになく本気だぞ――博希は思ったが、短刀を受け止めたのだってデストダの殺気が半端なく波打っていたのを感じたからだ。明らかに戦い慣れしていない、目の前の――元、と呼んでいいのかどうか、【翼人】相手に、博希は本気を出すまでもないと思っていた。その代わり、彼は別の言葉を選ぶ。 「あんまり野蛮なことすると、兄ちゃんが泣くぞ?」  無論兄ちゃんとはフォルシーのことだ。ちょっと同情を誘ってみようと思ったのだったが、デストダから出た言葉は―― 「兄ちゃん? 誰だそれは! 俺に兄弟などいない!!」 「ええっ」  五月が心底びっくりした悲鳴を上げる。 「だってフォルシーが言ったよ、デストダは弟だって言ったよう」 「弟……!?」  フォルシー? 弟? 兄?    頭の中で、記憶が交錯しているのか、どうなのか、デストダは額を押さえて少しうめいた。 「……ありゃ完全になんか、頭がアレだぞ」  言葉尻だけとらえたら非常に誤解を生みかねない発言を、博希はした。うまい表現が思いつかなくて、彼も、少し、迷っていた。 「もしかして、全部忘れちゃってるのかな。自分が【翼人】だってことも?」  ヨク……ジン……? 「ああああああっ」  頭が割れるように痛い! デストダはそのまま床に倒れこんだ。 「デストダっ!」  景は駅で、呆然としていた。  ヤーマの家は駅のすぐ近くだから、走るほどの距離はなかったのだが、そうするまでもなく、景には異常が見てとれた。そして、先程聞こえた音の正体を、彼は察した。 「マートルンが……ない……!」  通常ならきっと、停車したままのマートルンが、そこになかった。当然、ヤーマの姿も、なかった。景の背筋がつんと冷える。 「ヤーマさん……!」  極論ではあるだろうが、最悪の場合マートルンそのものはどうにでもなる。だがどうにもならないものは……!  ぎり、と唇を噛んだ景の耳に、また音が届いた。 「!」  音のほうを見る。  明らか、人為的な動きをしていない、それは昨日彼らが乗ったマートルンだった。 「博希サン、五月サン! マートルンが……暴走しています!」  通信を受けて、博希の背筋も五月の背筋も冷えた。もうこれはどう考えてもマリセルヴィネの差し金であることは間違いないと思った。 「どうしよう、ヒロくん、ヤーマさんのことも心配だけど、デストダのことも……」  五月がオロオロしながら博希の腕をつかむ。  解っている。マートルンにデストダそしてレリーア、どれも放ってはおけない。だがこれ以上三人がバラバラになれば、状況は悪化するに決まっている。さっきデストダは言った、「わざわざ全滅するために分断」と。  つまりマートルンサイドにも、暴走以外の何かがあるのだ、こちらがデストダのために全滅するとは思わないけれど。  目の前ではまだデストダが頭を抱えていた。優先順位を考えれば放っておきたいところだが、そうするとレリーアが危ない。なにより、デストダ自身の事情を知ったうえで放っておけるほど、三人は非人道的な若者ではなかった。  博希はない知恵をフル稼働させていた。  そうして選択したのは、まず守らなければならない存在のことだった。 「デストダ、お前ちょっと外に出てろ!」  頭を抱えたままのデストダを外にぐいぐい押しやって、博希はドアを閉めた。 「ホールディア!」 「ええええ?」  五月には、博希が何をするつもりかちっとも解らず、ただ呆れた声を出していた。まさかレリーアを自分たちの世界に置いておくつもりか。確かにここよりは安全かもしれないが―― 「ちょっと待ってろ五月、俺すぐ戻ってくるから!」  そう言った博希はレリーアを抱えたまま、“ほころび”の向こうに消えていった。 「ちょ、ヒロくん、本気で――――」  どうしようどうしようどうしよう。  五月は長い髪をぶんぶんさせながらうろたえた。  この状態でもし、デストダがドアを開けて戻ってきたら――――  だがそれよりも早く、五月の耳には“ほころび”の開く音が届いた。 「オウ」  目標を少々誤ったらしく、ガン、という音とともに、壁に頭をぶつけた博希が現れるのに時間はかからなかった。だが、彼の腕の中には、先程確かに一緒だったはずのレリーアがいない。 