Chapter:57 「仕切らせろ――――!!」

「……カーく~~ん……」  五月は泣きそうな顔で景を見上げた。 「五月サンっ!」 「……ホントにカーくん?」 「ホントに僕です! 化粧してますが僕です!」  景が入って来たとき、執政官は五月を引き寄せきるまさに寸前だった。 「あなたも【伝説の勇士】。なかなかいい顔してるじゃあないの?」  景は肩口から指先にぞくりとしたものを感じながら、言った。 「……あなたみたいなオカマさんに言われても、ちっとも嬉しくありませんよ……! 博希サン、聞こえますか! 五月サンを発見しました!!」 『ホントかっ! そこ、……どこだ?』 「迷ったんですか!? しょうもない、その辺歩いてる人にお聞きなさい! 場合によっては殴っても構いません! ……あ、女の方は殴ってはいけませんよ」 『解ってら。……お前結構過激になったな』 「今はそうしなくてはこっちの身ももたない可能性があります! 早く来てくださいっ!」 『解った! できるだけ急ぐ』  プツン、と、通信は切れた。  さて、あとはなんとか五月にも自分にも累が及ばずこの場をしのぎきらなくてはならない。自分の脳内ロジックが回りだす。 「……五月サンへの通信が不通になりましたが、それはあなた方のせいですか?」 「あれのこと?」  執政官が静かに景の背後を指す。景が振り返ると、そこには、趣味の悪い金魚鉢が置いてあった。その中には水が満たしてあって、――五月の通信機が沈めてあった。 「……昔のマンガで見たようなネタかますんじゃありませんよ! なんてことしたんです!」  それはネタでもなんでもないような気がするなあ、と、五月は思った。なおかつ、今のカーくんには迫力がないよね、とも思った。  見た目から言わせれば今ロジックを駆使してわめいているのは『浦場景』ではないのだ。声は確かに彼だが見た目は彼の母親である。迫力不足は否めない。  その時、景の後ろから、声がした。 「逃げまくってたらたどり着いた――!! 間に合ったか!?」 「ディル!」 「ディル? ディルも来てくれたんだ!?」  やはりどこか迫力の足りないスカート姿で、ディルが現れた。 「ディル、お前はどこまでもこの父親に逆らうのか」 「いたのか親父……」 「いたのかだと!?」 「逆らうとかそういう次元じゃねェよ。俺があの村の執政官だし親父はもう隠居の身だ。大体いいトシして何でンなワケの解んねェことするかね!?」 「ぬう、……」  ディルとその親父はにらみ合って立ち尽くした。そしてやっぱりまた、執政官と景のマンツーマンになってしまった。  早く来てください、博希サン。 「えーと……この廊下さっき通ったぞ、……何でこんな時に限って誰も通らねぇんだ!?」  博希は右往左往していた。が、やっと顔を出した一人の人物を認める。 「あのう、すみませぇ……ん…………」  言って、言わなきゃよかったと、博希は後悔した。 「なんだ?」  でけェ……!!  ディルが言った『ゴッツい』の。ゴッツいというからある程度の想像はできていたがここまでゴッツいのもどうか!? というようなゴツさだった。 「何か用か?」 「あ、あのう、そのう、し、執政官様のお部屋はどこでしょうか……」 「執政官様の? ここを曲がって真っ直ぐ行けばすぐだ。それよりも、」 「……は……?」 「俺の部屋に来ないか?」 「なにゃああああ!?」  いかん。っつーか初めてだけども誘われてる。  いや、……嬉しくないな…… 「ご、ごめんなさい、どうしてもその、執政官様のところに行かなくちゃ、」 「そんなの後でもいいじゃないか。来ないか。悪いようにはしないぞ」  ……絶対悪いようにされる……  博希は全身に鳥肌が立った。 「ごめんなさああああい」  何で男だと名乗らなかったんだろう……走りながら博希は遠い目をしていた。五月の気持ちが初めて解るような気がした。  化粧、恐るべし!!  博希もそう思った。  そしてとにかく早く景たちのところにたどりつかなくては、とも思った。そういえば、今回は俺が仕切るんじゃないか! 