Chapter:37 「聞きたいか? 知りたいか? 真実を」

 老婆の声を持つ、見た目の若いその医者は、景と五月を交互に見ながら言った。 「おぬしら、この村の人間ではないな」 「……ええ、僕らはこの世界を旅している者ですが、なぜ、それを」 「ワシを知らぬからよ」  五月は少し首をかしげて医者を見た。 「お医者さんは、有名な人なの」 「……ふん。有名……か。悪名だけとどろいておるわい」 「悪名」  景が伏せていた眼鏡の奥の瞳を少しだけ上げた。 「ワシの名はルピーダ。パープルウォーの一村、ウォーアビスにおける唯一の医者じゃ。そして、」  ルピーダと名乗ったその医者は、少しだけ言葉を切った。 「そして、なあに?」  五月がルピーダを興味深そうに見ながら聞く。彼の意識は今、百パーセント好奇心のみに支配されていた。 「そして――ウォーアビスの執政官でもある」 「!!」  景はほんの一瞬、絶句して、それから、椅子から勢いよく立ち上がった。 「あなたが?! ……あなたがこの村の――執政官様ですか!?」  自分で執政官だと名乗った時のルピーダの瞳には、わずかな悪意さえ浮かんでいなかった。五月も、始めは、彼女の不思議な微笑に一瞬、ぞくりとしたものの、今は、なんだか、友達に接するような自然さがあった。  今までの執政官とはどこかが――何かが違う。二人ともそんなことを考えていた。 「執政官にもいい人がいるんだね?」  五月がルピーダに言った。ルピーダは五月の髪を少し梳いて、苦笑した。 「いい人? いいものかね、ワシが。……」  景はその言葉を聞いて、立ち上がった体勢のまま、部屋の中を少し歩いて、ルピーダに聞いた。 「では――あなたが、この村の『人柱』に、少なからず関与していると言って構わないんですね?」 「耳の早いことじゃの。もう、『人柱』のことを知っておるのか」 「昨夜、五月サンが偶然に聞きました」 「……ならば話は早かろう……」  ルピーダの顔が少しだけ、曇った。端的に言ってしまおう――ルピーダはそう言って、繭に覆われた博希を横目でちらりと見やった。 「あやつは――『呪』に魅入られてしまったようじゃ。ワシがさっき、この魔法をかけなければ、あやつは間違いなく今度の『人柱』として、この地にその体を埋めることになっていたろうの」 「ええっ!?」  今度は五月が立ち上がった。 「なんでヒロくんがヒトバシラになっちゃうの? ねえ、なんで!?」  五月はルピーダにくってかかった。景がそれを必死に止める。 「五月サン、落ち着いてください! ルピーダさん……といいましたか、なぜ博希サンが『呪』に魅入られてしまったと解るのか、お教え願えませんかね」 「ルピーダ、でよいわい。――この症状がまさにそれを物語っておる」 「熱が出て寒気が、という症状がですか? ……まさか、この村で人柱になった方々はみんな同じ症状が?」 「その通りじゃ」 「だから、ぼくが、ヒロくんが熱を出したって言ったら、みんな、慌ててたんだね?」 「そうでしょうね。ただ――納得がいきませんね。なぜ博希サンなんです。この村にはまだ男の方がいるのではないのですか」  景の問いに、ルピーダはどこか自虐的な笑みをこぼした。 「それを、おぬしは見たのか」 「え……?」 「その目で、この村に男がいるのを確認したのかと聞いておる」  景の頭に、この村に入ってからの記憶がフラッシュバックした。 「……いえ……この村に入ったとき、村の方に聞いただけで……」  そう、あの時、村人は確かに『男はいる』と言った。だが、ただ、それだけである。そういえば、景の目の前に、形として男が現れたことはない――景はサッと、青くなった。 「村の方がおっしゃった『男がいる』とは、僕たちの――ことですか!?」 「他には考えられぬわ。実のところこの村は、数日前に最後の男が人柱になったばかりじゃ」  では五月が夜中に聞いた『明後日の人柱』、『まだ残っている男』……それらはすべて、自分たちのことだったのか……景はルピーダを不意ににらんだ。 