「え、なに、ヒロくん、レリーアちゃんはどうしたの? どこ行ったの?」 「スカフィードに預けてきたっ!! この辺にいるよりゃ何倍もマシだろ!」 「スカフィードに……?」  フォルシーもケガしてるのにどうやって、といぶかしがる五月に博希がした説明はこうだった。  まず“ほころび”を作ってアイルッシュへ行く。到着したら、学校の温室付近へ走る。温室付近でもう一度“ほころび”を作る。そしてスカフィードにレリーアを預ける―― 「戻ってくるにゃ逆をやればいい」 「すごいやヒロくん」  あの瞬間にそこまで思いつくなんて、ぼくにはできないや、五月はそう言って、素直にぱちぱちと拍手した。それ以上にここで開いた“ほころび”から温室まで迷わずたどり着けたのも奇跡的なことだった。たぶんいつにない危機に際し、野性的なカンが猛烈に働いたに違いなかった。 「褒めてもらうのはあとだ、次はデストダ――――」  言いながら扉を開ける。しかし、 「……え」 「いない?」  すでにデストダの姿はそこになかった。  役目を果たさねば命が危ないとまで言っていたのに、いったいどこへ。  だが、今更、捜すほどの時間はない。博希は一気に外へ飛び出した。 「五月、景のところへ行くぞ!」 「うんっ!」  マートルンは、まだかろうじて線路の上にいた。  だが【走っている】というよりは【滑っている】といったほうが表現的に近い。景はその様子を見つめながら、いかにしてあれに乗り込むかと思案していた。  とにかく中にいるはずのヤーマが心配である。景は思い切ってマートルンまでダッシュし、地面を蹴って車両後方部にあった棒を必死につかんだ。 「く……っ!」  握力がスピードについていかない。擦り切れそうな熱さの手のひらを、しかし離すまいと景は歯を食いしばる。後から思い返せば、鎧装着していればよかったのだろうが、この時の彼はそのことをすっかり忘れていた。 「景!」 「カーくん!」  博希と五月の声がする。景は無意識のうちに、棒をつかんでいないほうの手を伸ばしていた。 「多分ヤーマさんが中にいます! お二人とも早く、僕の手がもつうちに……!!」  五月は大きくうなずくと、大股で走りながら、いっぱいに手を伸ばした。 「カーくんっ!」  めちゃくちゃなスピードで走り続けるマートルンに追いつくことができているのは、勇士としての力に違いなかった。だが、このままずっと走っていても、いたずらに体力を削られるだけである。手を伸ばす五月に応えるかのごとく、景もまた、いっぱいに片手を伸ばして、五月の手を握り締めた。  ひりとした痛みが、かえって、新鮮だった。 「持ち上げますよ! 五月サン、地面を蹴りなさい!」 「うん!」  たんっ、と、一瞬、小気味よい音がした。  続けて博希も同じように引き上げてしまうと、三人は車両のドアをこじ開けて中へ向かった。 「ヤーマさんっ」  三人が車内に飛び込んだとき、ヤーマは床に平べったくなってのびていた。 「ヤーマさん、大丈夫? ヤーマさん」 「おっちゃん、しっかりしろっ」  ヤーマがここにいるということは、やはりこのマートルンはヤーマが動かしているのではないのだ。三人はそれぞれの納得をすると、ヤーマを必死に揺り動かした。 「う……勇士様……」 「おっちゃんっ」  うっすら目を開けるヤーマ。幸いなことに、目に見える怪我はないようだった。 「何があったんです。マートルンが尋常じゃない走り方をしています!」 「そうだ、俺のマートルン……!!」  ヤーマはハッとして、運転席に走りかけた。だが左右に揺れるマートルンに足を取られ、うまく動けず、また転倒する。 「……総統様が……いきなりやってきて、マートルンに魔法をかけたんだ……」 「マリセルヴィネが!?」 「やはりそうでしたか。この動き……彼女の魔法なら、合点がいきます」  博希たちさえうまく動けないこの狭い車内で、揺れは一向に収まる気配を見せない。 「うあああああああ!」 「まずマートルンを止める! 力を貸してくれ、勇士様!!」  足に直接、がづがづという衝撃が届く。すでにマートルンは脱線しているはずだ。このまま無茶苦茶に走り続ければ、絶対に村がただですまない。 「解った! とりあえず運転席を目指すぞ、五月、景!!」 