窓の中のWILL

Chapter:84 「支配は想いに勝つ」

 グリーンライのはずれにあるスカフィードの家を出て、何時間経ったろうか。果たして景の思惑どおり、乗りものは見つかった。 「これ、でしょうね」  たぶん駅、にたどりついた、と三人は思った。看板になんと書かれているかは解らなかったが――のち、ライスタールの駅、であることが判明する――入り口から見える奥の風景のなかに、電車とおぼしきものが出入りしているのが見えたのだ。 「あれ、どこまで行くのかな。切符買ったら乗れるかな!」  さっそくワクワクしはじめた五月をほんの少しなだめて、博希は「ともかく、中入ろうぜ」と言った。いつものコートは着ていたが、いかんせん、どうも寒い感じがする。  夏風邪でもひいたか。景も「そういえば、少し寒いですよね」と同意して、三人は駅の中へ入っていった。  構内は閑散としていた。ひとり、ふたり、かごを担いだ男性や重そうな台車を押す女性がいたりするくらいで、三人のような旅人然とした者は見るかぎりいなかった。 「さびれてんなァ。もうちょっとはやんねーと、つぶれちまうんじゃねーのかなあ」  どういうわけか博希が現実的な言葉を吐く。 「いや、僕らの世界みたいに会社がやっているのでもなければ、そう簡単につぶれたりはしないでしょう。大きな会社みたいなものがこの世界にある感じでもないですし……都市そのものが経営しているなら、心配はありませんよきっと」  ――そこまで話して、景は五月がいないことに気がつく。 「五月サン!?」 「あそこだ。だいぶはしゃいでんぞありゃ、綱つけといた方がいいんじゃねェのか」  博希が苦笑して言う。指さされたほうを見ると、五月は早くも売店や改札口らしきところやそのほか本人いわくの面白そうなところを見て回っていた。  ちょうど博希が指さしたとき、五月は改札口らしき場所を乗り越えて電車――そう呼ぶのかどうか解らないが――を見ようとして、駅員に止められていたところだった。 「ああああ、もう!」  景があわてて五月のコートをひっつかむ。 「きゃう」 「何やってるんですっ。そうやってあちこち歩き回るからうっかりさらわれたりするんですよ五月サンは」  十六にもなる男の叱り方としてそれはどうなのかという考えなどはこの際どうでもいい。景の声はだだっ広い構内に響き渡った。 「……ごめんなさあい……」 「謝るのは僕ではなく駅員さんにしてください。切符買わなきゃ改札口は越えられません、小学生のときにもそうお教えしたはずですよ」  五月はしゅーんと頭をたれて、駅員に「ごめんなさい」と丁寧に謝った。景も「連れがご迷惑を」と頭を下げたが、今度は博希がうろちょろしそうだったので、ついでに博希にも頭を下げさせておいた。駅員はおおらかに許したが、この三人がよほどに珍しかったらしい。 「――ご旅行ですか」 「ええまあ、そんなものです」 「そうですか。最近はめっきり見なくなりましたが――まだ、この仕事をするかいは、あるということですね――」  気になった。  もともとおせっかいの気もある三人である。旅人を見なくなったというのはなんとなく解るが、それでもやはり聞いておきたい。自分たちにとってはそれが仕事のようなものでもある。 「どうして旅人さん減ったの? レドルアビデのせい?」  その固有名詞を出すのは危険か、と一瞬博希は思う。が、やはり皇姫を陥れ独裁をはじめた悪魔の件はこんなところにも伝わっているらしく、「そうです」と駅員は言葉を継いだ。 「駅に乗り継ぎが必要になってから、旅人自体が減りました。別の方法で旅をする人が増えたし、各都市を行き来するのにも許可や条件が要るようになりましたから――気力がなくなったということです、つまりはね」 「今もいちいち乗り継ぎしてんのか?」 「ああ、そういうわけではないのですよ。なんでも【伝説の勇士】様が、各都市を少しずつ平定してくださっているとのことで、以前に比べればずいぶん行き来が楽になりました」  あそれ俺らのことだぜ! と博希がカッコよく言い出す前に、景が「しっ」と叱る。黙ってください、とささやく声が聞こえて、博希は唇を尖らした。 「それはよかったですね。ではまだまだお仕事、がんばらなくてはいけませんね?」 「さようで。勇士様たちには感謝の言葉も見つからないほどです。できればこのまま、ほかの都市も平定していただければありがたく思うのです」  三人はその言葉を、それぞれに複雑な思いで聞いた。博希も景も、たぶん――五月も、間違いなく一家言ありそうな顔で駅員を見る。しかしこれ以上何か話して、ボロが出てしまうのも考えものである。 「それで、次の便は何時ごろ出ますか? 