窓の中のWILL

Chapter:15 「あったかい」

 三人は、いきなりのスカフィードからの「帰れ」命令に、一瞬、呆気にとられた。 「ど……どういうことだよ、帰れって」 「アイルッシュに? つまり、ぼくたちのもといたところに帰れってこと?」 「なぜです?」  スカフィードは言った。 『実は……アイルッシュに、何らかの障害が出ているようなのだ』 「なんだってえ!?」 『この世界に再び“ほころび”ができた。お前たちがこの世界にやってきたときの“ほころび”と似ている。そこから……イエローサンダ総統、スイフルセントがアイルッシュヘ向かった反応がある!』 「え――――――っ!?」 「スイフルセントがアイルッシュヘ!?」 『だからいったん帰るんだ。帰って、とにかくスイフルセントを倒すか強制送還してくれ!』  博希たちは戸惑った。 「ンなこと言うけどなあ、俺たちはどうやって帰りゃいいんだよ!?」 『心配はいらない、今、使いをやる!』  一方的に通信は切れた。 「…………」  三人は顔を見合わせた。 「どういうこと?」 「レドルアビデのヤローの差し金だろうさ……」 「エラいことになりましたね。僕たちがどれだけ向こうで戦えるか……」  その時。大きな翼の――例えて言うなら、鷹か何かに似た生き物が、博希たちのもとに降りる。 「うおわ」 『お乗り下さい』 「しゃべったあ!?」 『スカフィード様の使いにございます。勇士様方、お乗りに』 「え……ええ。そりゃ乗りますが……」  なんだかかなりいきなりですねえ。景がそう言う間もなく、博希と五月が鷹の背中に乗ったため、景も乗った。  ヒョウン!  鷹は飛び上がり、羽ばたく。 「見晴らしがいいよう」 「すみませんね、三人も……」 『いえいえ、これが仕事ですから』 「鳥の背中にのったのなんか初めてだぜっ」  三人は、スカフィードの家にたどり着いた。 「ありがとう」 『いえ。……スカフィード様。お連れしました』  ドアを開ける音がする。 「久し振りだな。もう、あまり話している暇はないのだが……」 「で? どうやって帰ればいいんです」 「私が、わざと“ほころび”を作る。いつでもアイルッシュに帰れて、いつでもコスポルーダに戻れるような“ほころび”をね」 「なるほど! そこから帰ればいいんだね」  景がうんうんとうなずきながら聞き、そして、言った。 「待って下さい。どこにつながっているんです、その“ほころび”は」 「君たちが最初にここにきたときに使った場所だ」 「……温室かあ……」  博希が苦笑する。また蔓に絡められて帰ってこなきゃいけないってのはやだなあ、とでも思ったのだろう。だが、スカフィードはそんな博希の心中を読み取ったかのように、言った。 「“ほころび”を召喚するには、『声』の魔法を使えばいい――呪文は『ホールディア』だ。別に、また恐怖を味わう必要はないよ」  三人はアイルッシュに帰る決意を固めた。帰ってからどうなるかは解らないが。ただし――五月が少しだけ複雑な顔をしたのを、景だけが見逃さなかった――と、つけ加えておく必要はあるかもしれない。 「いくぞっ。『ホールディア』――」  スカフィードが自分の杖を振り回して、暗い空間を作る。 「うあー、懐かしい」  自分たちが吸い込まれた空間と同じだ。 「これが“ほころび”だ。さあ、行け!」 「おうっ!」 「うん」 「それじゃあ、また」  三人は、“ほころび”の向こうに消えた。 『スカフィード様。とても素直でいい方々ですね』  鷹がそう言うのを聞いて、スカフィードは黙った。それから少しして、言葉を絞り出す。 「……えてして人は第一印象と大きく狂うものだよ。お前にもそのうち解ると思うが……彼らを、見た目で判断してはいけない」 『……はあ……?』  鷹にとってはその意味が今一つ解らなかったが、スカフィードは、なぜか不安そうな、不思議な表情で、“ほころび”を閉じた。 「うがっ」 「きゃっ」 「わあ」  三人はまだ慣れてなかったせいか、したたかにしりもちをついた。 「今度はちゃんと着地しなくちゃいけませんねえ……」  景がぼやいたその時、博希が、焦って言った。 「おいっ、景っ。今日は何月何日だ!?」 「は?」 「あ、そうか。ぼくらかなり長いことコスポルーダを旅してたから……ぼくらも失踪したって思われてるかもねえ」  笑い事ではない。一体、自分たちは何日、コスポルーダにいただろう……景の頭がクルクルと回った。自分が眠っていたのが丸一日。旅に出て最初の村での滞在が三泊四日。次の村で一泊二日、いや自分が負傷した分も入れて四泊五日。イエローサンダ入りして最初の村で三泊四日……で、今に至る……十四日!? 「ま……丸々二週間もコスポルーダにっ!?」  景が真っ青になって叫ぶ。 「うわっ! 配達の手伝い……!」 