Chapter:35 「ヒトバシラヒトバシラヒトバシラ」

「何、考えこんでんだよ、景?」  ふいに、博希からそんな言葉をかけられて、景は面食らった。 「は? ……」 「さっきからアゴに手ェかけてさ。お前が考えごとするポーズだ」 「ああ……いえ、たいしたことでは」 「そうか? ……もうすぐ村に着くらしいぜ、前見て歩けよ」 「博希サンこそ」 「え? ……ごあっ」  博希は大柄な人物にぶつかった。 「はひ」  身長百八十センチ弱の博希が、鼻を押さえてうずくまる。 「博希サンっ。大丈夫ですか?」 「は……はんほあ(なんとか)……」  この差。景は博希のぶつかった人物が、まず間違いなく身長二メートルはあるであろうことを見てとった。 「気をつけて歩け」 「ンだと……」 「すみません、僕たちの不注意でした」 「ごめんなさい」  景と五月が、博希の逆上五秒前に、人物に謝る。 「まあ、いい……だがこんなところで何をしている。この辺りはパープルウォーだろう」 「ええ、そうです」 「男とみると捕まってしまう都市に何用なのだ」 「あなたこそ。ひょっとすると男性のフリをした女性ですか?」 「まさか」  大柄なその人物は――景に一瞥をくれると、スタスタと去っていった。 「なんだあ、あの野郎」 「さあ。――でも、誰かに、似てますね」 「イヤミな所がアドそっくりだよ」 「両方に失礼ですよ」 「…………」 「どうしました、五月サン?」 「ううん」  五月はふるふると首を振った。もしかしたら彼の奥深い第六感が、敏感に働いたのかもしれないが、果たしてその第六感が彼に何を伝えようとしたのか、そこまでははっきりしなかった。 「急ごうよ、また、日が暮れちゃうよ」 「そうですね」 「ところで、景」 「え?」 「さっき、何、考えてたんだ」 「ああ――リオールのことです」 「あいつの?」 「彼女はどこから来て、どこへ行くのかとね」 「キザ」 「何とでもお言いなさい。勘違い美少年」 「ケンカだったら安く買うぞ」 「簡単にケンカを売るほど安っぽい男じゃありませんよ僕は」  軽くあしらっておいたが、景には、本当のところ、リオールのことが気にかかって仕方がなかった。あの早業、そして味方でも敵でもないかのような発言。だが彼女は実際にデストダを昏倒させている。それでも『今度会うときは敵になるかもしれない』と言った。  今度会うなら、それはいつになるのだろう。  不思議な雰囲気を漂わせた――紅の騎士。  五月がむずかる前に、三人は村に辿り着いた。ここは前の村ほどに警備も厳しくなかった。むしろ、歓迎されたと言っても過言ではない。 「ようこそ、ウォーレイドへ」  ウォーレイド。それが、この村の名らしかった。 「この村に、男性の方はいらっしゃるのですか」  景はなんとなく、聞いた。それが無神経だったというわけではなく、本当に自然に――何らかの反応を期待したせいも、少し、あった。 「おりますよ」 「ほう。……」  景はそれだけを返事として返し、目をつけた宿に入ることに決めた。 「うあー、久しぶりにのんびりできるな」  博希がベッドに倒れ込む。 「んう――」  五月が目をこすった。 「五月サン、寝るのでしたら着替えてからになさい。せっかくの服がくしゃくしゃになりますよ」 「うん」 「お風呂はいいですか?」 「うん……今日はもう……眠い」  ずいぶんいろいろなことがありましたからねえ――景はそう言って、少しだけ、笑った。このまま風呂に入れて溺死されても困る。かといって一緒に入るわけにもいくまい。五月が着替えたのを確認すると、倒れ込みそうな彼を、景はベッドまで誘導した。 「おやすみ」 「おやすみなさい」  ぽんぽんと布団を叩くと、五月はスヤスヤと眠った。 「俺も、もう寝ようかな」 「お風呂は?」 「いいよ、俺もキツイわ。明日シャワーでも浴びる」 「そうですか。顔はバリバリしませんか?」 「あ?」 「お化粧の後遺症が残っているかと」 「いや……別に」 「そうですか」  別に気にすることではなかったのだが、そこは景のマメさが出たのである。景は自分だけ、軽くシャワーを浴びると、布団に潜り込んだ。  三人は平和に眠った。  平和に。 「逃げられた?」 「は」 「しかも執政官はやられた。……ウォーアビスはもう、駄目ね?」 「はっ、すでに村民が独立を果たしておりますれば」 「独立?」 「グリーンライ、イエローサンダ各村の如く、執政官失脚と相成りまして」  あいも変わらず、窓越しの会話。不便この上ないが、致し方あるまい――デストダはそう思いながら、パープルウォー総統、ファンフィーヌと会話していた。それにしてもなぜこうも時々『時代劇しゃべり』が入るのだろう。話は簡単である。