―Fourth World―  老舗の寿司屋は冷戦中につき休業中?

Chapter:41 「人の話を聞けェェェ――――――!!!!」

 冷たい白さに、わずかな炎の色が灯った。 「呼んだかい?」 「ああ」 「何の用? ボク忙しいんだよねェ、まだファイエリーの村が今月の税金を納めてくれなくて――」  その言葉を、黒い羽根のひとひらが断つ。目の前を横切るそれを、指先でぴちっ、と受け止めると、当人はくすりと笑った。その外見は少年。笑顔はとても無邪気だった。 「……命令かい?」 「いや、これは命令ではない……受けるも受けぬも貴様の自由だ。――アイルッシュへ行かぬか」  笑顔がふいにやむ。 「アイルッシュにねえ。なぜさ?」 「――【伝説の勇士】が、もうパープルウォーまでを平定した。ここらで奴らをひっかき回してもよいと思ってな」 「遊ぶ、ねえ……すぐに殺してやればいいのに?」  微妙な笑みがわずかに返ってきた。だが、言葉はない。 「解ってるよ。白状する、ボクも遊びたいと思ってた。仕方ないね、ボクはあなたと同じなんだもの。そうだよね、レドルアビデ様?」  フッ、という笑いがまた返ってくる。しかしそれでも言葉はない。 「了解。行くよ、アイルッシュへ。楽しそうだもの。もし、来たら――『遊んで』いいんだよね、彼らと?」 「ああ」 「じゃあ、今から行くよ。――あ、そうそう……」  いたずらそうな笑顔を支配者に向けると、少年は、一言、言った。 「いくら、くれる?」  よい天気ではあるが少々暑くなってきた。おかしいですね、こちらは冬のはずなのに、とは景の言。三人ともすっかり薄着になってしまって、さくさくと草を踏んでいた。 「あのよぉ」 「またですか。言っておきますが沙織サンの話ならこれで二百回目ですから、聞かなくても解るので結構ですよ」  つまりパープルウォーを出てからここにくるまで、百九十九回も景は博希の『前の村で沙織を感じた』話を聞いたワケである。せめて百回でやめておくべきだったろうが、景のお人好しさにそれを突っ込むのはあまりに気の毒というものだ。 「違ェよ。………、………………」 「やっぱり二百回目の『沙織サン話』だったんですね」  博希はそのまま、ふてて黙った。いまだに見つからない沙織の、説明できない何かを、博希はここまできてやっと感じたのであるから、無理からぬ話であろう。なんだか今も、彼女が自分の近くにいるような、そんな気がしていた。 「あのさ」  五月がぽつりと言った。まさか五月まで沙織の話はすまい。景は下を向いた五月に、優しく聞いた。 「何ですか、五月サン?」 「あのね、コスポルーダに来て、今日で何日?」  景は口の中で『ふむ』と言って、それから、 「――だそうですよ。お願いします、博希サン」  博希の方を向いて、そう、言った。 「おう」  博希は軽く返事をすると、ブレスに向かって『声』をかけた。 「ワッタイズイットナウ!」  ブレスがぽやあと光る。 「んーとな、十二日ってトコだな」 「十二日。約二週間ですか……この前と同じくらいですね」 「じゃあ今、ぼくらの世界は何時?」 「じき朝の十時になるでしょう。出発した日のね?」 「そっか……」  五月はまたうつむいた。 「どうかしたんですか」 「うん…………ぼくね、お家に帰りたい」 「あ?」  一瞬、博希と景は――特に博希は――五月がまだ『過去』なのかと疑った。が、見た目は十六歳の五月だし、どうも冗談でそんなことを言ったようでもないので、景は五月と同じ目線になって、言った。 「どう、したんです?」 「うん……あのね、なんだか胸がトキトキするの」  くしゃ、と、自分の胸のところを、五月はつかんでそう言った。トキトキとはなかなかうまいことを言いますね――そう、景は微笑んで言って、それから、考えた。  