窓の中のWILL

Chapter:55 「……布団ばさみ……」

 フォルシーの背中から降りた時、日は高かった。 「ちょうどお昼くらいなんでしょうねえ」  景は空を見上げてそう言った。 「このまま村に入るか?」 「しばらく木の陰でお休みしない? ぼくちょっと暑い」 「そうですねえ。……おや」  少し遠くからきこきこと音がする。手押し車を引く老人だった。 「いらんかね」 「なんだありゃ」 「行商、というか、量り売りみたいなものではないでしょうか」 「何の?」 「氷いらんかね」 「氷? ……」 「あっ、五月サン」  五月が手押し車に駆け寄る。 「かき氷の行商さんだよ」 「かき氷!?」  博希も駆け寄る。 「いらんかね」 「カーくうん」  五月は景のそばに戻って、くいくいと裾を引っ張った。 「……ちゃんと言わなくては解りません」 「かき氷食べたいなあ」  景は自分の雑嚢に入っている財布の中身を思い浮かべた。まぁそこそこには入っているはずだ。かき氷三杯分、買えないわけがない。景はもう一度、博希と五月に目をやった。二人ともキラキラとした瞳でこっちを見ている。 「……仕方ありませんね。今回だけですよ!?」 「わあいっ」  景はしぶしぶ財布を出した。 「かき氷三杯」 「かしこまりました」 「お前も食べたかったんだろ。素直じゃねぇな」 「黙りなさい」  行商の老人はさかさかとハンドルを回して氷をかいた。 「ぼくイチゴのシロップ」 「俺砂糖水」 「……僕はレモンで」  老人は三人分の氷をかいてしまうと、注文通りのシロップをかけた。景は三人分の氷の代金を払い、氷を受け取ると、木陰に入った。  老人は再び静かに、手押し車を押して去っていった。 「…………」 「どうした、景?」 「いえ、……」  何かこう――腑に落ちない気がするのはなぜでしょうか――景はかき氷を手に持ったまま、口の中でもごもごとそうつぶやいてみたが、解るわけもない。景もかき氷を食べることにした。 「それらしいのを見つけたんですって?」  なよりとした影が先程のかき氷の行商にそう言った。 「へえ……」 「よくやったわねえ。写真は撮れたんでしょう?」 「へえ、これに」  何枚か写真を取り出す。かき氷かきからぴらりぴらり――  そこに映っていたのは、博希と景と、そして五月―― 「まぁあ、可愛らしい。本当に男なのかしらねえ」 「事実確認の価値はあるだろう?」  陰からガタイのよい影が現れる。 「ありがとう。さ、村に戻りなさい。他言無用よ!?」 「……へ、へへえ……」  老人は去った。おびえながらも手押し車を押して帰って行くところをみると、もう一生の秘密にしておくだろう。  なよりとした影は、写真を見ながら、ほうとため息をついた。気持ちの悪い笑みをたたえて。 「楽しみね。さあて、どうやってさらおうかしら」 「この眼鏡の男以外は単純にできているようだからそう苦労はするまい」  博希がこの話を聞いていたなら頭から湯気を出して怒っていたであろうことをさらりと言い切る。ただ景は苦笑をもって返答に代えるだろうが。 「ホントに楽しみ。やわらかそうな髪だしやわらかそうな肌ねえ……」 「くふふふふ」  また。 「?」  かき氷を食べ終わった五月がぞくん、と震えた。 「どうしました」 「ううん、なんか、イヤな予感がしただけ」 「予感だろ。んう――」 「……一気にかき込むから頭にくるんですよ」  やっぱり三人は平和だった。だが、平和のあとには必ず悪夢が訪れるものである、ということを、博希も五月も景も、そろそろ学習しておいた方がいいかもしれない。 「さて」  全員がかき氷を食べ終わったのを確認すると、景は立ち上がった。 「そろそろ、新しい村に行きましょうか。まず遠くから観察するのを忘れないようにね」 「そうだな。また働かされちゃあ体がもちやしねぇや」 「いこー」  三人は歩きだした。ほどなく、新しい村の入り口が見えてきた。 「門、ある?」 「前ほど大きくはないですよ。見張りもいませんしね……普通に入れるような感じですが」 「……あれ?」  博希がつぶやいて、目をしばしばとやる。遠くを見るような格好になって、首を伸ばした。 「どうしたんですか?」 「ん、いや、さっき、ディルのようなのが入っていったような……」  ディル。言わずと知れた、前の村での執政官の息子だ。 「ディルがどうしてあの村に用があるんですか?」 「人違いかなあ」 「もしかしたら村の中で会えるかもよ?」 「そうですね、仮にあの方がディルで、あの村に入っていってなにもないということは、部外者が入ってもさほどのお咎めはないというよい証拠です。行きましょう」  門をくぐると、そこはものすごく賑わっていた。もともと商業都市として栄えていたオレンジファイの隆盛ぶりを、そのままここに持ってきたというようなイメージで、人の波、店の波。 