窓の中のWILL

Chapter:89 「それ、言っちゃうか」

 ガタガタと揺れるマートルンの中、鎧装着はしたものの足元が不安定なままの景は、よろめきながらマリセルヴィネと対峙していた。 「……解っていて、ヤーマさんのマートルンを狙ったのでしょうね? おおかたデストダに命令したのもあなたでしょう?」 「理解が速いと助かるわね、いらぬ説明をしなくて済むから」 「あなたはあの一家をどうしたいのです――自分が執政官様を支配するのに、そんなにヤーマさんとレリーアちゃんが邪魔ですか!」  座席に体を打ちつけながら、景は叫ぶ。 「邪魔よ」  あっさりとそう言ってのけるマリセルヴィネ。だろうと思いましたよ、景は心底嫌悪した口調でそうつぶやいた。 「それに」 「それに……?」 「優しい優しいあたしは娘に選ばせてやろうと思ってね」  選ぶ? 「日銭の稼ぎくらいしかない親父のところと、裕福な母親。どっちにいたほうが娘にとって幸せかしらね?」 「えっ…………」  一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、景は躊躇した。いつもならこの程度の切り返し、わけもない。だが今回ばかりは条件が違った。ごくごく無意識の下で、景はレリーアの両親に自分の両親を重ねていたのだ。 「ふんっ!」 「!」  躊躇のわずかな隙をつかれ、景の横っ面がマリセルヴィネの長い足に蹴飛ばされた。派手に転がり、しかしすぐに起き上がる。唇のはしは切れて、血がしぶいていた。 「レリーアちゃんの――返事によっては、一家皆殺しですか、下衆が!」 「あんたにひとの家庭の何が解るの、【伝説の勇士】!」  起き上がったところをすかさずまた蹴飛ばされる。ブーツの細いヒールが、倒れた景の手の甲にぎりぎりと刺さった。 「うあ……あっ……ぐ」  見上げる目に、マリセルヴィネの冷たい微笑が映る。 「あの時確実にしとめなくてよかったこと。こんなにもいい楽しみを逃すところだったわ」 「……っ……」  景はもう片方の手で彼女の足首をつかもうと躍起になるが、それも蹴飛ばされて宙をつかむ。 「確かに……僕らには……解ることはありません……でも……!」  がづっ、と、何度目かの蹴りが顎にはいる。マリセルヴィネはふき飛ばされた景に近づくと、襟首をひっつかみ、これ以上はないほどの凶悪な顔つきを見せた。 「……美人が、台無しですねえ……」  こんなときまで笑いながら要らぬ茶々を入れられる自分の性格と才覚に、景は自分で驚きつつ感心してしまう。 「お黙り! 【でも】、なんだというの? 生意気に、このあたしに説教する気?」 「あなたこそ……、あの家庭を……解っていない……!」 「……ふうん……」 「幸せかどうかは、あの子が、決めること、です! ひとの幸福感など……第三者には解らないッ!」  まして夫婦のことなんて、子供にだって解らないというのに。そう付け加えようとして、マリセルヴィネに平手で張り飛ばされる。 「本当に生意気なガキだこと……! 覚悟おし、このまま葬ってあげるわ!!」  手のひらにまがまがしい桃色の輝きが生まれる。景は力を振り絞って、ごろごろと転がると、マリセルヴィネと距離をとった。 「そうは……いきません! 見せてあげますよ、僕らのしぶとさ……を!」  体力は先程まででずいぶん失われている。しかもステージは、暴走がゆえに足元のひどく不安定なマートルンの中である。一気に勝負を決しなければ、明日には異世界で自分の棺が作られる。  運転席では博希と五月と、それからヤーマががんばっているはず。ならば自分はそれに応えなくてはならない! 「以一簣障江河――武器招来!」  景はすばやく矢をつがえた。 「必殺必中!」  やわらかい緑色の光に覆われた矢が、まっすぐにマリセルヴィネを狙う。が、矢は光もろとも、彼女のまがまがしい光に裂かれてしまった。 「矢は一本だけではありません! 寸鉄人殺!」 「無駄よ」  ふ、と、形のよい唇から吹かれた息が、手の中の花びらを躍らせる。