「あなたの、差し金ですか」 「他に誰がいる。だから言ったろう、悪名ばかりとどろいておると? ……一体、いつから、この村はこんなことになってしまったのか……」 「あなたの意思ではなかったと言うつもりですか?」  景の口調に、わずかに、責めるものがあった。 「言い訳はすまい。ワシがやった事実は動かしようもあるまいからの」  ルピーダはふうっ、と、ため息らしきものをついた。どうにも、執政官らしくありませんね、と、景は思った。  それから少しだけ話はとぎれた。景は階下に頼んで、三人分の飲み物を用意してもらった。 「すまぬな」 「いえ。……僕も喉が渇いていたところでした」  景はそれだけ言うと、コップの中身を一口だけあけた。五月はコップの中身を大事そうに飲んだ。時々、景とルピーダを交互に見る。五月の目から、もはやルピーダに対する警戒心は全く消えていた。 「ルピーダ。どうして、ヒロくんを助けてくれたの。ヒロくんをおカイコさんにしたのは、ヒロくんをヒトバシラにしないためだったんでしょう?」 「そうじゃ」  景はそれを聞いて少しだけ――まだ、もしかしたら、彼女の理不尽さに腹を立てていたのかもしれないが――声のトーンを落として、言った。コップがやや乱暴に置かれる。 「まさか、罪滅ぼしだなんて言う気はないでしょうね?」 「ない。ただ、これ以上人柱を増やしたくないだけじゃ」 「同じことではないですか? 一体何のために人柱を立てていたんです? なぜこの村は――いえ、村だけではない、この都市、パープルウォーは、男性を排除しようとするのです!? 総統に問題があるんでしょう?! 違いますか!?」  景はそこまで言って、自分の発言が感情的になりつつあることを意識した。あまりに熱くなり過ぎた自分を、冷まそうとする。 「……すみません。……」 「いや構わぬが、……おぬしらは何故そこまで深くかかわろうとする。こやつが人柱から逃れることができれば、それでよい話ではないか。そのままこの村を――ひいてはこの都市を出ればよかろう」  ルピーダのその発言に、景はやや、危ない瞳をした。 「そういう訳にはいきませんね。この都市は、今までの二つの都市よりもある意味危ない。放っとける訳がありませんから!」  五月は少しだけ体を震わせた。今日のカーくんはどこか怖い、と、五月は本能でそう思った。その本気な景に、ルピーダは、絞り出すような声で、言った。 「放っといてもらおう。この村は――ワシが始末をつける! そして総統、ファンフィーヌもな」 「なぜです」  今度は割と落ち着いて、景が冷静な口調でそう聞いた。 「今更あなたが始末をつけてどうなりますか。人柱にされた方々が戻ってくるわけでもあるまいし、それはちょっと虫の良すぎる話ではないですか」 「それをワシが片づけようとして何が悪いというんじゃ。ワシがやったことは、ワシ自身で始末をつける、ただそれだけのことよ」 「あなた一人が罪を償えばいいと思っているんじゃないでしょうね? あなただけでなく、このことはパープルウォー総統、ファンフィーヌにも責任がある!」 「そんなことぐらい解っておるわい!」 「では? 刺し違えてでもこの村への償いを果たすと? 今時そんなことで、罪が償えると、あなたは本気でそう思っているんですか!?」 「ワシにはそれくらいしかできぬのだ!」 「他に道を捜そうとはしないんですか、やはりあなたも他の村の執政官とそう変わりはしませんね。あなた一人が死んでも、何にもならない!」 「通りがかりの旅人のくせに偉そうに説教するでない、若造が!」 「若造? ほう、言いましたね……反論の余地のない人が最後に使う、苦し紛れの雑言に過ぎませんよ今し方の発言は!」  景とルピーダはまさに一触即発の状態になった。五月は自分のコップを引き寄せて、二人の様子を目だけでうかがっている。今自分がなにを言っても、とても冗談じゃすまないだろう。  その時――五月の視界の中に、不思議な光が介在した。 「あっ」  その小さなつぶやきは、景とルピーダの耳にも入った。