窓の中のWILL

Chapter:24 「ヒロキサン、アブナイ――!!!!」

 景は身を硬くした。  見えるわけがない。  いやむしろ見えてたまるか、幽霊なんか!!  だが彼は少しだけ、冷静になって、布団にくるまり、ドアを開けた主を見届けることにした。本当に幽霊なら、参考のために(何の参考だ、というようなツッコミはこの際置いておくとして)見ておくほうがいいし、仮に、理由がどうであれ、自分たちを襲いに来た普通の人間なら、やられそうになれば止めに入れる。景は少し、くっ、と息を呑んで、ドアのほうを見た。  暗がりの中、誰か、人がいるのは解るが、明かりがないため、よく、姿が見えない。 「……?」  すでに景は眼鏡をかけて様子をうかがっている。しばらくすれば、この暗がりに目も慣れるはずだ。 「女の人……?」  その、華奢な体つきと、長い髪から、景はそう判断した。もちろんそれだけでは五月も女であるという理屈になってしまうので、ちゃんと、胸のふくらみも遠目から確認した。  だが、まだ、顔までははっきり見えない。もちろん足も確認できない。やはりこの世にいてはいけない者が!?  焦る景が見ていることなど、たぶん気がついていないのだろう、  ぎし……り。  と、床板を踏みつつ、シルエットが揺れ、何かをつぶやいた。 「……ガイルス」  ぎしり。 「やっぱり、ガイルス」  つぶやく声は娘らしい。少なくとも年のいった女性ではない。娘は、博希のベッドに乗っかり、寝ている博希の体に馬乗りする体勢となった。 「△●□#※▲$@■%……!!!!」  景は声を失った。娘の瞳はくあっ――! と見開かれ、真っ直ぐに博希を見つめている。女の幽霊とはえてして成仏しにくいものだと聞いたことがある(おそらく偏見だろうが)。ここで、 「見たわね」  だの、 「見えるのね」  だの、いきなり聞かれたらどうしよう。 「ハイそうです」  と答えるしかないだろうが、話に聞く霊界とやらに連れて行かれるのは絶対に嫌だ。まだそんな歳じゃあない。かといって博希が目の前で霊界送りになってしまうのもはっきりいって寝覚めが悪い。  娘は博希の頬や髪をなでながら、 「ガイルス……」  と、延々つぶやき続けている。  違います。  その人ガイルスじゃありませんよっ。  いい加減に目ェ覚ましてくださいよ博希サンも!!  景はそう叫ぼうとしたが、声が出ない。情けないことにビビりきっているのだ。 (あわわわわわわわわわわわわ)  もう今更、怖くて目もそらせない。娘は――博希の唇に、自分の唇を近づけかけた―― (ヒイィィィィィィィィィィィ!!)  景は自称・科学的常識家のくせに、今、頭の中は、ある一つの思考で支配されていた。もう、この世界に常識というヤツを通用させてはいけないと思った。  博希サンの……タマシイが……吸われるッッ!!  やっぱりあの人、霊界の人なんですねッッ!!  景の頭の中に、計算にならない計算式が、瞬時に、ちーんっ、と、浮かんだ。  博希-タマシイ=死=Go to HEAVEN!  それだけは絶対にダメ――――!! 景はとっさに、叫び声が、出た。 「ヒロキサン、アブナイ――!!!!」  字面では判断しにくいが、ものの見事な裏声である。シルエットはそれで、一瞬、固まった。博希は景のあからさまに裏返った声に、うー、と、目を覚ました。 「あンだよ景ぇ。寝言かァ?」  手を布団から出す。前にちょっと伸ばしたはずみに、彼の手に、何かさらりとした感触があった。 「あ?」  さらりさらり。  博希は寝ぼけながら、両手でそのさらりとしたものをつかむ。 「誰の髪だ。五月?」  どうやら髪の毛であるということは解ったらしいが、博希のすぐ隣のベッドで寝ていた五月の寝息は、彼の耳に今も届いていた。 「……?」  だんだんと正気を取り戻しつつある博希は、髪の毛からの延長線にベタベタとふれてみた。  