花びらは景の目の前であっという間に増え、彼の矢を切り裂き、そしてそのまま刃となって景を襲った! 「うあっ!」 「安心なさい、毒でしとめるような無粋なマネはしない主義だから。その代わりその全身から血を吹きだす様、一分刻みにゆっくり見物させてもらうわよ……!!」  歯をむき出して凶悪に笑うマリセルヴィネ。花びらのいくらかは鎧に阻まれ刃の形を崩したが、大多数は的確にそれ以外の部分を狙い、目的を果たした。 「……ぐ――――う」  バタ、バタと、床に血が落ちる。  ああ――ヤーマさんが毎日磨いているというのに。血はなかなか落ちないんですよ。  こんなときに、先に気になるのはそんなことだった。  それにしても最近はやたら出血する。家に帰れたらとく江さんにレバー料理でも作っていただきましょう――  怪我を負っているのがまるで人ごとであるかのように、景の思案は別のところへ飛んでいた。  でも。  それには、まず、【勝つ】ことが、先!  そこまで考えるだけの力は、まだ、残っている。  景は床を蹴った。自分の武器は遠距離向けだが、もうひとつ、近距離向けの武器を、自分は、持っている。  この、身体。    彼は力を振り絞って、マリセルヴィネに思いきり体当たりした。 「!」 「いい子だから、ちょっとだけ俺の言うことを聞いてくれっ……!」  ヤーマの悲痛な叫びが運転席に響き渡る。マリセルヴィネの魔法により制御力を失ったマートルンは、博希がレバーをどんなに引いても、ヤーマの声にも反応せず、めちゃくちゃに走り続けていた。 「やべェぞ、このままじゃマジで村に突っ込んで全滅エンドだ……!」  さすがの博希も絶望的な言葉を口にする。  五月はただただ、レバーに手を添えながら唇を噛みしめていた。  ぼくにはなにもできないの?  力もないし、いまは鎧装着も、できるかどうかわからない。  でも、ヤーマさんのマートルンを守りたい……  ヒロくんを助けたい、カーくんのところへ早く行きたい!  ほとんど無意識で、五月は叫んでいた。レバーを引きながら。 「ヨロイヨ、デロ――――ッ!!」  身体の中にわずか眠っていた力というほかない。五月の身体に次々装着されていく鎧を、当の五月自身が呆然と眺めながら、つぶやいていた。 「できた……鎧装着……できちゃった……」  博希もまた、その様子に驚きながら、しかし、変わらない状況を見つめ直して、もう一度力強くレバーを引く。 「マートルン……おっちゃんの言うことを……聞けっっ……!!」 「マートルン!! 停まってええええっ!!」  五月も力をこめる。さっきよりは、うんと、力が出せるはず!  ヤーマがはじめて、レバーを手にした。 「これが終わったら……整備のし直しだぁな、マートルン! 戻ってこい!! 停まれ!!」 「停まれ――――――!! マートルン!!」  景がマリセルヴィネにタックルするのと、ガゴ、ン! と音を立ててマートルンが停まるのとは、ほとんど、同時だった。  このときのことを思い起こすたび、彼は本当に何も考えていなかったのですよと苦笑する。ただ必死だったのですと、それだけ言って、らしくないことをした自分を照れくさく思うらしかった。  マリセルヴィネも、まさか目の前の細っこい優男が強引なタックルをするとは思わないものだから――あまつさえ、この男はつい先程まで自分に痛めつけられてたいした抵抗もできていなかったものだから――マートルンの止まった衝撃も手伝って、不意をつかれて、よろけた。 「くっ」  彼女が身をひねって体勢を直すより早く、景は矢をつがえる! 「乾坤一擲!」  その矢はマリセルヴィネの肩口をかすめた。命中はしなかった。しかし、当てられた。――つまりは、と、景が考えるよりも先に――彼の目に、烈火のごとく怒るマリセルヴィネが、映る。 「いい度胸ね【伝説の勇士】! このあたしに傷をつけたこと……地獄で終わらない後悔にさいなまれるがいい!」 「……よくまあそのようにポンポンと言葉がつむがれますね。本気で怒っていらっしゃいますか?」 