窓の中のWILL

Chapter:19 「――ただいまっ!」

 博希と景は、その声がした直後、スイフルセントのほうを見た。声に聞き覚えがあったし、多分、スイフルセントにとっては、かなり、青天の霹靂だったんじゃないだろうか――と思ったせいでもあった。 「……くっ」 スイフルセントは手の甲をしたたかに打ちつけられ、扇を取り落としていた。 「ヒロくん! カーくん! 大丈夫!?」 五月がフェンシングソードを、スイフルセントの手の甲に、びしっ、と叩きつけたのであった。 「五月っ」 「五月サン――」 景は言葉を失った。ちゃんと、五月が戻ってきたときに、かけてあげる言葉を用意していたはずなのに、浮かんでくれないのである。今はただ、五月が戦列に戻ってきたことが、彼にとって嬉しくてたまらなかった。 「――君が、スイフルセント?」 五月は聞いた。彼女は、少しだけ顔をしかめて、手を押さえると、言った。 「ええ。――そうよ。あなたも、【伝説の勇士】なのね?」 「そうだよ」 五月は言葉少なに言って、スイフルセントを真っ直ぐに見た。 「――やっぱり、美少年ね」 「……褒めてくれるのはすごく嬉しいんだけど」 博希はなぜか悔しそうに、五月とスイフルセントを見た。景はその時、博希の横顔を見ながら、ああ――『俺はどうなる』とか言いかねない表情ですねえ――とぼんやり思っていた。 「悔しがっている場合じゃあないですよ。僕たちも行くんです」 「わ、解ってるよっ」  その頃、ラジオは混乱しつつも、新しい情報を伝えていた。 『新しい説得役に、……え――と……少年でしょうか? 少女でしょうか? とにかく一人加わったようですっ。もはやどうなるか解らなくなってきました。電力会社は総力を挙げて、復旧に向けて作業をおし進めているところで――』 五月の父親はそれを聞きながら、すっかり押し慣れた電話番号をプッシュしていた。 「……あ、松井さんですか? ええ、すぐそこの若林ですが。いや、いつも博希くんにはうちの五月がお世話になりまして――特上握りを五人前、お願いできます? ええ、夕方で構いませんよ、それでは」 電話を置く。ラジオをつけっ放しにして、父親は、キッチンで静かに、二人前のスープカップを洗い始めた。 「でもね。まだまだ、私は死ぬわけにはいかなくてよ」 「この世界は、絶対に壊させないよ! そして、コスポルーダも」 「それはどうかしら?」 「どういうことです!?」 やっと、上に登ってきた景が問う。 「コスポルーダには、あと四つの都市があるのよ、もちろん、それぞれに総統がいるわ。私は二人目の総統にすぎないわ。あなた方がヴォルシガを倒した話は聞いたけど、……私たちはそうはいかなくてよ……?」 「…………」 「それに」 スイフルセントは歌うように続けた。 「運よくすべての総統を倒せたとしても、あなた方がレドルアビデ様に勝てるかしらねえ」 「バ……カぬかすんじゃねぇっ!! 絶対勝ってやるぜっ!!」 息を切って上まで登ってきた博希が言う。  その時―― ふっ――と、博希たちは懐かしい風を感じた。 「何だ……!?」 「あっ、ヒロくん、見て! “ほころび”だ!」 「“ほころび”ですって!?」 だが、自分たちは、“ほころび”創出の『声』を発動させていない。ならば、この“ほころび”を作ったのは、……! 「まさか……」 スイフルセントは景の言葉に、ふふう……っと、笑った。 「どうやら勝負はお預けのようね、【伝説の勇士】たち。レドルアビデ様が帰ってこいとおっしゃっているなら、私はコスポルーダに帰るだけね」 ホ――ホホホホホホ…………恐らくその高笑いは、自分をどうすることもできなかった『勇士』――博希たちに向けられた、嘲りの笑いであろう。スイフルセントは、“ほころび”をくぐると、その姿を、消した。 「…………くっそおおお!!」 博希が叫んだ。 「何て奴なんです!? 