「言っておきますけれどね、私は強いわよ」 「……そうですか。だけど最後に勝つのは僕たちだと決まっています! あなたを倒してリテアルフィのところに行かせていただく!」 「あら、リテアルフィ様狙いなの?」 「狙い……? ……なんでもかんでもあなたのモノサシで周りを見るのはおよしなさい! 僕らはリテアルフィを倒すためにここに来たのです!」  予定より少し早かったですがね、そうつぶやいて、景は手を後ろに組んだ。ぺり。手の布をとる。その動きは、正面からはそれと解らないほどささやかなものだった。 「――勇猛邁進・鎧冑変化っ!」 「!」  景はこの会話の間に、五月の観察をしていたのである。わずかに見える五月の手の甲には、今体に巻きついているものと同じリボンが巻きついていた。  ということは、鎧装着を途中かその前かに妨害されたということである。結論、布をとるタイミングさえ知られなければよろしい。そういうことを考えた上での、鎧装着だったのだ。 「ぬぬぬ、考えたわねえ?」 「僕は頭脳要員ですからね。体力要員が到着する前に、とっとと降伏なさったほうがよろしいのでは?」  景はそう言ってふっと笑った。そうして、 「博希サン――今、どこです?」  と、通信を入れた。 『もう部屋が目の前だ! 今ちょっとヤバいのにつかまって逃げてるとこ!』 「? ……解りました。できるだけ鎧装着したほうがよろしいですよ、ここにいる執政官様は非常に危ない方でいらっしゃる」 『解った! レジェンドプロテクター・チェンジ!』  もう即鎧装着。通信は切れた。 「ほうら。鎧装着してきますからね、あなた即やられますよ多分」 「ふ……ふん! こっちには人質がいるってこと、忘れないでほしいわ!」 「人質。それは五月サンのことですか?」 「そうよっ」  しばしの沈黙。 「ずいぶん距離のある人質ですね」  まだ五月が頑張っていたので、接近だけは免れていたのである。景はあきれ果ててそうつぶやいた。 「――以一簣障江河――武器招来!」  ぶわん、と、いつもの弓と矢が景の手の中に収まって―― 「乾坤一擲」  スカン、と、床に伸びていたリボンに向かって放つ。当然、矢はリボンに刺さった。 「五月サン、そのまま、イモムシみたいに這いなさい。ちぎれますよ」 「うんっ。……あれ?」  うんうんと、五月は這ってみたが、リボンが切れる気配は全くない。 「……!?」 「ほーほほほほほほっ! 頭がいいようでもやっぱりお子様ねえ」 「……あなたを少し甘く見ていたようですね。……ですが五月サンを引き寄せるのを止める策にはなったはず。……五分ですね」  その時、 「仕切らせろ――――!!」  との叫び声とともに、博希が乗り込んできた! 「博希サン!」 「ヒロくん? ヒロくんなの?」 「フッフッフ、あまりの美しさに俺とは思えないだろう!? ディルの化粧のおかげさ!」  今更こんなところで何を自慢しているのだろう。が、今はそんなことを言っている場合ではない。 「博希サン、アレが噂の」 「……一目で解った。アレか……」 「ともかくも五月サンが人質になるのだけは止めてるんですけどね、どうもあのリボンが曲者のようで」 「ふん。……ディルは?」 「あちらで」  景が首だけを動かす。ディルは自分の親父とまだ言い争いをしていた。 「だからどうして親父はそうなんだ! 黙って隠居してりゃいいだろう!」 「やかましい、俺はまだ現役だ!」  博希はちょっと考えて、景に向いた。 「……なんか次元の低いケンカになってないか。気のせいか?」 「……気のせいでしょう」 「……で、どうするか」 「……どうしましょうね」 「どうした知的美少年」 「いかんせんこの部屋の趣味の悪さに処理能力が落ち込んでまして」 「気持ちは解る」  二人ははふーとため息をついた。だがここでこうやってにらめっこしていてもラチがあかない。博希が一歩、前に出た時、 『仕方ないねえ。ボクが手を貸してあげる』  もはや博希にとってはトラウマになってしまっていてもおかしくない声が、聞こえた。 「その声は――リテアルフィ!」 