「黙れ!! さっきは鎧に邪魔されたけれど――今度は外さない! お前の身体から、あらゆるものをえぐりだして凄惨に殺してやるわ!」 「――ずいぶんと気色の悪いことをおっしゃるのですね――実に教育によろしくない……!」  強がってはみるが、たぶんああ言っているということは、もう鎧のわずかな隙間からでも例の花びらを侵入させる気であるのには間違いない。彼女はやると言ったらやる、そのことを景はさっきからの戦闘で足りないところのないほどに理解していた。  こちらの矢に際限はない。【声】があれば、一万本でも十万本でも量産はできるはずだ。しかし、それだけを、花びらを避けながらマリセルヴィネに当てることは、きっと、できない。  考えている余裕は、ないのだが――――  マリセルヴィネの花びらは、それよりももっとずっと、早かった。 「!!」  息をのむ。矢をつがえる余裕が与えられたのは、最後の情けのつもりか。放つ余裕だけがわずかに足りない。  この、間。避けることもできない――――景は一瞬、目を閉じた。 「あはははははは! 死になさい、【伝説の勇士】!!」  歓喜と狂気に満ちたその笑い声が遠くに聞こえる。が、その笑い声を、かわいらしく澄んだ【声】が、さえぎった。 「刺されー! みんなみんな、花びらみんな、これに刺されー!」  景の目の前に現れた人影。それは鎧装着をすませ、フェンシングソードを構えた―――― 「五月サン……!!」 「カーくん、だいじょぶ?」 「え……ええ、なんとか、でも、そちらは? 運転席は……」  その時ようやく、景はマートルンが動いていないことに気がつく。夢中になっていた。 「大丈夫。マートルン、ヤーマさんの言うこと聞いてくれたの。もう、暴走しないよ。みんな、無事」  つついついと、フェンシングソードに花びらが刺さってゆく。 「マリセルヴィネの魔法が、敗北した――――」 「だからぼく来たんだ。鎧装着はできたよ。武器も出た、戦えるよ!」  夢ではないでしょうね、景は一瞬思ったが、自分の身体は十分ずきずきと痛んだ。  鎧装着ができたのなら――その理由を云々することは、いまこの場所ではすまい。景は心から、助けが来てくれたことに安堵した。 「あたしの魔法が解けるなんて――そんな馬鹿な!」 「おっちゃんの気持ちが勝ったのさ。マートルンへの愛情が、ニワカの魔法に敵うわけねぇだろ!」  ようやっと後ろから博希が顔を出した。 「マリセルヴィネ。あなたはやりすぎました!」  よろよろと立ち上がり、景はもう一度矢をつがえる。 「僕らはまだ死にません――あなた方を倒すまでは! 乾坤一擲!!」  景の矢はまっすぐ、マリセルヴィネの首輪を狙っていた。いたずらにおちょくって戦いの時間を長引かせれば、必ず三人ともに疲弊する。ましてやさっきまで足場が悪かったこの場所では、いま全員が完全に元気というわけでもなかった。一分一秒も時間が惜しい。  弓矢の先が首輪のライフクリスタルに触れ、見事に割れた――しかし! 「単純だわよ、ボーヤ」  マリセルヴィネはにいと笑うと、首輪を投げ捨てた。粉々になるライフクリスタルだったが、彼女の身体には何ら変化がなく、むしろ自らのプライドを傷つけられた怒りで燃え上がっているようであった。  首輪は……ダミー……!! 「なるほど、スイフルセントと同じように、別なところに仕込んでいるわけですか……!」 「わざわざこんな攻撃されやすいところにさらしておくほど、あたしは愚かではないわ」 「それ、言っちゃうか」  博希が、こんな状況なのに苦笑する。非常に彼らしいといえばらしいのだが。 「ですが、だとしたら……どこに!」  これで振り出しに戻ったも同じなのだ。それも、体力が削られている分、一回休みでもしないと割に合わない。だが、休ませてくれるほど親切な相手ではない。 「ここで三人ともに、引導を渡してあげる……!」  マリセルヴィネの手の中、禍々しい色の花びらがいくつも生まれた。 「博希サン、あの花びらを受けてはいけません! 刃になって襲いかかってきます!」 「なるほど!」  返事は短いほうがいい。