大江戸あやかし絵巻 ~一寸先は黄泉の国~

見世物小屋②

 さほど待つことはなく、サブたちの順番がやってきた。木戸銭を払って、垂れ下がった茣蓙(ござ)をめくると、そこは異空間だった。  果てしない闇が広がっており、空気は重く湿り気を帯びている。足元もぬめっているので、サブは転ばないように注意しながら、おそるおそる歩を進める。  ピチョンと水音がした。眼が暗さに慣れてくると、正面に水槽が置かれているのがわかった。もちろん、木でできたものだ。広さは畳三畳ほどだろうか。  覗き込むと、泥まみれの水が溜まっていた。蓮の葉や水草が水面の半分以上を占めている。もし、水槽の中に何かがいても、はっきり見ることはできない。  また、水音がして、水面がゆらいだ。赤ん坊の手のようなものが、水槽の縁をつかみ、すぐ水中に引っ込んでしまった。 「マレさん、今の見た?」 「ああ、何かいるようだ」  希之介は腕組みをして笑っている。サブは水槽の縁をつかんで、よく見ようとすると、「おらぁ」と野太い声が上がった。震え上がって振り向くと、背の低い男が怖い顔をしていた。 「こんガキが、そばに近寄りすぎだっ」  サブは思わず、希之介の陰に逃げ込んだ。 「すまんね。ガキのすることだから大目に見てやってくれ」  希之介がやんわりと(たしな)めたが、背の低い男はジッとサブのことを睨んでいた。 「どこでとれた河童なんだい? 河太郎(かわたろう)とか水虎(すいこ)とか、いろいろ呼び名があるそうじゃないか」 「後がつかえてんだ。旦那、さっさと出ていっちゃくんねぇか」 「けど、肝心の河童様がよく見えないしなぁ」  希之介は笑顔のまま、左肘を張って(たもと)を広げた。そのまま軽口を続けながら、男に見えないように刀の鞘の先を使って、水面の蓮の葉や水草を脇によけている。  すると、おぼろげに水中の影が見えて、ぷかりと顔が浮かび上がってきた。 「この野郎、何しやがんでぇ」  男が気づいた時には、希之介はサブを小脇に抱えて、脱兎(だっと)のごとく逃げ出していた。  小屋を飛び出すと、そのまま境内を後にして、勝手知ったる裏通りを駆け抜ける。見世物小屋の連中は追いかけてくるほど暇でもなさそうだ。希之介は人の多い通りまでやってきて、 「ここまで来れば大丈夫だろう」と、サブを地面に下ろした。 「あーあ、もう、がっかりだよ」サブは地団駄(じたんだ)を踏んでいた。  小屋の中で、サブははっきりと見たのだ。  薄暗い中だったし、泥まみれではあったけど、水槽に入っていたのは明らかに、人間の子供だった。あわただしく息を吸い込んでいたし、頭のてっぺんに皿などはなかった。そもそも、下帯をつけた河童などいやしないだろう。 「バカにしやがって。子供だましじゃないか」  まだ子供のくせに、サブはそう息巻いていた。 「けど、いい経験になったろう。これが世間ってやつだ。お天道様に顔向けのできない連中は、どこにでもいる」 「マレさん、源八親分に言いつけて、あんな連中、とっちめてもらおうよ」 「どうせ、後ろ暗い連中だ。いつまでも、あそこにいやしないさ。明日の今頃にはトンズラをかましているだろうな。小屋の作りなんて、やっつけ仕事もいいところだったろ」 「そう言われれば、そうだったかも」 「サブも、小屋の回りの空気がどんよりしているのに気づいたよな。あれはたぶん、人が大勢亡くなっているからだ。剣呑(けんのん)な奴らには関わらねぇのが無難だぜ」  それは、見世物小屋の連中が人殺しをした、ということなのか。背筋が冷たくなって、サブはそれ以上、希之介に問いたださなかった。  ただ、確かなことは、それ以降、サブが河童に興味を失ったことだ。  サブは後に浮世絵絵師になったのが、鬼や天狗、土蜘蛛(つちぐも)は描いても、表情豊かな化け物や巨大魚は描いても、河童だけは描かなかったのだ。  それはもしかすると、子供の頃の苦い経験があったせいかもしれない。

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