そっちの方が、感じが出るから。 「お前がついていながら」 「……自分のことを信用なさっていなかったのではなかったのですか」 「ふうん……『読心』ね?」 「――!」  内側の空気が、一瞬、攻撃的なものに変わる。 「……っ」 「信用していないのはお互い様ね。お前を昏倒させた者に、覚えはないの?」 「覚え……いきなり後ろからやられましたので、――なれど――」 「……なれど?」  デストダはこの報告をしていいものかどうか、寸前まで迷った。が、今、ファンフィーヌは自分の主である。この都市で起こったことを逐一報告するは自分の役目。 「あの気配、自分には覚えがございます」 「覚えが」 「は――レドルアビデ様の居城にて存在した気配と」 「レドルアビデ――様――の!?」 「はっ」  空気が、また、変わった。が、今度は、攻撃的なものではない。どちらかというと、狼狽しているような、そんな空気。    しばらく、ファンフィーヌ側から、音がしなかった。 「……ファンフィーヌ様?」 「………………」 「いかが、致します」 「お前の邪魔をした者については、私が直接に、レドルアビデ様に確認するわ。お前は――そうね、今、勇士たちはどこにいるの」 「……あやつら、今現在はウォーレイドに滞在している模様にございます」 「ウォーレイド……ですって?」 「確認いたしました、間違いございませぬ」 「そう……執政官を呼びなさい!」 「御意」  デストダはそのまま、飛び去った。部屋の中、ファンフィーヌは、一人、自分の体を抱きしめて、細かくブルブルと震えた。  なぜ。  どうして――邪魔をしたの。  そんなに私が――、  ファンフィーヌはそのまま崩れた。首輪をギュッと握りしめると、そこから感じる暖かい流れを、彼女は全身で受け止めた。 「……ん」  五月は夜中に目を覚ました。トイレは一人で行くんですよ、と、景にクギをさされていたので、五月はベッドから起き上がると、トイレに向かった。 「あふ」  あくびが出る。ずいぶん眠っていたみたいだけど、今、何時なんだろう。だが五月は、それを知るには、博希を起こさなくてはいけないことを思い出し、「あーあ」とつぶやいた。景も博希も、ぐっすり眠っている。起こすのは気の毒だった。  朝になれば誰かが起こしてくれるよね、そんなことを考えながら、五月はベッドに戻ろうとした。その時、――五月は、隣の部屋のヒソヒソ声を耳でとらえた。 「……今度の『人柱』は明後日よ」 「明後日? ではついに、最後?」 「いえ、もう何人か残っているから、そう、急ぐ事もないとは思うけれど、……それにしても、おかしいとは思わないの」 「なぜ?」 「男を人柱として捧げたら、この村は平和でいられるなんて。誰が言い出したこと?」 「知らないわよ! 昔からこの村に伝わる伝説じゃないの」 「昔? 昔ってどのくらい昔よ? いつから、この村はそんなおかしな事になったの?」 「しっ――聞こえるわよ」  聞こえてます。五月はそう言いたいのを我慢して、自分の口を手で押さえた。扉の向こうで、女性らしき人物が二人ほど、一体何の話をしているのか、彼には解らなかった。  『ヒトバシラ』って何だろう。  明日、カーくんに聞いてみたら解るかな。  五月はそっと、部屋に戻った。頭の中で、『ヒトバシラヒトバシラヒトバシラ』と唱えつつ。うん、忘れない。五月は布団にもぐって、また、気持ちのよいくらい定期的な寝息をたて始めた。 「朝ですよお」  景が博希と五月の布団をめくりにきた。 「さぶいっ、もう少し寝かせろよ!」 「ご冗談を、ほらサッと起きて着替えたら目も覚めますよ! それにシャワーを浴びるのではなかったんですか。早くしないと五月サンが入ってしまいますよ」 「いいよもう……」 「泡だらけのお風呂は一番キライでしょう」 「そりゃイヤだ」 「じゃあ早くお起きなさい! 僕は五月サンを起こします」  布団を抱きしめてぐにぐにとうねる博希を横目に見ながら、景は五月を揺り動かした。 「五月サン。朝ですよ」 「……ん――。カーくん」 「はい、何ですか?」 「ヒトバシラ」 「は!?」  景は一瞬、五月がまだ夢の中にいるのかと思った。ヒトデと貝柱の夢でも見ているのか――と、そう、思ったわけである。 「五月? 何寝ぼけてるんだあ?」  さっきまで自分も同じようなことになっていたくせに、博希が五月の頭をくしゃっとやる。 「寝ぼけてないよ」 「では」 「ヒトバシラ。ねえ、カーくぅん」 「ねえと言われましてもね」  景は頭の中で辞書をめくった。こういう時、僕の頭は実に便利にできているものですね、と、景は一人で感心していた。 「ヒトバシラ……ああ、ひょっとして、人柱、ですか、五月サン?」 「うん」  五月はこくんとうなずいた。 