窓の中のWILL

Chapter:32 「思わぬ足止めといったところですか」

 ――景は、小窓から差し込む光を、まぶしそうに見た。 「朝ですか」  いつの間にか眠っていたらしい。景はぶるっと体を震わせると、ゆっくりと起こした。 「……あれ……?」  確かコートを着て寝ていたはずなんですがね、そう思って、自分のコートを探す。 「あ」  五月が景のコートまでかぶって、気持ち良さそうに眠っていた。 「……横取りされたんですね……」  景は困ったように微笑すると、壁にもたれて、五月が目を覚ますのを待った。 「そういえば、」  博希サンは結局戻ってこなかったようですね。――まさか拷問か何か――そこまで考えたが、景はすぐに、打ち消した。黙って拷問されているような人じゃありませんよね、あの人は。 「……食いモン!」 「……質問!」  まだやっていた。 「くっ、ラチがあかん! 別の奴を呼べ!」  最初からそうすればよかっただろうに、とうとう取調官は博希に負けて、もっと別の、物解りの良さそうな――多分この場合は景を指すのだろう――男を呼ぶことにした。 「じゃあ俺は釈放? ワアイ」 「タワケたことをぬかすな! 牢屋に入ってろこのおちょくり魔!!」  そこまで言うか。  ガシャン。  一つに束ねた、長い髪が揺れた。恐らく――それは、女騎士。 「お呼びに」 「面白い趣向を――思いついた」 「趣向?」 「パープルウォー総統ファンフィーヌは――多分、【伝説の勇士】を殺すだろう」 「え? ……」 「だが、それも、面白くない」  唇の端が奇妙に歪んだ。 「上手く邪魔をしろ。とりあえずは――【伝説の勇士】、生かしておけ」 「ではそのようにファンフィーヌに」 「言ってもつまらぬ。向こうから殴り込んで来るのを待つ」  愉快そうに、そばの『花』を、撫でる。 「行け。とにかく、奴らを、殺させるな。それだけだ。……一旦逃がしても、面白いかもしれん……」 「は」  去りかける女騎士の背に、白磁の肌を持つ支配者――レドルアビデは、言った。 「お前の名は――なんといったか、な」 「……(くれない)の騎士――リオールにございます」  レドルアビデは、その言葉に何も返さず、ただ、満足そうに、笑った。  ホワイトキャッスルの中に、カツン――と、ブーツ音が響いた。 「――『成功』、だ」 「名前をもう一度聞こうか」 「景です」  礼儀正しく座る少年に、取調官は幾分かのやり易さを感じつつ、聞き続けた。 「年は」 「じゅ……いえ、二千九百十二歳になります」 「ほう。……若いが人間ができているとみえる、さっきのヤツとは大違いだ」 「そうですか。……褒め言葉と受けとっていいんでしょうね」  少しの皮肉が含まれたそのセリフを、取調官はまともに受けとった。 「いいとも。――住所は」 「不定です」 「不定?」 「僕らは旅人なもので。旅人には家がありませんから」 「本籍は」 「コスポルーダです」  全くよくもまあこんな大ウソがホイホイ出てきますね、景は自分で自分に感心しつつ、取調官の次の言葉を待った。 「コスポルーダは解っている。どこだ」 「……、……聞いて、いかがなさるおつもりですか?」 「まあ良くて強制送還だ」 「……悪くて?」 「…………取り調べは終わりだ。戻れ」 「僕の質問にはお答えいただけないのですか。悪くてどんな罰が科せられるのです」 「……立てっ」 「黙秘というわけですね……ところで」 「何だ」 「お腹が空きました」 「さっきのヤツもそれくらい慎ましかったらよかったんだが」 「一晩ですからね」 「同情はいらん」 「失礼しました」  景が戻ってきたとき、博希は牢屋の中で大イビキをかいていた。 「一晩寝ていないんですからね、当然でしょうねえ……」  もう、その時は、五月が目を覚ましていた。 「ヒロくんがぼくの毛布取っちゃった」 「寒いですか?」  