Chapter:6 「ぼく、外してないかもしれない」

 棺桶の前に、黒装束の男たちが集まってきた。 「これで最後か」 「最後の一人だ」  その時――男たちの後ろから、もっとドスの効いた男の声。 「そうだ」 「!?」 「なんだっ!?」 「誰だお前たちはっ」  彼らと同じく、黒装束。男は二人組だった。 「執政官様が最後の夜だからと俺たちにも依頼したのだ。早く運べっ、確認は執政官様の屋敷でもいい」 「そ……そうなのか?」 「棺ごと運べとのお達しだ。特別に美しい娘らしいからな」 「よし、解った。運ぶぞ」 「運ぶぞ」  棺は運ばれていった。  ざっ。ざっ。ざっ。  そして、やがて、執政官の屋敷に、棺が到着した。  トントン―― 「執政官様。娘です」  静かに戸が開く。 「ようやった。ささ、早く運ぶがいい、こっちだ……おや? なぜ棺のままなのだ? これでは地下室に入らないではないか!」  声しか聞こえない執政官は、少し腹を立てた。 「そんな馬鹿な。あんたおっしゃったじゃないですか。最後の夜は飛び切り上玉の娘だから、棺に入れて、手厚く連れて来るようにと」 「はて……そんなことを言ったか……?」 「言いました言いました。さっ、お部屋に」 「そうかそうか、では、こっちだ」  舌なめずりの音さえ聞こえそうなくらい、執政官はウキウキしながら黒装束の男たちを屋敷の中に案内した。 (……サイテーだなっ) (あんな大人にはなりたくないですねえ……)  博希と景は誰にも聞こえないように囁き合った。  屋敷の中はとてつもなく広かった。声だけしか聞こえなかった執政官の姿もあらわになる。見るからに好色そうな様子。 「さあ、娘を見せてもらおうか」 「待ってくだせえ。その前に、ちょいとしたアトラクションがあるんで」 「アトラクション??」  男装束の男二人が、棺の両端にぴったりくっつく。 「ジェントルメン・アンド・ジェントルメン。イッツ・マジックショー!」  一人の男が、一体どこから出したのか、小太鼓をドルドルドルドルッと叩く。執政官と男たちは思わずそこに座る。片方の男が、かぽっ、と棺を開ける。その中からは誰も出てこない。 「??」  棺のフタを閉める。ドルドルドルドルドル……勢いよく、棺のフタをがぽっ! と開ける。爆発の煙と共に、中から、髪の長い娘がポーズをとって出てきた。 「拍手――!」  執政官と男たち、思わず拍手。パチパチパチパチ。 「というわけで娘です」 「はいどうぞ」 「お……おお。それはそれは」  執政官は娘を受けとった。強欲な他の男たちが、 「では、最後の礼金を」  と、言い出す。 「おお、そうだったな。礼金は……これだっ」  ぱつん、と、鳴らない指を無理に鳴らす。するとあっと言う間に、いろんなところからガラの悪そうなのが飛び出してきた。 「な、何のマネです!?」 「ここまでやってもらってすまないが、死んでもらうよ」 「そんなっ!」  その時―― 「ぷっ。あははははははっ」 「!?」 「ひゃーっはっはっはっはっ。ゲタゲタゲタゲタ」  さっきマジックショーをやらかした男二人が、笑い出した。 「何がおかしい。命が風前の灯と知って、狂ったかっ」 「誰が狂うかよ」  その声は、とても澄んでいた。さっきまでのドスの効いた声ではなかった。 「本当にすまないと思うんなら、殺すなんてやらかさないことですね」 「このスケベ。お前がその胸に大事に抱えてんのは、男だよ」 「なにいっ!?」  さっき受けとった娘の顔をよく見る。そういえば、こんな顔の娘、この村にいたか!? …… 「どうもこんばんは」  娘――そう、実は五月がそう言って、ペコリとお辞儀する。 「うわあっ!?」  確かにどっか可愛らしいが、男である。執政官は思わず、五月を手放した。  「くっ、ええいっ、殺せっ! そいつらを生かして帰すなっ」  それを聞いた男二人は、その黒装束を、ばさあっ! と、脱ぎ捨てた。 「言うと思ったぜ~~! 追い詰められた悪役のお約束だもんなっ」 「どこの世界でも悪役というのはそんなものです。