確かに帰った方がいいかもしれない。  なにせ、パープルウォーは、これまでの都市や村の雰囲気と違っていた。投獄に女装に処刑、挙げ句の果てには過去の自分とコンニチハである。一応の解決はみたものの、精神的にナイーヴな五月が参らないわけがない。 「不安っていうのかなあ、こういうの」  本当に不安そうな顔をする五月。いかん。限界だ。 「五月」  景がそうするより早く、博希が五月の頭にてん、と、頭をおいた。 「もしかしたらパープルウォー以上に、これから、きついことがあるかもしれないぞ。解るな?」 「うん」 「それを乗り越えるには、五月が、少しでも強くなんなくちゃいけない、これも解るよな?」 「うん」 「今のところは、帰ることもお前が強くなる為のステップだ。その代わりな、俺と、約束してくれ。少しでも、強くなるって」 「約束」 「じゃ、僕とも約束しましょう」  黙ってその会話を聞いていた景も、小指を差し出した。  げんまん。代わる代わる、三人の小指がからまった。 「帰ろうか」 「帰りましょう」 「……あのね、ありがとう、二人とも」 「なぁに言ってんだよ。早く帰んねぇと、俺んトコ配達があるんだよ」 「それに、僕らの世界であさっては終業式です。体を整えて、笑顔で夏休みを迎えたら、ここへ戻ってきましょう。それでいいでしょう?」 「うん」 「決まりだな」  博希はそう言って笑顔を見せたが、景の心中は、なんだか穏やかではなかった。 「もしかして、――」 「あ?」 「……いえ、……」  景は言いかけてやめた。きっと、……博希サンは……自分にも、その言葉を言い聞かせていたに違いない……そのことだけは自分の心の中にとどめておこうと思った。 「変なヤツ。スカフィードに連絡するぜ?」 「ええ、お願いします。連絡もせずにアイルッシュに帰っては心配をかけるでしょうしね」  博希は通信を開いた。 「もしもしスカフィード」  が、返事はない。 「あれ?」 「どうしたんです」 「応答がない」 「スイッチ、入ってる?」 「おうよ。――もしもし、おーい、もしもし?」  やはり返事はなし。 「……まさか、スカフィードの身になにか」  景がつぶやいた。確かにいの一番に懸念すべき事項ではある。皇姫マスカレッタのライフクリスタルを守る者――だから――。 「もしもしもしもしもしもしもしもしっ。ifっ」 「どさくさに紛れて下らないギャグかますのはおやめなさいっ。スカフィードっ、返事してくださいっ!」  ………………  ………………  やはりない返事。さすがに三人とも青くなる。 「なんでスカフィード、返事しねぇんだ? まさか寝てるんじゃねぇだろーな?」  そうかもしれない。だが、こんな再三の通信に気づかないなんてことがあるだろうか!? 「五月サン、フォルシーを呼んでください! フォルシーなら何か知っているかもしれません!」 「うん!」  五月がフォルシーの笛を吹く。もはや冗談でモノを語れなくなってきた。景はそわそわしながら、フォルシーの来るのを待った。  ほどなくしてフォルシーが飛んで来た。 『お待たせしました。スカフィード様が心配なさっておられますよ』 「え?」 『はい?』 「スカフィードが俺たちを心配? ――じゃあ、あいつ、無事なのか?」 『無事? 先程より勇士様方にずっと通信をとっていらっしゃいましたが、あまりに通じないので、お前行って見てこいと――』 「? 解らんなー、とりあえず乗るかあ」 「そうだね」  博希と五月はフォルシーに乗った。それを確認してから、景もフォルシーに飛び乗る。  乗っている間じゅう、景は、考えていた。  なぜ、通信が届かなくなった。  しかし、そこまで深刻に考えるほどのものではなかったことを、彼はこの後すぐ知ることになる。 