ふるふると五月は首を振った。ううん、大丈夫――そんなつぶやき。 「ぼくたち、どうなるのかな」 「さあ……解りませんね。思わぬ足留めといったところですか」  そこまで景が言ったとき、三人分の食事が運ばれてきた。具なしスープの中に、パンらしきモノの切れ端が浮かんでいる。 「ずいぶんな食事ですね」 「ツベコベ言うな」  博希はどうも起きそうにない。景と五月は先に二人だけで食事を済ませることにした。 「冷めてる」  スープを一口すすって、五月は心細げにそうつぶやいた。 「牢屋、……僕らの世界でいうところの留置所ですか、僕は入る気はありませんけどね――貴重な経験かもしれませんよ」  冷めた具なしスープをすすって、景は五月の肩を叩いた。 「チャンスを待つんです。もしかしたら、釈放してくれるかもしれないし、僕らのほうで脱出することになるかもしれない。このまま黙っていることはありません」  五月はこくん、とうなずいて、すっかりふやけたパンを口の中でもくもくと噛んだ。 「ファンフィーヌ様にはご機嫌うるわしく」 「挨拶はいいわ。……久しぶりの、男だそうね」 「は。それも、まだ、成人しておりませぬようで」 「……ふん。成人していようといまいと、男には変わりがないわ」  長いマントを翻して、ファンフィーヌは城の窓から外を見ていた。 「そいつらは今、どうしているの」 「わが村の牢屋にて、拘置状態にございます。……どうされますか」 「どうせ、レドルアビデ様に捧げるものだわ。私が行って、何になるの」 「それでは?」 「いつもの通りね。……好きにして、構わないわ」  微笑すら浮かべずに、ファンフィーヌはそう言い放つと、その――博希たちが現在、逮捕されている――村の執政官を退室させた。  窓の外に、一つの気配を認めて、彼女は言った。 「デストダ」 「は」  室内に入ってこようとするかの影を、ファンフィーヌは、その華奢な体つきからは考えられないほどの、凄まじい怒鳴り声で、止めた。 「下がりなさい! 入ることは許さないわ。……私が、『どういう』者か、知らないはずはないわね?」 「……承知しております。なれど、自分は……」 「レドルアビデ様の命令で動いているだけだと?」 「それもありますが」 「……人間ではない。したがって、『男』という性はもたない、と?」 「……、……ただしそれでも『雄』には違いありませぬが」 「近寄らないで」 「……は……」  筋金入りだ。デストダはそうつぶやきたいのをこらえて、黙って、ファンフィーヌの言葉を待った。 「新しい生け贄がやって来たそうよ。……素性を調べなさい」 「調べるまでもなきこと」 「……どういうこと?」 「……奴らは【伝説の勇士】にございます」 「!」  よっぽど景と五月に敗れたのが悔しかったのだろう。デストダはいち早く、今回の事に関して手を打っていた。それもこれも、早いトコあの失礼な勇士どもに復讐したかったためであり、下手をすると、もう一人の勇士――博希のコトである――にも、おちょくられかねない……という、不安も手伝っていたからである。ただし、彼は、レドルアビデの企みについて、今回は当然と言えば当然だが完全にノータッチだった。 「そう……【伝説の勇士】……」 「その気になれば今すぐにでも奴らを殺せるかと」  そこまで恨みを持っていたか。 「……レドルアビデ様の……ご本意は? ……」 「恐らく一網打尽……」 「そうね。ただ」 「ただ?」 「彼らがもし動いたら、行動に出ることにするわ。黙って捕まっているうちは――私は手を下さない」 「貴方様らしくもない」 「そう? ……確かに私は男なんてもの、嫌いだけれど――卑怯者ではないつもりよ」  デストダはそれを黙って聞いていた。ということは、さっき、自分がこの部屋に入ろうとしたとき――もしも彼女の制止を聞かずに入っていたなら、今頃は、この床にすっ転がって永遠に醒めない夢を見ていたことだろう――彼はそんな、なんだか詩的な思いに耽っていた。 