「リテアルフィ様!」  オレンジの炎のゆらめきが、はっきりとした人型を作って、リテアルフィになる。 「……ホログラフィーとか、そういった類のものではないでしょうね? 本物のリテアルフィ、ですか」 「そう。本物だよ。ずっと見てたんだけどね、どっちも動きださなくってつまらないからボクが出てきた、ってワケさ。――さ、遊ぼうか?」 「……、こっちには非常に不利ですがね……」  景が責めるようにそうつぶやく。五月が『ああ』なっているのだ、この前の対峙とちっとも変わらない。 「不利? 【伝説の勇士】なら、それくらいのハンデは乗り越えなくっちゃ。ねえ?」  にやあ。博希と景はその笑いにはっきりとした嫌悪感をもよおした。 「黙って聞いてりゃ言いたいことぬかしてくれやがって、ついでにお前もぶっ倒してやるぜっ!」 「攻撃はムダだっていうのに、学習能力がないんだね?」  リテアルフィはやれやれというふうに笑った。 「うるせぇっ! お前には借りがあったんだ、今ここで返してやる!」 「言うねえ」  リテアルフィはまた笑った。博希は武器を出しかけたが、リテアルフィのセリフに、底知れない本気を感じて黙った。 「だったら――ボクも『本気』になっちゃうよ?」 「リテアルフィ様、では……」  執政官が言う。たぶん自分の屋敷をフィールドにするつもりならやめてくれとでも言うつもりで発言したのだろう。 「解っているよ。キミの屋敷に損害は与えない」 「え……」 「おいで? 【伝説の勇士】、それから、ここにいるメンバー、みんなね」  リテアルフィは手をぱっ――と開いた。オレンジの光球が生まれ、いくつも周りを取り囲む。 「なんだこりゃ……!?」 「この前の攻撃と少し違うようですね、何をするつもりです!?」 「もっと広いフィールドに案内してあげるのさ。そう、ボクの城へね」  光球が増えていく。 「わざわざ連れてってくれるんなら好都合だ……後悔するなよ!?」 「後悔なんかしないさ。ボクは『負けない』。……」  目の前が一瞬だけ、明るくなった。 「わあっ」  鮮やかな光に、目がしばらく使いものにならなくなる。やっと慣れて目を開けた時、そこは、―― 「ここが……」  リテアルフィの城。まさに豪華絢爛を絵に描いたようなところだった。 「なんでこんなに潤ってるんですか」 「どぉせ集めた税金とかそのへんで造りやがったんだろうよ?」 「なるほどね、」  二人で納得していたその時だった。 「ほらっ、早くいらっしゃあい」 「ひゃああ」 「しつこいですよこの変態執政官!!」  景がどつく。 「まったく、どこでもお構いなしという思想が変態を生むんですっ。五月サンッ、あなたも叫んでばかりいないで自分でなんとかする努力をなさいっ」 「だってえ、これ、外れない」  五月がここに囚われてからしようとしたことを考えれば、彼はずいぶん成長したほうだ。景は取りあえず執政官を昏倒させてから、五月のリボンを解くのに尽力することにした。 「ヒロキ、大丈夫なのか、リテアルフィは強いぜ」  ディルがささやく。 「……なんとかなるさ……」 「貴様、リテアルフィ様に向かって呼び捨てとはなにごとだ!」 「うるせぇよっ! ちいっと黙ってろハゲ!」 「俺のどこがハゲだ! 貴様それでも執政官かっ」 「黙ってろっつーの! ツルハシ頭に突き刺すぞ!!」 「やれるものならやってみろ!」 「ホレ」  ガン。ツルハシがディルの親父の脳天にヒットした。 「突き刺しゃしねーよ、ぶつけるだけだ。うるせえっつーのに聞かねぇからこのバカ親父」 「どっから出したんだツルハシ」 「聞くな」  言ってから、ディルはツルハシを構えた。博希は 「スタンバイ・マイウェポン!」  と唱えようとしたが、その前に、 「さあ、始めようよ!」  という声とともに放たれたリテアルフィの攻撃に邪魔される。 「うぐっ」  攻撃を受けなかったディルが大声で反論。 「ずりーぞリテアルフィ! 普通こういうのは最初のかけ声のあと数秒おくのがルールだろが!」  数秒おいても時間的にまだ足りないと思うが。 