窓の中のWILL

Chapter:23 「いい人たちに見えるんですけどねえ……」

 博希たちは、フォルシーの背中で、今までゆっくり見ることのできなかったコスポルーダの風景を楽しんでいた。 「全体的に西洋風の町並みなんですね。石畳が見えますよ」 「あっ、あの道、ぼくらが最初に歩いた道じゃないかなあ」 「なんだ、じゃあもうちょっと近道があったんだなあ。上から見るとよく解らァ」 『グリーンライからイエローサンダまで歩いて旅をなさったと聞きましたが』 「ええ。最初は、スカフィードの家からはるばる歩いて」 『それは凄いですね! 最近の旅人はめったにその様なことはしないのに』 「……? じゃどうやって移動すんだ」 『まあ様々ですが――神官様などは自分のような鳥を扱ってらっしゃるので、それを移動手段にしたり――旅人は最近、ほとんど車ですね』 「車があるの? ガソリンで動くの?」 『ガソリン? 何ですかそれは?』 「えっ? んーとね、……」  五月が説明できなくなって困ったところに、景が言った。 「僕らの世界での車は、エネルギーとしてそれが使われているのです。こちらの方では違うようですね?」 『はい。たいがい、『声』で動くようになっています』 「じゃあ、この世界の人たちって、みんな、『声』の魔法を持ってるんだ?」 『そうなりますね』  空は青く澄んでいた。博希はグリーンライを見下ろしながら、ふと、気がついたことがあった。 「よう、景」 「何です」 「俺、今、気がついたんだけどさあ。俺たちが泊まった宿屋とか、フツーの家って、二階建てだったじゃないか。まあ平屋建てってのもあったけど」 「ええ、そうですね」 「じゃあなんで、執政官の屋敷はどれもこれもあからさまにデカくて、なおかつ、平屋建てなんだ? 俺ン家でも二階はあるぜ」 「え?」  景は下を見た。確かに。今まで、いくつか、執政官の屋敷というヤツにお邪魔してきたが、二階建ての屋敷というものにはお目にかかったことがない。そういえば全部、だだっ広い平屋建てだった。それはまるで、時代劇で見るような代官屋敷をそのまま西洋風に作り替えたようなイメージの。 『それはですね』  フォルシーが少し、体の方向を変えて、言った。 『土地の広さが裕福さのバロメーター、とでも申しましょうか、執政官は、己の権力の大きさと、裕福さを、土地の広さで誇示しているのですよ』 「じゃあ、二階があるのが貧乏で平屋が裕福?」 『端的に言ってしまえば、そういうことです』 「なんかヤだなあ」  見下ろす執政官の屋敷は、どれもこれも、一般の家が二十軒ほどすっぽりおさまるほどの広さを誇っている。確かに、裕福な暮らしをしている執政官でなければ、こんなとてつもない屋敷、造ることなどできまい…… 「変に偏った執政官だとこうなるんだなあ。土地をみんなに分けてやりゃあいいだろうによ」  博希がぼやいた。正論といえば正論だが、と景は思った。五月も、博希の意見に賛成して、手を挙げた。 「ぼくもそう思う。独り占めだよね、こんなの」  景はフォルシーの羽毛の中にぼふう、と、顔をうずめて、それから、言った。 「その独り占めが起こらないように、執政官を懲らしめるのは、僕らの仕事ですよ」 「うん。解ってる。フォルシー、イエローサンダはまだ見えない?」 『もうすぐです。どうせだから、スイフルセントの居城のお膝元まで、お送りしましょう』 「お膝元? ということは、城下町ですか?」 『そうとも言いますが、一応は、村ということになっていますね』 「じゃ、グリーンライのときみたいに、大きな村なんだね、きっと」  五月がワクワクする。 「だめですよ、お店を回るなら明日です」  博希までわくわくしだす前に、景はクギを刺した。すでに、夕方頃となっている。 