切符も買いたいのですが、いずれへ行けばよろしいのでしょう」  博希と五月が口をはさむ前に、景が先んじた。ふたりの気持ちは解っている。後にでも三人で額を突き合わせればいいことだ。目の前の駅員には何の罪もない。 「あちらに切符売り場があります。時刻もそちらで解るようになっていますが、次はわりあいすぐ出るはずですよ」  放っておくにはどうにも不安な感じのするふたりを待合所に待たせて、景は切符売り場へ向かった。 「ええと――」  この世界の、電車――のシステムがいまひとつ解らないせいもあって、景は売り場で首をひねる。自由席とか指定席のくくりはあるのか、それとも普通列車とか急行とかそういう感じなのか。彼はそっと通信機に手をやった。修理がうまくいっているか、確認するのにちょうどいい。 「明鏡止水――」  売り場上の看板を翻訳してみる。あちこち、紙が貼られたり書きなおされたり忙しい感じがするのが、まだこの世界が混乱のただなかにあることを証明していた。 「……ひと駅三千才まで一コルー……指定席はありません」  あとは時刻がだだ並びしている。見るかぎり終点はどれも、オレンジファイのはずれにある駅のようだった。 「すみません」 「はい、いらっしゃいませ」  ここらあたりは日本と大差ない。終点がオレンジファイと解っていて、あえて景は二千九百才の人間が三人、ピンクフーラまで行きたい旨、受付の女性に簡単に話してみた。 「ありがとうございます。ですが現在、ピンクフーラまでは開通がされておりません」 「ではどのようにして行けばよろしいですか?」 「終点がオレンジファイですから、そこから歩かれるか、あるいは乗り換えをされるか、ということになります。残念ながら私どもでは乗り換えのぶんの切符まではお買い求めになれませんので、申し訳ありませんが」 「いえ。事情は先程駅員の方に聞きました。それでは終点までいただきましょう」  ――完全に分断されているということだ。察するに昔はレールがひとつなぎであったのだろう。各総統に支配されている状態のとき、レールは分かれ、そうして自分たちが平定してきた都市から、ひとつずつひとつずつ元に戻ったのだ。  だから、いまは……まだ、【グリーンライが始発点】であり、【オレンジファイが終点】なのだ。ひとつなぎのレールに、本当なら始発も終点もありはすまい。つながらない道はひとつに戻さなくてはならない。 「それでは終点までですから、七駅ぶんですね。おひとり七コルーで、あわせて二十一コルー、いただきます」  途方もなく良心的な値段に景は心底安心した。今なら、ナントカ税とか取られてもたぶん怒らない。 「七駅。――ひとつの都市にふたつ駅があるのですね」  おかしなところで感心して、景は切符を受け取った。端に穴のあいた緑色の切符が七枚、紐を通してある。それが三組。 「――? どう使うのでしょう」  聞くは一時の恥という。旅人なんてここ最近はいなかったというし、多少の無知は気にしないでくれるだろう。 「おひとりずつ首にかけてください。走行中に検札が一枚ずつはずしに参ります」  それで景は、先程五月が改札を乗り越えようとして止められた理由を察した。あれは改札のように見えるが改札ではない。というよりは、そう呼ばない。首から切符を下げているかどうかを確認するための場所なのだ。よく見れば構内にいる数少ないお客たち、皆それぞれ切符を下げている。二枚の者、五枚の者。一枚の者もいた。 「ははあ……なるほど。それで、次は何時に出ますか?」 「もう五分もすれば出ますよ。だいたい十五分から二十分おきに一本出るのです」 「終点までは何時間ほど?」 「そうですね、だいたい四時間位というところかしら」  四時間。新幹線に乗るのとそう変わらないわけだ。まあ七駅、都市間の移動ですしね、と、景はひとりで納得した。 「解りました。どうもありがとうございます」 「お気をつけていっていらっしゃいませ。よき旅を」  景が切符売り場から出ると、ちりちりしながら待っていた博希と五月が、飛びつくように景に走ってきた。 「遅いぞ、景! もう一本出ちまった」 「切符、買えたの? それ? おもしろいね」 「ええ。ひとりずつ首から下げるのですよ。はい、これ」  七枚の切符がつながった紐を首から下げてみせる。ふたりもそれを真似た。 「もうほどなくして次が出るそうですよ。行きましょう」  今度はすんなり通してもらえた。三人は電車に乗りこむと、好きな席を探した。 「お早いお戻りでございましたな」  つぶされたショックからデストダが目を覚ましたのは、丸一日を経てのことだった。どうも最近深い眠りに落ちることが多い。