「いやだー、ママが心配してるっ」 「勉強が……二週間も勉強が!? ……」  彼らにとって、最たる問題は失踪したとかそういうことではなくなっている。 「あ、そうだ、カバンはっ……」  カバンは確か温室に入る前、教室に置きっ放しにしてきた。取りにいかなくては。というか、今の今まで教室に置きっ放しにしてくれているのか。カバンだけ家に帰っているのではないか――  三人は温室から出た。外はすっかり暗かった。 「……どうする」 「教室に入ってみましょうか、一応……」  三人は学校の中へ入った。まだ誰かいるのか、職員室には明かりが点っていた。 「あ、ぼくらのカバンー」  五月が指差す。 「よかったぁ。あったね」 「そうですね。よかったですね」  景は自分のカバンを抱えて、教室を出ようとした。その時――彼は信じられないものを見た――。 「……七月……十三日……水曜……日……!?」 「何だとう!?」  博希が大声を上げる。黒板には日付が書いてある。七月十三日、水曜日。日直――…… 「ぼくたちが……温室に入った日だよね……」  五月が立ちすくむ。  つまり。沙織が、失踪したと噂が流れ――博希が沙織捜しを決意し――三人が温室の観葉植物に飲み込まれた――その日であったのだ。 「え――――っ!?」 「何でだよ!? 向こうにいたのは二週間だろ! 何で……何で今日が水曜日なんだ!?」 「書き替え忘れ?」 「そんな馬鹿な、二週間もですか!?」  景が時計を見る。そのとき彼は――もう一つの大事に気がついた。 「通信機がない!?」 「あ――っ! エンブレム消えてる!?」 「何――ッ!?」  三人は教室の中で慌てふためいた。 「あわわわわ」 「あわわわわわわ」 「あわわわわ」  景がしばらく頭を抱えて、そしてようやっと、冷静になれた。 「落ち着きましょう! とりあえず落ち着いて」 「あん?」 「だってもう解んないよう。どうして今日なの。二週間も旅したのはなんだったの」 「落ち着いて考えましょう。僕らは今日、コスポルーダに行った。で、二週間、旅をして、帰ってきた。そうしたら、まだ、今日でした。今、時間を見ましたが、僕らが温室に入ったときから、約二時間程しか経っていません。ということは――」 「ということは?」 「向こうとこっちでは、かなり時間の隔たりがあるということです。こちらの一時間が、向こうでの一週間から十日ほどだと考えたほうがいいのでしょう」 「そらまたずいぶん……」  エラい差だよな、一日中ここにいなくても、向こうじゃあ何か月も旅したことになるのか――博希は思った。 「そして」  景は続けた。 「僕たちがつけていたはずの通信機や、エンブレムが消えています。こればっかりはどうすることもできません」 「あぁ!? どうするんだよ、いくら『声』の魔法を使っても、エンブレムなきゃあ鎧装着もできないだろっ!?」 「そんなこと僕に言われても解りませんよ! 今日のところは帰りましょう、明日になれば何か進展があるかもしれませんから。五月サンもそれでいいですね?」 「え」 「……五月サン?」 「あっ、うん。帰ろう帰ろう」  五月はガタン、と立ち上がった。それはあまりにも不自然で――教室から急いで出た五月の背中を、景は微妙な面持ちで見つめていた。 「きゃあっ」  五月が突如コケた。 「?」 「お前ら、まだいたのか!?」 「安土宮先生……」  零一が立っている。五月はどうやら彼にぶつかったらしい。  聞かれたか? ――と、景は少しだけ、警戒した。 「何やってたんだ?」 「えっ……あの」 「まあいい、早く帰れよ」 「はい……」  アドこそ何でまだ学校にいるんだよ!? ――博希はすんでの所で、そうつぶやくところだったが、景が先に察して指で「シー」とやったため、言わずにすんだ。 「はい、さようなら。すいませんでした」  景が頭を下げる。五月もそれに倣った。 「おう、じゃあな」  零一は――走って帰る三人の背中を見つめて、何か考えるようなしぐさをすると、その場から立ち去った。  博希は恐る恐る、玄関の戸を開けた。 「た……」  スコンッ! 玄関の戸――ちょうど顔の真横に包丁が刺さる。 「早く帰ってこいって、言ったわよねえ」 「………………」  博希は絶句した。母親がもう二、三本の包丁を持って、玄関で待ち受けていた。 「何て母親だっ! 息子を殺す気かよ」 「安心なさい。殺すと働き手が減るわ。夕飯四十パーセント減ね」 「そりゃねぇよ……」  博希は肩をたれた。二週間も日本食食わねぇで頑張ってきたんだぜ、そりゃこっちじゃ二時間だけどよ……博希はなんだか、そこまで考えたときに、自分が妙な時差ボケにかかっているような、そんな気がした。 「早く上がっていらっしゃい。夕食始めるよ」 「あーい」  博希はどっと疲れて、靴を脱いだ。