最低ですね……っ!」 景が悔しがる。 「ごめんね、ごめんね?」 五月がおろおろと景を見る。 「ああ、大丈夫です。よく、頑張りましたね。五月サンは僕らのピンチに間に合ったじゃないですか」 五月に、少しの笑顔を見せる景。 「そうだぞ。お前が落としてくれたこの扇――あいつ、忘れて行きやがった。これで、電気が少しは戻るかもしれねぇ」 博希が、スイフルセントの扇を持ち上げて、ニッコリ笑う。 「うんっ」 五月もつられて笑った。 「この扇は景に打ち抜いてもらおう。打ち抜いたら、すぐ伏せろよ」 博希が、扇を投げるマネをしてそう言った。 「了解しました。那須の与一風ですねえ」 景は、きりきりと弓を引いた。辺りには風さえ吹かず、景が扇を打ち抜くのを、待っているかのようであった。 「そらっ!」 博希が景に向かって、扇を投げる。  「はいっ!」   与一、鏑を取ってつがひ、よっぴいてひょうど放つ――――  バシュッ!  景の矢は、扇の真ん中を的確に貫いた。 「伏せろっ」 博希の一言で、言った本人はもとより、五月も景も伏せる。扇からは黄色い光があふれ、それぞれ、街の各地に戻っていった。 「吸い込んだ電気が……戻って行く……」 「電気って色があったんだねえ」 「いや、あれは多分、スイフルセントがそういう形にしていただけだと思いますよ。だってイエローサンダに降る雷も――黄色でしたからね――」 そこまで言って、景は、ビルの下をハッと見る。 「いけませんっ! 早く鎧装着を解いて!」 「なんで」 「警察とマスコミが待ち構えてます!!」 「あっ、そういえば、ラジオでずっと放送してたよ」 「何を!?」 「ヒロくんたちのこと」 「え――――!?」 「なんて言ってました!?」 「身元がわかる人は申し出てくれって」 「お前、それで、どうしたんだ!?」 「大丈夫だよ、ぼく言ってないよ」 「ああ、それにしても、数が増えてきましたよ……」 いくらなんでもマスコミに取っ捕まったらまずい、ということを、博希も五月も景も、この時代に生きる高校生として、よく解っている。ましてや、『電気強奪犯』と『話し合いという名の戦闘』をしていた張本人であることなどが解ればなおさら。 「どどどどどうする!?」 「まず鎧装着を解いて、それから、学校に戻るんです! 今なら、まだ、学校のみんなも感電したままでしょうから、その中に紛れ込んでおきましょう。そうすれば、少しはゴマカシがききます」 「さすがだな」 博希が感心する。 「ダテに頭使って生きてきてるわけじゃありませんからね」 「……ケンカ売ってるだろ」 「まさか」 五月が慌てる。 「そんなことより早く早く!」 三人はとにかく、鎧装着を解いた。 「どうやって学校まで戻るよ? 降りていくわけにもいかないだろうし」 景は少し、考えた。 「……博希サン。五月サン。僕らの正体がマスコミにバレるのと、学校の屋上が卒業まで永久に使えなくなるのと、どちらがいいですか!?」 「はあ!?」 「うーん……」 五月は考えた。  もし、正体がバレたら、ママから、そんな危ない事はやめなさい! って、言われるに決まってる。そんなことだけはしたくないな、絶対―― 博希も考えた。  正体バレるとなぁ、何か、気恥ずかしいしなぁ。父ちゃんと母ちゃんも注目浴びちまうし――正義のヒーローってのは正体隠したほうがカッコいいぜ、やっぱり! 景も考えた。  正体がバレるのは絶対に避けなくては!! ――だいたい、ただでさえ父様とおばあ様が――ブルブルブルブルッ。それだったら屋上が使えなくなるほうがどれだけ楽か。 三人の意見は、過程はともかく、結論的には一致した。  トコトンまで正体は隠す! 隠し通す!! 「じゃ、僕の言う通りにして下さい」 景が説明を始めた。手早くやらなければ、ヘタすりゃ新聞・雑誌関係も寄ってくるはずだ。 「博希サン。