「天気予報のオババ?」 五月が宿の婦人から聞いたその話を耳にして、博希は好奇心に胸を躍らせた。 「何かミョーな雰囲気で占ってくれたりするのか? 俺行く行く。行くよっ」 「でもカーくんが行くって。ヒロくん留守番しててよ」 「お前は?」 「ぼく? カーくんのおとも」 「ずーずーしいぞお前!! 三人で行きゃあいいだろ、行こうぜっ」 「結婚式の準備は?」 「天気が解んなきゃ準備のしようもねぇよ」 博希にしては珍しく割と説得力のある発言である。 「じゃカーくんに言ってくる。待ってて」 「おう」 博希は部屋の椅子に座り直した。その時――ドアが、ノックされた。五月じゃないな、早すぎらぁな、博希は思った。 「お邪魔していいですか?」 宿の娘の声だ。博希は気安く、言った。 「どうぞぉ」 ドアが開かれる。 「何だ、ガイルス……さんも一緒なんだ?」 ガイルスを伴った娘が現れた。その顔は本当に幸せそうに上気していた。 「ええ。その節はどうも――」 「いやあ。……幸せかい?」 解っているくせに野暮なコトを聞くぜ俺も。博希は思いつつ、二人を見ていた。 「幸せです。これも、勇士様がガイルスを助けてくださったからです」 「ありがとうございます、本当に」 「君たちの想いが勝ったのさ、俺の力じゃねぇよ」 言ってみて、博希は、もっと、自分は――別のことが言いたかったはずだよな、と、考えた。何で――あの時、一瞬でも、「自分も戦う」って、言わなかったんだ? ――男だったら――多分五月でも、戦うよ、――そんなことが言いたかったはず、なんだけど、博希は今、二人の幸せそうな空気に当てられて、いいや、余計なコトは言わないでおこうかな、という気分になっていた。 「お母さんと――話、できたんだね」 「ええ。母さん、解ってくれました」 「言ったろう、動かなきゃ始まらないんだよ」 博希は二人を見ながら言った。 「はい」 それにしても。 なんだか、気持ち悪いな、自分と娘さんを見てるようで。―― 博希が苦笑したとき―― 「ヒロくーん」 「五月か?」 五月が部屋に飛びこんできた。 「あの、それじゃあ、私たちはこれで。また」 「ああ、ごめんな、大した話もできねぇで」 「いえいえ」 二人は本当に仲良く階段を下りていった。その背中を見送りながら、五月が部屋に入ってくる。 「仲いいねえ」 「そりゃ、もうすぐ結婚すんだしな。……景、なんつってた?」 「ん? 『博希サンなら行くと言うと思ってましたよ。仕方ありませんねえ、三人で行くことにしましょう』だってさ」 「素直じゃねぇな、最初っから三人で行くっつったらいいのによ」 五月は、うーん、と思いながら、階段を下りていく博希の後を追った。 景は階下で待っていた。さっきからなんだか落ち着かない。 「……三人で行くのは構わないんですがねえ……」 もう、天気だけ占ってもらったら、とっとと帰ることにしましょう。景は思っていた。何か余計な事を聞いて、博希サンたちが話を大きくするとまた、厄介な事になりかねませんからね――彼の危惧することはそれのみであったのだ。 「お待たせっ」 五月がトン、と床を踏む。 「ああ、五月サン」 「行こうぜっ」 「ええ。……じゃあ、行ってきます」 「すみませんね、私が行けばいいんでしょうが、手が離せなくて」 「いいえ。僕らも、この世界をもっと見て回りたいんですよ」 景はそう言って、博希と五月を伴って、外に出ていった。 なにせ現代日本で普通に生活していたら、絶対にお目にはかかれない人物に、今から会いに行くのだ。 『天気予報のオババ』とは、各都市に必ず一人はいる人物で、その日の天気や、最大一か月後、もっと凄いオババなら一年先の天気まで言い当ててしまうのだという。昔の日本にいたシャーマンみたいなものでしょうかね――景は博希と五月に説明しながら歩いていた。 「オババってのはドイツ人なのか?」 「は?」 「ジャーマン」 「……最近ボケが知的になってきましたね」 「少しでもお前に近づいてファンを二倍に増やそうかと思って」 「絶対に無理ですからおやめなさい。あなたには熱血系のほうがお似合いですよ」 「褒めてんのか」 「褒めてます」 「ウソつけ」 「ウソなもんですか」 「ウソだ」 「違いますよ」 そこまで言って、景は空を見た。 「やめましょう。水かけ論になります。……シャーマンというのは、巫女さんですよ」 「神社にいるような人?」 「まあ、そういうものです。僕たちの住む日本でも、昔はね、村人たちの生活にはなくてはならない人だったのですよ」 「へえ」 「神懸かり的になって、占いをするのです。