窓の中のWILL

Chapter:16 「いい加減に目を覚ましなさい!!」

 翌朝。  博希は、母親に叩き起こされた。 「博希ッ!! 起きないと完全に遅刻よっ!?」 「……まだ景たち、来てねぇだろ~~?」  何もこんな朝早くに起こさなくてもよぉ――博希はぶつくさとつぶやきながら、頭の上の目覚まし時計を布団の中で見る。 「なああ!?」  七時五十分。 「か、母ちゃんっ!! 五月と景は!?」 「まだよ。おかしいねぇ、もういつものヤツが聞こえててもいいのにねえ」  いつものヤツ――『ヒ――ロ――く――ん』だ……それが今日はまだ? おかしい。小学校時代から一日たりとも狂ったことのない『お迎え』が来ないとは。ということは、景の時計も狂ってる……?  博希は急いで、Tシャツを着替えながら下へ降りていった。  その頃五月は。 「うーん」  気持ちよく眠っていた。いつもなら景が迎えに来るので、その頃に起きても間に合う。景がそれを見越して迎えにくるからだ。  だが―― 「メイ~~! まだ具合悪いの? だいじょうぶ?」 「……んん」  ふにふに。  壁にかけてある時計を見て、五月は飛び上がった。 「ひゃっ」  なぜ!? 「ママっ。カーくんは?」 「それがまだこないのよ。あちらのお宅に電話をかけてみるのも気がひけるし――」  それは正論である。 「どうする? 学校、お休みする?」  五月は一瞬だけ、躊躇した。だがすぐに、ドアの外にいる母親に向かって言う。 「行くっ。朝ご飯はパンでいいから、焼いておいて」  五月は着替え始めた。カーくんにしては珍しいなあ、遅れるなんて……ぼんやり、そんなことを考えながら、支度してしまい、カバンを持って、部屋を出る。その時、一瞬――机の上に置いた、小ビンが気になった。 「……大丈夫、だよね」  引き出しにしまい直すと、五月は、キッチンに急いだ。  そして、景はというと。  博希と五月が目覚める十五分前に、目を覚ましていた。それでもいつもの時間に間に合うわけなどない。  しかも。起こされたのである。 「坊っちゃま。景お坊っちゃま、朝でございます――」  お手伝いさんが起こしにくる。それもいつもはなかったことで、あまりにも起きるのが遅すぎると判断した父親が、起こすように言ったのである。 「え……?」  景は目覚まし時計を見た。 「!」  がばあっ、と、布団から飛び起きる。 「ぼぼぼぼ僕としたことが! 父様や母様は!?」 「はあ、清一朗様は先程お仕事に出られました――円華様は食堂でお待ちになっておられます」  景の顔からサッと血の気が引いた。父親の出仕に間に合わなかったとは、今日など帰ったら何と言われるか解ったものではない。 「……一応聞きますけど、おばあ様は……」 「爆発寸前でございます」 「…………」  景は急いで着替え、部屋を出た。彼にとって、父親の次に怖いのが祖母である。さすがにあの父親を育てただけあって、景の祖母はとても威厳のある、どこか威圧的なひとである。その彼女が爆発寸前――景は地雷撤去班のように、こっそりと食堂へ行った。下手につつくと今日は永久に学校へ行けない。  食堂へ行くと、母親が待っていた。 「おはようございます」 「おはよう、景さん。体は大丈夫ですか?」 「あ、はい……ちょっと疲れていたようで……」  祖母は席を外しているらしい。景は朝食を腹に納めながら、急がなくては――と思っていた。が、その時。 「景さん」 「!!」  飲みかけた茶を噴きそうになる。 「お、おばあ様……おはようございます……」 「珍しく遅かったのですね」 「~~~~」  景はガタンッ、と立ち上がった。 「すみません、おばあ様! お説教なら今日、帰ってきてから、存分に聞きますので!」  体を直角に折り曲げて、景は玄関に走った。 「お坊っちゃま、今日は、お帰りのほうは?」 「…………」  ちょっと考える。今日、もし、スイフルセントが現れたら――? 