Chapter:73 「ブラコン」

「朝メシどうする?」 「…………よくこんな時にそんなことを言う余裕がありますね…………ある意味尊敬しますよ」  起きて即朝食の話をしだした博希の横顔を見て、景は皮肉ともなんともつかない言葉を捧げた。起きてみればなんということはない。朝だ。そして、多分今日、宿屋の主人が――――  景がそこまで考えた時だった。外が少し、騒がしくなる。 「皆さん、おはようございます。特に【伝説の勇士】様方」 「変態の人だ」  五月までが要らぬ呼び方を覚えてしまった。この責任は博希サンにとってもらおう、景は一瞬そう思って、二人に「しー」とサインを送った。 「お約束通り、本日正午、中央広場で処刑を行いますよ。いい見ものだと思いますからね、ぜひともあなた方にも見に来ていただきたい。ヒトの八つ裂きを見るのは初めてでしょう?」  あいも変わらず、何か拡声器でも通しているのかと思われるようなぐあんぐあんと響く声が、三人に戦慄を走らせる。 「…………人としてド最低だな」 「処刑のどこが見ものなのさっ。あんな悪い人初めて見たよぼく」  無論今までの村でもそこそこに悪い奴はいた。しかし、ここまで残酷な奴にはついぞ目にかかったことがない。憤る五月の頭をくしくしとやって、景はほんの少しだけ、双眸に危険な光を浮かべた。 「助けにきた僕らもろとも処刑するつもりですよあの方は。だからいい見ものだと言っているのです」 「俺らがやられるんじゃ俺らに見られるワケねえだろ! あいつもたいがいバカだなー」 「いえ、ですからあれは皮肉ですよ! イヤミともいいますが。この辺に住む人々にも見に来るように言ってるんですよ。僕らがやられるところを見せて、もっと屈服させようというハラですきっと」 「うわぁ、やっぱ悪党の考えだね」  五月が嫌そうな顔をした。しかし、嫌ではあるが行かなくては解決などしやしない。三人はそれぞれの握り拳をちょん、と合わせると、うなずきあって相談を始めた。 「もうすぐ正午だ、オルデ。奴らは来るのか?」  琥珀色の瞳にどろんとした悪意を浮かべ、中央広場にやってきた影は、隣にいた影にそう尋ねた。 「来ますよ。必ずね。……彼だけは私のもとに置いて構いませんか?」 「好きにしろ。あとは黙っていてもマリセルヴィネ様が出てくださる」  それを聞いてうふふと笑った隣の人物は、景を狙ったあの門番。そばには衰弱してぐたりとなった男性がいる。 「楽しみですね……そら、来ましたよ」  くすくすと、しかしけして好意的とは思えない笑いを浮かべながら、かの門番――オルデは、中央広場に続く一本の太い道路を指した。  ざ、ざ、ざ、ざ。  二つの影が、道の向こうからやってくる。  その姿は、オルデが望んだ人間のものではなかった。オルデは多少いらだって、叫ぶように言った。 「ひとり、頭数が足りませんね。彼はどうしました?」  凛とした黒い瞳の少年――博希が、にいと笑って、こちらも叫ぶように答える。距離的にはまだ少し、遠かった。 「さあな? 捜してみちゃあどうだよ。言っとくが俺らは逃げも隠れもしねえぜ?」 「君みたいな、卑怯な人、ぼくらは絶対に許さないから。カーくんもそうだって言ってたもん!」  風に栗色の髪が舞った。まつげをぱちぱちさせてそう叫んだ少年――五月は、震えることもせず仁王立ちしている。 「――卑怯で何が悪いのです? 捜せと言うなら捜させてもらいますよ。ただし、彼を血祭りにあげてからね……!」  オルデの指す、衰弱しきった人物に、博希がそのとき初めて目をやる。痩せてはいるが、その姿と顔に、彼は見覚えがあった。 「やっぱり宿のおっちゃんだ!」 「いまさら何言ってんのさヒロくん。おじさん助けるためにきたんでしょー!?」 「わーってらいっ。行くぜ、五月!」 「……アレ……? 今日って誰が仕切るんだっけ?」 「はあ?! ……もう数えるのめんどくせえよ! 帰ってから景と一緒に考え直せばいいだろっ」 「……ま、いっか」  五月は軽いため息をついて、手の甲の布を取った。 「ヨロイヨデロ――――!」 「先にずるいぞこら! レジェンドプロテクター・チェンジ――――ッ!!」  