大江戸あやかし絵巻 ~一寸先は黄泉の国~

浪人と岡っ引き①

 希之介には、サブの知らない秘密があった。  5年前の数ヵ月間の記憶が、すっぽりと失われているのだ。その間、希之介は間違いなく、江戸にはいなかった。当時は無宿(むしゅく)として人別帳(にんべつちょう)から除籍されていた。その間、他国で人を殺めていたとか悪事に手を染めていたとも言われている。  心ない噂は吉右衛門の耳にも入っていたが、心配性の彼が息子との付き合いを許しているところを見ると、希之介の過去に関しては黙認ということらしい。  もっとも、希之介が新たな仕事と住まいを得られたのは、町名主の口利きがあったという噂もある。そのため、源八親分の仕事を陰から手伝っているのだ、とも。  どちらにしても、人の噂も七十五日である。面倒見の良さと生来の腰の低さも相まって、希之介はサブだけでなく、長屋の連中との関係も良好である。  サブから土座衛門の話を聞いた後、希之介は日本橋魚河岸で源八と落ち合っていた。昼下がりの魚市は人も減っており、密談をするにはもってこいだった。 「親分、あの野郎の土座衛門が大川で上がったようだ」 「ようだ? てめぇの目で見てきたわけじゃねぇのか」  源八は忌々(いまいま)()に唾を吐き、 「まぁ、見るまでもねぇ。大方、酒を食らって川に落ちたとか、そんなところだろう。手間がはぶけて大助かりだ」 「あの野郎は結局、どういう野郎だったんで?」 「マサとかいう半端者よ。昔は評判のいい飛脚だったが、博打にのめり込んで首が回らなくなったとかなんとか」 「そういえば、蕎麦屋の方も同病だったんだろ。博打狂いの店主のせいで、店は傾き、多額の借金をかかえていたと聞くぜ」 「『ない袖はふれねぇ』とか息巻きやがって、まぁ、蕎麦屋も言ってみりゃ自業自得だな。だから、マサに行って店に火をつけさせたんだ。まさか、その前にマサが『化け物から、火事で三人死ぬと告げられた』と吹聴しているなど、夢にも思わなかったぜ」  つまり、蕎麦屋の火事は、予言獣にかこつけた放火だったのだ。現代で言えば、マッチポンプというところである。 「その上、現場で火事場泥棒をしていたわけか。信じられねぇ、うっかり者だな。『化け物のお告げを的中させるために、当人が火をつけたんじゃないか』。そう疑われても仕方がねぇぜ。普通なら警戒して近寄らねぇものだが」  だから、希之介と源八は現場でマサを見とがめて、必死に追いかけていたのである。 「そんな風には思わねぇから半端者なのよ。場当たり的で、先の見通しが立てられねぇ」  マサの行動はどう見ても合理的ではないが、その理由はすべて行き当たりばったりだった、ということに尽きる。 「でも、声をかけたのは親分でしょう。俺は賭場の借金取り立てで一枚噛んでいただけ。火事や殺しにまで巻き込まれちゃ迷惑だ」 「おいおい、てめぇ、俺様にそんな口を叩くのか」  源八は急に声を荒げたが、すぐに周囲の目を気にした。いつのまにか、少しばかり人が増えている。希之介にしても、通行人には聞かれたくない。二人は目配せを交わし、場所を変えることにした。

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