「遅くなりそうだったら、電話で連絡するようにします」 「はい。解りました。行ってらっしゃいませ」 「行って参りますっ」  景、疾走。そこで彼は、コスポルーダで出せていたような『力』が、消えていることに気がつく。とん、と、地面を蹴ってみても、前のように跳べない。 「……これが……消えたせいですかねえ……」  朝になっても結局、エンブレムは復活しなかった。じゃあ、どうしたら、スイフルセントが出てきたとき、戦うことができるのだろう。 「厄介な」  それだけつぶやいて、腕時計を見る。 「うわっ!」  再び、景は学校を目指して、走り出した。 「博希サン!」 「五月」 「カーくん――」  もう、お互いがお互いを責めるというようなことはしなかった。よく解っている。時差ボケである。それでなくても今まで、相当の戦いをこなし、歩き、時には走り、向こうの勘定で二週間にも渡る旅をしてきたのだ。いきなりアイルッシュのしきたりに戻れと言われても酷すぎるだろう。  三人は目で『おはよう』と言い合って、教室に急いだ。当然、沙織は失踪したままだった。彼女の友人――とはいっても、その近寄り難い雰囲気で、本当の友人など少数であったが――、彼女に少なからず嫉妬していた者、彼女に憧れていた者、彼女に恋していた者、それぞれがそれぞれの心配をしていた。景はぼんやりとそれを見ながら、――うーん。と、複雑な気分になっていた。が。 「――うっ」  景は自分の机について、突如、つぶやいた。  眠い。シャレにならないぐらい眠い。  博希と五月の席を見る。 「………………」  二人は既に、夢の中だった。博希などカバンを枕にして、熟睡モードに入っている。ああやっぱり――景は苦笑して、せめて安土宮先生がくるまで眠っていましょうか――とつぶやき、机に伏せた。  だが三人の登校がいつもより遅かったせいもあり、そうそう、寝る時間は与えられなかったのである。景が机にふせてから数分で、零一は教室に入ってきた。 「起立」 「礼」 「着席」  零一は素早く、教室を見渡した。穴がある。欠席の穴ではない。立たなかった穴。それも、三つも――。そして零一は、その穴が誰のものであるのか、はっきりと認識した。 「松井! 若林! 浦場っ、お前もかっ!!」  バコーン! バコーン! バコーン!  ……三発のドツキ音が、一年四組の教室に響いた。 「…………アドぁ……てめー……」 「痛いよう~~」 「……すみません……ここのところ寝不足……でして……」  大ウソでもきっちりフォローする所が景らしい。 「珍しいな。こいつら二人ならともかく、お前までとは」 「…………ええまあ」  昨日会ったことなど、彼の口からは出てこなかった。別に昨日教室に居残りしていたからといって、寝不足になるような理由なんかありゃしないからでしょうね、景はそう思った。 「とっとと授業にするぞ。お前ら起きろ」  一限は数学だった。景はそんなことすら忘れていた。 「……あの」 「何だ」 「……多分あそこの二人は当分起きないと思います……僕もこの授業、最後までもつかどうかの保証は申し訳ありませんができません」  零一は無言で、教科書をまとめて五冊ほど抱えた。景は即座に言った。 「出過ぎた口をききました」 「……とりあえず授業を始める。お前ら、放課後に俺のとこにこい」 「は? ……」 「補習授業やってやる」  それは困る、もしスイフルセントが現れたらどうするんです――そう言いかけて景はやめた。スイフルセントなんて言ってもそれはどこの銭揚だなんて言われるのがオチだ。異世界に行って【伝説の勇士】となった話なんてどれだけの人が信じてくれるだろう。  まあもっとも、スイフルセントがもし現れたら、街は『障害』で大わらわだろうし、従って補習授業どころでもなくなるだろう。だとするとここは別に承諾していても構わないわけで。そんなことを景は短時間のうちに考えて、 「はい。では博希サンや五月サンにもそう伝えておきます」  と返事しておいた。