窓の中のWILL

Chapter:36 「この者は、明日には生きておらぬわ」

「しらばくれる?」 「あなたはいつもそうなのですね」  ファンフィーヌは、少しだけ――レドルアビデをにらむふうを見せた。 「私の都市――パープルウォーの一村、ウォーアビスにおいて、【伝説の勇士】が現れました」 「デストダから聞いている」 「ご存じの通り、あの村は男子禁制。それはレドルアビデ様、あなたがお言いつけになったことです」 「……そうだった、かな」 「その法に基づき、彼らを処刑しようとした際、何者かが邪魔をしたという報告がデストダからありました」 レドルアビデは髪をかき上げた。真っ赤な髪の毛が、わずかに、揺れた。二人は見つめあったまま、動かない。 「ふん」 「実の所、ウォーアビスは執政官失脚に追い込まれたようです。邪魔をした者が誰であるかは――」 「うん?」 「レドルアビデ様、あなたが一番、ご存じなのではないですか」 レドルアビデはちらりとファンフィーヌを見やり、窓の外に目をやった。 「レドルアビデ様」 「――邪魔をしたのが俺だと――そう、言ったら、お前はどうする」 「邪魔をしたのはあなた自身ではないでしょう。誰かが――あなたの命を受けた、誰かが」 「たいした推理力だ」 「なぜ、そんなマネを」 「伝説の勇士たちを――生かしてみたくなったのよ」 「生かしてみたくなった……?」 「そういう理由では、不服か」 「そのために、各都市の総統が、もう二人まで砂となっています。それでも、勇士たちを野放しにしておくと」 レドルアビデは、少しだけ、口をつぐんだ。そして、しばらくして、窓の外を見ながら、唇の両端に笑みを浮かべた。牙が鈍く光った。 「構わぬ。奴らの強さ、見せてもらおうではないか」 「!」 ファンフィーヌは黙った。その、あと、震えそうな瞳で、レドルアビデを見上げると、しっかりと見つめたまま、聞いた。 「では! ……ではもし私が、砂となっても――それは、レドルアビデ様にとっては、勇士たちの強さの指針としてしか――感じられない、そういうこと、ですね?」 レドルアビデはふっと、ファンフィーヌの瞳をのぞき込んだ。今何よりも彼女が欲していたのは、言葉だった。 「…………そう、だ」 それだけ、レドルアビデはただその一言だけを、ぼそりとつぶやいた。 「――私が、手を下さずとも、次の村が――ウォーレイドが下すかもしれませんわよ?」 「ふん。もしそうなったら――その時は、奴らに俺と戦うだけの『運』がなかっただけと考えるまで」 「……そうですか…」 ファンフィーヌは終始、レドルアビデに近づくことなく、また触れることもなく、静かに頭を垂れて、退出した。  レドルアビデは窓の外の気配を認めた。 「いるのか」 デストダが窓より入ってくる。 「聞いておりました」 「……無粋なマネをする」 レドルアビデは少しだけ笑った。今日は機嫌がややよいらしい、と、デストダは彼の笑顔から悟った。 「それにしても」 ふいにそうつぶやいたレドルアビデに、デストダは顔を上げて彼を見た。 「…は?」 「お前はいつから額でもしゃべるようになったのだ」 デストダは額を押さえた。今彼の額には、やたら大きく開けられた口が唇つきで描かれていた。レドルアビデにはそれが誰に描かれたものであるかが、はっきり解っていた。 「……皮肉にございますか」 「イヤミだ」 レドルアビデはそれ以上何も言わず、黙ってデストダを見た。それが退出せよとの合図であることを、デストダはこれまでの経験から解っていたし、何より、レドルアビデが無口になったので、これ以上、自分が何かを言っても仕方がない。デストダはファンフィーヌの居城を目指して、飛び立つことにした。 「博希サン、朝ごはんですよ?」  シャワーを浴びてからしばらくして、博希の様子がおかしいことに、景はさっきから気がついていた。何か考えごとでもしているのか、珍しいこともあるもんですね――そんなことを考えながら、彼は天井を見つめたままの博希に声をかけた。 