中央広場は一瞬、騒然となった。それは処刑の会場に本当に【伝説の勇士】が来たということもあっただろうし、まったくもって普通に見えた少年二人がいきなり鎧装着した事実を目の当たりにしたということもあった。だが、彼らを待ち望んでいた人物たちは、至極落ち着いた様子で博希たちを眺めていた。 「なるほど、初めて見た――貴様らが【伝説の勇士】だな」 「おうよッ! そこにいるのは近眼変態門番のオルデだな!? いーかあ、俺ら久しぶりに怒ってんだからな! 俺を選ばなかった分と点数の分も全部ひっくるめてたっぷりお返ししてやるぜ!」 「…………どっちが悪役か解んないじゃない…………」  しかも自分が選ばれなかったことや点数『2』をつけられたことをまだ根に持っている。五月は「しつこいなー」とつぶやいてはあとため息をついた。 (ま、いっか。カーくんにヒドイことした人だしね)  そこまで思って、あれ、そういえば、と、五月は敵と目すべき人物たちの方を見た。 「……? あの人がオルデだとしたら、隣の人は誰だろ?」 「――え? ……あー、オルデの兄貴じゃないか!? そうだ、そんな奴いたぞ! 見たことねえけど! おっちゃんが言ってたよな、執政官やってるって」 「じゃあ、執政官の人!?」  琥珀色の瞳が、やっと自分のことが話題に上ったことにわずかな喜びを示し、にいと笑う。 「そうだ――――私の村を引っ掻き回してくれた礼はしなくてはなるまいな」 「ほほー、じゃあこっちも礼はしなきゃなんねえなあ」 「ほう?」 「カーくんのこといじめたお礼と、」 「おっちゃんふんづかまえて死刑にしよーとしやがった礼だよ!! スタンバイ・マイウェポン!」  博希は早口でそれだけ言うと、剣を握り締めて執政官とオルデに向かった。五月も「ブキヨデロー!!」と叫んであとに続く。その動きは周りの民衆に見えないほど速く、オルデたちも一瞬、動けない。 「もらったぜ!」  たんっ!  地を蹴り、剣の一撃を叩き込む!!  ――――つもりだった。博希としては。だがつと、剣が止まる。 「ヒロくんっ?」 「……ッ……」  つう、と、冷や汗。五月は後ろから、信じられないものを見た。 「クラヴィーリ……?」  ふわりふわりと、桃色の花が舞う。それがヒトの形となって――――つくられたのは、先だって自分たちを氷づけの目に遭わせたクラヴィーリに瓜二つの、否、クラヴィーリそのものの、女性!  博希は息をのんだ。五月以上に驚きを隠せなかった。というのも、今、この女性は、自分の剣を受け止めているのだ。それも、手の平の中の花びら一枚で!  本当なら手の平を貫通しているはずの剣である。『そう』なると。この女性の手の平は自分の剣で貫かれると、博希自身信じて疑っていなかった。 「――久しぶりだなクラヴィーリ? 女装たァ、なかなか高尚な趣味をお持ちのよーで……」  手を離すことができない。明らかに気迫で負けている。女性の手の平に剣先をつけたまま、博希は少しだけ強がってそう言ってみせた。 「残念だが【伝説の勇士】。あたしの名はピンクフーラ総統・マリセルヴィネ……。ブルーロック総統・クラヴィーリの双子の妹よ!」 「!」  花吹雪! 博希はその風にまかれ、飛ばされる。 「ヒロくん!」 「……ってえ……、双子の妹だあ? そりゃよく似てるわけだ……」  しかも雰囲気すら兄貴に勝るとも劣らねえ――博希はさすがにそこまでは言わなかったが、ぎり、と歯噛みをして、目の前の総統を見つめた。 「たとえ間違ったとはいえ、兄様を侮辱するなんて。――許しがたいわね」 「ブジョクう?」 「兄様は女装の趣味なんてないわ。ましてそれを『高尚』だなんて皮肉って。それが許しがたいと言ってるの!」 「……ブラコン……」  博希はボソッと、多分最も言ってはならないことを言った。無論、コスポルーダに【そういう】単語があるのかどうかは解らないが。 「――――今、なんと?」 「ブラコン」  また言った。 「ほう……命が要らないらしい! あたしはブラコンなどという低俗な種の者ではないわ! あたしは兄様を敬愛し、尊敬し、高みに置き、」 「それをブラコンっつーんだよッ!」 