博希と五月は、そんなことなどさっぱり気がつかず、ガーガースヤスヤといい気持ちで眠っていた。  昼休み、もう、すっかり夏空が広がりつつある屋上に、いつものように三人は集った。 「まだ眠てぇや……」 「午前中の授業、全部、寝てたもんねー」 「午後の授業もその調子でしょうね、多分」 「お前は眠くないのか」 「そりゃ眠いですよ。でも僕が寝てしまったら、一体誰が博希サンたちのノートを取って差し上げるんです」 「……感謝!」  博希はぱんっ、と手を合わせた。 「安心して下さい、僕もうとうとした程度ですから。ああ、それと――」 「なあに?」  景は博希と五月に、今朝、零一から言われたことを告げた。どうせ、二人とも熟睡していて聞いていないでしょう――と、つけ加えつつ。 「アドのヤロー、何がなんでも自分の授業聞かせなきゃ気がすまんらしいな」 「行く?」 「行かなきゃ話になりませんよ。僕もつき合います」 「寝てたの、カーくんも」 「……他の時間に比べれば、うとうとしていたのは数学が一番長かったですかねえ……」  五月がタコさんウインナーにフォークを刺して言った。 「アドせんせの授業は不思議な感じがするんだよね」 「不思議? そりゃ数学だもんな、摩訶不思議だよ」 「ううん、そんなんじゃなくて。もっとね……なんだかぼくらの心が見透かされてるみたい」 「妙なコトを言うね」  博希が苦笑した。稲荷寿司を一口で頬張る。 「たいがいの数学教師というのはそんなものかもしれませんよ。――これは僕の主観論ですがね――ものを論理的に考える人です、しいて言うなら。その中に、ふとしたはずみで滑り込む、論理では説明のつかない感情というんですか、不思議な瞳の輝きが、きっと、生徒の心を見透かしているような、そんな印象を与えるのでしょう。まあすべての数学教師がそうだとは言いませんよ。安土宮先生に限ってはね、僕も不思議な先生だなあと思います」  景はウインクして、笑った。 「意地が悪ィだけだろォ」  博希が生姜の漬物をぼおりぼおりと噛みながら言った。 「博希サンは自分をぶった先生すべてにそんな感情を抱くから、印象が一辺倒になるんですよ。たまには真剣に授業を聞いてみたらいかがです?」 「ちゃんと聞いてるぞ。体育」 「あれは聞くとはいわないんですよ」  弁当の中身が空っぽになった。三人は景の時計で、昼休みがあと五十分ほどあることを確認すると、誰言うともなしに、空を見ながら寝転んだ。 「眠てぇ」 「午後の授業、さぼっちゃう?」 「ご冗談を。アド先生に余計に殴られますよ」 「だったら殴りかえしてやらァ」 「新聞の社会面を見出し五段抜きで飾りたければどうぞおやりなさい。博希サンがやると一段記事じゃあ終わらないでしょうね、やり過ぎて。もっとも名前が出なくても博希サンだってバレますけど」 「なんで」 「僕が拡声器持ってご近所中を回ります」 「…………」  ばかばかしい――もともとサボるつもりなんてあるかよ――言って、博希はごろんと転がった。 「本当に今日は天気がいいですねえ」  景がつぶやく。太陽の光が気持ちいい。午前中に眠れなかった分を、今ここで寝てしまおうか――チャイムの音さえあれば目も覚めるだろう、と、景は思った。  そして、そう、博希と五月に言おうと二人を見たら――すでに二人はまたも夢の中だった。博希は弁当箱を枕にしていた。 「…………」  景はくすっ、と笑って、自分もごろん、と横になった。 「おやすみなさい」  真っ白な雲が、時折青空にアクセントを与えていた。 「ここがアイルッシュ。へえ、コスポルーダよりも大きいのね――」  スイフルセントは空から、博希たちの街を見下ろしていた。  本当は、正確にはここは『ジアルーパ』=日本、であり、『アイルッシュ』=地球、ではない。もしアイルッシュが大きいなどとぬかすようなら、大気圏を突き抜けてからおっしゃって下さいね――そう、景なら突っ込むところであろう。  