「では奴らに何らかの動きありました時は、お伝えいたします」 「そうして」 「御意」  デストダの気配が消えた。ファンフィーヌは一人、窓にもたれて、つぶやいた。…… 「――でも、信用は、しない、わ。男なんて――」  やっと目を覚ました博希は、もっと冷たくなった具なしスープを見て、こともあろうにあっためろと無理な注文をつけ、見張り官にどつかれた。 「何考えてるんです」 「俺らは罪なく捕まってんだぜ!? 何が悲しくてこんなクソ冷てぇスープ飲まされなきゃいけねぇんだよ!」 「持ってこられた当時はまだ少しは温かったですよ」 「じゃ何で起こさない!?」 「眠りを邪魔すると怒るじゃないですか博希サンは!」 「だからって」 「やめようよー」  三人は壁にもたれて、しばらく、黙った。 「今何時?」 「さあな」 「時計機能を持っているのは博希サンでしょうが」 「あん?」 「それですよ」  景が博希の手首を指す。博希はやっと、自分のブレスの機能が役立てる時が来たのだと解った。 「ついでにコスポルーダに来て何日になるか調べてください」 「解るんかなあ?」 「大丈夫でしょう。……ただし大声を上げるのはやめてくださいね」 「何で」 「正体バレてもいいんですか」 「そりゃヤだけど。……ワッタイズイットナウ!」  ぱあっ、と、光が散り、壁にぼやあ……っと、時計が映る。 「何ですかその『声』は」 「あ? ……『いま何時』を英語で言ったんだよ。すげえだろ」 「……『いま何時』は『What time is it now?』でしょう?」 「そう言ったぞ」 「ウソ言いなさい。カタカナが並んでましたよ」 「俺の耳にはカタカナ変換されて聞こえるんだよ」 「便利な耳ですね」 「ふふーん」 「褒めてません。……それで? 今何時なんです」 「今、昼の十時頃だ。コスポルーダに来て……かれこれ、今日で八日目だ」 「八日目」 「じゃあ、ぼくたちの世界は何時?」 「朝の九時半くらいですかね」 「何だ、じゃまだ余裕なワケだ」 「余裕? ……博希サンはずっとここにいるつもりですか?」 「え?」  景は壁にもたれて、自分の首を、壁に預けた。僕は――と、景がそのままの体勢で語り出すのを、博希と五月は静かに聞いた。 「僕はね――さっき、取調官から聞いたんですが――僕らに下る処分は良くて強制送還だそうですよ」 「強制送還? だって俺たちは」 「そうです。だけど悪くてどんな刑が下るかを、取調官は教えてくれませんでした。これまで、旅人といえども――強制送還という処分が下された方は、いないんじゃないんでしょうか」 「どういう意味だよ」  景の眼鏡の奥が、わずかに光った。景は自分のスープ皿を、スプーンでコチコチと叩きながら、少し、黙った。 「……だから――悪い処分しか考えていらっしゃらないのではと」 「悪い処分って、どんなの?」 「……考えられるのは――死刑――ですが」 「死刑!?」 「死刑ってどういうこと? ぼくたち死んじゃうの?」 「ヤだぞ俺、死ぬなら畳の上でって決めてんだからな!」 「そういう問題じゃないでしょう博希サン? ……この村は、――何かがおかしい。大体男だからって逮捕された挙句に殺されるなんて、納得いきませんよ」  カシャン、と、五月は三人分のスープ皿を重ねながら、言った。 「でも、このままじゃあ、キョウセイソウカンか死刑だよねえ」 「そうなると思います。男だから――という理不尽な理由でね?」 「前の村――って言うか、前の都市はさ」  博希は毛布を丸めた。 「男がいないってのは同じだったよなここと。前は……スイフルセントが男好きだったから、それで、男集めてたんだろ。でも、ここは、違う……」 「ええ。ここは、なんだか――男を除外しようとするような、そんな感じがありますね」 「男の人がキライなのかなあ、今度の総統は」  博希と景は五月がそう言うのを聞いて、ふうむ――と顔を見合わせた。