窓の中のWILL

Chapter:46 「……なんで俺の名前……」

 博希は重い頭を起こした。自分が一体どのくらい気を失っていたのかさえ覚えていない。むしろどこからどこまでが気を失っていてどこからどこまでが普通に眠っていたものか…… 「お前……確か……」  ぱちり、と、炎がはぜた。長い髪を後ろでひとつに結った女性が、少し、はにかんで、言った。 「覚えていてくれたのか」 「リオール……だったっけか……」 「そう。紅の騎士、リオール……」  リオールのほうに向こうとして、身体を動かす。その時のがさりという音で、博希は、自分がわらの上に寝ていたことを知った。 「なんで、お前が。……リテアルフィの野郎は!?」  体を起こす。そこで、自分の怪我に治療が施されているのを知った。 「リテアルフィは……多分自分の都市に戻った……お前は眠っていたのよ、三日間」 「三日……」 「体力も体内水分も回復していない身体でリテアルフィを追うことだけを考えていたのね。“ほころび”をくぐってきたときにはもう、意識をなくしていた」  博希は自分のTシャツをめくって腹を見た。腕も見た。包帯が巻いてある。 「これは……お前が?」 「そう。……あまり、上手くないが」 「いや……」  博希はそういって黙った。リオールは薪を継ぎ足した。  ぱちり。また、はぜた。 「…………」 「…………」  博希はその静まり返った空間で、やっと、今現在自分のおかれている状況を確認することができた。  多分、ずいぶん古びた小屋。一体ここはコスポルーダのどこだろう……なんだか体がいうことを聞かない。リオールの言った通り、体力が回復していないのだろう。それにまして気になったのは、―― 「リオール……」 「なにか」 「なぜ、俺を助けた? 今だけじゃない、これまでもずいぶん、お前、俺たちを助けてくれてる。なぜだ。お前、本当は【伝説の勇士】なんじゃないのか。俺たちにそっくりなんだから――」  言いかけた博希を、リオールは手で制した。 「多分、違う」 「違う……? 多分……?」  リオールは博希のほうを見ないで言った。 「私には今、記憶がない」 「記憶が?」 「なぜリオールと名乗っているのか、なぜこの世界にいるのか。解らない」 「……リオール……」 「軽めのスープを作った。飲んで休んだら、いったん、アイルッシュに帰ったほうがいい――せめてリテアルフィに対抗できる力が戻るまで」  リオールは木皿にスープをついだ。 「さあ」 「……ああ、ありがとう」  具はなかった。が、温かで複雑な味が混ざりあっていた。  博希はそして、少しだけ、眠った。 「うーん」  五月が目を覚ましたのは、病院の簡易ベッドの上だった。心配そうに見つめる茜の顔が、最初に瞳の中に飛び込む。 「五月兄ちゃん」 「あれ……茜ちゃん?」 「救急車呼んで、連れてきてもらったの。でも、他にも症状重い人がいるから、って、簡易ベッドになっちゃったけど」 「ううん、ぼく、平気だよ?」 「……本当?」 「うん」  五月はそう言って笑った。本当に、熱中症による症状は身体から失せていたのである。 「五月兄ちゃんの家には、私、電話かけといたから。……あと、……」 「ん?」 「……ううん、何でもないっ、お水、もらってくるね!」  茜は病室から出て行った。  聞けるワケないよね。  手の甲に浮かんでたマークはなに? なんて。  ――病院についてしばらくしたら――消えちゃったし――  茜が戻ってくる前に、五月は手の甲を見た。 「……消えてる……」  エンブレムはかき消えていた。確か……眠りにつく前までは出ていたはず。 「もしかして、」  ヒロくんたちが、なんとかしてくれたのかな。  窓の外をふいと見やる。雨が、降っていた。  景はいい加減、ビルから降りる気になっていた。気がつくとすでにエンブレムは手の甲から消えている。 「……博希サン……」  あれから二十分ほどたっている。