「おう」 博希はやはりぼんやりとベッドを降りると、運ばれてきた朝ごはんを口に頬張った。しばらく、無言の朝食。カチャカチャと食器の音をわずかにたてながら、三人がモグモグ口と胃の運動を活性化させていた時に、博希が、ふと、つぶやいた。 「な――んか、引っかかるんだよなあ」 博希はフォークをくるっ、と回した。 「引っかかるって、なにが?」 五月がスプーンを口から出してそう聞いた。 「男を人柱にして、何か、いいコトあんのかよ? えーっと、なんつったっけ、マリックとかいう」 「マリックぅ?」 「メリットですか」 「それだ」 「全然違うよ」 「およしなさい五月サン。……確かに、そうですけど、……五月サン、昨夜、そこのところは聞かなかったのですか」 「うーん、あのね、人柱を出したら、この村は平和なんだって。言わなかったっけ?」 無論、景は五月が今朝早く口走った内容はすべて覚えていた。しかしその時は五月の話が本人にも解らないような文法で構成されていたし、五月が夢の中に半分足を突っ込んでいるのではという可能性も考えたため、流す程度に聞いていたのだった。 「解んねーのはソレだよ」 「ドレ?」 「男を人柱に立てたからって平和になる村があるかよ」 皿の中身をすっかり空にしてしまった博希は、なんだか、怒っているふうにも見えた。少し、瞳が潤んでいた。 「まあ、それは……」 「女を人柱に立てたら村が崩壊するって訳でもねーだろーによ。――決めた。今日は一日、この村の探索やろうぜ。三方向に分かれりゃ、早いだろ」 景はついさっきまでそう言おうと思っていたのである。それを、今日に限って、博希が先に言った。これはなんだかタダゴトではないような気が、景はした。 「いつになくマジメなこと言いますね」 冷静にそう言ってのけたが、心の中は相当動揺している。博希はそんな景の心を読み取ったのかどうなのか、ちょっとだけ胸を張って、言った。 「ハン、俺だってたまには、――――アレ?」 「ヒロくんっ!?」 多分自分でも感覚がなかったに違いない。博希は不可思議な顔をしたまま、まるで棒のように倒れた。 「どうしました、博希サン!?」 「わからん」 床に大の字になった博希は、そのポーズを維持したまま、というよりは、そこからもう一歩も動けなかったためと解釈してもいいだろう、つぶやいた。 「ドキドキする」 「は? ……あ、」 景は何かを思いついたのか感づいたのか、博希の手首をやにわにつかんで脈をとってみた。 「……またこれはずいぶん速いですね……」 景はそれで、先程自分が一瞬のうちに立てた仮定を完全に確信した。彼は博希の目の前に自分の頭を持ってくると、博希の額に自分の額をくっつけた。 「――――」 しばらくの沈黙があって、景は五月に言った。 「五月サン。博希サンのベッドをめくってください」 「どうしたの」 「熱があります」 「熱?」 「風邪かなにかだと思いますが――この世界の病気に関して、当然ながら僕は全くの素人ですから。ただ、熱があるのは確実です。おそらくは八度近くあるのではと」 「……ああ……それで朝メシ、味がしなかったんだなあ……」 「何で早く言わないんです!?」 「ヘルシーコースかと思った」 「ヘルシーを馬鹿にしてるんですか? 熱のせいで味覚がブッ飛んだんですよ、ほら立てますか?」 「……無理っぽい……」 くらり、と、博希の体が揺れた。 「危ないよっ」 「相当ひどいようですねえ……この病気がいったいなんなのかさえ解れば、手の打ちようもあるでしょうが。五月サン、申し訳ありませんが、宿の方に事情を話して、お医者様を呼んではいただけませんか?」 「うんっ。行ってくるね」 足音が遠くなる。 「しばらく待っていればお医者様が来ますからね、……うんしょっ」 ベッドに博希を寝かせる。 「な――んで熱なんか出したかなあ……」 「まさか熱を出したのが初めてって訳ではないでしょう?」 「そりゃな、だけど、そういえば昨日からなんかだるかったし、旅の疲れが出たかなあ……」 「出るなら真っ先に僕か五月サンだとばかり思っていましたが」 「五月はしょっちゅう寝てるから大丈夫なんだろ」 「なるほど、ですが、――」 あなたはどうなんですか、と聞きかけて、景はやめた。