窓の中のWILL

Chapter:47 「焼肉が何人前食えると思ってんだ!!」

 その晩、博希はビクビクしながら部屋にいた。いつ茜が部屋の中に来て、今日のことを聞いてくるか、予想がつかなかったせいである。  夕飯の時、茜は終始黙ったままで、博希としても気味が悪くて仕方なかった。とにかく祖父を部屋から追い出して、博希は布団も敷かずに机について頭を抱えていた。  ……こういう時に限って嫌な予感は当たるというものであり。 「お兄ちゃん、起きてる?」  博希はその声にドキリとした。いつにない緊張が体をつつむ。 「……お、おう、起きてるぜ」  博希が答えると、向こうもためらいの時間があったとみえ、しばらくした後、茜が障子をあけて入ってきた。 「……座れよ」 「うん……」  茜は畳の上にちょこんと座った。 「で、用はなんだ」  解ってるくせにな。バカだよな俺。博希はそんなことを思いつつ、茜の目の前にあぐらをかいて座った。 「今日、お兄ちゃんと景兄ちゃん、街に何しに行ったの?」 「何でそんなこと聞く?」 「街で――お兄ちゃんにそっくりな人、見たから。その人、鎧みたいな、なんだかおかしな格好してた。あれはお兄ちゃんじゃないの? 景兄ちゃんそっくりな人もいたもの。あの格好はなに? 五月兄ちゃんの手の甲のマークと何か関係あるの?」  そんなもんまで見たのか……博希はその言葉をようやく飲み込んだ。賢すぎるのもある意味問題あるよな、まっすぐ鎧とエンブレムを結び付けるなんざ。  博希は少しだけ考えた。 「暑さで蜃気楼でも見たんじゃないのか。俺と景は五月のために、もっとたくさんパンチアイス手に入れられるとこ捜してたんだ。あと水もな」 「なかなか戻ってこなかったのは何で?」 「ずいぶん長いこと捜してた。結局あちこち行ったけどろくに見つかんなくって、病院に来たんだよ」 「ふーん、……そう……」  さすがにそこまできっぱりと言われると、茜に反論の余地は与えられなかった。はっきりいうとまだ納得がいっていない。が、茜はこれ以上問いただしても、議論は平行線をたどるだけだと思った。本当にこの十三歳は賢い。 「解った。じゃ、私、寝るね」 「ああ。……あ、俺、明日またちょっと出かけるから」 「どこに?」 「……学校」 「何しに? 明日は祝日でしょ」 「アドが補習やりやがるとさ」  当然、ウソである。 「そう。……お父さんとお母さんの方はどうしよう?」 「もう、これ以上水が干上がるってことはないと思うんだ。だからもう、心配することはないだろ。魚のほうはまだ難しいだろうけど……早めに帰るようにはするからさ」 「うん、解ったよ」  茜は部屋を出る直前、またしても偶然に、彼の机の上に目を向けてしまった。  ――台本。そう書かれた紙切れがひらり。 「…………」  茜は障子をからりと開けた。茜の見せた複雑な瞳の語る言葉を、博希は聞いた気がした。  瞳は『いつかはホントのこと、言ってね?』と言っていた。 「で? 今度はどこの都市だっけか?」 「オレンジファイですよ。リテアルフィはそこの総統ですからね、まずどこか村を訪ねることにしましょう」 「今度はどんな都市だろうな……」 「なにが降るんだろうね。ええと、オレンジの何かが降るんだよね?」  五月はどこか遠足気分だった。まあここ最近、緊張が続いたからいいでしょう、たまには――とは景の言。  三人は温室の前でそんな会話をしていた。中に入りましょう中に。景がそう急かして、温室の中に入る。 「今日はねー、ぼくが“ほころび”開いてもいい?」 「いいですよ。珍しいですね」 「多分まだやったことないと思って」  五月と景はワイワイと楽しそうだったが、博希の気はやはり晴れなかった。  今朝の朝食の席にも、両親は姿を見せなかった。昨夜は茜に『心配することはない』と言ったものの、両親のことを誰よりも心配しているのは他ならぬ自分であったことに、博希はぼんやりと気がついた。 「博希サン」 「えっ!? ……ああ」 「ウワの空ですね。帰った方がよろしいのでは」 「バカ言え、お前たちだけコスポルーダにやれるわけないだろ!」 「だけどお」 「大丈夫だ」 「そうですか? ……ならいいのですけど」 「ヒロくん、元気出してね?」 