「すごおい」 「はやっていますねえ……市場までたっていますよ」 「広いんだろうなあ、この村」 「そうか、よく考えたら、この村はリテアルフィの城のお膝元ではないですか。はやっているわけだ……」 「わあい、楽しいなあ」  五月がはしゃぐ。 「五月サン、いけませんよ。この波の中ではぐれてしまったらおしまいです、まあ僕らには通信機があるからそこまで危なくはないでしょうが――それでも危なさには違いがないですからね、僕の服を握っておいでなさい」 「うん」  五月は景の服の裾をきゅっと握った。 「……迷子対策の親子みてェだな」  博希がそう言って苦笑する。そうして三人は、しばらく、市場見物に時間を費やした。 「村入りを確認したぞ」 「そう? ――じゃあ、そろそろ動こうかしら」  ドンチャン、ドンチャン、という音が聞こえて、三人は引き寄せられるように、そこへ向かった。 「何の音だろうな」 「さあ?」  ドンチャンドンチャン。 「ああ、大道芸ですね」 「観ていこうよー」 「観ていこうぜー」 「はいはい」  このへんは僕らの世界と変わらないんですね、それにしても、『魔法』が普通の世界で『大道芸』をやるというのは何かおかしいような気もしますが。景はそう思いつつも、大道芸に目がいった。大道芸なんて子供の時に観て以来である。 「さあお立ち会い、……」  大道芸人はそうして、いくつかの芸を披露した。博希は一番前で観てくると言って、人垣をわけていってしまった。 「博希サンらしいですね」  笑って、 「離れてはダメですよ」  景が五月にそう言った、その直後――人垣が、シャレにならないほど、揺れた。 「きゃ……」 「!」  景はとっさに、将棋倒しを警戒して、 「危ないっ、」  そう叫んでいた。人にもまれて、自分の体が何回転かする。 「うわっ、うわっ、」  これはこの人垣の中にいたら危ない。いったん人垣から脱出しましょう!  景はまだ大道芸に魅せられている人垣をかきわけて、外に出た。 「ふう……大丈夫でしたか、五月サン」  だが、返事は、なかった。 「――五月サン? ――!?」  人垣を出るまでは、裾を握られている感触があった。が、景はすぐに、それが偽りのものであったことを知ることになる。 「……布団ばさみ……」  景の裾にぶらーんと下がっていたのは、布団ばさみだった。なるほどこの大きさなら、あの混乱の中でともすると握られているものと間違う……いや、それよりも、今は懸念すべきたったひとつの事項がある! 「五月サンッ!? 五月サン、どこですか!!」  まさかまだ人垣の中だろうか。それならありがたいのだが――  やがて大道芸は終わりを迎え、人々は三三五五、散っていった。博希も景を見つけて、走り寄る。 「ああ、面白かった! ……五月は?」 「……やっぱり……一緒じゃなかったんですか!」 「やっぱり? ……ってか、五月はお前と一緒だったんじゃあ……?」 「それが――」  景はさっき、人垣が揺れてからのことを逐一詳しく博希に話した。博希はふん、と息をひとつつくと、腕を組んで、言った。 「今、ここに、人はいないな」 「いませんね」 「五月がいたら、そりゃあイヤでも気がつくな」 「気がつきます」 「人の波はさっき完全に散らばった。見つけようと思って不可能なことじゃない」 「ええ」 「……だとすると」 「ええ…………厄介なことになったかもしれませんね…………」 「カッコつけてる場合か知的美少年!!」 「認めましたね熱血系美少年!!」 「…………」 「…………」  二人はしばし黙った。 「……要するにだ、……」 「また……ですかね」 「それしか考えられんだろ」 「……今度はどういうことだと思います?」 「聞きたいことは解ったが答えは出したくないな」 「最悪の事態を想定してですか?」 「そう」  二人はもう一度腕を組んだ。 「一応、通信機に連絡を取ってみましょう。それから考えても遅くはありません」 「そうだな、もしもし、五月!」  返事はなし。 「五月サンッ。返事してください!」  やはり、なし。 「……なんで返事がねェんだ?」 「……通信不可能という結論しか出せませんよ」  二人はそれからしばらく通信機に向かってわめいたが、返事のヘの字も返ってこなかった。それで、二人は、もう一度、腕を組んだ。  このまま――殴り込みをかけるか。五月のためにも。  ――その時、二人を呼ぶ声がした。 「あれ!? ヒロキ、それにヒカゲじゃないか!?」 「え……」 「その声、」  向こうから手を振って歩いて来る青年の姿を、博希はいち早く認めた。 「ディル!」 「ひっさしぶりだなぁ二人とも! 元気か!?」 「お前こそ! やっぱりさっきここに入っていったの、お前だったんだ!」 「村はどうなりました?」 「ああ、俺が新しい執政官になって、村を一から作り直してるところだよ」 「それはよかった、あなたも元気そうですね」 「ありがとな、……ん? そういえばサツキはどうした?」 