つまり……多分向こうで二日……もしくはもう三日……  どうせ降りなくてはならない。博希が再び、ここに“ほころび”を作り、戻ってくるという保証はないのだ。もしかしたらどこか別のところに“ほころび”ができるかもしれない…… 「降りましょう。体力もようよう戻った」  景は『普通』を装い、ビルの一階まで降りた。  博希が目を覚ました時、リオールはいなかった。博希はこれまで自分が見てきた――ないしは、読んできた、様々な事例から、置き手紙もなくあとは勝手にやってくれという意思表示のもと、姿を消したものと思っていた。 「……じゃあ、俺は、帰るか」  ということはここに“ほころび”を開くしかあるまい。フォルシーを呼んでスカフィードのところへ行きたいが、フォルシーを呼ぶ笛は五月が持っていたし、スカフィードの家がどこにあるのか、というか、今ここはコスポルーダのどこなのかさえ、解っていないのだ。  博希は身体を半分だけ起こして、身支度を始めた。その時―― 「なんだ、もう、いいのか」 「リオール? 出てったんじゃ……」 「誰がそんなことを言った。予備の薪を取りに行っていただけだ」 「……なんだ……」 「……いてほしかったのか?」 「そんなことあるかよっ。ただ、」 「ただ?」 「お前が何か、ただの他人じゃねぇ気がするだけだ」  リオールはくすりと笑った。 「おかしなことを言う。――私は、お前に会うのは少なくともまだ四度目なのに」  だよな、博希はそうつぶやく。だがこの笑顔を、博希はどこかに、記憶している。それがどこだかはまだ――解らない。 「身体は本当にいいのか」 「ん? ……ああ、もう、ずいぶんいい」  博希にやっと、笑うだけの気力が戻ってきた。 「そうか。じゃあ、そこまで送ろう」 「いいのか?」  博希は言って、わらの上から降りようとした――が、その時、彼は、少しだけ足がもつれた。たぶん、急に起き上がってしまったために、頭に酸素がいかなかったせいだろうが。 「っと……」  よろけて倒れかける博希。リオールは瞬間、多分自分でも信じられない行動に出た。 「博希っ、危ない!」 「え……!?」  リオールは博希の下に入って、博希を受け止める形になった。無論博希はそんなことをされなくてもなんとか身体を支えるだけの体力は戻っていたから、大丈夫ではあったのだが、リオールの身体がクッションになって、ずいぶん、衝撃はさけられた。  だが、今、博希が気になっていたのはなによりも、 「リオール」  自分を支えた彼女が、 「お前……なんで俺の名前……」  自分の名を呼んだことだった。だがリオールは案外にけろりとしていた。 「仲間がお前のことをそう呼んでいたのを聞いたことがある」 「……そっか? ……」  博希はまだ心の中に引っかかったものがあったが、とにかく、このままここに居残っているわけにもいかないし、いったんリオールの言ったように、アイルッシュに帰ることにした。 「世話になったな」 「いや、そうでもない」 「……じゃあ、な?」 「また」 「…………」 「…………」 「…………」 「……さっさと“ほころび”を開いたらどうだ」 「……あ、ああ……」  博希はなぜか、このままここにいなくてはいけないような気が、一瞬、した。  ……なんかリオールから聞こうと思ったんだけど。  ま、今度会えた時で、いっか…… 「ホールディア!」  博希が唱えると、すぐに“ほころび”は生まれた。 「じゃあ、帰るぜ」 「ああ。また、会おう、【伝説の勇士】……」  博希は“ほころび”の中に足をかけて、中に吸い込まれていった。リオールはそれだけ見送ると、一瞬だけ、辛そうな顔をした。  ……すまない。  私は……お前に、ウソをついている。  私が、レドルアビデ様のもとにいる者だということを……  言わなかったことと……  そして……  ――私は……本当はお前の名前なんか知らない――  さっき、ふいに、口をついて出ただけなんだ。  