少しはバリエーションを持って欲しいものですねえ」  博希と景が、不敵な笑顔で現れた。 「いいですか、博希サン、五月サン。できるだけ殺さないように。後片づけするのは嫌ですからね」  五月が景の言葉にびっくりする。 「ほっといていけばいいじゃないの」 「気持ち悪りィだろ、こんなでけぇ屋敷に十人も二十人も死体転がしとくの」 「あはっ。そうだね」 「ええい貴様ら、何をわきあいあいとっ! 殺せっ、殺せえっ!!」 「さあて……殺されるのはどっちかなっ!?」  博希、五月、景が、手の甲の布をばっ! と、取る。エンブレムを見せた。 「そ、そのエンブレムはっ……!」 「おお、なかなか有名みたいだぞ、俺たち」 「素敵! カッコいいねえ」 「言ってる場合ですかっ。決めたんでしょうね、『鎧装着時の声』は!?」 「決めたよ」 「決めてあるぜ」 「じゃ、いきますよっ」 「ちょっと待て。何でお前が仕切るんだ」  博希が勢いを止める。全く黙って聞いてくれている執政官たちもご苦労な事だ。 「いいじゃないですか、次の事件のときは博希サンに仕切らせてあげますよ」 「んじゃあその次ぼくね」 「ちゃんとローテーションでいくんだろうな。抜け駆けなしだぞ」 「ああもう、解りましたから、今回は僕に仕切らせてくださいっ。早く鎧装着しないと、ホントに僕ら殺されますよっ」 「貴様らっ、伝説の勇士だなっ!?」  執政官がやっと聞く。疲れた。 「おお~、気持ちいいねえ、敵からそういうこと言ってもらえるってのは!」  博希が本当に気持ちよさそうに言う。 「いきますよっ!」 「レジェンドプロテクター・チェンジ!」 「ヨロイヨデロ――ッ」 「勇猛邁進・鎧冑変化!」  ぱあっ、と、辺りが光に包まれる。次の瞬間、博希たちの体には、とても軽そうで、なおかつデザイン的にも富んだプロテクターがつけられていた。 「うわあー、すっごい素敵! カッコいい!!」  膝から下はブーツ。博希はズボン、五月はキュロットタイプのパンツ、景はスパッツタイプのズボン。体は鎧で覆われていて、肩には肩当て。肘と膝には丸いプロテクター。そして(多分)滑り止めの手袋。 「すげー!!」 「なかなかいいですねえ」  さて準備はオッケー、戦いに入ろうとするときに、またも博希が話の腰を叩き折った。 「っと、どうでもいいんだけどよ、五月……お前さっきの『声』もうちょっとどうにかならないか。俺ァお前がヨーデル歌ってんのかと思ったぞ」 「えー? 必死に考えたのにい」 「そういう話は後にして下さいっ!! 敵が目の前にいるのによくまあ緊張感もなくっ。どうでもいいなら話題にのせなさんなっ」 「敵を目の前にウソくさいマジックやらかしたお前も、相当緊張感ないぞ」 「……いいんですっ、反省会は後にして、早いとこいきますよっ」  やっぱりこのパーティーは自分が仕切らなくてはダメらしい、と、景は思った。ホントに厄介な事に巻き込まれましたねえ、と、もう一人の自分が、同情的につぶやいた。 「スタンバイ・マイウェポン!」 「ブキヨデローッ」 「以一簣障江河(いっきをもってこうがをささう)――武器招来!」  やっぱりヨーデルだなあ……と、博希と景は五月の『声』を聞いて思った。何とか直させた方がいいかもしれない。敵が笑い転げて、戦闘にならなくなるかもしれないという点で、非常に役立つ『声』だとは思うが。  『武器射出時の声』で、それぞれに、武器が備わった。博希には大きなソード、五月にはフェンシングソード。そして景には弓矢。 「いきますよっ!!」 「OK!!」  今度は誰もつっこまなかった。よかった。景は心底そう思った。 「黒装束の男たちも逃がしてはいけませんっ、彼らも犯罪を行ったんですからねっ」 「解ってる! フレームアターック!」 「えーと、刺しちゃうぞっ!」  どうかすると五月の『声』が一番怖いかもしれない。無邪気に「刺しちゃうぞ」はいくらなんでも。 「乾坤一擲! お食らいなさいっ!!」  景が矢をひょうっと放つ。 「那須の与一には遠いですが、当たりは正確だと思いますよ」  フ……と、笑う。