まだ父親は店に立っているらしい。博希は、顔を合わせづらいなあ、と、思った。 「おうヒロ。帰ったのか」  思っていたのにいきなり顔を出す父親。会いたくないときに会ってしまう。えてして、こういうものである。 「あ?! ……ああ、ただいま……」 「どうした?」 「あの……ごめん、今日、遅くなっちまって……」 「ハハハ。母さんに包丁投げられたか」 「うん。……夕食減らすってさ」 「まあ仕方ないな。いいさ、俺も、素子にゃあ何度包丁投げられたか」  素子とは博希の母親の名である。 「父ちゃんも……」 「夜遊びが過ぎてな」  いたずらっぽく、父親は笑った。博希も苦笑した。 「さあ、夕飯にしよう」  景はいつもやるように、厳かに玄関を開けた。 「ただいま帰りました」  今日はお手伝いさんは休みらしい。まず出てきたのが、母親だった。 「まあ、お帰りなさい、景さん。お父様がお待ちですよ」 「はい」  かなり遅くなってしまった。厳格な父親が怒っていないわけがない――景は考えて、自室にカバンを置いてからすぐ、父親の書斎へ行った。  コンコン――ノックを二回。 「景です」 「入りなさい」 「遅くなりました。ただいま帰りました」 「うん。ずいぶん遅かったようだが」 「はい」 「理由は言わぬのか」 「父様は言い訳がお嫌いでしょう」  景はそこまで言って、しまった――と思った。言い過ぎた。景は心の時を止め、父親を見つめた。 「ふん、まあ、確かに正論といえば正論か……行け。明日からは早く帰るように心がけること」 「はい」 「遅くなるようならちゃんと言うんだぞ」 「はい、すみませんでした」 「もう謝らずともよい。夕飯がまだだろう」 「はい」  景は父親の書斎を出て、すぐに、はあ――……っ、と、息をついた。今に始まったことではないのだが、ひどく、息苦しかった。  五月の家は二世帯住宅である。家の外についている階段で二階まで上がると、五月はドアを開けた。 「ただいま」  いきなり、母親が走ってくる。 「メイっ」 「わあ」 「どうしたの! どこ行ってたの! 心配したのよっ」 「ご……ごめんね」   まあまあ落ち着きなさい――と、父親が言って、騒ぐ母親をなだめた。 「お帰り、五月。今日は遅かったんだね」 「うん。……」 「メイ、ご飯がまだでしょう。ちゃんと準備してあるのよ」  だが五月は、かぶりを振った。 「欲しくないの」 「え……!?」 「いらない。ぼく、もう、寝るね?」  これを聞いて前後不覚になるほど焦ったのは母親である。 「どうしたの!?」 「ううん」 「熱でもあるの!?」 「ううん」 「風邪ひいたの!?」 「ううん」  父親が、母親をまたも押さえた。 「ほらほら、レイ。だめだよ、五月が食べたくないと言うなら、休ませてあげよう。靴を脱ぎなさい、五月」 「うん」  五月は靴を脱いで、そろえた。 「じゃあ、ぼく、部屋にいるね。多分、もう、寝る」 「そうだね。もし、何か食べたくなったら、いつでもキッチンにくるといい」  父親は母親の肩をぽんぽんと叩きながら、五月に言った。 「……じゃあ、スープだけ、もらう」 「そうか。じゃあ、後で、部屋に持っていくよ」 「うん」  五月は部屋へ向かった。 「アッキー~~!! メイがおかしいのおおお!! お医者様に連れていったほうがいいのかしらあ!? それとも救急車を呼んだほうが!?」 「落ち着いてレイ。五月なら大丈夫だよ、僕たちの子だからね?」 「でも~~」 「何かあったら僕が救急車を呼ぶから」  君じゃあ救急車じゃなくて消防車か霊柩車を呼びそうだからね――父親はそんなことを思ったがロには出さなかった。父親は五月の背中を見つめると、台所へ行って、コンソメスープを温め始めた。  五月は部屋に入ってベッドに横たわると、ポケットから小ビンを出した。小ビンを握って――目を閉じる――五月の思惑とは反対に、すうっ、と、涙が流れてきた。 「………………」  小ビンの中には、砂浜があった。波の音が聞こえてきそうな気が、した。  ――――どうして?――――  五月のため息は、ふっと生まれて消えた。  違うんだ。ぼくは。  ぼくはそんなつもりじゃなくて。  どうして?  小ビンの青さに、砂浜の白が溶けた。  ヒロくんと、カーくんだったら、こんな時、どうするのかな――  五月がごろんと、寝返りを打ったとき、父親がコンソメスープを持ってきた。 「具合はどう」 「うん」  悪くないよ――五月はそう言って、コンソメスープを受けとった。 「おやすみ」 「おやすみ」  父親が出ていってから、五月はコンソメスープを一口飲んだ。 「あったかい」  ぽたっと、涙がこぼれた。

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