「大丈夫だって。行こうぜ?」 「うん、解った。ホールディアっ!」  五月が元気よく唱えると、温室の片隅に“ほころび”が生まれた。 「行こうよー」 「ええ」 「行こうかっ」  三人は“ほころび”の中に飛び込んだ。  この日は、純粋に、暑かった。  同じように、コスポルーダも、暑かったのである。 「……蒸すな」 「蒸すというより、奇妙に乾いた暑さですよ」 「コスポルーダの夏ってこんなんなんだねえ」  三人は口々にそんなことを言いながら、スカフィードが差し出した『見た目麦茶』な甘酸っぱい飲み物を口にしていた。 「そちらの夏は比較的湿潤なのか?」 「そうですね。基本的に温暖気候で、湿気が多いんですよ、ことに僕らの住む国はね」  しばし、平和な時間。博希の元気もやや戻ってきた。  スカフィードは景と五月から、かわるがわる、アイルッシュで起こったこと、博希の身に起こったことなどを聞いて、いちいちふむふむとうなずいていた。 「――うむ」 「というわけなんです。リテアルフィの強さは並ではありません、今までの幹部の比ではない」 「強い……という話は聞いたことがあったが、まさかそこまでとは……、それにしても気になるのがリオールのことなのだが、博希」 「あ?」 「お前、他になにか聞きはしなかったのか。彼女から」 「いや、別に」  やはりあの小屋であったことの半分も、博希はスカフィードにも話さなかった。特段それでどうなることもなかったのだが、なぜか、自分の心の中にだけとっておきたかったのだ。 「さて」 「行くのか」 「行くよ、オレンジファイへね。リテアルフィのヤローにこぶしひとつくらい返してやんねェと、気がすまん」 「博希サンらしいですよ」 「ではフォルシーを呼ぼうか?」 「そうしていただけるとありがたいですね」  それを聞いた五月が笛を吹くより早く、スカフィードは窓を開けてフォルシーの名を呼んだ。どこにいてもスカフィードの声は聞き取れるのだろうか、ほどなくフォルシーは飛んでやってきた。 『お久し振りです、勇士様方』 「おぅ、久し振り。オレンジファイまで頼むぜ!」 『承知しました、お乗りになってください』  飛び上がるフォルシー。それを見送りながら、スカフィードは複雑な顔をした。実は、まだ、彼らには告げていない。皇姫マスカレッタのライフクリスタルに、ヒビが入ったこと、を。  あれから、ヒビ以外に進展はない。一角に、少しのヒビが入っただけで、そこから広がりもしていなければ、元に戻りもしていない。割れるのは近いかもしれない。だが、それだけは避けたい。  あなたが逝ってしまったら、誰がこの世界を治めてゆくのです――  スカフィードは杖を取り出した。もう、結界を張り直すのはこれで何度目になるのだろう。  大接近の影響か。  それとも………… 「オレンジファイってさ、どういう都市なの?」  五月はフォルシーの背中で、無邪気にそう聞いた。 『もともとは商業で栄えた都市でしたが――』 「もともとは、ということは、今は」 『ええ、総統リテアルフィの恐怖政治で、今は商業のシの字もありません』 「今はどうなってる? やっぱ、飢饉になったりしてんのか?」 「あの炎で――ですか? 考えられないことはないですね」 『そこまではひどくないのですが。……ただ――税金徴収がひどいようです』 「税金徴収」  それはまた現実的な。 「人が連れて行かれたりはしないんだ?」 『誘拐という意味でなら、そういった話は聞きませんね』 「ふむ」  あの時対峙しただけでは、リテアルフィという人間の極悪性は知れたものの、都市に対する政策までは解らなかった。彼はオレンジファイでどのようなことをしているのか―― 「ともかく急いでください」  『ええ。……ああ、見えてきましたよ。ファイループの村です』  その村は――というか、空から見たところの都市・オレンジファイそのものは、なんだか今までの所よりも広いようなイメージがあった。さすがかつては商業で栄えていた都市である。 「ありがとうございました。あとは僕らで村まで行きます」 『承知しました。どうぞお気をつけて』 「すまねぇな」 「どうもありがとう」  三人はかわるがわるフォルシーの柔らかい毛を撫でた。