ヒロキ、…………  その名前を……  私はなぜ、知っている…………。  風が少し吹いた。リオールは一人、いつまでもそこに居続けた。  “ほころび”をくぐった瞬間、博希はふいに、考えた。いったいこの“ほころび”は、どこにつながっているのだろう。唱えたのが自分だから、やっぱり、温室だろうか。それとも、呼ぶ場所がいつもと違うから、もっと別の場所だろうか。……帰れないくらい遠いトコだったらヤだよな、博希はそんなことを考えたが、結論にたどり着くより先に、足が元の世界についた。 「あ」  そこは温室の目の前だった。あながち場所的に外れではなかったようである。雨がシトシト降っている……それほどひどくないから傘はいらないだろう。――その時、 「松井か? そこでなにやってる」  校門のほうから声がした。博希が慌てて振り向くと、それは零一だった。 「別に。アドこそどこからのお帰りだ」 「……所用があって街の方へな」 「なにが所用だカッコつけやがって。……まァいいや、じゃな」  多分そこで博希がそのことについて突きつめていたなら、もう少しコトは別の方向に進んでいたかもしれないが、今の博希にそのことが解る訳もない。博希は軽い気持ちで零一に手を振った。  博希の姿が見えなくなってから、学校の中に入りつつ、零一はハッとした。 「……回復が早い……手を貸したのは誰だ? …………」 「博希サン!」  街の方へ出ていった博希は、ビルから降りて歩き始めたばかりの景と合流できた。 「景、大丈夫か?」 「ええ、なんとか……博希サンは?」 「それがな、向こうでどうも気絶しちまったみてェで。――リオールが、助けてくれたんだ」 「リオール? あの、リオールがですか」 「うん。……」  博希はそれだけ言った。が、なぜか、リオールが記憶を失っていること、そして自分の名を呼んだことは、景に言わずにおいた。なぜこの時そのことを黙っていたのか、博希は自分でも解らなかった。 「ところで五月サンは――」 「解らん。さっき公園に寄ってみたんだけど、二人ともいなかった。病院にいるのかもしれねぇな」 「茜サンは賢いですからね。救急車くらい、呼んでいるかもしれませんね」 「……お前……『あなたと違って』って、さっき急いで消したろ」 「何のことですかねえ」 「ごまかすな!」 「ごまかしてません」 「ごまかしたろ!?」 「言ってほしかったんですか?」 「なぬ?」  完全に調子の戻った景のロジックで、不本意な博希はおいておくとして議論は一応の決着をみた。今問題になっているのは五月のことである。 「でもどこの病院だろうな?」 「救急車が入るくらいですから小さな病院や診療所の類ではないでしょう。大きな――そう多分この近くなら、すぐそこの市立病院かも。まずそこに行ってみましょう」 「……すげえ推理」 「こんなのは推理とはいいませんよ」  二人は市立病院へ向かった。事実自分たちよりも健康な五月に会うために。  病院は人でごった返していた。 「皆さん、リテアルフィのせいで倒れた方々なんでしょうね」 「ああ。……断水は回復したのかな?」 「どうなんでしょうね。リテアルフィが消えてからすぐにね……雨が降り出したんですよ、一時はものすごくひどくて。少しは回復手段になったのではないでしょうか」 「そうだなぁ……スイフルセントの時みたいに、軽めですんでりゃいいんだけど、みんな」  二人はのんきにうーんと背伸びをしつつ、受付へいった。 「今日、救急車で運ばれた若林五月ってどこにいますか?」 「入院ですか?」 「そのはずなんだけどな」 「入院患者の中にはいないようですが――他の病院ではないでしょうか」 「そうですか? お手数おかけしました、すみません」  ふむ。ではどこにいるのだろう、と、二人が――というかむしろ景が推理し始めた時、聞き覚えのある声がした。 「ヒロくん? カーくん?」 「え」 「おや」  振り向く。そこには五月と茜が立っていた。 「うわあい、ヒロくんだあ。