彼女の言うことなら、村人は全面的に信用したほどです」 「すごい人なんだね」 「ええ。僕らは今から、その凄い人に会いに行くんです。だからお行儀よくしなくてはいけませんよ?」 「はーい」 「博希サンも、いいですね?」 「何で俺まで」 「あちこち触りまくったり、余計なコトしないでください」 「解ってるよ」 三人は村を抜けた。石畳が土に変わるのに、そう、たいした時間はかからなかった。昼なのに、微妙に暗くなる。両わきには木が生い茂り、葉を伸ばしていた。 「この、先だそうです」 「何か……、……お前先に行けよ景」 「よしてくださいよ、博希サン先に行ったらどうですか!?」 「んじゃあ五月お前行けっ」 「やだよ、怖いっ。カーくん先に行って」 「僕がそういうのダメなの知ってるでしょう~~!?」 三人はしばらく黙って、それから、勢いよく片手を前に出した。 「最初はグー! ジャンケンポンっ!!」 「あいこでしょ!」 「あいこでしょ!」 「あいこでしょ!」 「あいこでしょ!」 ………………、 ………………、 ………………。 「決着がつかないよう」 「仕方ありませんね、じゃ一緒に行くことにしましょう! 横一列です!」 それで決まった。最初からそうすればよかったのに。 そして……小さな、お社のようなところに、三人はたどり着いた。 「誰だえ?」 「ひえっ!」 「…………」 その表情からは、怒りしか読み取れなかった。デストダは必死に頭を下げながら、目の前に立ちふさがる、黒い翼の支配者に許しを請うていた。 「……たわけが」 「重々承知しております! 申し訳ありませんでした!」 「結局、スイフルセントもやられてしまった。あと、何人残っていると思っているのだ」 「……四人……です」 「聞こえぬわ!」 「四人ですっ!」 「四人。……そう、四人だ。貴様のミスが幹部を一人消した――」 「――――っ」 体が一層、震える。 「だが……今回だけは見逃してやろう。ただしだ。今から急ぎ、イエローサンダヘ飛べ」 「イエローサンダヘ?」 「スイフルセントの砂を集めてくるのだ」 「スイフルセント様の……」 「取りこぼしは許さぬ」 「ははっ!」 デストダはもう、彼を『読心』するというようなことは、しなかった。これ以上逆らったならば、本当に命はない――ということを、彼の本能が語っていた。だから、彼には、解らなかった。なぜ、支配者が、自分を――赦したのかが。 デストダが飛びさった後、黒い翼の支配者――レドルアビデは、【エヴィーアの花】の葉の上を、その長い爪で、つつうっ……と撫で、言った。 「実戦に役立たぬ者は、使い走らすまでよ。もとより勝てるなどとも思ってはおらぬわ、スイフルセントには悪いがな――」 牙が、鈍い光を放った。【エヴィーアの花】が、わずかに、震えた。 社から、小柄な影が現れた。しわがれてはいるが、生気のある、しっかりした声。 「あのう、『天気予報のオババ』様ですか?」 「いかにも。何用じゃな」 「ええっと、明後日の天気を占っていただきたいんです」 「婚礼か」 「お解りに?」 「それしきのことも解らんで『天気予報のオババ』は名乗れぬよ。……解った、入るがよい」 「どうも」 「おじゃましまぁす」 「こんちは」 「何で博希サンたちまで入ってくるんです!?」 「いいじゃない、ぼくも占い見たーい」 「俺も。何のためについてきたと思ってるんだよっ」 「広さを考えてくださいよ!! いたっ、誰ですかっ、僕の足踏んだのは!?」 「わしじゃよ」 「は!? ……、……すみません」 「まあ良い良い。こっち来て座りなされ」 ……『天気予報のオババ』一人と、男子高校生三人に、社はどう考えても狭かったが、それでも、体を寄せ合って、全員が『オババ』の占いの球を見つめた。 「これは」 「わしのライフクリスタルじゃ」 「ライフクリスタルを占いに使うの?」 「この世界の『オババ』はみなそうじゃ」 「まだたくさん『オババ』がいるの?」 五月の、好奇心たっぷりな質問に、『天気予報のオババ』はいちいち親切に答えてやっていた。景はそう時間を取ることでもないと思ったので、黙っていた。 「一つの都市に『天気予報』が一人ずついるよ、あとは何人か――それに、ホワイトキャッスルに一人、最高の力を持つ『オババ』がいる」 「ホワイトキャッスルに!?」 景が身を乗り出した。無論、博希も。 「その人は、レドルアビデが攻めてきたとき、どうしたんですか!?」 