ひとみで みかづき つかまえて

2. 今日一番会いたくないと思っていた人

 見上げるほどの長身に、爽やかな印象の短めの髪。  ブラウンがかった淡い瞳は、見つめているだけで吸い込まれそうだ。  顔から全身へと視線を移せば、その身に(まと)っているのはスーツではないか。  頭をよぎったのは、同級生の可能性だった。  祝日の朝、しかも成人の日に、こんな若者がスーツ姿で出歩いているなど、かなりの高確率で新成人なのではないだろうか。  だけど問題は「誰か」ということ。  スーツを着こなす姿はどこか大人で、清潔感溢れる好青年といった雰囲気。  こんな子が同級生にいただろうかと思うほどだ。  思い浮ぶ男子生徒を一人ずつ当てはめてみようにも、二日酔いで頭の中はぐるぐる。  私は文字通り頭の中が真っ白な状態で、目の前の少年をまじまじと見つめた。 「瞳さん……だよね?」  ちょっとハスキーな低い声がトンと胸を打つ。  私のことを呼ぶ時は、みんなあだ名か名前の呼び捨てだった。  「瞳さん」だなんて呼び方する同級生、思い当たるのは一人しかいない。 「僕のことわからないかな? 同級生の……」 「三日月くん!」 「そう、三日月 蒼(みかづき あおい)」 「えええええー!」  中学校卒業以来の再会だが、あまりの変貌に驚きしかない。  私とそう変わらなかった背はぐんと伸び、華奢だった体も細めながらもがっちりとした体格へと変わっている。  無口でぶっきら棒な態度に当時は困惑することもあったが、もはや角が取れたように穏やかで落ち着いているではないか。  何かの冗談ではないだろうかと、改めて彼の顔へと目をやるが、言われてみれば確かにあの頃の面影があるようにも思える。 「その『えー!』っていうのは、どっちの意味? 昔と変わらなすぎてビックリしているのか、それとも全くの別人でドン引きしているのか」 「いや、ドン引きはしてないけど……」 「あはは、冗談だよ。瞳さんはなんていうか、変わってないね」  そう言って浮かべる笑みがあまりにも優しそうで、私は胸の奥でかつてのトキメキを覚えた。  何を隠そう、三日月くんは私が中学三年間ずっと好きだった相手だ。  そして、今日一番会いたくないと思っていた人。  というのも遥か昔のある出来事が、未だに心に引っかかっているから。  ただ、会いたくないというのは言葉が少し違うかもしれない。  会うのが億劫、会いたいけど怖い、会いたいような会いたくないような。  そんなふわふわとした感情が彷徨う。  結局どこかすっきりしない気持ちのまま今日を迎えてしまった訳だが、実際に会ってしまえば意外となんとかなるものだ。  なんていうのは上辺だけで、さっきの笑顔で私の心臓の鼓動は確実に速まっていた。 「いやその、変わってないっていうのは悪い意味じゃなくて」 「うん……」 「瞳さん自身が持ち合わせている独特な雰囲気っていうか」 「ふむ……」 「しっかりとした感じはあの頃のままだなって」 「あぁ……」  抜けきらないアルコールが思考を停止させ、私の口からはまるで上の空といった言葉しか出てこない。  そもそも三日月くんって、こんなに相手のことを気遣って話ができるタイプだった!?  ここ数年会わないうちに、三日月少年も随分と大人になったようだ。  私は再びまじまじと成長した彼を見つめる。  一方の三日月くんは、反応の薄い私に向かって慌ててこう続けた。 「いやでも、今日の晴れ着姿は……大人っぽいし、すごく似合ってるよ」  えっ、ちょっと待って。  今のは「雰囲気自体はあの頃と変わってないけれど、それは幼いとか何も変わっていないとかそういうことでは決してなく、一言でいうと今日の振袖姿は綺麗だ」とフォローしてくれているのではないだろうか。  いや、綺麗とまでは言ってないないが――とにかく、この人本当にあの三日月くん!?  予想外の言葉にぶわっと顔全体が熱くなる。  私はサッと視線を逸らすと、「……ありがと」とそっけない態度で返事した。  これじゃあまるで、あの頃と逆じゃないか。  三日月くんと話す時は、気まずくならないよう相手の様子をうかがいながら、いろんな話題を振っていた記憶がある。  それなのに中学時代の三日月くんの反応ときたら、どうもイマイチなことが多く、もしかしたら嫌われているのかもだなんて落ち込んだことも多々あった。  まあ当時は本当に嫌われていたようなのだけれど――。  警戒するようにゆっくりと見上げれば、そこにはすっかり大人の男性へと成長した三日月くんの姿がある。  きゅん、と胸がときめくのを感じた。  店の出入り口が開き、朝のひんやりとした空気と店内の暖かな空気が入り混じる。  頬を撫でる優しい風に、微かに揺れる髪飾り。 「あれ……? このにおい……」  不意に三日月くんが発した言葉に、上がっていた体温が一気に下がる。  まさか――お酒のにおいが三日月くんの元へ!?  このままだと二日酔いだってバレちゃうーーー!  血の気が引くとはこのことだろう。  私からしてみれば、これは十分「修羅場」と呼べる状況だった。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