「ちぇっ」 「ヘタをしたら宿屋さえ探せなくなりますよ」 『では降ります。つかまって』  フォルシーは急降下し、石畳の上に足を落ち着けた。 「その……ここがお膝元の村ですか」 『そうです』 「じゃあ、今日はここに泊まることになるかな。ありがとうフォルシー」 『いいえ、お疲れ様でした。満足なガイドもできず』 「そんな。面白い話が聞けてよかったですよ?」  景はフォルシーの毛をなでた。 『それでは、失礼します。よい旅を。頑張って下さいね』 「そっちも、気をつけて帰ってね」 『はい』 「ありがとう」 「お疲れ様でした」 『ありがとうございます』  フォルシーは飛び立っていった。彼的には、なぜ、スカフィードが、彼らが見た目では判断できないなどと言ったのか、まだ今一つ、解らないままでいた。ちょい、と後ろを振り返ると、三人はまだ手を振り続けていた。 『いい人たちに見えるんですけどねえ……』  知らぬが花。  博希たちは、フォルシーと別れた後、村の中心と思われる噴水のところで一休みしていた。 「えらく広くねぇか、ここよぉ」 「そうだね」  まだ夜になりきっていないせいか、石畳には足音が絶えない。多分今から家に帰るのだろう、と思われる母子や、買い物帰りのご婦人などが、忙しく行き交う。 「………………」  五月が、くん、と、景のシャツを握って引っ張る。 「……気がつきましたか、やっぱり。五月サン」 「今度は俺も気がついた」 「でしょうねえ……」  三人を見る人々の目は、好奇にあふれていた。そう。三人は気がついていた。  この村にも、男がいない! 「スイフルセントのヤロ~~~~! そこまで美少年集めてぇかよ!!」 「でもさ、この村も、美少年ばっかりじゃなかったはずだよね。じゃあ、この村の他の男の人も、どこに行ったのか、調べなくちゃいけないよね」 「とりあえず宿を探しましょう。宿は結構、有力な情報が集まるものです。……この前みたいにね」  三人は村人に、宿屋の場所を聞いた。村には宿屋が一軒しかないが、結構いい宿屋だということで、三人はそこに泊まることに決めた。 「ごめんください」  ドアを開けると、娘と婦人が立っていた。ちょっと床板がギシギシと音を立てるところがアンティークっぽくてよい。 「いらっしゃいませ。お疲れ様でした」 「部屋をお願いしたいのですが、空いてますか?」 「はい。記帳をどうぞ」  例によって博希は読めもしない新聞を広げ、五月は景のそばで記帳を見ている。 (すごいねカーくん。どうしてコスポルーダ語が書けるの?) (僕のブレスの翻訳機能を使っているんですよ)  そんなことをささやきあう。  その時五月は、自分の目の前に立っている、娘の表情が奇妙であることに気がついた。何か、泣きたそうな、笑いたそうな、不思議な表情。 「……?」  景は景で、宿帳に記帳しながら、思っていた。  ……ここの宿帳はずいぶん親切ですねえ……  男女別をかき込むところがありますね、しかも一人一人。  村に女性しかいないというせいもあるんでしょうが……  景は上から順に、『ヒロキ・男/サツキ・男/ヒカゲ・男』と書きこんで、部屋の鍵をもらった。 「行きますよ博希サン」 「おう」  五月は、娘が気になって、ずっとその視線を追っていった。すると―― 「!」  娘の視線は、真っ直ぐに、博希を見ていた。 (何でヒロくんなんだろう……?)  部屋は階段を上ってすぐだった。三人は荷物を下ろして、ベッドに横になった。 「ふあー、久しぶりのコスポルーダだな!」 「なんかさ、ここ来ると、修学旅行って感じするよね」 「僕たちだけの、ですか」  三人は顔を見合わせて、笑った。その時、ドアをノックする音。 「はい」 「――あ」  五月は小さく声を上げた。さっき、博希を見つめていた娘。 