いくら博希でも五月の睡眠時間にかなうわけはないと思ったせいもあったし、病人に鞭打つようなマネは好きではない、と思ったせいも、少しはあった。  それにしても、と思って、景は、別の言葉を探した。 「……博希サンがいつもとかなり違うマジメさになったときは熱のあるときなんですね」 「何で」 「さっきそうでしたよ。おかしいと思ってたらいきなり倒れるんですから」 「すまん」 博希は赤っぽい顔で素直に謝った。 「とにかく、その病気を治すのが先ですね、それまではどうあがいてもこの村を出ることはできません。鎧装着も、ひょっとしたらずいぶん先のことになるかも――」 「――――」 博希の顔色が少し、変わった。 「どうしました!?」 「寒、――い」 「!」 景は焦った。熱があって寒気がする。この症状は明らかに、自分たちの世界でいう風邪である。が、この世界で一体どういう診断が下されるのかについては、全く解らない。どうしたらいいだろう――景はとにかく、博希と五月と、それから自分の分のコートをハンガーから下ろすと、博希の眠る布団にまとめてかけた。今の景には、ただ、見守るしかなかった。 「他に、気分のよくないところはありますか?」 「あ?」 「頭が痛いとか、お腹が痛いとか、吐き気がするとか」 「イヤ、ただ、寒い」 階下ではわずかに騒がしい声がしている。五月が首尾よく伝えてくれたのだろう。しばらくして、五月が部屋に戻って来た。 「おかみさんに言ってきたよ、すぐ、お医者さん来るって」 「そうですか。ありがとうございました」 「ヒロくん、どう?」 「寒気があり、熱が認められるということは、風邪と同じ症状だと思うんですけどね、……ここではどういう病気になるのか、解りませんから……」 博希が布団の中でわずかに震えた。 「ヒロくん」 「くそぉ、寒ィ……」 その時、やたらに若い感じのする宿屋のおかみが、コップを持って入ってきた。 「お加減はいかがですか。医者を呼びましたので、もうしばらくの辛抱ですよ、……」 コップをテーブルの上に置く。 「お手数をおかけします」 「いいえ。……お、お大事に、……」 「…………?」 景と五月は、宿のおかみの様子が奇妙であることに、同時に気がついた。 「どうしたのかなあ」 「さあ。……さっきはどうだったんです」 「うん、僕が、ヒロくんが熱出したって言ったら、すごくびっくりしてた」 「すごくびっくり? …………」 「お医者さん呼んでって言ったのに、焦ってたのかなあ、なかなか、呼んでくれなかったの」 「変ですねえ」 景は少しだけ首をかしげた。景と五月はそのまま、医者の到着を待った。  五月には医者を待つ時間が、うんと長く感じられた。洗面所から水を汲んできて、ぬらしたタオルを博希の額に当てる。 「おや、五月サン、なかなかいいことをしますね」 「ママがいつもぼくにやってくれてるもの」 パパは美味しいスープを作ってくれるし、ママは、一日中ぼくについていてくれるの――五月はそう言いながら、タオルをしぼった。  景はその光景を微笑ましく見ながら、胸の中を騒がせていた。  自分は何かを考えなくてはいけないと思った。だが、その何かが見えてこない。難解な数学の問題のようですね、何も解らない。解き方も、答えも。  胸の中がモヤモヤする。何でこんなに胸が騒ぐんでしょうね、と、景は自問自答した。一番引っかかるのは――病気のほうが先に逃げてしまいそうな博希が、熱を出したこと。もしかしたらそう気にすることではないのかもしれない。一晩寝たら、きっと、元に戻るだろう、……。   いけませんね。   僕ともあろう者が、動揺している。  目の前で博希が倒れるのは初めてだったために、景の動揺はいつになく激しかった。道に落ちているものを食べても食中毒にはならない博希である。小学校がインフルエンザで休校になったときに、あまり嬉しくて景の家の隣の公園で爆竹を鳴らした博希である。