博希は剣を構えると、花びらを次々叩き落とした。  しかしそれでも、いくつかは落とせず彼の身体を襲う。 「痛えっ」 「ざまぁごらん! そっちも食らうがいいわ!」  もう片方の手が、さらに花びらを生み出す。  五月は慌ててフェンシングソードを構えると、大声で叫んだ。 「花びらぜーんぶ、刺されっ!」  それでもソードの長さには限界があるもので、博希曰く「焼き鳥でもあんなに刺さったもの見たことねぇ」くらいに花びらまみれになったため、残りが彼らの身体を容赦なく襲った。 「きゃあああん」 「ぐっ……これにも刺さりなさい、ひとつ残らず!」  景は矢を何本も放つ。それでも花びらのほうのスピードが速い。鮮血がばたばたとマートルンの床を染める。 「攻撃もまともにできやしねえ! やっぱりライフクリスタルを狙うっきゃねぇな」 「でも、このままじゃ、どこにあるかわかんないよう」  確かにそうである。襲いくる花びらをよけながら、首以外にあるとみられるライフクリスタルをどうやって探す? チャンスはそう残されていない。 「刺され、刺され、ひぃん」  五月が半泣きで声を出す。それでも号泣しないのは、彼自身が少しでも強くなった証かもしれない。しかし―――― 「ひゃっ」  花びらをどうにか少しでも捕まえようと動いていた五月が、一瞬、バランスを崩す。マートルンはもう動いていないのに、まるで何かにつまづいたように、前のめりにマリセルヴィネのほうへ突っ込んだ。 「なっ……」  突然五月が突っ込んできたことで、マリセルヴィネは面食らった。それはめったに彼女が見せない動揺と言ってもよかった。  景には、その一瞬が、まるでコマ送りのように、見えた。  ! 「博希サン、それ、貸してください!」 「え、俺の剣!?」  瞬間だった。マリセルヴィネが身体を翻した直後、景は彼女の指を狙って剣をふるった。輝く指輪、その桃色の光を、一瞬、景は見逃さなかった。  間違いない。そこだ。  これでもし違っていたら――博希サンたちには謝っても謝りきれませんが――  自分の判断が違っていたとは、思わない! 「紫電一閃――――!」  パン!    鮮やかな音がした。  景の瞳に、キラキラと輝く――まるで星のかけらのような石くずが映った。 「きれい……」  五月が思わずつぶやく。つぶやいてから、ハッとした。 「もしかして、あれ、ライフクリスタル……!」 「あなたは衝撃にひどく弱い。それはきっと、ご自身が強いというプライドもあってのことでしょうが――僕の攻撃を許したのは、あなたの体勢が崩れたときです」  逆に言うと、そのときくらいしか、あなたにまともに攻撃が当たらない。肩で息をしながら、景は言葉を継ぐ。 「過剰なプライドと自信が、逆に枷となりましたね」  ざら。 「馬鹿な……そんな馬鹿な……あたしの身体……!!」 「今まで、ご自身が、葬ってきた、たくさんの、方々に。懺悔しながら、逝きなさい……!! もう一度言いますが、マリセルヴィネ。あなたはやりすぎた!」 「ああ……そんな……そんな! あたしが負ける? あたしが死ぬ? 嫌! 兄様! 兄様、助けて! 兄様!!」  すがるように手を伸ばすマリセルヴィネ。しかし、その腕も、砂となって崩れる。  三人は唇をきゅっと噛んだまま、そのさまを見つめていた。  何度見ても慣れるものではない――こと、五月などは尚更だろうが―― 「助けて……助けて! ねぇ、お前は助けてくれるでしょう!?」 「たすけないよ。みんな、痛くて、つらい思いをしたもの」  いつもよりすこし低い声で言った五月は、崩れゆくマリセルヴィネの頬を撫でて、静かな瞳でそこに座った。  握りこぶしの中に、ひと握りの砂が残る。 「五月……?」 「何してるんですか……?」  五月はポケットに入れていた小ビンへ、砂を静かにおさめた。 「マリセルヴィネの砂か、それ!?」 「うん」 「五月サン、いったいどうして……」 「……えーと、うーん」

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