顔? そりゃそうか……すべすべした肌だ。  顔、というか頭を、両手で持って少しだけ動かしてみる。そしてだんだん、彼の目も、その暗さに慣れてきた。博希は少しだけ目をこすって、ぱちっ、と、目を開けた。  瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、くわっ! と目を見開いて髪の毛を振り乱した、娘!! しかも自分の片手は今、その頭をつかんでいる! 「わ゛―――――――――――――ッ!!!!!!」  博希は大絶叫して、手を離した。娘はぶるーん、と頭をふるって髪をなおすと、またも博希に迫ってきた。表情は、そのままで。 「ガイルス」 「ッギャ――――――!! 鈴木さんが出たうぁ――――!!」  博希の混乱ぶりに、やっと自分を取り戻すことのできた景は、言った。 「おおお落ち着いてください博希サンっっ。鈴木さんは男ですし後ろにもいませんっっ! その人は目の前にいますよっ」 「あ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛」  博希は迫る娘から逃げようともがくが、腰が抜けている。 「ガイルス。帰ってきたんでしょう? 待ってたの。いつもみたいに、私のこと、抱きしめてよ。愛してるって言って、キス、してよ。ねえ」  ぶるんぶるんぶるんと首をふる博希。 「違う違う違――う!! 俺はガイルスってヤツじゃないっ、頼むからっ、ちょちょちょっと待ってくれええええ――!! いやもうむしろ助けてっ。俺はガイルスじゃない、博希だよ、松井博希!!!!」  娘の動きが、ふつっ……と、止まった。 「ガイルス、じゃあ、ないの……?」  景もようやくちゃんと話すだけの落ち着きを取り戻すことができたとみえ、言った。 「残念ですが、あなたの捜し人は少なくともここにはいませんよ。どうか成仏を」  勝手に手を合わせる景に、博希は言った。 「待て待て景。この子、生身の人間だぞ」 「は?」 「頭の感触が気持ち悪いくらいリアルな幽霊ってのには、お目にかかったことがねぇな」 「ああ、じゃあ――この子は」 「ガイルス……」  娘は博希が『ガイルス』でなかったことがそれほどまでにショックだったのか、そうつぶやくと、その場に――つまり、博希のベッドに――倒れ込んだ。 「あいたー」  博希がつぶやいたその時、さっきの、博希の天をつくような大絶叫を余程不審に思ってか(不審に思わないほうがおかしいが)、宿の婦人がすっとんできた。 「どうかなすったんですか!? ……まあ、この子!」 「今落ち着いて見てみれば、宿の娘さんだったようですねえ……僕も取り乱していたので解りませんでした。それにしても、……一体、どうして、博希サンを……?」 「…………」  かたかたかたかた。  博希はどうしていいやら解らず、ただ、腰を抜かしていた。さっきから冷静なことを言ったように聞こえていたが、実は、震えていたのである。心のどこかで今まで女性に恨みを買ったことはないかと、ありもしない心当たりを探っていたのだ。  その時、 「ん――」  ふに――。五月が目をこすって、むくりと起き上がった。 「どうかしたの」 「五月サン……あれだけの大騒動の中、寝てたんですか……?」 「何かあったの」 「寝てていいです」 「んん」  五月はまた布団にもぐりこんだ。十秒後、とてもいいリズムの寝息が聞こえてきた。  景と博希はもうすっかり目が覚めてしまっていた。今からさあ寝ろと言われても到底無理である。なんだか気まずい雰囲気というやつに襲われて、博希と景は黙って宿の婦人と顔を見合わせていた。 「……あの」 「……ええ」 「……下、行きます?」 「はい」  スヤスヤ眠る一人とうなされるように眠る一人を残し、婦人を含む三人は階下へと向かった。 