「まだ言うか……! 後悔と絶望の中で死になさい!!」  ぎいっと歯をむき出すマリセルヴィネ。その様子は真っ赤な口紅と対になり、博希の体中に恐怖の鳥肌を立てた。が、博希の中で、多少の義務感が恐怖心に勝った。 「五月! 今のうちだ、打ち合わせどおり行け! このブラコン女は俺がなんとかする!」 「う、うん!」 「――――またブラコンと! いい度胸ね、【伝説の勇士】!!」 「ヒャ――――」  博希はできるだけマリセルヴィネと距離をとりながら、五月や執政官、オルデのもとから離れていった。五月を時折見て、細かくウインクをする。  五月は大きくうなずくと、渾身の力をこめて、その名を呼んだ。 「――カーくん!!」  オルデが待った、その名を。  博希と五月が切り札にしている、人物の名を。 「予定が少しずれてしまいましたが――主人公の登場には――遅いくらいですよね!」  声がした。瞬間、オルデのガードが甘くなる。声の主を捜して、つと、あたりを見回す。 「どこを見ているんです? 僕はここにいますよ!」 「くっ……」  確かにするのは景の声。しかし、姿が見えない。 「お前なー! 主人公は俺だろーがっ! 一人でカッコつけたら許さねーぞっ!」 「たまにはキメさせてくださいよ」  姿の見えない景と、姿の見える博希が会話している。これを聞くぶんには、すぐそこにいそうなのに……見えない。というより、いない。 「どこにいるんですか! 姿を見せなさい、貴方は『卑怯』が嫌いな方のはずですよ……!」  オルデが辺りをうかがいながら言う。 「――あの短い間でそこまで僕の性格を読まれるとは思いませんでしたよ。……まあ、あなたはそういう方でしょうけどね」  景の冷たい声がした。 「どこです!」  くす。景が、初めてそんな笑いを表に出した。  その瞬間、一陣の風が、中央広場を横切る。 「僕が姿を見せないと――いつ、言いました?」  その声とともに、中央広場、それこそど真ん中に、鎧装着した景の姿が現れた。肩には一人ぶんの影をのせている。その影は、 「あ……ああ……ありがとうございます……!」  宿屋の主人! 「いつの間に……!」 「あなたが僕の『声』と会話している間にね。やはりあなたは【伝説の勇士】を甘く見すぎたようですね!」  忘れていた。それは博希たちも、そして何より景自身も。何のための『伝説』なのだ。能力が――それは運動能力だったりもちろん『鎧』を身にまとう能力であったり、様々だけれど――あるということを、ついぞ忘れていた。本気になればこれだけ動くことができるのだ。  オルデは五月の方を見た。五月が「うふん」と笑って、手の中から小型のスピーカーを――もちろん、中央広場に向かうまでに景が作ったものだった――出す。景は不敵な笑みを浮かべて、ピンマイクを外した。 「五月サン、この方をお願いします。あの失礼極まる門番様と執政官様に、僕は仕置きをくれてやらなければなりません!」 「うん、解った! 遠慮しなくっていいからね!」  ……最近どうも博希の影響がひしひしと蔓延しているらしい。だんだんと過激になっていく五月を見ながら、景はこれでよかったのか悪かったのか、一瞬だけ真剣に考えてしまった。 「どうしても貴方は私の調教を受けたいらしいですね……しかしその反抗的な態度も、とても興味がありますよ……!」 「あまりやりすぎるな。残しておけ」 「!」  オルデの隣にいた執政官がそう言うのを聞いて、景は総毛立った。 「……これで解りましたよ……あなた方はどこまでも似た者兄弟ですね。それも、揃って最低な! ――以一簣障江河――武器、招来!」  手の中に弓を呼ぶ。しかし、相手がこれでひるむわけもなく、ことに執政官は景からは完全に視線をずらして、言った。 「お前は逃げられまい? 逃げることができるか?」  視線の先にいたのは、五月に抱えられるようにしていた宿屋の主人―― 「逃げられない? なにしたの、おじさん!?」 「あ…………ああ…………」  主人はかたかたと震える。景は眉をひそめて、その様子をうかがった。よく似ていた。自分が罠に落ちる瞬間の、彼の様子に。 