Amazonギフトカードが当たる会員登録キャンペーン実施中!詳しくはこちら

アイノマ。

読了目安時間:4分

湯気の…ホット・ウィスキー・トディ

「へぇ、温かいカクテルというのもあるんだねぇ。こんな三角形のグラスに入った物ばかり思い浮かべていたよ」 「えぇ、カクテルというのは、それは沢山の種類がありまして、中にはこのように温かいカクテルもあるのですよ」 「今日は初めてのことばかりで、何だか知らなさ過ぎて恥ずかしいな」 「誰でも初めては何も知りませんから、恥ずかしいことはありません」  ほんのり赤かった頬が更に赤くなり、頭を掻いた男性にマスターがそう言い、男性は明るく恥ずかしげに小さく笑う。 「湯気が立って、なんだか熱燗みたいだなぁ」  思わずそう呟いた男ははっとし、マスターに頭をへこへこと下げて慌てた。 「も、申し訳ない。こんな立派で素敵なお店で出してくれたお酒を熱燗なんかと比べたりして」 「かまいません。価値観というものは人それぞれですから。それに、熱燗なんかと言っては熱燗がかわいそうです」  微笑み返すマスターの笑顔に男性も安心してもう一度、自分の為に出されたカクテルを見てマスターに聞く。 「このカクテルの名前はなんて言うんだい?」 「ホット・ウィスキー・トディと言います」 「へぇ、名前にもうホットって入っているのか。えっと、すまないけどこれはどうやって飲むのが正解なのかな? 普通に飲んでも構わないのかい?」 「はい、それでも良いですし、添えてあるシナモンスティックで軽く混ぜてからお飲みいただいても良いですよ」 「あぁ、この茶色いやつ?」 「えぇ、シナモンの香りが苦手でしたらそのままで」 「いや、大丈夫そうだ」  男性はゆっくりと数回スティックで混ぜ、そっと一口、温かい酒を含んだ。 「ほぅ……。香りがたっている感じが良いね。美味しいよ」 「そうですか。それはよかった」 「それに、温かくて。お腹からじんわりと心まで温かくなる感じがするなぁ」  口の端を持ち上げ微笑んだ男性は、やんわりとお酒にほぐされるように肩の力を抜いてぼそりと呟く。 「この感じ、何だか似ているなぁ」 「何にです?」 「あ、いやね、僕はずっと仕事、仕事でやってきた男で、忙しくていつも娘の寝顔しか見られなかったんだけど、その寝顔を見るだけでね、一日の仕事の疲れがじわぁと溶け出していくような感じになって。その時の感じに何だか似ているなぁってね」 「娘さんの事、大好きなのですね」 「うん、僕はね。生まれた時からずっと今でも好きなんだけど、娘には嫌われているみたいで。仕方ないですよね。格好も良くない、よれよれの中年だから」  男性は自分自身に嘲笑するように小さく笑うと、もう一口お酒を飲み、ほぉと温かい息を漏らした。 「朝早くから出かけて帰ってくるのは夜中。ご飯すら一緒に食べたことのない父親でね。嫁さんには子育てを全部自分任せにしてって怒鳴られていたけど、僕もせめて休みの日はって時間を作っていたんだよ。そりゃね、何度か仕事でつぶれちゃったり約束が守れなかったりした事もあったけどさ。僕は僕なりに娘と一緒に居ようとしていたんだけどねぇ。いつからかなぁ、もう娘の為に時間を割かなくても良くなっていたよ」  男性のぼつりぼつりと零れ落ちてくる愚痴に返事をすることも、相槌をうつこともせず、マスターは黙って道具の後片付けを静かにしていた。  そんなマスターの様子に少しほっとしたように、男性は小さく息を吐いて続ける。 「最近はね、接待だ何だと日曜に出かけなくても良くなったから、折角だしどこかに行こうか? って娘を誘っても友達と出かけるからってさっさと居なくなっちゃうんだよ。シャンプーは違うものを使っているし、洗濯だって何だって、家の中の物は全て僕だけ別。嫁さんまで僕と別なんだから何だかやるせないよ。娘とたまに買い物に行ったって僕は一緒に並んで歩いちゃいけないんだ」 「一緒じゃ駄目なのですか?」 「うん、駄目なんだって。どうもね、格好悪いらしいんだ。僕は精一杯お洒落しているつもりなんだけど、オジさん体型の格好悪い人と一緒に居る所を誰かに見られたくないって言われてさ。娘って言うのは年頃になると……、ってよく聞くけど、僕の家もとうとうって感じだよ」 「それは酷いですね。お叱りになられましたか?」 「いや、叱れないよ」 「何故です?」 「娘の心が離れたのは子供の為に時間を避けなかった僕のせいかもしれないし。それに、叱ったら益々嫌われちゃうじゃないか」 「そうでしょうか?」 「そうに決まっているさ。ほら、良く言うじゃないか? 逆ギレって言うやつ。あれになるに決まっている」 「しかし、それは父親を馬鹿にしている態度でしょう? 貴方が居なければ娘さんはこの世に生まれてくることもできなかったわけですし、何より、今生活しているのは娘さん自身ではなく、貴方のおかげ。自分を育ててくれた親に対しての態度とは思えませんが」  男性はマスターの言葉に引きつった笑いを見せながらタンブラーに入ったホット・ウィスキー・トディを飲み干して呟く。 「そんな理屈、あの子にわかるわけないし、屁理屈だって言われるに決まっている」  男性の呟きにマスターは仕事の手を止め、男性を正面に捕らえてため息を付いた。