こっちのビル群を使って、できるだけ回り道して、学校の屋上で気絶したフリをしていて下さい。五月サンはこっちです。僕はこっちから行きます。できるだけ、見つからないような道を行くんですよ」 「OK! じゃ、屋上で会おうな」 「うん」 「はいっ」 三人は、ビルとビルとの間を、まるで水溜まりを飛び越えるかのように、ぽんっ、ぽんっ、と、飛び越え、そして、地上に降りて、走っていった。  さすがにそこまではマスコミも予想できなかったらしい――もしできたら大したものだが。博希たちは誰にも見つかることなく、屋上で気絶したフリをすることに成功した。  結局、昼休みに弁当を食べていたら電撃をくらって、今の今まで気絶していた、という説明を、学校中の教師が信用してくれた。  本当なら、屋上は立ち入り禁止なのだが、その事にはほとんどふれられず、とにかく、電撃をくらってたいしたことがなくてよかった、と、そのことばかり言われ、屋上の件に関してはお咎めなしとなった。博希たちは、握り拳をちょい、と合わせて、また、登ろうな――と、ささやきあった。  そして、当然。  零一と景が約束していた補習授業も、ちゃんと行われた。 「解んないよう」 「寝てたからだろっ。ほらこの問題やってみろ、若林」 「五月サンにばかり当てるのはよろしくないかと思いますがいかがなものでしょうか!? 僕が解きます」 「バカ言えっ。お前が解くと教科書の最後まで終わってしまうわっ」 「が――――」 「寝るな松井っ!!」  すぱ――んっ! 「……体罰って日本語知ってっか、アド」 「知っとるわっ! 教師歴十年のベテランをなめるなっ」 「だったら殴るんじゃねぇよ!」 「他にいい方法があったらご教授願いたいな!」 「黙って寝かせてろ!」 「ほざくなこの問題児!!」  ばこ――んっ! 「……先生。授業になりませんよ」  二時間まるまる、零一と博希のロゲンカでつぶれたようなものだったが、それでも、補習授業を終えて、三人は学校を後にした。 「なあ」 「何?」 「コスポルーダに戻るの――いつにする」 「……まずはスカフィードから何かしらのコンタクトがあるのを待った方がいいかもしれませんね。いくらこっちではそう日数が経たないとはいえ、向こうでどれだけの旅になるか、想像がつきませんからね。日曜日に一気に何か月か旅をする、というのも、手ではありますが、どうなのか――」 「う――ん」 博希は空を見た。昼間の大喧騒が嘘のように、薄いブルーの、いい空が目の前にあった。 「そうだ――五月サン」 「なあに?」  「言い忘れてました。――おかえりなさい」 「俺も言い忘れてたよ。おかえりっ」 五月はちょっとだけ、びっくりしたが、その後すぐ、笑った。 「――ただいまっ!」 三人はいつものように賑やかに、家へ帰っていった。  博希が帰ると、母親が待っていた。 「配達の手伝いしてちょうだい、注文が入りっ放しなの」 「ああ……そうか」 ま、ガスはきくだろうけど、あんまし家事なんかしたくないだろうな、こんな日は――と、博希は思ったが、口には出さない。 「茜は?」 「もう帰ってるわよ」 博希は部屋にカバンを放り出すと、店のほうに向かった。父親が、軽快に寿司を握っている。これを見るのが、博希は好きだ。  父ちゃんが一番カッコよく見えるときだよ、と、博希が子供の時から、友人知人に語っていただけのことはあり、博希の父親は、本当に楽しそうに、かつ男らしくカッコよく、寿司を握って、客と話をしていた。 「父ちゃん」 「おう。ヒロか」 「配達あるんだって?」 「ああ、頼む。――五月ちゃんトコだ」 何で五月にちゃんづけするのか、昔からの父親の癖だが、今更直すのもどうかと思うので、博希は聞き流しておいているが、 「何で五月ントコが寿司なんか頼むんだ」 ということだけは気になったので、聞いた。 「さあなあ。五月ちゃんは誕生日、五月だろう。