「どこかに身を隠したと聞いている。あれだけの力を持つ方が、そうそう簡単に消えられるはずはない」 「その人は……予言、できなかったんですか、レドルアビデのことを?」 「いや」 景の質問に、『天気予報のオババ』は、手を組み直して答えた。 「ずいぶん前から、赤く、黒き影が、この世界を覆うのが見えると――のたまっていた。だが――」 「だが?」 「その、もとを、断ち切ったと――皇帝が言うので、いつしか予言も止んだ」 「もと?」 五月が目をクルクルさせて聞いた。 「それ、なあに?」 「さあ、わしには解らぬ。しかし、いつか、おぬしらは最高術者の『オババ』に会う日がくるだろう。それくらいは、わしにも予言できる」 「いつか? 俺たちが……?」 「おぬしら、【伝説の勇士】であろう」 「解るの」 「解るさ。これから、恐らくは、そう簡単にはゆかぬことが多いとは思うが、おぬしらになら――この世界を、救える」 そうですか――景は顎に手をやってそうつぶやき、それから、言った。 「……その『オババ』は、何と呼ばれているんですか?」 「みなは、『ハルババ』と、呼んでおるよ」 「ハルババ」 博希と五月と景は、未だ見ぬ、しかしこの先、確実に会えるという、ハルババの姿を思い浮かべつつ、社を出ようとした。 「待て待て」 「え?」 「明後日の天気は晴れじゃ」 「あ」 パチリ。 レドルアビデは、自分の手が、少しだけ、そんな音を立てるのを聞いた。 「やはりまだ、『覚醒』は確かでないらしい」 指先が、微妙に、ブロックのように崩れる。 目を閉じて、暗闇の中を見つめる。 精神統一――――やがて、指は、元に戻る。 「レドルアビデ様」 「デストダか」 「スイフルセント様の砂、持って参りました」 下がっていろ――それだけを告げると、レドルアビデは、スイフルセントの砂を受けとった。 これで、二人。 二人分の砂さえあれば、少しは、しのげるだろうか。 いや、 しのがなくてはならない。 『その日』が、来るまで――――。 「本当は、」 もっと別の道に使わなくてはならぬもの――だが、応急処置だ。 レドルアビデは、デストダの持ってきた広口のビンに、手をかざした。が、そうしてすぐに、彼は、一つの異変に気がついた。 「なぜだ」 冷静にそう、つぶやいてみるが、彼一人で、答えが出るわけがない。 「デストダ!」 「はっ――」 デストダがすぐに飛んでくる。 「――砂は、残らず集めたのか」 「は……?」 「取りこぼしなく集めたのかと聞いている」 「はっ、確かに、集めましてございます」 「たわけ!」 「え!?」 「この砂――足りぬわ」 「足りない……!?」 「そう――ヴォルシガのものも、スイフルセントのものも、二つとも、一握りずつ足りぬ。どこかでこぼしたとか、そういうことはないのか」 「ありませぬ」 「ならばなぜ足りぬ!? ……捜し出せ。これは密命だ、ヴォルシガの砂とスイフルセントの砂を、何としてでも捜し出せ!」 「ははっ!」 ――デストダの気配が、扉の向こうから消えてのち、レドルアビデは自らの手を見た。 まただ。 手が、ブロックのように――狂う、くるう、クル……ウ。 そしてふと、【エヴィーアの花】に、目をやる。 「………………」 歩み寄る。 「少し――もらう、ぞ」 そう言うと、まだ、『マスカレッタとして』残っている、彼女の首筋に―― ――口づけた。 『マスカレッタ』、いや、【エヴィーアの花】が、 ぶるり――と、震えた。 数秒の後、レドルアビデの手は、狂いから回復した。 「案ずる、な、少し――『花』となるのが、早まっただけ――」 笑い、その部屋から、彼は出ていった。 『マスカレッタ』の瞳から――涙が、すうっと、こぼれた。 「それにしても、」 五月が、帰り道で、言った。 「いい『オババ』様だったね」 「そうですねえ」 彼らは両手に一杯、果物やキノコを持っていた。 「コンレイに使っておくれ――って、こんなにくれてねぇ」 「そうですね。でもこれで、にぎやかになりますよ、結婚式」 「うん! ぼく、すっごく楽しみ」 「博希サン、落としてませんか? ……って、なにキノコ食べてるんです!?」 「ふぇ?」 「もらい物になんで手ェつけるんですか!」 「ほふい(毒味)」 「なにが毒味です! ……全く、僕が持ちますよ、ほら貸して」 「ひー(ちぇー)」 ……三人は、村に戻っていった。 明後日は、結婚式。
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