大江戸あやかし絵巻 ~一寸先は黄泉の国~

少年と浪人①

 二人の少年が肩を並べて、釣り糸を垂らしていた。  日本橋界隈は大店(おおだな)が多くて通行人がひっきりなしだが、裏通りの川べりは二人だけの秘密の穴場だった。いつもなら入れ食いなのに、今日に限って一匹も釣れない。しびれを切らしたのか、大柄な方は釣り竿を地面に突き刺すと、 「もう、やってらんねぇや」と、仰向けに寝転がってしまう。  小柄な方は、のんびりとした口調で、 「ああ、なかなか釣れないねぇ」と応じる。  二人は同じ年に生まれて、数えで11歳。現代なら小学4年生だが、二人とも江戸っ子であるせいか、利発そうな顔つきをしている。 「いらいらするぜ。フナの野郎、縄張りを変えたんじゃねぇか」  大柄で気が短い方の名は、徳太郎。家族や友達は「トク」と呼んでいる。 「変えてやしないよ。トクがうるさいので、警戒しているんだ」  小柄で気の長い方の名は、芳三郎。家族や友達は「サブ」と呼んでいる。 「やっぱ、フナはやめて、空を描いてみねぇか。ほら、面白い形の雲が浮かんでいるぜ」  サブが見上げてみると、なるほど、亀のような形をした雲がそこにあった。 「亀を描きたいなら、勝手に描けばいい。僕はあくまで、フナにこだわるよ」  言い終わる前から、トクは筆と浅草紙を取り出していた。  浅草紙とは、安い()(かえ)し紙である。今でいえば「リサイクルペーパー」であり、普段は落とし紙や鼻紙などに使われていたものだ。ちなみに、元禄年間に浅草で数多く作られていたことから、「浅草紙」と呼ばれていた。  トクは筆にひたした墨で、浅草紙に力強い線を引く。躊躇(ためら)いが微塵(みじん)もなく、惚れ惚れするほど思い切りの良い線だった。  フナを描きたいと言い出したのは元々、サブではなくトクの方だ。しかし、今ではどうしてもフナが描きたい、とサブは思っていた。ビチビチと跳ねまわる生きのよいフナが。  その時、背後で騒々しい足音が上がった。  サブが振り返ると、土手を走っているのは、上半身が裸の若い男だ。鍛え抜かれた身体だし、いい走りっぷりである。あっという間に見えなくなってしまった。  飛脚か駕籠(かご)かきなのかもしれないな、とサブは思った。  しばらくすると、二人の顔なじみがやってきた。  一人は岡っ引きの源八(げんぱち)。日本橋界隈では知らぬもののいない、強面(こわもて)の親分である。  もう一人は桐生希之介(きりゅうまれのすけ)。サブが幼い頃から、彼の家に出入りしている浪人である。 「おい、坊主。こっちに若い男がこなかったか」と、源八が訊いてきた。 「ええ、少し前に、あっちに駆けていきました」  サブは右手で指さすと、源八はそのまま走り去っていった。希之介の方は力が尽きたのか、走るのをやめて、その場で座り込んでしまった。やせっぽっちで、からっきし体力がないせいだ。ぜーぜーと息を切らしている。  サブは頃合いを見て、 「マレさん、一体どうしたのさ」と問いかけた。 「サブ、それが大変……」と、一旦言いかけたのに、「おっといけねぇ。ガキには刺激が強すぎる。おめぇさんが怖がって夜中にちびっちゃいけねぇ」 「へん、みくびるない」と、トクが口を挟む。「俺とサブはガキじゃねぇ。もう一人前の男だぜ」 「そうだよ、途中でやめられちゃ、気になって仕方がないよ」と、サブも口を添える。 「そうか、すまなかったな。一人前の男なら、ちびるなんてあるわけねぇよな。じゃあ、性根を入れて聞いてもらおうか」  そう言って、希之介は語り始めた。少し聞いただけで、サブはすぐに後悔したが、男に二言はない。やせ我慢をして聞く羽目になってしまった。  希之介の話は、(ちまた)で噂の化け物についてだったのだ。

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