――時期外れだあな……」 「何であいつの誕生日が五月だって知ってる」 「サツキって名だから」 「あ」 博希は小さくつぶやいた。気がつかなかったのである。が、それ以上は何も言わず、黙って配達に行くことにした。 「特上握りが五人前だ。吸いモン忘れんな」 「解ってるよ」 博希は考えた。あいつの父ちゃんと母ちゃんの誕生日は? ――知らないなあ……じっちゃんとばっちゃんは? ……いや、そっちァ尚更知らねぇや。じゃなんで寿司なんか頼むんだ。あすこの家、母ちゃんより父ちゃんが料理うまいから――父ちゃんがなんとかするはずだろうになあ。  解んねぇや。博希は頭をかいて、五月の家に向かった。 「ごめんくださいっ。『まつゐ寿司』です――」 「は――い」 五月の声だ。  その時――博希は、ある一つの事が、頭にひらめいた。まさか!! 「さっ、五月! ……お前、この寿司なんで頼んだのか、聞いたか?」 「ううん、聞いたけど、答えてくれなかった。なんでかな」 「……お前、まさか正体を親にバラしたってことは……」 「ないないない! 絶対ないよ!!」 「じゃなんで今日寿司なんだよ!? よりにもよって特上を!」 「さあ…………」 五月が本気で首をかしげているので、これ以上聞いても、平行線をたどるだけだな――と博希は思って、特上握り五人前の代金を、後から出てきた五月の父親から受けとると、彼は家に帰った。 「ただいまぁ」 客は一応の落ち着きをみたらしい。父親は茶の間で夕飯を食べていた。 「今、テレビで面白い事やってるぞ」 「あ?」 博希はズックを脱いで、茶の間に上がった。茶の間では、父親どころか、母親、祖父、祖母、妹までが、テレビに釘付けになっていた。 「何見てんだよ」 「特番」 「特番~~? 『あなたの後ろの鈴木さん』か?」 「違うよ! 今日の」 茜が言う。 「今日??」 博希はテレビ画面を一目、見た。そして、心臓が、止まりかけた。 「ばっ……………………!!!!!!」 多分、今、彼を見ると、白目をむいているだろう、というくらい、博希は驚愕していた。  テレビ画面に映るのは――それこそ映りも悪いし人物の特定は全くできないが、博希には解った――スイフルセントと、鎧装着した自分と景と、五月!  その頃の若林家。 「………………」 「すごいわねぇ、まるでトレンディードラマの撮影みたい」 どこの世界にそんな奇々怪々なトレンディードラマがあるかっ――博希ならそう突っ込む所だろうが、無責任に驚く母親の横で、五月はもしゃもしゃと寿司を食べていた。 (…………バレませんように…………) 父親は黙って、吸い物をつくって飲んでいた。  その頃、――浦場家。  この家はほとんど国営放送しか見ないが、それでも、今日の事件は一大センセーショナルだったらしく、件の国営放送でも、ひっきりなしに昼間の大事件が報道されていた。これを食後に見て腰を抜かしたのは、無論景である。 (あ……あわわわわわわわわわわ) 周りには父親も、母親も、姉も、お手伝いさんまでいる。景は平常心を保っていることのほうが難しくなっていた。  だが冷静に見てみる――端々、顔が見えるか見えないかのところで、自分は後ろを向いたりしている。これなら解析にかけられてもまず正体がバレるということはないだろう―― (それにしても、) 景は茶を飲みながら思った。 (よかったですねえ、やられっぱなしで……こっちが優勢だったら、長いこと映ってたでしょうね) ずー。 景は茶をすすってしまった。 この家はテレビを見るのに一切口をきかない。父親は黙りこくったまま、二杯目の茶を飲んだ。彼が何を思っているか、景の知るところではなかったが、景自身、やはり今は、正体のバレなかったことを、密かに喜んでいた。  夜は更けていくのだった。

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