ちなみにその時は五月も景も家で倒れていた。熱が下がらずに寝ていた景の耳に、爆竹の音と、過激派と勘違いした警察の怒号と博希の親の平謝りする声が聞こえた。翌日博希が「パトカーに乗った」と自慢気にしゃべった事もあいまって、景は『そう』なのだと察した。  それくらいの男なのである。それが風邪で倒れた? 熱を出した!?  景のモヤモヤはなかなかに大きかった。  ――しばらくして、階下がにぎやかになった。 「もしかしてお医者さんかな」 「多分そうでしょう。失礼のないようにお迎えしていらっしゃい」 「はあい」 五月はとたとたと階段を下っていった。 「早く早く」 「待てい。そのように急ぐな」 声の質からすると、老婆のように、景には思われた。そしてその予想は六割方当たったと見ていい。 「患者はどこぞな」 「あのね、あそこ」 五月が医者の手を引いて博希の元まで連れていく。 「早く診てあげて。すっごく苦しそうなの」 景は五月に引き連れられていく医者に、軽い会釈をもってしか挨拶ができなかった。この声。この口調。どう聞いても、老婆のもの。だが。 「何をつったっておる?」 「え、……」 「ワシが『若い』のが、そんなに奇妙か」 読まれた、と思って、景は体を堅くした。そう、目の前の医者は、その口調や声に反して、異様に若かった。見かけからいうとスカフィードと同じくらいか。 「いえ、その、……」 「よい。そのことについては後で話そう。……この者の診察が先じゃろ」 「ええ。よろしくお願いします」 やっとそれだけ言えた。医者は、「ふむ」とうなずくと、カバンの中から、銀色に光る水晶を取り出した。 「ライフクリスタルですか、ひょっとして」 「年の割にモノを知らぬようじゃの」 「……ええ、まあ、」 景は言葉を濁しておいた。 「これはワシのライフクリスタルじゃ。これで透かせば、こやつの病状など手にとるように解るわ」 「ふうん」 五月が例によって興味深げに医者のライフクリスタルを見つめている。彼の瞳に、ライフクリスタルの銀が静かに溶けた。  医者はライフクリスタルを博希の顔の位置までもっていった。 「わあ、キレイ」 キイン、と、微妙な音を立てて、微妙な具合に光り出したライフクリスタルの美しさに、五月が思わず声を上げる。 「しっ、静かに見ていましょうね」 景は五月を軽くたしなめて、自らもライフクリスタルに目をやった。そして、思った。ヒビひとつない。吸い込まれそうな銀色に、景の心も吸い込まれそうになる瞬間に、医者がつぶやいた。 「……厄介なことになったのオ……」 そのつぶやきを、五月と景が聞き逃すはずがない。 「ヤッカイなことって、どういうこと?」 「何が厄介なんです!? まさか、結構、重大な病気だった――なんてオチ、なしですよ!?」 医者はライフクリスタルをカバンの中にしまった。苦しそうにうめきながら目を閉じている博希の顔に、手のひらをかざす。 「我が名においてこの者に命ずる――スルゥピア」 「!」 博希の体が光って、繭のようなもので覆われていく。 「あなたっ、一体……何をしたんです!?」 「ヒロくんがあ、ヒロくんがおカイコさんになっちゃったあ」 あまりにいきなりのことで混乱し詰め寄る景と、訳の解らない解釈で突然に泣きじゃくり始める五月を目の前にして、医者は椅子に座って二人の方に向いた。 「これが今ワシにできる最善の策よ。……こうでもしなければこの者は、明日には生きておらぬわ」 「え!?」 「どういうこと? ヒロくん、おカイコさんのまま、死んじゃうの?」 「ちょっと違いますよ五月サン。でも、博希サンの命が危ないということは事実のようですね。――説明してもらいましょうか、全部」 景の冷たい口調とその凍るようなまなざしに、医者は不思議な笑みを唇に浮かべた。逆に景がぞくりとするより先に、五月が、何か、怯えたように、その笑みに反応して、景の服をきゅっと握る。 「よかろう。二人とも落ち着いて座るがよい」

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