「人柱、あ――、なるほどなあ。それがどうかしたのか?」 「うん、あのね、……」 「その話は顔を洗ってからにしましょうね、さあ、いってらっしゃい」 「うん」 「博希サンも。シャワーを浴びるのでしょう?」 「お前は」 「もうとうにやってしまいましたよ」 「そうか……」  五月は、顔を洗いに洗面所兼風呂に向かった。博希がドアの外で待つ。 「終わったら代われよ」 「うん」  景はそのやり取りを見ながら、先ほど五月が口走った『人柱』の意味について考えていた。余程のことがなければそんな単語、口走るはずがない。  では? 誰かが、『人柱』について話していたのを五月が偶然に聞いた、そう考えるしかないのである。 「さっぱりしたあ」  五月が洗面所から出てきた。 「僕が五月サンから詳しい話を聞きます。その間に、博希サンはシャワーでも浴びていてください」 「解った」  景は五月と向かい合わせに座った。 「ね、『ヒトバシラ』って、なあに」  景は言葉を探した。どうにかして辞典的解釈を、五月に解るように噛み砕いて説明しなくてはならない。そのまま説明してしまえば、辞書の二度引きになってしまう。 「五月サン、『生け贄』は解りますか?」 「解るよ」 「そのようなモノです」  実に三十秒と経たずに説明が完了した。 「どういうこと。じゃあ、……」 「今度は僕が聞く番ですね。『人柱』なんて言葉、五月サンはどこで聞いたんです」 「あのね、んとね、……」  五月は景に、昨夜聞いたことを、思い出せるだけ話した。 「ヒトバシラは今度、明後日で最後じゃなくて、まだ残ってるんだけど、男の人がヒトバシラでね、でも昔からの言い伝えでね、……」 「??」  聞いたことのほとんどを思い出せているのは非常に優秀であるが、話の中味が一部ごっちゃになってしまっている点については何とも言い難い。 「え――と……では、明後日が人柱の日なんですね?」 「うん」 「でも最後ではない」 「うん」  景は頭の中でひとつひとつを整理しつつ、五月に丁寧に聞いていった。 「人柱は男の方が?」 「それで平和なんだって、この村」 「え……?」 「でも昔からの言い伝えだからね、ヒトバシラを出さなくちゃいけなくて、いつからこの村はそんなおかしなことになったの?」 「イヤ僕に聞かれても」  話が行きつ戻りつしつつ、五月が昨夜、隣の部屋から聞いた会話の内容は、なんとか、景の知るところになった。 「妙ですね」 「妙?」 「ま、これまでの村とそんなに変わりはしませんが、……あからさまに『人柱』ですか。この前の村と一緒ですね、この都市はとにかく男を排除したいらしい」  景はアゴに手をやったまま、ぶつぶつとつぶやいた。ちょうどその頃、博希が洗面所兼風呂から出てきた。 「待たせたな」 「いえ、そんなに待ってません」  景はそう言って笑いながら、博希が頭をわしわしと拭くのを見守った。 「で?」  博希が首にタオルをかけてそう聞くので、とにかく、さっき自分が五月の話から得た情報を、景は博希に伝えた。  聞き終えた博希の反応は、実に簡単なものだった。 「ふん」 「それだけですか?」 「とにかくこの都市は、男という男をヨソにやりたいわけだろ」 「そういう事になりますかね」 「ふざけてら。そりゃ俺たちは男だよ。だけどそれ以外に何したよ?」 「もしかしたら、何か、……深い事情があるのかもしれませんよ」 「その深い事情で俺ァ首はねられるところだったんだぜ」 「もっと調査してみるべきですね。とりあえず、明後日までは、この村に滞在することにしましょう」 「でも、大丈夫かなあ」 「僕たちがですか」 「そうだな。下手すりゃ俺たち、今度は処刑場じゃなくて人柱だ」 「じゃあまた? 身を隠しますか?」  それはやめておいたほうがいいと思うよ、五月の瞳がそう語っているのを、景は素早く感じとった。何か間違ってしまえばまた目を潰しかねない。五月においては失神は免れまい。デストダが泡をふいて倒れるという可能性を考えれば、ある意味では有効かもしれないが。 「……過ぎたことを言ってしまいましたね。忘れてください」  博希は頭に『?』を浮かべたまま、景の顔をうかがっていた。五月はなんだか、心からホッとしたようなふうを見せていた。  この日も、ホワイトキャッスルは、白く、黒かった。 「来ると、思っていた」 「あなたにごまかしは利かぬということ、ですか」 「――さて何の用、かな。ファンフィーヌ」 「しらばくれられるおつもりですか――レドルアビデ様」  二人の間に――ごおっと、わずかな風が起きたような、共通感覚が生まれた。

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