「別に、」  婦人に、さっき起こったことを事細かに説明してから、博希は食堂のテーブルにて、婦人が出してくれた茶をすすって言った。 「俺ァ襲われたことをどうこう言うわけじゃないんだよね」  やっと、落ち着くことができたらしい。しきりに頭を下げる婦人に、博希はなんだか気の毒な感情さえ覚えた。 「ただ――あの子が俺を見て『ガイルス』って呼んだのが、気になるんだ」 「ガイルスという名の御仁に、知り合いはいらっしゃいますか?」  婦人は首を振った。あの子はなにも話してはくれなかったので――とだけつぶやいて、目を伏せた。もしかしたら、恋人ぐらいはいたかもしれませんけどね? ――そうとも、言った。 「彼女に直接、聞くしかありませんねえ……」  景は腕を組んで、うーん、とうなった。 「あ、そういえば」  博希が、思い出したように、言った。 「これは話の本筋と関係ないと思うけど、……この村って、男がいないんだよなあ? なのに、昨日、村の中心の噴水のところで――俺、赤ん坊、見たんだ。どう見ても、まだ、一歳の誕生日を迎えるか迎えないかのね」 「よく解りますね」 「乳母車に乗ってた」 「今時分二歳になっても乳母車には乗るものですよ」 「……小さかったんだよっ。男がいない村にどうして子供ができるのかなって、思ってね」  婦人は少しだけ、躇躇したような様子を見せて、それから、言った。 「実は」 「え?」 「この村の女たちは――男たちがいなくなってから、ある種の欲求不満に陥りましてね」 「欲求不満?」 「何と言っていいか、どうしても、子を成したかったのでしょう。男たちがいなければ、子だって生まれませんから――いえ、私にゃあ亭主がいましたから、そういうことは考えませんでしたけど、ある一部の女たちはね、この村に逗留した旅人たちと、一夜の関係を持つようになったんですよ」 「ひと、よ……の…………」  景は絶句して、赤くなった。博希は冷静に聞いていた。 「そうなると、当然、子供ができますよ。そういうトコまで計算した上で旅人と寝てたんだ。とすると、どうなります? 旅人は帰ることができなくなりますやね。『子供ができた』と告白されたときからね」 「ま、まあ、父親になるわけですからね……」 「この村は大きいから、わりあい、逗留期間が長いんです。既成事実ができてしまうには十分なくらい滞在する旅人が少なくありませんよ」  博希は真剣な瞳で婦人を見ていた。 「旅人はここの村人として生活するようになるけども、あるとき、執政官に連れて行かれてしまう――そんなことの繰り返し。しばらく――それでも一年くらいですか――、旅人なんか、この村にゃあこなかったんですよ。お客さんが久しぶりの旅人さんで」 「ほう……」  景がまだ、耳の辺りを赤くしたまま、納得の声を上げた。 「だのにねえ……まさかうちの娘が、旅人さんに手をかけようなんて。――『ガイルス』ってのは、娘の作り出した幻なのかもしれませんやね、この村に、あまりに男がいないから……」  婦人はほう、とため息をついた。しかし、博希は、真剣な瞳を婦人から離さなかった。 「――違うと思う」 「え?」  景は博希を見た。 「彼女は、――俺を『ガイルス』と呼んだ彼女は――本当に『ガイルス』の影を追っていた。『帰ってきたんでしょう、待ってたの』とも言ってた。『ガイルス』は幻の存在じゃない。もしかしたら、行きずりの旅人だったのかもしれない。――どっちにしたって乗りかかった船だ、俺が直接、彼女に話を聞くっ!」  また――熱くなりましたね。景はそういう意味をこめて、博希の背中を、ぽんぽんと叩いた。だが、冷めろとは言わない。話を聞くだけでも、この村の悲惨さは知れた。女性たちをそんな行為に走らせたのは、――疑うところなく、執政官とスイフルセント。  景はその双眸に剣呑な光を浮かべて、窓の外を見ていた。 「スイフルセント様」 「なあに」 「私の村に、【伝説の勇士】が滞在しているとの話――事実で?」 