「それがな、」  博希と景はかわりばんこに、五月がたった今消えたという話をした。それから、連絡がとれないということも。  ディルはそれを聞くと、サッと顔色を変えた。 「……じゃあ二人とも、サツキがこの村の執政官あたりに連れてかれたことを懸念してんだな?」 「そうです」 「……だとしたら……そいつぁちょいと厄介だなア……」 「厄介……?」 「この村の執政官は俺の親父と仲がいいんだ。で、数日前から、隠居してたはずの親父が消えた。俺の村からだ」 「…………!」 「待ってください、ということは!?」 「落ち着いて話を聞け。……この村の執政官な……親父よりタチ悪ィんだ、その……コレなんだ」  手をそらせて口の横にやる。そのポーズはアイルッシュでもコスポルーダでも共通なんだなアと博希が感心する前に、景が顔色を変えた。 「まさか」 「そう……」  博希は少し、冷や汗をかいて、言った。 「……カマか」 「……そう」 「何でそんなヤツ執政官にしてるんだよっ!!」 「カマだが頭のキレは最高にいいらしい」 「別な意味でキレているのではありませんかね」  辛辣なセリフを吐く景。 「親父が消えたということはここに来ている可能性が高い。だから、俺は親父をこの村に捜しにきたんだ」 「で? そのカマ執政官は何をやらかしてんだ?」 「聞いた話で確かめてないから解らんが、どうも村の娘を片っ端から奉公させて、商業なんかの売り上げを巻き上げてるらしい。要するにアレだな、娘を返してほしかったらそれ相応の金を用意しろと」 「悪役の考えることですね」 「どうせ返す気なんかねェんだろ?」 「もちろん。払う度に金額が倍になってく」 「で、なんで五月が連れてかれたかだ」 「……これは勝手な想像ですが……もしかしてディルのお父様がここの執政官様をそそのかしたのでは?」 「そそのかしたあ!?」 「あの親父、サツキがホントに男かどうか、事実確認はまだだったからなあ……だとすると、マジにヤベーぞ」 「なんで。五月は男だぜ? 奉公させてんのは娘だろ?」 「…………冗談抜きで両刀なんだ…………」 「はぐあっ!!」 「わーっ、景がまた倒れたっ!」 「……すまん」 「……気にするな。……というかマジか、その話は?」 「いや、両刀というよりは、まあ男の場合は――女装させて奉公、ってパターンが多い。ただ――サツキみたいなタイプだと――さすがにそれ以上のことにおよばない、と断言できん」 「……どのみち危険か……」  三人は――否、倒れた景をのぞいた二人は、腕を組んでうーんと考え込んだ。 「どうするか、だなあ……」 「侵入、するか?」 「どこへ。――執政官の屋敷へか!? 無茶だ!」 「無茶じゃねぇよ。俺たちが誰だか忘れたわけじゃねぇだろ」 「あ。……でも、どうやって侵入する?」 「…………女装か」 「……僕は反対ですよ……」  倒れた景の口からぼそりと言葉がもれた。 「パープルウォーの悪夢を繰り返したくはありませんからね……」 「……なんかあったのか」 「博希サンに化粧させてはいけません」 「言ってくれるぜ」 「……ふむ。じゃあ、俺が化粧してやるよ」 「ディルが!?」 「任せとけ。たぶんヒロキのよりはマシに化粧できる」  景は体をむくりと起こした。 「……なぜです?」 「四百年前くらいに、演劇やってたことがある」 「信用しましたよ」 「ああ」  景は握り拳を出した。博希も、出す。ディルはちょっと面食らった。 「なんだ?」 「ディルも出してくれ。仲間の証しだよ」 「解った」  ディルも握り拳を出す。三人はそのまま、ちょん、と拳をつきあわせて、うなずき合った。  ところで五月はというと。  あの時、人の波にもまれた瞬間、五月は太い腕に自分の腕がつかまれるのを感じた。瞬間的に「きゃ……」と叫んではみたものの、声が出なかった。そのまま軽い五月は丈夫な袋に入れられ、どこかに運ばれていったのである。 「ここ、どこ……?」  五月は――別に気を失っていたわけではなく、眠っていたのだが――恐らくは袋に薬でも焚き染めてあったのだろう――目を覚ますと、妙な部屋の中にいた。和風とも洋風ともつかない部屋。きっと景が見たら『趣味の悪いお部屋ですね、誰がコーディネートなさったんですか!?』と言うであろうような。  ヒロくんとカーくんは――そうだ、こんな時こそ通信機使わなくっちゃ。……せっかくそこまで気が回ったのに、左手首にあるはずの通信機は消え失せていた。 「え? どうして? どうしてえ!!??」  ここコスポルーダだよね?  ぼくらの世界じゃないよね!?  なのになんで通信機がないの?  誰かが持って行っちゃったの? そんなあ……  その時、障子とも引き戸ともつかないものが、からりと、開いた。

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