なるほど、今は、そういう考え方が妥当だ。 「どうしたらいいんだろうね」  五月が床に横になって言った。直後、んう、と、小さな声がもれる。床がひんやりしてたの――と、彼は言った。 「このままでは済まされませんよ。僕らはこんなところで死んではいけないんですからね」 「店も継がないうちに死んでたまるか」 「ぼくだってイヤだよ、まだ若いのに」  三人の考えはそれで一致した。だが、そうは言ったものの、どうしていいか、彼らには答えが出なかった。 「いい考えないのか、景」 「……僕の頭脳だって、完全というわけではないんですよ。しばし待ってください」 「ふむ」  だが――景はその思考を、完全に、遮断されることとなった。それは博希がおちょくったからでも、五月がぐずったからでも、まして、取調官がもう一度やってきたからでもない。  取調官と牢屋の見張りは、博希と五月と景の目の前で、昏倒したのである。 「!?」  それは一瞬の事だった。ガッ! と、鮮やかな音がして、二人が、ゴトリと崩れたのだ。見たところ、死んではいないようだが、したたかにやられたらしく、多分、むこう一時間は目覚めまい。崩れた二人の影から、一人の人物。どうやらこの影が、二人を倒したらしい。 「誰だ?!」  博希は驚きの中から、ようやく、その言葉を紡いだ。逆光で、その姿がはっきりと見えない。 「だあれ? ……ぼくたちと……同じ、ヨロイ、着てる!?」  五月が叫んだ。人物は、しっ――というふうに、口に手をやった。見張りから鍵を奪うと、博希たちの入っている牢屋の扉を開く。博希たちは取調官と見張りを起こさないように、そっと、牢屋から出た。 「あなたは……?」 「…………名乗るほどの名は持ち合わせていない、わ」 「女か!?」  博希がその顔を見ようと、動くが、その女性らしき影の出した大きな剣に、止められる。さらりと――黒々とした髪が、揺れた。 「どうもありがとう。……でも、名前、本当に、ないの?」  五月がペコリと頭を下げながら聞いた。別段女性はそういうつもりで言ったのではないが、五月にはそう取れてしまったのだ。女性は少しだけ、よどんだが、言った。 「私の名は――リオール――、紅の騎士、リオール。また、会うときがあれば会おう、【伝説の勇士】。……」  リオールと名乗った女性は、風のように走り去った。 「リオール」 「…………」  景は顎に手を当てて、少し、考えた。 「どうしたのカーくん」 「いえ……」 「オイ、こいつらが目ぇ覚まさないうちに、とっととここ出ようぜ」 「そうだね。……落書きはしないの」 「俺のプライドが許さねぇよ。人に倒してもらったヤツに落書きするほど俺は堕ちちゃいねぇ」  そんな変なところにプライド持っても仕方ないような気もしますが、と、景は突っ込もうと思ったが、いかんせんその時は、ちょっと別のことに気を取られていたので、突っ込みそこなった。 「じゃあ、行きましょうか。見つからないように」  それだけ言うのが精一杯。  三人はこそこそと牢屋を出た。もしも屈強な見張りに取っ捕まってしまった日には、もう、二度とこの村から出られない可能性だってある。何とか、この村を出る方法はないか……なおかつ、この都市の総統を倒す方法は。  とりあえず牢屋を脱出でき、三人は、橋の下の、小さな小屋を見つけてそこにこもった。景はまだ、考え込んでいた。 「何、考えてんだ、景」 「……あの、リオールという方です」 「あいつか。不思議なヤツだよな」 「……それだけですめばいいんですけどねえ」  景は博希に聞こえないように、そうつぶやくと、なんだか苦笑とも何ともつかないような笑顔で、少しだけ、笑った。

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