「ええ。レドルアビデ様からの通達よ、間違いであるわけがないわ。多分、程なく、私のところにやってくると思うけれど」 「まさか! その前に、私が片づけます」  扇がばさりと開いた。 「……できるかしら?」 「なんと……?」 「彼らはね。私たち好みの、美少年揃いよ」 「!」 「知力も体力も、そしてその外見も、とても素敵。できればずっと、人形として置いておきたいわ」  体力はともかく知力はどうでしょうかね、外見がいいのは認めますが――と、景がその場にいたなら、きっとそうツッコんでいたであろうことを、スイフルセントは妖艶な笑みで言ってのけた。だが執政官はそのことを知らない。 「それほどの美少年ならば――私も見てみとうございますわ。捕らえますか」 「待ちましょう。すでにこの村の話は彼らの耳に入っているはず……ならば、こちらからわざわざ出向くことはなくてよ」  スイフルセントは知っているのである。きっと、博希たちなら、この話に逆上するであろうことを。そして、自分の居城に、自分を倒しにやってくるであろうことを。  ほほほほほ、という、二つの笑い声が、スイフルセントの居城に響いた。 「――うん」  娘が目を覚ました。 「おはよう」  博希は少しだけ笑った。 「ガイルス!」  嬉しそうに笑った娘を、博希は少しだけ気の毒そうな顔で、制した。 「あの、……違うんだ。俺の名は博希、昨日、この宿に泊まらせてもらった、旅人だよ。――覚えていない?」  娘の表情が、少しだけ、変わって――彼女は顔を覆って、泣き出した。 「ああ、泣かないで泣かないで」 「……めんな……い」 「え?」 「ごめんなさい……」 「なぜ、謝るの」 「私、昨夜……あなたを……あなたに……ああ……」 「大丈夫だよ。俺は君を、叱りたいとか、懲らしめたい訳じゃないから」  博希はそして、しくしく泣く娘を切なげに見ながら、言った。 「昨夜、そしてさっき、君は俺のことを『ガイルス』と呼んだね。もし、よかったら、話を聞かせてもらえる? 君の力になれるかも、しれない」  娘は自分の顔から手を離して、博希を見た。博希はうん、とうなずいた。自信のあふれたその瞳は、とても深い色をしていた。  娘は、布団を握りしめると、一息ついて、言った。 「ガイルスは……私の、恋人です。……結婚の約束も、していました」 「ふんふん」 「そして、……彼は、……ヒロキさん、あなたにそっくりだったんです」 「俺に?」  レドルアビデに、イエローサンダからの通信が入った。 「イエローサンダ……? スイフルセントか?」 『ええ。レドルアビデ様にはご機嫌よろしくて』 「挨拶はいい。どうしたのだ?」 『では単刀直入に申しますわ。デストダを、お貸し願えません?』 「何かあったのか」 『いいえね……保険、ですわ』 「保険、……解った。すぐ向かわせよう」 『ありがとうございます』  通信は切れた。 「聞いたな? 今すぐイエローサンダに向かえ」 「……は……」  スカフィードの見張りから少しだけ休憩していたデストダは、一瞬、返事に困った。が、レドルアビデの命令に逆らうわけにはいかない。 「承知しました」 「……デストダ。お前の次なる主人は、……ファンフィーヌだ」 「はっ?! パープルウォーのファンフィーヌ、様、ですか?」 「他にどこのファンフィーヌに仕えろというのだ」 「いえ、……」 「行け」 「……承知」  デストダはイエローサンダに向かって飛び立っていった。 「保険にデストダを駆り出すほどならば、もはやスイフルセントも長くはない。――ならば次はファンフィーヌ、お前の戦いを俺に見せてもらおうか? ……氷のように美しい、パープルウォー総統よ」  レドルアビデの髪が少しだけ、なびいた。

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