どうやら脇の声が耳に入るくらいには、まだ平静を保っていられたらしい。 「どうしました、五月サン?」 「あのね、ヒロくんのおカイコさんがね、――熱うっ」  そのまま、左手を押さえてうずくまる。 「五月サン? ……どうしたんですか? ……あちッ!?」  景も、思わず、左手を押さえる。  エンブレムが――熱い!  景はルピーダとの討論をやめて、博希の眠るベッド――現在は繭に覆われているが――を見た。繭に覆われたまま、中の見えなかったはずのそこに、博希が見えた。博希の手の甲が、輝いている。 「博希、サン、……」  博希の意識はないらしく、眠り続けているが、今、仮に彼に意識があったなら、多少なりとも、手の甲を熱がっているはずである。それくらい、景や五月の手の甲の光り方とは比にならないほど、博希の光り方は異常だった。 「あの光は!?」  ルピーダが驚かないはずがない。 「今まで見たこともないような光じゃ、何じゃあれは!?」  景はルピーダの発言には答えなかった。ただ、自分で、答えを捜した。自分で納得でき、なおかつ五月に説明できるような答えを。 「気のせいか? あやつの顔色が――良くなっておる――」  ルピーダのその発言で、景は確信が持てないまでも仮定的な答えだけは出たような気がした。頭の中で整理しながら、五月に言う。 「五月サン。きっと、博希サンのエンブレムが、博希サンを守っているんですよ。――僕らのエンブレムは、それを、助けているんです」 「じゃあ、ヒロくんは助かるの? ヒトバシラにならなくてすむの」 「多分、そうでしょうね」  ルピーダは博希のそばまで駆け寄った。焦燥の色が隠せない。 「なぜじゃ……!? いくらなんでも、ワシの魔法が、そう早く効くわけはないし、この光……!」  景はルピーダの背中を見た。そして少しだけ、悲しげな視線を投げかけて、言った。すべて彼の独断だった。 「ここまできて、隠すわけにもいかないでしょうね」  その言葉に、ルピーダは、景を見た。景は哀しげな瞳のまま、手の甲を隠していた布を取った。 「そのエンブレムは、……おぬしらまさか、……」 「その、まさかです、ルピーダ。僕らは【伝説の勇士】。だから、この村を救う義務があります」 「――ファンフィーヌ様」 「デストダ?」 「はっ」  デストダは例によって、窓の外から、ファンフィーヌに話しかけていた。窓のシルエットが、デストダの長いマフラーや触角を映し出していた。 「――ウォーアビスの執政官、医師ルピーダに謀反の疑いが――。呼び出しに応じませぬ」 「謀反……ね」 「如何致します。しょっぴきますか?」 「もし、本当に謀反を企てているとしたら、伝説の勇士たちも、そこにいるんでしょうね。彼らはウォーアビスにいるんだったわよねえ?」 「は!? ……あ!」 「ならば千載一遇! そのまま、ウォーアビスに目を配りなさい。決して、邪魔をしては駄目よ」 「承知……!」  デストダのシルエットが遠くなる。ファンフィーヌは窓を少し開けた。 「義務とぬかしおったか。……ならばワシがこの村を守るのも、義務よ」  自虐的に笑うルピーダに、景は悲しげな視線では泣く冷ややかな視線を送った。 「今更――ですか。今更、あなたは」 「ワシにはもう、時間がないのじゃ」 「時間がないって、どうして?」  手の甲はまだ熱いが、さっきよりは熱が引いてきた。五月は博希の繭をぽんぽんと叩いて、ルピーダにそう聞いた。 「ワシが声の割に『若い』のを、不思議がっていたのう」 「……ええ……」  景は訝しがりながら答えた。そう。ずっと、不思議に思ってはいたけれど、相次ぐ討論と、それから、エンブレムのことと、博希のことと、色々なことが混ざって、そのことに触れる機会がさっぱりなかった。見た目は本当に若い娘なのである。  だけど――声は、どう聞いても、うちのおばあ様とそんなに変わりませんよ、――景はそれだけ、言った。 「おぬしら、おかしいとは思わなんだか」 「何を?」 「この村よ。娘ばかりではなかったかの」 「えっ?」  五月はそれを聞いてすぐに、とたとたと階段を降りていった。