そうして目を覚ますと、それまでのことをスッキリと忘れている――忘れる、というと語弊があるかもしれない。身体が覚えていないのだ。痛みを。苦しみを。  だから精神的なショックだけが残る。主に、勇士たちにおちょくられた嫌な記憶だけが。  困ったもんだ、とデストダは考えるが、だからといってそこまで消えてしまうと、大切な何かまで本当に根っこからなくなってしまいそうな気がして、あえてそのままにしてみている。  最近は例の頭痛も、めっきり回数が減っていた。 「収穫が思ったより早くあったのでな。――何か、変わったことはなかったか」  いつになく主人――レドルアビデは機嫌がよかった。あの神官を手玉に取ることができたからだろう、とデストダは思う。 「特には――ございませんでした。それにしましても」 「なんだ」 「……【伝説の勇士】どもにとどめを刺さぬままお帰りになったとうかがいました。何故に」 「理由が必要か? 奴らは俺に一矢報いんと何度も立ち上がってくる。面白きものよ」  面白さだけで自分が何度もつぶされてはたまらんのですが、と言いたいのをこらえて、さようでございますかと答えておく。この主人相手に『読心』は使うに使えないし、彼の気まぐれは今に始まったことではない。 「勇士たちも間違いなく動くだろう。ピンクフーラに行け、マリセルヴィネ敗れしときは【砂】を一粒残らず吸い上げるように」 「――マリセルヴィネ様が敗北なさるとおっしゃるので?」 「何度も言うようだがな。もしもそこでマリセルヴィネでなく勇士たちが死ぬようなら、所詮そこまでの伝説であったということよ。別段俺はマリセルヴィネがそう簡単にやられるとは思っていない」  それは確かにそうかもしれない。デストダはこれ以上の詮索をやめた。  病み上がりではあるが、命令は命令である。 「では、行ってまいります」  大きめのマントがひるがえった。 「――ああ」 「……はい……?」  呼び止められた気がして立ち止まる。 「先日神官スカフィードのもとに行ったとき、お前を知っている者がいたようだが、知り合いか」  ――――? 「いえ、自分には初対面の者ばかりであったかと……気を失う前におきましては」  なぜレドルアビデがこんなことを聞くのか、デストダには量りかねた。 「そうか。つまらぬことを聞いた」  忘れろ、と言っているのだ。この「つまらぬ」、質問を。  そうしてデストダは窓から飛び去る。目指すのはピンクフーラ、マリセルヴィネの居城―――― 「――――ざまを見ろ――――支配は想いに勝つ――――」  博希たち三人が電車――マートルンと呼ぶ、と、車掌に教わった――に乗りこんだとき、時刻的にはすでに昼を過ぎていた。 「すごく静かに走るね。トタタンいわないね」  そういえばそうだ。ガタンガタンという電車特有の揺れがない。滑るようにスーと走っている。  車両探検してくるぜ、と好奇心で運転席まで走っていった博希も、約十分後に席に戻ってきて、興奮気味に話す。 「凄えのな! モノレールだぜ、この電車!」  乗りこむときは車両が長すぎたためそこまで見る余裕がなかったが、モノレールというのは景も意外であった。 「それにさ。運転席にコマゴマしたなんか機械とかがねえの」 「電機類がない? じゃどうやって動いてるんです、マートルンは」 「そんなこと俺に聞かれてもね。でもどうも、『声』みたいだけどな」 「つまり、魔法ですか。それでこんなに大きなものを動かすのですから、たいしたものですね。どれ僕も」  言いながら、景もまた、車両内をぶらぶらし始めるのだった。未経験なものへの好奇心は、彼も博希と五月に負けず劣らず豊富に持っているものであったから。しかも今は、普通に暮らしているだけでは絶対に知りえないこと、解らないこと、を体験している。そういった意味でも、景はこの世界にきてよかったと思うのだった。  運転席まで行くと、確かに博希の言うとおり、空虚な運転室にひとり人間が座っている。自分たちの世界での電車の運転席とは違い、そこには本当に簡単なボタンやレバーくらいしか認められない。 「やっぱり、『声』で操っているんでしょうかねえ……すごいですねえ。きっと免許なんかいるんでしょうねえ」  感心しきりの景の中で、興味が頭をもたげる。ちょうど、駅間の検札を終わった車掌が通りかかったので、聞いてみた。 「確かに『声』でも動かしていますが。おおもとは『マーグル』ですよ」 「マーグル?」  もっと突っ込んで聞いてみると、いわく、自分たちの世界でいうところの【磁力】のようなものであることが解った。 「なるほどね、リニアモーターカーと一緒なんですね。電車というよりは」  なんともエコロジーな世界だ、そう言って感心する景。