「――あの、お茶を――」  その声はか細い。手が震えている。そのしぐさを見てやっと、景もこの娘の奇妙さに気がついた。何かは解らないが、何かに動揺している。 「ありがとうございます」 「ありがとう」  博希が笑った。娘は、思わず、盆を取り落としてしまった。器が、ガチャーン! と、音を立てて割れる。 「大丈夫か!?」 「だっ、大丈夫ですっ。も、申し訳ありません、すぐに片づけますので、」  多分昔を聞きつけてだろう、婦人が飛んできた。 「まあまあこの子ったら、お客様の前でとんだ粗相を。申し訳ありませんね、すぐ片づけますから」 「いいえ、どうか叱らないであげてください」  景はひらひらと手をふって言った。婦人が持ってきたかわりのコップを受けとりながら、景は聞いてみた。 「何か、あったのですか。……あ、いえ、これは答えられないなら別に構いませんが」 「いいえ、その……あるときから、人が変わったように沈みこんでしまいましてねえ……私ァあれの母親なんですが、話そうともしないのですよ」  景は少しだけ考えて、宿屋についたら聞くつもりだったことを切り出してみた。 「あの、この村には男の方は……?」  婦人は、少しだけ、顔を強張らせた。 「すみません、何か、まずいことを聞きましたか」  景が慌てるが、婦人は、言った。 「……しょっぴかれたんですよ」 「しょっぴかれた……?」 「この村の執政官様は、この都市の総統スイフルセント様に直接お仕えしてらっしゃいます。執政官様とスイフルセント様へのご奉公という名目で、この村の男たちはみんな連れて行かれてしまった。……でも実質的には、多分もう帰ッちゃこない、でたらめにしょっぴかれて、そのまんま死刑にあったようなもんですよッ」  三人はそれを黙って聞いていた。それはいささか――今までの『神隠し』とか『神の怒り』とかそういうものとは少し違う、むしろかなりダイレクトな方法ではないか―― 「ではあなたの……」 「亭主も連れてかれちまいましたよ。今どこでどうしているやらね」 「何で連れ戻しに行こうとしないの。ぼく世界史で習ったよ、女の人が団結すると、テロを起こす事もできるんだって」  それはフランス革命の直中のことだろうか。あの、王妃マリー・アントワネットに反発して鎌だの何だの持ち出した、パリの下町の女性たちの話――それを思い出して、景は、ああ、五月サン、あなたの質問は――と言いかけて、やめた。婦人からの返事は八割方想像ができるものであるだけに、ここで止めても仕方ないような気がした。 「テロ? なんですね、それは。……連れ戻すことなんか考えたこともないねえ、執政官様や総統様には逆らえないからね」 「じゃあそのまま……?」 「そうさね」  それで話は終わってしまった。婦人は三人にお茶だけ残して、階段を下りていってしまった。ギシギシという音を立てながら。 「むつかしいね」  五月は、コップを持ったまま、つぶやいた。 「今回は厄介ですよ、『神様』のせいじゃあないですからね。はっきり執政官とスイフルセントのせいだって割れてますからね」 「うん? ……違うの、そのことじゃないの」 「え?」 「娘さん」 「ああ」 「あの人ね、」  五月はコップの中身を少しだけ飲んだ。 「カーくんが宿帳に書き込みしてる間中、ヒロくんのこと見てた」 「俺のコトぉ!?」  うん。五月はうなずく。 「何で博希サンなんです」  五月があのとき思ったことを、景も言った。 「俺が新聞読んでる様があんまりカッコよかったからじゃないのか」 「……ちゃんと読んでなかったくせに」 「うっ」 「ぼくを見つめるなら解るよ。ぼく美しいし、女の子が注目する訳も解るの。何でヒロくんなの」 「僕の知的な美しさに見とれるならともかく、なぜ博希サンなんでしょうねえ……」 「お前ら俺にケンカ売ってんのか!? 