「ひゃあーあ」 「ぐっ」  まともに歩くこともままならない。悲鳴にも似たうめきが返事代わりになって、ヤーマを含めた四人は運転席に向かって走り出す。もともと一両編成だったはずのマートルンが、ひどく長く遠いものに思えるのはマリセルヴィネの魔法のせいか。事実いくら走っても、運転席が一向に見えてこない。そればかりか――――桃色の揺らめきが、彼らの背後で――ひとの形を成した。 「お祭りの邪魔は、されたくないわね?」 「てめェ……マリセル……ヴィネッ!!」 「マートルンを止める、ですって? 馬鹿なことを。この古い車両と一緒に、お前たちもそのまま埋もれておしまい!」 「それこそ馬鹿なことだ総統様! あんたなにを考えて俺のマートルンを……!」  マリセルヴィネは自身の細いヒールで、かつ、と床を叩くと、くすっと笑った。瞳には真っ黒い悪意のみが浮かんで、見る者をゾッとさせる。 「そうね、こんなシナリオはどうかしら。妻の悪政にともなう村人からの責めに耐えかね、マートルンを暴走させて村を壊滅。やがて自分の犯した罪の大きさに、これを償うため愛したマートルンとともに永遠の眠りにつく――美しい話だこと」  ついでにその暴走は【伝説の勇士】にも止められなかった――そんなオチまでつけておきましょうか? と、彼女が嬉しそうに語ったところで、博希の辛抱が爆発――――する前に、景の辛抱が爆発した。 「ふざけるのもたいがいにしなさい……! 残念ですがそのシナリオでは三流どころか五流以下ですね! なぜなら!! 僕らはマートルンを止めるし、あなたを倒す……からです! それが一流のシナリオです!!」  言いながら、景はよろけ、踏ん張れずに座席に肩をぶつける。しかし、その瞳には間違いなく本気が宿っていた。 「言うのねえ……今度こそ手加減はしないわよ……!」 「僕だってそのつもり……ですよ!」  景は一歩前に出ると、背後になった博希と五月に言った。 「おふたりはヤーマさんと運転席へ! ここは僕が食い止めます!」 「景……!?」 「カーくん!? どうして、どうして!? 戦うならぼくらと一緒に、」 「今はマートルンを止めるのが先です! それに……僕はこの方に、多大なる借りがありますからね。お返ししなくてはなりません!」  こういうときの決断は、博希のほうが明らかに早い。景の覚悟をみてとって、黙ってうなずいたあと、ヤーマの肩を叩き、まだなにか言いたげな五月を抱えるようにして運転席方面へ走った! 「ふん……おまえたち、いずれそろって深く深く後悔するわよ」 「何をです?」 「あたし相手にひとりで立ち向かうなんて愚言を吐き、あまつさえそれを実行に移した愚行をよ!」  間をおかずひらめく大鎌! 景は座席に横になるようにして、寸前のところで刃先をかわす。 「いつの間に……っ!」  つぶやいて、景はマリセルヴィネの両手にこぼれる花びらの桃色を見る。この前自分が刺されたときと同じ理屈――なのだろう。つまりは花びらを武器に変える……厄介だ。どんな武器も出し放題のしまい放題か……彼女の性格上、その選択が派手なものになるくらいで、危なさには違いがない。 「勇猛邁進、鎧冑変化!」  鎧装着はしたものの、逃げるので精一杯だ。彼はほんの少し、ほんの少しだけ、ひとりで立ち向かうという選択を後悔した。  どれだけ走ったのか。  気の遠くなるほどの距離を走ったような気がしていた。 「運転席……だ!」  さすがの博希も足がふらふらである。ヤーマが叫ぶのを聞いてやっと、運転席の姿を視界におさめることができた。同じようにふらふらの五月を支えながら、彼はヤーマと一緒に運転席へ着いた。 「停まれ! マートルン!」  マートルンが停まる様子はない。 「停車だ! 停まるんだ!! ――勇士様、そこのレバーを思い切り引いてくれ!」 「おう、解った! 引くぞ、五月!」 「……うんッ……!」  がくん、と、車体が左右に大きく揺れる。しかし勢いも、スピードもそのまま、ゆるやかにすらならない。 「停まれエエエェええエエエエエえッ!!」 「うあきゃあああああっあぁあ――!!」 「ふんばれ、五月ぃぃぃぃッ!!」

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