どうっ……と倒れる、敵。  ――そして何分も経たないうちに、博希たち以外で起きている者は誰もいなくなった。 「急所は外しておいたでしょうね」 「もちろん」 「ぼく、外してないかもしれない。急所ってどこ?」 「…………」 「……まあ見たところみんな息はしてるようですから、大丈夫でしょう。そういう事にしておきましょう」  博希はそのときハッとした。 「執政官のヤローはどこ行ったっ!?」 「! そういえば……!」 「あの人さっき、あっちのほうに逃げていったよっ」 「それを早く言わんかっ! いったいどこに逃げてったんだっ!?」 「……彼がこの屋敷で行くところといったら、あとは一つしかありませんよ」  景がそれだけ言って走り出す。 「……地下室かっ」  博希はすぐ理解して、五月に言う。 「五月、お前そいつらをそこに並べてろ! 起き出してきたらとりあえず殴っとけ!」 「了解」  博希も走り出した。 「あーあ、行っちゃった。ぼくだけ置いて」  ぶつくさ。見せ場がなくなると思っていじけたのか、転がった怪我人を丁寧に並べながら、五月は怪我人の手を胸の所で組ませ、挙げ句の果てにはどこから出したか軽く化粧もしてやるという小ネタまでやらかし始めた。……それではまるで死体である。  ところで執政官は、本当に地下室にいた。 「伝説の勇士が現れたということは……もう、私もここまでだっ……」  非常に悲観的かつ短絡的な考え方であるが、まあ、そう考えても無理はないものかもしれない。執政官は村の娘たちを閉じ込めている牢へと近づいていった。娘たちが、執政官の姿を認めて、身を固くする。 「お前たち、私と一緒に死んでくれっ」 「…………!」  いきなり常識に外れた事をのたまって、多分恐ろしさで声も出ない娘たちの牢に、執政官は油を撒きかける。その手に、ひょんっ! と矢が刺さった。 「ぐあっ」 「娘さんたちがアンタと心中したいなんていつ言いました」  冷たい声。景だ。 「ううぬぬ……貴様……なぜここが……」 「逃げるならもっと、ちゃんと逃げることです。どういったルートで逃げたか、バレバレですよ。隠し部屋の意味もない」  景がどうしていきなり地下室の場所を知ったか。隠し戸などがモロに開いていたのである。そんなんでは五月にさえもバレてしまうであろう。 「それと、火は放たせませんよ。僕も弱冠十六歳で、アンタみたいなエロ中年と心中なんかしたくありませんからね」  弓を構える。執政官は完全にあきらめたか、がくりと膝を折った。 「娘さんたちを出していただきましょう。僕らはもともとそのつもりで来たんですから」  鍵を渡す執政官。が。景は悪役というものの本質に、そこまで深く立ち入っていなかったらしい。執政官から鍵をもらって、器用に牢を開ける景の背中に、執政官が迫った。 「!」  景は振り向く間がない。刺される!? 一瞬、景は空気が止まったような気がした。自分の体に刃物らしきものが刺さる――と感じる前に、景が耳にしたのは、ごんっ! という、鈍い音だった。そこでやっと景は振り向くことができた。執政官はくちゃっ、となって動かなくなった。 「お前ね、悪役はいっだって起死回生を狙ってんだよ」 「博希サン! ……殺しました?」 「まさか。多分大丈夫だろうよ。……おいっ。この娘、知らないかっ」  博希もモロ開きの隠し戸から入ったのである。自分でとどめを刺しておきながら、執政官をむりやり起こして沙織の写真を見せる博希。 「……知りまひぇん……」 「聞こえないッ!!」 「知りません~~~~」 「ホントだろうな」 「ホントでひゅう……」  執政官は再びくちゃっとなった。  村の娘たちがまとめて牢から出てきた。娘たちも『伝説』の話は知っていたらしく、博希たちに感謝しつつ、村のそれぞれの家へ帰っていった。  結局、話を聞くと、執政官は娘たちを閉じ込めていただけで、手は出していないとのことだった。ある方に頼まれて、というのが理由だったが、ある方、の名を言う前に、博希が再び執政官をはっ倒してしまったので、聞くことができなかった、ともここでは付け加えておく。 