『スカフィード様あ』  もう見慣れてはいたが、久し振りの家が見えてきた。煙突からぽぽぽと煙がたちのぼる。 「博希! 五月! 景! 心配したぞ、連絡がつかなくなって――」  しゅっ、しゅっ、と、布のこすれあう音をさせながら、スカフィードが家から出てきた。 「そっちこそ連絡つかねーで、こっちを心配させたんじゃねーか。何やってたんだよっ」 「だからずっとお前たちに連絡をだなあ……」  その時景が、ポン、と手を叩いた。 「あ、そうか。解りました」 「え?」 「何が解ったの。カーくん?」 「通信が不通になった理由ですよ。――話し中の電話につながらない電話の理屈です」 「話し中の……?」 「多分僕らがスカフィードに通信を開いたのと、スカフィードが僕らに通信を開いたのとが、ほぼ同じタイミングだったのでしょう、ごくマレなことですがね。だから通じなかったのです」 「なんだ、フタ開けてみりゃ案外くだらねぇことだったんだなァ」 「くだらないとはなんだっ。私はもうムチャクチャ緊急でだなっ……」 「え?」  スカフィードの言葉に、景は振り返りかけたが、そのセリフは博希の余計な一言によって一時的に差し止められた。 「こっちも緊急なんだよ。アイルッシュに帰りてェんだ。それと腹減ってるから飯食わしてくれ」 『アイルッシュに帰る』という博希の言葉に、今度はスカフィードが反応する。 「……なにっ……?」 「博希サン!! あなたという人は一体どこまで傍若無人なんですっ!!」  スカフィードは瞬間、全身から力が抜けた。言いかけたら今度は景が自分の言を遮ったことで。 「俺はフツーに自分の欲望を吐き出しただけだろっ」 「そういうのを傍若無人だっていうんですよっ。だいたいスカフィードも緊急だったというではないですかっ。聞いておやりなさいっ」 「あの」 「聞くつもりだったよっ。お前は先走って怒りすぎだっ」 「あの……な」 「あなたは先走ってモノを言い過ぎですっ、少しは人の話をお聞きなさいっ」  五月はオロオロしながら二人を見ている。 「やめてよう、二人ともー。スカフィードが」 「五月サンは黙っててくださいっ!」 「五月は黙ってろっ!」 「ひゃう」  五月はしゅるしゅるとちぢこまった。 「お前はどうなんだよっ。先走ったことはないってのかっ!?」 「ありませんねえ、僕は冷静に先のことまで考えて動きますからね!」 「うあーん」  五月は頭を抱えて二人の間をぐるぐると回っている。それで彼はやっと気がついたことがあった。いるべき人物がいない。 「……スカフィード?」  スカフィードは博希と景が口論している間、キッチンへ行っていたのだ。無論親切にスープを出してやる為ではない。彼がキッチンから戻ってきた時、その手にはおたまと鍋のフタがしっかりと握られていた。 「……?」  五月は少しだけ首をひねったが、彼が何をするつもりなのかは、すぐに、解った。うんと強めに自分の耳を押さえる。  スカフィードは両手を静かに挙げると、勢いよく、おたまと鍋のフタを叩きつけまくった。  がいんがいんがいんがいんがいんがいんがいん!!!! 「人の話を聞けェェェ――――――!!!!」 「うおああ」 「うわっ」   議論はそこでいったん止まった。博希も景もゴムパッチンをくらった犬のように呆けた顔をしてスカフィードを見た。 「議論を始めると熱くなって周りが見えなくなるっ。その点からいくとお前ら二人とも同類だっ。私の話を聞けっ」 「――わーったよっ」 「はい。すみませんでした」  あぐらをかいて頭をかく博希と、正座で素直に謝る景。耳をふさいでいた手を外した五月は、ほっと嬉しそうなため息をついた。 「まず聞こうか、なんで、アイルッシュに帰る?」 