「真剣勝負にルールは関係ないよ……なんでキミまでいるんだい、ディル?」 「俺はヒロキの仲間だっ」 「……邪魔だねえ……」 「邪魔だあ!?」 「そうだっ、邪魔だっ。貴様どっかいけっ」 「いつ目を覚ましたこのバカ親父はっ!!」  ごばきいんっ。ディルの親父は再度昏倒した。 「武器は、出させないよ!」  次々に攻撃がヒットする。博希はよける暇がない。 「……っづう」 「ヒロキっ!」 「博希サンッ!!」 「ヒロくんっ」 「そこで見てるキミたち? 邪魔は許さないよ……!」  恐らくリテアルフィにとっては景と五月の邪魔が一番気になったのであろう。そう言うなり、リテアルフィは景と五月のほうに向かって、炎を放った。 「リテアルフィっ!」  博希は叫んだが、その炎は二人――もっとも昏倒している執政官まで含めて三人ともいえるが、この場合は別枠にしておこう――の前で、大きな壁を作った。 「うっ」  景は顔にわずかな熱さを感じ、少し、五月ごとあとずさる。壁どころか後ろまで炎に取り囲まれているのに、彼は気がついた。 「景っ、五月! ……てめェ……!!」 「死にはしないさ。ただ――戦いが長引いたら、保証はしないけどね?」 「!」 「さあ! ボクを楽しませておくれ、もっともっと!!」 「ぐあ!」  床にたたきつけられた。炎の威力が前よりも上がっている……!? 「不思議そうな顔だね? 前に戦った時よりもボクが強くなってることを不思議がってる?」  図星だ、博希はそう言いかけてやめる。 「レドルアビデ様に能力を上げてもらったのさ。あの時キミをリオールに引き渡した『代金』としてね?」  博希にはその話は解らなかった。否、そこにいた全員がその話に首をかしげたに違いない。むしろ博希はあの時気を失っていたのであって、この話の解るのはリテアルフィ本人とリオール、それからレドルアビデだけだったのだが――要するにリオールがレドルアビデにツケた『博希と引き換えの代金』が、この強さだったというわけである。 「……くそっ」 「そう、だから、こういうこともできるようになった。――」  右手から、先日博希を苦しめた『炎の鎖』が生まれる。これなら――博希は思った。一度くらったものはくらわない。俺にだって学習能力くらい、ある。  博希はその身をよじることで、向かってきた『鎖』が首に巻きつくのをなんとか防いだが、瞬間、彼はバランスを大きく崩した。 「うわああっ!?」  そして、気がついた。足。手。体。それだけではない、まるで蔓のように、『炎の鎖』は、博希の体にまとわりついていた――! 「もう、一本じゃないんだよ、『炎の鎖』は。そして、」  くいっ、手首を返すと、 「うあああああっ!」 「ヒロキ――っ!!」  炎が一回り、大きくなって、博希の体を、焼く。――もっとも焼くというのは語弊があるかもしれない。ともかくも博希の体は炎に包まれたのだ。 「もう我慢なるかっ! 覚悟しろリテアルフィ!!」  ディルは本当に怒った。というか先日のこととも合わせて、ディルはこの総統に相当の怒りを抱いていたのである。 「だから邪魔だと言ったろう? ディル。キミの憎しみは見飽きた」  にやあ、と笑って、リテアルフィは今度は左手をディルの前にかざした。もちろん右手は博希への『炎の鎖』攻撃を続けているのである。 「……、……っ、……」  博希は口をぱくぱくさせた。声が出ない、口の中も喉も、カラカラに渇いている……!  声が、出せたら、武器が、出せる、のに、…… 「くす……さあ! ディル、キミもボクを楽しませてくれないかな?」  手から大きな光球が生まれる。あれは……! 「なんだっ!?」  炎の壁からその様子が見えた景は、叫んだ。 「逃げてくださいっ、ディル! その光球に取り込まれたら――」  だが、景がそう叫ぶのとほぼ同時くらいに、ディルの体は光球の中に入っていってしまった! 「うっわああああっ!」 「叫ぶと早くミイラになっちゃうよ? ふふ。楽しいね……!」  苦しい。ディル、……!

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