「さて……」 「五月サンはどうしましたかね」  屋敷へ入る。執政官を引きずって。  二人は屋敷に入った途端、腹を抱えてゲタゲタ笑い出した。 「さっ……五月っっ、何やってんだよっ?」 「ぶははははははっ、僕にもやらせてもらえます?」  五月は『軽い化粧』では飽き足らなくなったのか、まるでいたずら描きのように、怪我人たちの顔に『宴会でハメを外した化粧』を施していたのである。 「じゃ俺も」 「この執政官にも」  ――その晩、執政官の屋敷では、三人の少年がゲタゲタと際限なく笑い続けていたという。  翌日、帰って来た娘たちからすべてを聞いた村人たちは、みんなで執政官の屋敷に行った。  ――そして、 「ぎゃはははははははは!」 「だ――はははははははっ」  死体のように胸で手を組んでいるにもかかわらず、宴会の後に酔って寝た中年サラリーマンのように顔や腹に非常にバカバカしいペインティングを施した、執政官以下ガラの悪そうな二十数人の男たち(しかも横一列に並んでいるのである、見事にずらりと)を見て、村人は笑い死にの危機に襲われそうになった。 「もう、行かれるのですか」 「もっと泊まっていかれてもいいでしょうに」  博希がカッコつけて、言う。 「いやいや、苦しんでいるのはこの村だけではないはずですから」  景も言う。 「僕たちは、この世界全体を助けるためにやってきたんですから」 「ご飯美味しかったです」  五月、違う。 「でも村人たちもきっとあなた方にお礼を言いたいと思います。今夜までとどまっていかれては」 「いいえ。僕たちは『伝説』。あまりおおっぴらな事は好まないのですよ」 「そう、ですか……せめて、お名前だけでも」 「いやいや、名乗るほどの名前は」 「あのねー、ぼく五月っていうの」  五月が完全に博希のニヒル感を打ち破った。 「僕の名は景。それだけ覚えておかれればよろしいかと」 「~~~~~~」 「で、あそこでへこんでるのが博希サンです」 「は、はあ……」 「それでは。またいつかお会いできればいいですね」  へこんだままの博希を引き連れて、景と五月は手を振って親子の前から去っていった。 「お父さん……【伝説の勇士】様って、とても親しみやすい方ね」 「そうだな、とても清々しい方々だ」  彼らが昨夜、執政官の屋敷でいったい何をやらかしたか、この幸せ親子の知るところではない。 「ところで景、俺たちよく最初正体バレなかったな?」 「装束の下に、簡易ボイスチェンジャーを仕込んでおいたんですよ。本人は気がつかなくても、周りの人には、多分ダミ声に聞こえたと思います」 「ね、屋敷でマジックショーやった理由は?」 「……それは……まあ、とりあえず、あの人たちを面白がらせておけばいいかなと」 「単純に引き渡してもつまらないと思ったんだろ」 「実はそうです」 「さあて、次の村はどっちかなっ。チズヨデロー」 「五月~~、やっぱりヨーデルに聞こえるっ。『声』変えろよっ」  三人は、再び、村を目指して歩き始めた。 「ライブレアの執政官が倒された?」 「はっ。しかもこれ以上はないというぐらいマヌケな方法で」 「…………」  ライブレアというのは博希たちがさっきまで滞在していた村である。 「……伝説の勇士、の仕業か?」 「恐らく」  すらりとした姿態の男性が、窓枠にもたれて、ため息をついた。 「あの村の執政官から娘を分けてもらう約束をしていたというのに、まったく役に立たん……。奴らが次にどこへ行くか、解っていないか」 「地理的状況から言って、ライハルクァ入りするのではと思いますが」 「人の恋路を邪魔した奴は許さん。もう少し泳がせてやろうかと思ったが……俺が始末してやろう」  耳のピアスをぴいん、と弾く。恋路もへったくれもないとは思うが、博希たちがこの人物をしたたかに怒らせたことは間違いないようである。 「奴らが村入りしたら連絡しろ。いいな、デストダ」 「はっ――御意に、ヴォルシガ様」

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