「五月サンの精神状態がかなりナーバスになっているんです」 「どうせ明後日は終業式で、それが終わりゃ夏休みだ」 「それでね、夏休みになってからゆっくりこっちに来ようと思ったの」 「また一年くらい待たせてしまうかもしれませんが――構いませんか?」  スカフィードはそれを黙って聞いていた。 「……そう、か。……実はな、私も、お前らにアイルッシュに帰ってほしいと思ってたんだよ」 「なんですって?」 「最近、また、“ほころび”の反応があった。間違いなく、アイルッシュに向かって開かれたものだろうと思う。スイフルセントの時のこともあるし、またアイルッシュが混乱に陥るかもしれん――」  三人はあの時のパニックを思い出していた。ヘリ一台損傷したりマスコミが騒いだり。 「そりゃヤだなァ……」  博希がつぶやいた。 「今度は誰が行ったの?」 「解らん。だが“ほころび”の規模などから見て、小柄な――そうオレンジファイの総統、リテアルフィの可能性が強い」 「リテアルフィ――覚えました」  景は眼鏡をくいと上げた。瞳が鈍く光った。 「よし、じゃあ、作りたてのスープをご馳走しよう」  スカフィードは明るく笑って、腕まくりをする。おたまと鍋のフタを持ち上げて、台所へ行った。 「待ってましたっ!! 俺大盛りで頼むぜ~~!」 「新しいハーブが手に入ったんだ。五月、食べるか?」 「スープの中に入ってるの?」 「そうだよ」 「うん、もらうー。ママ、ハーブが好きなんだよ、ぼくもときどき食べるの」 「一株あげようか?」 「ダメですよ。僕らの世界にはないハーブですからね、五月サンのお母様が混乱してしまいます。そうなったら五月サンが困るでしょう」 「……あっ、そうかあ。ごめんねスカフィード、やっぱりいいや」 「そうか。じゃあ、味わって帰るといい」 「うん」 「僕もハーブ入りでお願いします」 「解った解った」  三人とスカフィードは賑やかにスープを味わった。 「じゃ」 「行ってきまあす」 「いきますよ――『ホールディア』!」  一室に生まれる“ほころび”。 「気をつけてな」  “ほころび”が縮んでいく。三人を飲み込んで、“ほころび”は消えた。 「…………」  スカフィードはふいとライフクリスタルを見た。皇姫マスカレッタの、ライフクリスタル。 「……、……!」   びしっ。 「……ヒビ!? ……」  スカフィードは青くなった。これを割らすようなことがあってはいけない、だけど、……!? 「皇姫、…………」  スカフィードはライフクリスタルを抱きしめた。  頼むから。  もう少しだけ――  白い髪の毛が、ふわりと揺れた。 「到着ー」  今度はうまく着地して、三人は温室に戻ってきた。 「今、ちょうど午前十時ですね」 「もう少し、時間つぶしてから帰ろうぜ? せめて昼ごろにさ。怪しまれるかもしれねぇし」 「そうだねえ」 「じゃどこで時間つぶします? 大通りの電器屋にでも行きますか?」 「……退屈そうだけど、仕方ねぇか」 「行こー。ぼく公園でもいいなあ」  三人は学校を賑やかに出ていった。  ――そんな三人を、職員室の窓から見つめる影が、あった。 「二週間弱……といったところか。ファンフィーヌはそうもたなかったな」  影はまたパソコンに向かい始めた。 「リテアルフィを送り込んだがどこまで『遊ぶ』つもりか……」  くくっ。  唇の端だけで笑う。  時間をつぶして、三人が家路についた時、時間は昼の1時頃だった。 「じゃあ、あした、学校でな」 「うん」 「それでは」  今日はうんと早く帰れた。博希は自信を持って、玄関を開けた。 「ただいまー」  瞬間!  スカカカカカカカカカカンッ!!!! 「うげえっ!?」

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