わざわざ降りていかなくてもいいんですが――と、景は口の中で言ってみたが、五月の知的探求心を向上させておくのもいいかもしれない、と思って、止めなかった。 「ホントだ! みんな、ママより若いよ!」  とても解りやすい発言である。景はそれで、この村の、奇妙な異常さを知った。 「なぜ、です」  それだけ聞くのが精一杯であった。 「あなたが若いままの姿なのも――同じ理由なんですね?」  ルピーダは静かにうなずいた。 「ワシらも『呪』がかけられているに等しかろう。卑怯よな、ワシらは自分たちが生きるために、男たちを手にかけた」  ルピーダは窓から外を見た。 「生きるために」 「他に道を捜すこともせず。ただ、ファンフィーヌの命令だけを忠実に聞いた結果よ」 「もしかして、ファンフィーヌが『呪』を?」 「聞きたいか? 知りたいか? 真実を」  景は少しだけ、躊躇した。それから、ルピーダの瞳をのぞきこんだ。   ――哀しい瞳ですね。  彼はその言葉を飲み込んで、その代わりに、別の言葉を捜した。 「聞くことが――知ることが、僕たちの、使命です」  ルピーダの瞳が、景と五月を見た。 「それが、どんな結果を生むことになってもか」 「ぼくたちは、大丈夫だよ、だから、教えて?」  五月が、景の腕に自分の腕を絡めて、笑顔を見せた。 「そうか…………」  ルピーダは少しだけ、うつむいて、ぽつり、ぽつりと、話し始めた。   風がわずかに流れていた。  ファンフィーヌは、自らの首につけてある、首輪をなでた。そこにはめ込んである、紫色に輝く水晶から、血の高まりが聞こえてくるようだった。  なぜ、私を捨てた。  捨てておきながら、なぜ、それでもそばに置いてくれる。  私がそれでどんな思いを抱くのか、  あなたは知っているの。  髪飾りを解く。ばさり、という音と共に、美しい髪の毛が、肩までほどけた。ファンフィーヌはその髪をなでながら、椅子に座って、窓から外を眺めた。  それでもあなたは、  私に奴らを倒せと言うのね。  ファンフィーヌが椅子から立ち上がるとともに、マントが、風になびいた。彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。 「涙は、」  ついっと、流れていく涙を、ファンフィーヌは拭くことなく、風に流した。 「これっきりにするわ」  それは悲しみの涙ではなかった。ある一つの、強い意志が――その涙には介在していた。  ファンフィーヌは宝石箱に近づいて、そこから、あるものを手に取った。透明な容器に入れられた、紫の砂。  これを使う時が、来るなんて、ね。  ファンフィーヌはそうつぶやいて、どこか自虐的に笑った。  私のプライドは、  もう、置いてきた。  紫色の砂が、手のひらの中で波を作った。  景と五月は、ルピーダと向かい合って、静かに座っていた。 「そんな、ことが」 「信じるも信じぬもおぬしたち次第よ。どうするのじゃ」  五月は少しだけ博希を見て息をのんだ。景は少々うつむき加減になって、髪をかき上げた。 「……五月サン」 「ぼくも言おうと思ってたんだよね」 「そうですか。……ルピーダ、博希サンをお願いします」 「行くのか」 「僕らだけでファンフィーヌにケジメをつけてきます。彼女の心に介入する権利は僕らにはありませんが、この村を混沌から引き上げる権利はあるはずです」 「こやつはどうするつもりじゃ」 「博希サンのことは――ルピーダ、あなたが見ていてくれませんか。もしも博希サンが目を覚ましたら、僕らはファンフィーヌの所へ行ったと――そう、伝えて下さい」 「……承知した」  景はそれだけ聞くと、すいっ――とうなずいて、五月を伴って飛び出していった。 「ルピーダ! ……頼みましたよ、それから――」 「解っとるよ。おぬしらが戻ってくるまで、そうそう死ねんわい!」  景はフッ、と笑って、ルピーダの前から、本当に姿を消した。

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