Chapter:3 「証拠はどこにある!?」

 博希たち三人は、目の前に座る白髪の男性から言われたことを、今一つ、飲み込めないでいた。 「イセカイ??」 「五月サン、異世界というのは『異なった世界』と書くんですよ。つまりここは地球や、ましてや日本でもないということを、この人は言っているのです」 「じゃなんで俺たちがこんなとこに来たんだよ!?」 「そんな事、僕に解るわけないでしょう?」  男性は、一息ついて、腕を組み直した。 「だとすると、やはり君たちが、……」  言いかけて、やめる。 「なんだよ?」 「いや……では最初から話そうか」  男性はそう言って、台所の方からコップらしき物を持って来た。 「アイルッシュの、しかもジアルーパ人が何を好んで飲むかは知らないが、まあ、口に合うだろう。体を温めるといい」  コトリと目の前におかれたそれは、澄んだブルーをしていた。 「…………?」  ブルーといえば、自分たちの常識からいえばソーダ系の炭酸飲料である。ソーダ? しかも温かい? 湯気立ってるし。飲み物としてはかなり怪しい。博希は勇気を出して、中身をペろりとなめてみた。不思議な甘さがある。ついで、こくりと飲んでみた。  苦みがなく、すっきりした味で、しかも、微妙に甘い。そして、暖かさが体の中にまで染みとおる。 「私が作ったのだ。おいしいか?」  博希が飲むのを見てやっと飲み始めた五月と景が、黙ってうなずいた。これを飲むだけでも、ここが少なくとも日本ではないことが解った。こんな物、飲んだことがない。 「私の名はスカフィードという。ここ、コスポルーダで、神官をやっている」 「シンカン?」 「日本でいう、神主さんみたいなものですね。でも、神官ならば、それなりの所にいなくてはならないのでは?」  景が言う。 「確かにな。私がいなくてはならない所はちゃんとある。だが、やむをえず、ここにいるのだ」 「いなくてはならない理由とは?」  五月がもう一口、コップの中身を飲む。景はそれを横目に見ながら、聞いた。 「この国は、一人の皇帝によって治められる世界だ。皇帝は【神の羽衣】をまとい、この世界をコントロールしている。【神の羽衣】というのは、所持する者の心に応じて世界を制御する力を持つもので、所持する者はコスポルーダの皇帝として認められるのだ」 「その【羽衣】ってのはつまり、王様のトレードマークみたいなもんだな」  話に興味を示してきた博希が言った。 「だが、【神の羽衣】が、あるとき、奪われた」 「奪われた?」 「現在のコスポルーダの皇帝は、皇姫マスカレッタ様だ。この世界は本当に平和に治められていた。だがある日、どこからか生まれた世界の裂け目のようなものから、レドルアビデと名乗る男と、それから七人の部下たちがなだれ込んできたのだ。奴は、突如、この世界の中心に位置する城――ホワイトキャッスルを攻めた」  逃げ惑う人々。  ホワイトキャッスルは、瞬く間に、血の海と化す。 『ははははは! この世界は俺が征服させてもらうぞ!! 行け、この世界の隅から隅まで、我らのものとするのだ!』  大きさも性別も違う六つの影が、コスポルーダの方々に散らばる。あと一つの影は――レドルアビデの側に、鎮座したまま。 『レドルアビデ様、皇姫マスカレッタを見つけましてございます』 『……ほう!』  二人の姿が、すうっ……と消える。 『皇姫、早く、お逃げなさいませ!』 『いやです! 皆が死んでゆくのに、どうして私だけ逃げられましょう!』  足音が近づく。 『私どもは皇姫をお守り致します!』  何人もの忠臣が、マスカレッタを取り巻く。そして、ドアが、壊された。 『お前が皇姫マスカレッタか……なるほど美しい顔をしている……』 『貴様がレドルアビデかっ! 皇姫に近づくなっ!』 『ふん……うるさい小バエどもが……っ!』  レドルアビデは、手から真っ赤な光を放った。たちまち、その場にいた半数以上の忠臣たちが、ただの魂となって崩れ落ちる。 『い……いやあああああ――――!』 『マスカレッタ。その美しさ、このレドルアビデが愛でてやろう』 『近づかないで! 近づいたら、舌を噛んで死にますよ!』 『ならば死んでみるがよい。死に顔もさぞかし美しいであろう』 『…………!』  マスカレッタはそれ以上、何も言えなかった。レドルアビデはその部屋にいた忠臣たちを、さっきと同じ方法で皆殺しにしてしまうと、彼についてきた一つの影を、退室させた。  部屋には、レドルアビデと、マスカレッタと、二人きりになった。 『……永遠に……俺のものとなれ、マスカレッタ』  素早く、マスカレッタのつけていた【神の羽衣】を、奪う。そして、自分が【神の羽衣】をまとうと、―――― 「……レドルアビデは皇姫に魔法をかけた。【エヴィーア】という魔法をね」 「二つ三つ、聞きたいことがあります」  その話を黙って聞いていた景が、博希や五月の代わりに言った。多分博希や五月だと、大まかな疑問よりも、細かい、そんなのどうでもいいだろというような質問ばかりしかしないはずだから。 