フォルシーはしばらく気持ちよさそうに目を閉じていた。  やっぱりよい方々ですね。フォルシーはそんなことを思うのだった。 「じゃ、行きますか?」 「行こうよ。そろそろ夕方になっちゃう」  フォルシーを見送ってしまった三人は、ファイループを目指して歩いた。前回のことがあるので、入り口には少し警戒したが、そう、屈強な人物がいるわけでもないし、大きな門が村をとざしているわけでもなかった。三人は門まで近づくと、門番らしき人物に、自分たちが旅の者であることを伝えた。 「……というわけなのです。宿をお願いしたいのですが」  いつものように丁重にそう述べる景。が、門番は、しばし考えた後、台帳のようなものを差し出した。 「何です?」 「ここに年齢と名前、それから性別と、あと滞在予定日数を書くように」 「もう?」  五月がそう聞いたのは、今までの都市や村ではそういうことがなかったからである。というよりそんなことをさせられるのはせいぜい宿に入ってからのことだろうと思っていたので。  だが求められれば仕方がない。景は素直に、三人分の年齢と名前、それから性別を書いた。 「……ここに何日います?」 「そうさなぁ……状況によっちゃ滞在期間なんかどれだけ延びるか解んねぇからな。とりあえず三日くらいにしとけ三日」 「そうですね」  景はそれぞれ『三日』と書いて、台帳を門番に返した。 「……ふむ。二千歳代が三名、三日滞在……か。では一人当たり三千コルー払ってもらおう」 「三千コルー!? 通行税にしては高くありませんか?」  コルー、とは、コスポルーダの通貨である。三人はいつもスカフィードから路銀として、現金を一人当たり千コルーの割合でもらっている。だいたい一泊二食つきの宿が相場百コルーだから、三千コルーがいかに高いものかが解ろうというもの。 「通行税ではなく滞在税だ。それがこの村の取り決めだ。払うのか払わないのか?」 「そういうのボッタクリっていうんだぜ、三千コルーなんて、焼肉が何人前食えると思ってんだ!!」 「何人前食べられるの?」  何で焼肉なのかよく解らないが、景はともかくも五月の好奇心にいちいち回答を見つけてやった。 「そうですね、一食の平均が五から十コルーといったところですからね、三百人分はかたいですよ」 「ひゃあ」 「そらみたことか。俺のこづかいだってそんなに高かぁねぇぞ」 「普通そんなにもらう人いませんよ! 僕だってもらったことないのに」 「カード持ってる高校生がぬかすんじゃねェよ」 「ケンカ売ってますね?」 「買う気か?」 「あなたがそれでよいのであれば!」 「やめようよー」 「貴様らっ! 払うのか払わないのか!?」  話題が別な方向に移ってちっとも答えを出さない三人に、門番は怒鳴りつけるようにして言った。 「……だそうですよ。どうします、博希サン」 「誰が払うか。だいたいそんな金あんのか景」 「ありません。三人分足してやっと三千コルーになるかならないかというところなのに」 「というわけです。ごめんなさい」  五月はペコリ、と頭を下げた。だが五月の可愛らしさにほだされるほど門番は人間的にデキていなかったらしい。やっぱりいつかと同じように、ホラ貝のようなものが吹かれた。連絡手段はそれしかないのだろうか……。  プオ――――! 「またかぁっ!?」 「……今度はなんだと思う? カーくん」 「……さあ……」  もう僕には想像もつきません。景は頭を抱えてため息をついた後、その言葉を飲み込んで、五月を後ろにやった。ドヤドヤと――今度は男性が多かった――兵隊がやってくる。 「登録はしたのか?」 「ああ、しっかり」  さっき景が署名した台帳を掲げて、門番はそう言った。 「! ……ということは、」  景は聞こえないようにつぶやいた。そして、自分が、多分してはならないであろうことをしてしまったことに気がついた。  書くんじゃなかった。  そう多分、登録、というかあの台帳に書き込みをしてしまった時から、村に入ろうという意思があるものとみなされてしまった。ということはあの名前を消さない限り、ここから逃げられはしないのだ。 「滞在金を払う気がない――ということは踏み倒しだな。わが村で滞在金を払わぬのは大罪となる。