俺も美少年だって、スイフルセントが言ってたろう」 「……嬉しいですか?」  博希は少しだけ間を置いた。 「…………返事に困るな」 「そらごらんなさい」 「でもさ、」  五月は景を見た。 「今度は、男の人がいないって話のほうね。……だんなさんまで連れてかれたら、どう考えても、悔しいと思うの」 「そうでしょうね。そんな人たちが、この村にはたくさんいますから」  景もコップの中身を飲む。 「たとえばぼくのママなんて、パパがいなくなったら、何するか解んないよ」 「……まあ、俺ン家も、父ちゃんやじっちゃんいなくなったら、つぶれちまうなあ」 「……うちは……まあ、とりあえずは大変なことになるでしょうねえ」  普通だったら、きっと、取り戻しに行こうとしてると思うよ、――五月はそう言った。 「そこが、」  景が、ポットから新しく三人のコップに茶を注ぐ。 「スカフィードが言ってたことじゃあないですかね。『戦う』ことを知らないっていう」 「……ああ」  じゃあ、かえって平和でも困るんだねえ。五月はぼんやりとした面持ちで、そうつぶやいた。  この夜はそうして終わっていった。三人は代わる代わるシャワーを浴びると、ベッドに入った。この部屋はベッドが三つある、つまり、トリプルだ。 「あったかぁい」  一年半たってはいたが、やはり、季節は冬直前。よくよく季節運てヤツがないんだろうかな、着てくるもんもうちょっと考えりゃあよかったぜ……と、博希は思った。  ごそり。  ごそり。 「眠れねぇ」  目が冴えている。困った。もう、五月や景はすでに、いい寝息を立てている。何で眠れないんだろう。……博希は自分で、考えてみた。もしかして。  五月が言っていた。  あの娘さん。  俺を、じっと見てたって―――― 「だめだだめだ。しょせんアイルッシュ人とコスポルーダ人。叶わぬ恋ってヤツがあるんだよっ」  何か勝手な事をつぶやきながら、頭から布団を被る。だが、頭の中には、あの娘が、盆を落としたしぐさなどが焼きついてグルグル回る。 「あー、羊が一匹羊が二匹。……めんどくせぇえぇ!!」  むー、と、布団の中で丸くなる。だがいつしか、博希の意識も、深く深く沈んでいった。 「…………ガー」  部屋には三人分の寝息が聞こえ始めた。  ガイルス。  やっと、来てくれたのね。  私、待ってたのよ――  ――違う!  あの人はガイルスじゃない……  ガイルスなら、本物のガイルスなら、  なぜ私に名乗ってくれないの!?  ガイルス。どこにいるの。  こんなに、想っているのに。  ね、違うよね?  やっぱり来てくれたんだ?  本物のガイルスなんだ?  私を、迎えに。  来てくれたんだよね?  ぎし。  ぎし。  ぎし。 「…………!?」  景は、床板のきしむ音で、ぼんやりと目を覚ました。 「もう……朝ですか……?」  つぶやいてみるが、外はまだ、暗い。気のせい……景はもう一度眠ろうとしたが、  ぎし。  ぎし。  ぎし。 「……ゆ……ゆゆゆ幽霊というのは、えてして人の錯覚であることが多く、かといって全面否定するわけではありませんが、僕には霊感は……」  なんだか錯乱して訳の解らないことをのたまっている。知性的な面も見せつつ、どうやらこの天才少年は、幽霊という存在があまりお好みではないらしい。  景は布団をかぶった。 「気のせいですっ……異世界に幽霊が出るという話は聞いたことがありませんっっ!」  誰も言ってないからそりゃあ聞いたこともあるまい。  だが。  ぎし。  部屋の前で、床板のきしみは止まった。 「あ……わわわわわわ……」  ぎ……い。  ドア……が……開いた!?

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