「どこを、見ているんです?」 「えっ……」  しゅん――――細い鞭が飛んでくる。恐らく首に巻きつけるつもりだったものだろう。景は瞬間的に身をかわした。鞭は腕に巻きつく。 「つ!」  しかし巻き取られまではしない。そんなヤワな身体ではないつもりだ。景は両足に力を入れ、踏ん張った。弓を取り落としそうな、そんな強い締めつけにも、負けるわけにはいかなかった。 「……この方が『逃げられない』理由を、教えてはもらえませんかね? どうやらあなたがたはこの方を脅しているらしい――」 「何故解ります?」 「脅さなければここまでおびえることもないでしょう? 僕を罠にかけたのも、あなたに脅されてのことなのではないですか?」 「なるほど、賢い……。その賢さ、そのうち命取りになりますよ!」  ビュルッ! と音がして、まきついた鞭が外された。 「い゛、っ! ……」  摩擦で腕がこすれて火傷を作る。オルデはくすくすと笑うと、手の中で鞭をもてあそびながら話し始めた。 「よろしい! 教えて差し上げましょう。彼には恋人がいました」  五月に近づきつつある執政官も語りだす。 「しかし私が見初め、そのまま自分のものにした」 「彼は恋人を取り戻したいと思ったのです」 「しかしそれには私たちに協力することが必至だった」 「無論、彼女は私の恋人でもありました。だから【伝説の勇士】様? 貴方を捕らえるのに協力すれば、私は彼女から身を引こうと。そう言ったのですよ」  景はその数秒の説明で、すべてに合点がいった。あの写真の女性。自分が意識を失う前の、主人の表情。 「協力しなければ、彼女の身は保障しないという脅しでもかけたんでしょう……それを、貴方は……彼が自分たちのことを、博希サンたちに話したというだけで裏切りとみた!」 「そういうことです」 「そんなあ……そんなの、ひどいよ! そんなの裏切りでもなんでもないじゃない!」  五月が主人の細くなった肩を抱きながらそう言った。執政官は迫ってくる。五月は自分の武器をぎゅうと握りしめ、執政官をにらみつけた。 「充分に裏切りだ。――まあ、こ奴がいなくなればあの女は名実ともに私のもの。……いや……とっくにそうだがな……」  ぞくり。五月はこぼれそうな涙を必死に抑えた。景はこすれて血のにじむ腕を押さえ、腹の底から声を絞り出した。 「……あなたがたは……どこまで外道なんです!」  外道!!?? まさか景からその言葉を聞くとは思わなかった【マリセルヴィネから逃亡中の】博希は、ほんの少し息をのんだ。まさかとは思うが…… 「景! 少し待てっ!」  言って、博希はマリセルヴィネから離れ、中央広場にいた民衆に向かって叫んだ。 「今すぐに家に帰って雨戸を閉めろ! そんで夕方まで出てくんな!」  その、あまりにも鬼気迫る博希の様子に、民衆は一気に恐れをなして家へ戻った。コスポルーダの民家に雨戸があるのかどうかははなはだ怪しいものだったが、ニュアンスだけは伝わったはずである。 「何をしようというのか……、面白い奴らねお前たちは」 「あんたもやられたくなきゃあ消えちまえばいい。今から、きっとここはちょっとした惨事になるぜ」  惨事にちょっとしたもしないもないものだが、マリセルヴィネは愉快そうに笑うと、言った。 「あはは……本当に面白い。兄様がお前たちをしとめてくださらなくてホッとしたわ。あたしのこの手でしとめてあげられるのだもの……!」 「……忠告を聞かなかった報いは来るぜ? たぶん、もうすぐな」 「それこそ楽しみな話だわ! それまでお前で遊んであげる!」 「俺はオモチャじゃねーぞっ!」  博希はまた逃げ出した。まともに相手をするより、ここは少しでも逃げ回っておいた方が賢い。逃げながらちろりと景のほうに目をやる博希。 「……うわ……」  景の体からすこしずつ、オーラともなんともつかない――光のようなものがもれている。博希はもう、はっきりと知った。『その』時が、訪れたことを。 「僕は許さない……あなたがたを……許さない!」

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