そういえばこの世界は空気も澄んでいるように思うし、自分たちの世界から比べると別の意味でずいぶん進んでいるのかもしれない。 「ですから『声』はあくまでスイッチ代わりです。万一、運転手が体調を崩したり、なにか異常が起こったら、そこのレバーなどで止められるようにはなっています」  さすがに運転席にまで入るのははばかられたが、ほうほう面白いと、景は気のすむまでマートルンの中を見て回った。 「おかえり、カーくん」 「長かったな。お前もえらくはしゃいじゃってんじゃねーの」 「一言余計ですよ。……今、どのへんでしょうかね」  ふかふかとする椅子に腰かけながら、景は独り言のようにつぶやいた。 「あのね、次で、イエローサンダに入るみたい」 「ああ……まだ、そんなところなんですね。目的地はどうせ終点ですし、ひと眠りしたらいかがですか」  マートルンの椅子は座り心地がいい。景たちの感覚で、通常こういうかたちの電車の椅子というのは比較的硬めに作ってあったり、ふかふかしていても長時間座ると体のどこかが痛くなったりするものであったが、これはそれこそそのまま布団代わりに使えそうなほどやわらかで、身体全体をあずけても余りあるほどだった。たぶん身体が痛くならないのはこの座席と、それからマートルンが揺れないせいだろう。 「そうだね。カーくんもそうしたら?」  そうですね、と景は言って、身体をさっそく座席にうずめはじめるふたりを見た。  そうしてこの天才少年は考える。  今までのことと、これからのことを。  いつの間にか気持ちのよい寝息が目の前から聞こえてくる。景も半分うとうとしながら、車掌との会話を思い出していた。  マートルンはパープルウォーに入るところだった。  景が興味深げにマートルン内を見学していたときのこと。  そばでその様子を見ていた車掌に「旅人さんですか」と聞かれて、景は「ええ」と答える。嘘は言っていない。それに、駅でもそう聞かれたように、やはり旅人というのが最近はずいぶん珍しいとみえた。イエローサンダで出会った博希そっくりの男性・ガイルスも、そういえば旅人だった。旅人失踪の噂などが広まるにつれ、至極自然な形で減少したのだろう。 「切符は終点までお買いでしたね。お泊りはオレンジファイですか」 「いえ――――ピンクフーラまで行こうと思っています」  車掌が一瞬、目を丸くする。まだ平定もされていない都市に何用かとでも思ったに違いない、と景は考える。 「もっと、色々なところを見たいのですよ。実は先日までオレンジファイにいたものですから」  景の出したその言い訳に、車掌は毛ほどの疑問も抱かず「そうですか」と納得する。でも、と、車掌は声を潜めた。 「ピンクフーラへゆくには、お乗り換えの必要が――」 「ええ、存じております。始発の駅でも同じことを聞きました、終点で乗り換え券を買いますよ」 「……それから、」 「え?」 「ピンクフーラまでの乗り換え用マートルンの運転手が、少々ね」 「? 難ありの方だとでも?」  言葉を選びませんねお客様は、と車掌は笑って、難ありというよりは――ちょっと、頑固なひとなんですよと言った。 「いまどき珍しい昔気質のひとでしてね。でも、いいひとです」  とすれば運転にもなにか難があったりするのだろうか。それなりのこだわりを持っているとか――しかし景はそれ以上、その運転手については何も聞かなかった。いずれ出会えることは解っている。それを楽しみにしていればそれでいい。 「情報をありがとうございます。ところで、乗り換えはすぐあるものでしょうか」 「そこなんですよね」 「え」 「そのひとの機嫌ひとつで、出るかどうかが決まるもので」 「そんなヘンなところにこだわりが? 気に入らなかったら二日も三日も足止めということですか」 「まあ……そういうことですね。ですから」  言いかけた車掌を、景は手で制した。 「大丈夫ですよ。僕らはこれまでにも、なんとかならないことをなんとかしてきたんです」  車掌にその意味が解ったかどうかまで、景には解らない。が、車掌が曖昧な笑顔でその場を離れてくれたことは、それなりにはありがたかった。  景自身は本当に、たいして案じていなかったのである。足止めをくらったならそこにとどまればよいし、歩いて向かう方法だってあるからだ。  ただ、――きっと博希も五月も同じ思いを抱くだろうが、その【昔気質の運転手】に、是非とも、会ってみたかった。  その願いは結果、叶うことになる。 「お前たちか、マートルンに乗りてエってのは?」

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