それはともかく。  スイフルセントは、自分の口を隠していた扇を、ぱちんとたたんだ。そして口から離すと、一気に、ばっ! と広げた。 「レドルアビデ様のご命令は少々不本意だけど――まあ仕方ないわ。今回は様子見みたいなものですものねえ」  もう一度ここに来られたら、その時は――そんなつぶやきさえ聞こえる。一体何をするつもりであるというのだろう。だが、そんな疑問を持つ間もなく、スイフルセントの扇は、真っ黄色に輝き始めた。 「レドルアビデ様から頂いた『魔法』――アイルッシュ人よ、あなた方に、見せて差し上げるわ!」  チャイムはいつまで経っても鳴らなかった。それをいぶかしんだ景がふと目を覚まして時計を見ると、すでに、午後の授業は始まっていた。 「わあ!?」  博希と五月はまだ眠っている。  おかしいですね、チャイムが聞こえないなんて――そこまで熟睡していたというのでしょうか――? 景はそんなことを思ったが、学校のほうが、何か騒がしいのを感じた。今は授業中のはずであるのに、何か慌ただしさを感じる。 「博希サン。五月サン。起きて下さい」 「うーん、サボろうぜ」 「ぼく寝てるー」  もう、景が何を言うのかすでに察していたのだ。 「ダメです。サボらせません。何か――学校の様子がおかしいんですよっ」 「あん?」 「えー?」  二人とも、目をこすりこすり、起きる。騒ぎは二人の耳にも届いた。 「別に――。学校中で体育の授業でもやってるんだろ」 「あー、なるほどー」 「そんなバカなことありますかっ。体育の先生は全校生徒を統率するのにどれだけの精神力を必要とするんですっ。他の教科の先生にも体育教師になってもらわないと割に合いませんよっ」 「じゃそうしてんだろ」 「いい加減に目を覚ましなさい!!」  景の怒鳴りで、博希と五月の目は完全に開いた。 「――何か――おかしいんです。降りましょうっ。寝るのはそれからでも遅くありませんっ」  景がとっとと屋上をあとにする。博希と五月も後に続いた。  教室では――生徒が全員、倒れていた。 「みんなっ?」 「どうしたのっ?!」  博希が生徒の一人を抱え起こす。 「うああっ」 「どうしました!?」 「息はある。だけど――ビリビリするっ」 「ビリビリ……!?」 「あっ、イエローサンダに入ったばかりの時に、ぼくの背中に落ちたやつ! あれと同じ!?」 「それだっ」  景はそれでほぼすべてを察した。 「では――スイフルセントが活動を開始――した――ということですか!?」 「!」  三人は学校の外へ出た。もう、補習がどうとか午後の授業がどうとかいっている場合ではない。だが、――エンブレムは未だに、出なかった。 「スイフルセントっ。どこにいるっ」  博希がわめく。それを、景が抑えた。 「落ち着いて下さい博希サン! もし、まだ学校に気を失っていない人がいたらどうするんです。バレますよっ」 「いいよ、どうせどっかの銭湯の名前絶叫してるようにしか思われねぇよっ」 「そんなバカな……」  いっときは自分もそう思ったくせに、景は博希が言うと、急に自分の考えたことでも自信をなくすような気がした。 「街の方に行ってみますか? もしかしたらいらっしゃるかもしれませんよ――スイフルセントが!」  景が言う。三人は街のほうへ走った。  いくらなんでも感電はないだろう感電は!?  スイフルセント……! これは僕らへの挑戦状ですね!?  その時―― 「うあちっ」 「あづづっ」  博希と景が左手を押さえる。 「なんだっ」  左手の甲が、熱い! 二人は、一瞬、それがなんであるのかに気がついて、手の甲を見た。 「エンブレム……!」  これで鎧装着できる。博希と景は顔を見合わせて、うん、とうなずいたが、五月は――ふるふると――首を振った――。 「ぼく……エンブレムが……出てこない……」 「えっ……!?」

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