カーくんだあ」  走っていって、二人にぼふうと抱きつく。 「なんだ、……俺たちよりも元気じゃねぇか……、あつつ」  少し傷に障った。顔をしかめた博希を、五月は心配そうに見上げた。 「ヒロくん? もしかしてリテアルフィに?」 「あ、いや……大丈夫だ。お前も、もういいなら、帰ろうぜ?」 「うん」  そして五月は困ったように笑った。さっきまでね、ママが来てて、ぼくもう大丈夫だって言うのに、『メイをこんなお粗末なベッドに寝かせるなんてっ』とか『メイ、大丈夫なの、お熱はないの!?』とか『ベッドお貸しなさい!』とか、他の患者さんまで巻き込んで大変だったの――そう言う。結局五月の母親はその行動を迷惑がった病院側に追い出されたらしいが、そんな修羅場が今まさに思い浮かぶようで、博希と景は苦笑した。 「お兄……ちゃん」  茜が呼んだ。博希はさっきまで茜に鎧装着――の直後――を見られたことを忘れていたが、その一言ですべてを思い出してしまった。 「あ、茜……ありがとな、五月のこと?」 「う、うん……、……あの、……」 「うん」 「……先、家に、帰るね?」 「ああ」 「……じゃあね、景兄ちゃん、五月兄ちゃん」 「うん」 「はい、さようなら。……」  茜が行ってしまってから、五月は首をひねった。 「茜ちゃん、どうしたの? ぼくのそばにいてくれている時もね、なんか、おかしかったよ、そわそわして」 「……実はですねえ……」  景はごく簡潔に、二人が鎧装着の直後、茜と出くわしてしまったことを伝えた。 「……というわけなんです」 「えっ? じゃあ、正体、バレちゃった?」  もちろん五月は、自分が寝ていた間におのれのエンブレムを茜に見られていたことなど知る由もない。 「いえ、まだそこまでは解りません。博希サンがいかに茜サンをごまかしてくれるかが今後の重要なポイントですね」 「……無理かもしれん……」  博希は肩を落とした。三人は病院から出て、これからのことを話し合いつつそれぞれの家に向かった。 「とにかくもう一度コスポルーダに戻ろう」 「博希サン、体はいいんですか」 「もう一晩寝たら楽になる。――お前こそ大丈夫なのか、景」 「ああ、僕はあなたほどやられた訳ではありませんから……」 「じゃあ明日、行く?」 「そうだな、明日の朝九時頃に出よう」 「決まりですね」  三人は目をつき合わせて、握り拳をちょん、とぶつけあった。 「……【伝説の勇士】を?」 「そう。リオール……あの女は何者だい?」 「何者……か。それを聞いて、どうする」 「ボクたちの味方か、敵か。それだけをはっきりさせておきたいだけ」  影は二本伸びていた。 「答えは――『味方』、だ。ただし俺の魔力が続く限り……だが」 「なるほどね、まだあなたの方が『完全』じゃないワケだ。――ヘタをすれば彼女は『敵』にも転ぶ」 「そういう解釈でいい」  二つの影は体を少し震わせて、笑った。 「……それから……ボクが行っている間、アイルッシュにいた?」 「――! いや、俺はずっとここにいたが」 「……そ。いやね、アイルッシュに、あなたにそっくりの波動を持つ人間がいたものだからさ」  長い方の影はなにも答えなかった。それ以上答えが得られないと知った短い方の影は、ため息ひとつの後に、言った。 「……ま、そりゃ、ボクの波動だって言ってみりゃあなたと同じだからね。……オレンジファイに帰るよ。また何かあったらあの鳥にでも呼ばせて」  あの鳥――言うまでもないがデストダ、である。やたらに久しいが彼もちゃんとこの世界を飛んでいたらしい。 「解った。……まあせいぜい命には気をつけろ」 「解ってるさ。それに知ってると思うけどな、ボクが『死なない』こと」  笑う。それから思い出したように長い影に振り向くと、言った。 「リオールのツケは、いつ払ってくれる?」

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