「……できる限り、答えよう」 「レドルアビデが皇姫にかけた【エヴィーア】という魔法は、どんなものなんですか?」  魔法、という言葉自体、そうそう日常、口から出るものではない。景自身、まだ、魔法というものが普通に存在する事など信じられないでいるが、この場合は、もう、信じるしかないだろうというところまできていた。 「人を、花に変える魔法だ。【エヴィーア】という名の花にね」 「花に」 「その花は、人を食うのだ」 「人を食う!!??」  博希と五月が立ち上がった。 「食人花だぜっ」 「お姫様をそんなものに変えちゃうなんて。でもレドルアビデは、自分が食べられたときのことを考えてないのかな」 「だよなあ。アハハハハハ」 「笑いごとじゃありませんよっ、ちょっと二人とも黙りなさいっ」  景は博希と五月を座らせた。 「食う、というか、人の血を吸って栄養とするのだ。今はまだ、マスカレッタとしての意識が少し残っている。だが時が経てば、本当に彼女は【エヴィーアの花】として生き続けることになってしまうだろう。もちろん、人としての記憶も何もかも、失われるのだ」 「現在【神の羽衣】を所持しているのは、レドルアビデなんですね」 「そうだ」 「そうですか。……さっきのあなたの話では、皇姫の忠臣たちはみな、殺されたようですね。あなたはどうして、その話を知ったのですか?」 「簡単なことだ。私はその場にいなかった」  景は少し黙って、コップを見た。中身はいつかなくなっていた。それに気がついたスカフィードが、そばのポットから、景と自分、それから博希と五月のコップに、先程の飲み物を注ぐ。 「その場にいなかった……?」 「私はすでに、ここにいたのだ」 「ならばなぜ、そこまで詳しい事をご存じだったのです?」 「これだ」  スカフィードはそう言って、うんと丁寧に掃除してある棚から、一つの水晶球を出してきた。きゅい……と、一磨きする。すると、そこに、大輪の花が映った。 「薔薇ですか」 「これが【エヴィーアの花】だ」 「これが」  博希と五月ものぞき込む。 「花の真ん中に顔があるね」 「なんか、花に取り込まれてるって感じだなあ」 「そのうち、花に吸い込まれるかたちで、一体化してしまうのだ」 「この水晶で、皇姫が【エヴィーアの花】になるまでを、あなたは見ていたわけですね。……なぜですか? 神官たるあなたが、なぜ、城の近くにいなかったのです?」 「これは皇姫の命令だったのだ」 「命令……?」  スカフィードは辛そうに、顔をうつぶせた。 「この世界と、それからアイルッシュは、とても遠い位置関係にある。それが何万年かに一度、磁場か何かの関係で、最接近することがあるらしい。だがその時、アイルッシュにおいても、コスポルーダにおいても、最接近の影響で、何らかの障害が出てしまうのだ。それを鎮め、再び両方の世界に平安をもたらす、【伝説の勇士】というのが存在するという。私は皇姫から、その勇士捜しと、勇士を導く事を命ぜられたのだ。その旅の途中だった。……レドルアビデが現れた……」 「でも、なぜ、戻ろうとしなかったんですか」 「この水晶球は、皇姫の【ライフクリスタル】だ。いってみればこれが、この世界における、生き死にの要。これが割れた時、この【ライフクリスタル】の持ち主はこの世からいなくなる。私は皇姫からこれを渡されたのだ」 『スカフィード、これを』 『これは……ライフクリスタル! なぜ、これを!?』 『あなたが預かりなさい。私にもしものことがあったとき、あなたが持っているとは、誰も思わないでしょう』 『ですがこんな大事なものを!』 『もしこの城に何者かが侵入してきて、私のライフクリスタルを砕いたらどうなりますか? この国は誰が治めるのですか?』 『…………』 『伝説の勇士を見つけ出してきて下さい。その時、このクリスタルは返してもらいましょう』 『皇姫』 『ただし。私の身に何が起こっても、城に戻ってくることは許しません』 『なっ……』 『絶対戻ってきてはいけません。もし戻ってきたら、私はあなたを一生軽蔑しますよ』 『…………』 「だから城があんな騒動になっていたというのに、あなたはここで耐えていたのですか」 「もともとライフクリスタルは自分で守るものだ。だがそれを私に預けたということは、よほど、自分の身に危機が迫っていることを感じていたのだろう。……その予感は当たっていたようだ。ライフクリスタルこそ割られなかったものの、……見ろ。もろくなり始めている。これが割れた時、皇姫の意識は、花になる。私は一刻も早く、伝説の勇士を見つけなくてはと、尽力した」 「…………」 「そして、私はやっと、見つけたのだ。伝説の勇士を」 「ほう」  沈黙。景はスカフィードが自分たちに向ける瞳が妙におかしいことを、やっと感じとった。 「ま、まさかっ!!」  がたんっ! と、景は椅子から立ち上がった。椅子が後ろにすっ転がって、大きな音を立てる。 「そう、君たち三人が、伝説の勇士だ」 「なあっ!?」  