今払う、というのならまだ受け入れの余地はあるが、如何」 「…………」  三人はこの村の剣呑さをはっきり理解した。だが、執政官が出てこない限りは、鎧装着をしても無駄なだけである。目の前のこの威張りくさった人物が執政官とは思えない。執政官にしてはそれなりの威厳もなにもありゃしないからである。 「ありませんね」  景は冷たく、しかし静かに、そう告げた。それは博希も五月も同じ意見だった。景が言わなかったら博希が言っていただろう、「ねえよ」と。 「……そうか。ではこいつらを輸送しろ! ちょうど三人分の空きができたところだ。……貴様ら、後悔するぞ……払っておけばよかった、とな」  あとの言葉は嫌らしくゆがめた笑いとともに発せられた。その奇妙さに少し、五月が、おびえた。  三人は無理やりに安定感のない馬車に押し込まれた。もちろん手には手枷。 「何しやがるっ」 「ずいぶんと乱暴なことをなさるんですね、これからどこへ連れて行ってくださるおつもりです?」 「ぼくそろそろ眠い」  三人はやや落ち着いていた。それは前の都市でこういったことにすっかり慣れっこになってしまったせいであったし、ここでヘタに暴れてもなにもならないということを、前回の経験から十分解っていたからである。  学習は人を成長させる。博希と五月についてはどうだか解らないが。  ガタンガタンと、馬車が揺れる。いったいどこへ……、景がそこまで考えて、五月がうとうとしかけた頃、馬車は止まった。 「なんだ、結構近くじゃねぇか」  博希がそう毒づく。が、一緒についてきた兵士は黙って、三人を鉄の門の前まで引っ張っていった。 「村にしてはやたら立派なものを持っているではないですか。ここはなんなんです?」 「行けば解る。せいぜいしっかり働くのだな」 「働くだあ?」 「それが滞在税を払わなかった貴様らに与えられる罰だ」 「罰って。ぼくらなにもしてないのに」 「黙れ! 逃げようなどとは考えるな。逃げれば――生きては帰れぬぞ」  その言葉にはかなりの本気が入っていた。これまでに逃げようとして生きてここを出られなかった者でもいるというのか。 「ずいぶんご大層なことを言いやがるな。行きゃぁ解るんだろっ!」  博希はそう言って、鉄の扉を、鉄なのに、蹴破ろうとした。 「わあっ、無理です博希サン!」  景が止めにかかるが、どうにも博希は止められない。そんなこと昔から解っているはずだったのだが、とっさに常識が頭をかすめてしまったのである。いくらなんでもダメだこりゃ骨折覚悟だ、景がそう思った時、鉄の扉は自然に開いた。中では、 「…………!?」 「なあに、あれ……」 「でけェ」  恐らくは屋敷。それを建築中の男衆が、ざっと見ただけでも百人余りはいる。それから、地上で土くれを運ぶ男衆が五十人近く。 「執政官様のお屋敷だ」 「あれが!? 今造ってるのが?」  五月は長い髪を揺らしてそう聞いた。ともかくも彼曰く『お城みたいに』大きいのである。とても人一人が普通に住む屋敷とは思えないほどに。 「お前たちには追って仕事が言いつけられるだろう。せいぜい滞在税分が溜まるまで頑張って働け」  その言葉だけを残して、扉は閉められた。 「……ありゃ多分、滞在税とかそんなもん関係ねぇぞ」 「ないでしょうね。きっと死ぬまで働かす気です」 「そんなあ」  その時、遠くから、声がした。 「新しい奴隷は貴様らか!」 「奴隷だと!?」 「ドレイって……ぼくたち?」 「間違いなく僕らのことでしょうねえ……」  三人はため息をついた。やたらゴツいその声の主は、大きな体をゆさゆさと揺らしながら、彼らの前に、近づいてきた。 「……また新入りか?」 「そうらしい。今度はいつまでもつと思う?」 「さあね」 「俺は一か月に賭ける。お前は?」 「……一週間……かな」 「一週間? 短いな」 「もっと短くしてもいいぜ?」 「なんだ、自信でもあるのか、ディル」 「……そんな気がするだけさ」  ディル、と呼ばれた人物は、そうつぶやいて、笑った。  ツルハシが、ガシン、と音を立てて、土の中に沈んだ。

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