Amazonギフトカードが当たる会員登録キャンペーン実施中!詳しくはこちら

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • やがて坏は満たされる〜精霊宿りの呪術医戦〜

    掬わなければ全てが地に沈む

    92,000

    300


    2021年8月2日更新

    呪術師たちが住まう森には、主という存在が立てられていた。 主が持っていた一冊の書。そこには、精霊の力を得る方法と、数百年生きる男の存在が書き記されていた。 その男は、心臓に宿し力を持った者……宿した力は『精霊』の力だ。 その存在に気づいた時、医術に呪術を組み合わせて病を治すという『呪術医』が、大きな権力者となっていた。 人々の命と、呪術医を集約するかのように建った『塔』 塔に属さない呪術医の弾圧が始まり、死者が増えて行く。 その塔の主は、書物に記されていた男だった。 『望む事、全て、思いのままに』 主が書き込んだその一文が、主の死後、呪いのように動き出し始めた。 そして、精霊を宿す『宿』が現れる。 呪術師たちの力を奪うように、後継者である行嘉貴桐の前に塔の主、来贅が現れ、『主』対『主』の闘いが始まる。 望む事、全て、思いのままに……その力を手にするのは『選ばれた者』だけ。 だが、その言葉の始まりには、深い思いが込められていた。 『僕の事を知ってはいけない』クライマックスに重ねる為の、主人公違いの過去編であり、並走する物語です。

    • 残酷描写あり

    読了目安時間:6時間12分

    この作品を読む

  • フツウな日々

    結局、君と同じことをしてる。

    6,800

    0


    2021年8月2日更新

    ごくフツウな小学生「龍」には親友がいる。 何でも知っている、ちょっと嫌なヤツだけど、先生に質問するよりずっと解りやすく答えてくれる。 だから「龍」はそいつに遭いに行く。 学校の外、曲がりくねった川の畔。雨が降った翌々日。石ころだらけの川原。 そいつに逢えるのはその日、その場所でだけ……のハズだった。 ある暑い日、そいつと学校で逢った。 会話するまもなく、そいつは救急車にさらわれた。 男子小学生「龍」と、学校の外だけで会える友人『トラ』の、何か起きそうで、何事もなさそうな日常。

    読了目安時間:3時間56分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る