いきなり何を言うのかこの神官は。博希と五月もあまりの驚きに、椅子から転げ落ちそうになる。 「だ、だって俺たち、あれだぞ、いなくなった友達を捜してただけなのに――」 「そうだよ、いきなり観葉植物が暴れだして、そいで、ここに来ちゃっただけなんだよ?」 「一口には信じられない話が多すぎます」  三人は口々に言った。だがスカフィードは、冷静だった。 「アイルッシュ、というより、ジアルーパでもすでに障害が出始めているようだな。観葉植物が常識から考えて暴れだすのか?」 「それは……」 「これからどれだけの障害が出るか解らない。下手をすると、アイルッシュにもレドルアビデの魔の手は伸びるかもしれない」 「レドルアビデがどうやって……!?」 「奴の能力は未知数だ! 何しろいきなり現れたぐらいだからな、アイルッシュのこともすでに知っているかもしれん。出入りはどうかすると誰よりも自由にできる可能性だってある」 「じゃ俺たちの世界もかなりヤバいんじゃないか!」 「だから一刻を争うのだ! 早くそこの結論にたどり着いてほしかった」  博希の脳裏に、一瞬で、家族の姿が映った。今頃、心配しているだろうか。まさか異世界に来ているなんて誰も信じないだろう。ましてや、ジアルーパ――いや日本がエラいことに巻き込まれそうだなんて。 「レドルアビデさえ倒せば多分、皇姫の魔法も解ける。恐らく、アイルッシュとコスポルーダに出続ける障害も終わりを迎えるだろう。頼む。レドルアビデを倒してくれないか」  スカフィードは頭を下げた。博希はしばらくスカフィードを見ていたが、やがて、言った。 「断るね」 「えっ……」 「俺たちがその【伝説の勇士】だっつー証拠はどこにある!? いいか、俺たちがここに来たのは偶然。失踪した『沙織』って女の子捜してたら、ここに来ちまっただけなんだよっ」 「そうだよそうだよ。おかしいよっ」 「だが、君たちは、コスポルーダの名を知っていた」 「! ……それは単に、夢で見たからだろ」  スカフィードはもう一度、水晶を――ライフクリスタルを磨いた。 「もう一度、【エヴィーアの花】を見てくれ。皇姫に見覚えはないか」 「ああ?」  博希はマスカレッタの顔を見た。瞳を閉じてはいるが、その美しさは感じ取れた。美しいブルーの髪。真っ白な肌……博希はそこで、気がついた。が、五月が先に、声を上げる。 「この人、夢の中で血ィ流してた人だ!!」  あの、何夜も見続けた夢。「守って」と囁いた声。砂になって流れていった、真っ白なひと………… 「偶然だろっ!?」 「君たちが見た夢は皇姫のメッセージだ! 君たち伝説の勇士を誘う声だったのだ! それに、証拠はこれだけじゃない。まだ、決定的なものがある」 「け……決定的な証拠ぉ……?」 「勇士と目される者の手の甲には、エンブレムが浮かんでいるはずだ」  エンブレム? 「知りませんよ、そんなモノ」 「俺たち、エンブレムなんて見たこともねぇ」  とぼけているのではない。本当に知らないのだ。そんなものの存在を知っていたら、夢を見た時点で、少しはおかしいと思っていてもよかったはずである。それを今の今までおかしいとも思わなかったのだから……。  だが、その時だった。五月が、口をパクパクさせながら、涙目で博希を見ている。右手の指で、左手の手の甲を必死に指していた。 「……五月……? どうした? ……おああああ!?」  五月の手の甲に、まるで焼き印でも押したかのように、くっきりと、エンブレムが浮かんでいる! 「あわわわわわわ」  博希は恐る恐る、自分の左手の甲に目をやった。 「ア゛――――――!!」  五月とデザインは違うものの、どこか似通ったエンブレム……  「ひひひひ景……」  解っている。景もそっと、動揺を隠しながら自分の手の甲を見る。エンブレム。 「ありますね。……僕にも……」 「それこそ、真に【伝説の勇士】である印。戦ってくれるね?」 「だからねー、もともとぼくたちは、沙織ちゃんを捜してたわけでー、……」  五月が困ったように言う。 「もしかしたらこの世界にいるかもしれぬ。他に異邦人が入り込んだという話は聞いていないが、なにしろ伝説の勇士は四人のはずなのだ」 「えっ? ……」 「この家を出て西に行くと、グリーンライという都市がある。まずはそこで情報を集めてみるのもいいだろう」  そうしてスカフィードは台所へ立った。さっきからずっと温めていた鍋の中身が、いい感じに湯気を立てていた。 「特製のスープだ。昼ご飯がまだだからな」 「今、昼なのか」 「そうだ」  それだけ言って、テーブルの上に皿を並べるスカフィード。博希と五月、景は、彼をぼんやりと眺め、それから、自分たちの手の甲を見つめた。  伝説の、勇士。 「さあ、召し上がれ」  景はスプーンを手に取って、それから、また下ろした。スカフィードを真っ直ぐ見つめると、言った。 「もうひとつだけ、聞いてもいいですか?」

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