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アイノマ。

読了目安時間:5分

批判と…言い訳。

 「自分のことを棚にあげて」といった手前、馬鹿になどしていないと言い切れなかったからだ。  マスターはどう答えたものかと戸惑っている女の様子を見透かしたように更に続ける。 「自分もやっている事で他人を批判する。貴女は自分勝手な方ですね」  片方の口角を上げて、嘲るような笑みを浮かべて言うマスターに女は戸惑いながらも苛立ちが先行してカウンターを掌で叩いて大きな音をたてて声を荒げた。 「なんですって! 貴方にそんな事言われる筋合いは無いわ!」  初めて入った店の、店員と客という関係であるはずのマスターに好きなように言われ、女は再び威勢を取り戻す。  マスターの言うことは正しい、女はそれを理解した。だからこそ苛立ちが湧き上がってくる。 「筋合いが無い?」  笑みを浮かべていた口角を下げ、半開きの鋭い視線を女の方に流しながら低く言ったマスターの言葉に、女は苛立ちがありながらも言葉が詰まった。  マスターは手を上げているわけでも何でもなく、ただ視線を流してそう言っただけであるのに、妙な威圧感があたりを包んでいて女はたじろぐ。 「ふむ、では視点を変えましょう。貴女から見て私は女性でしょうか、それとも男性でしょうか?」  未だ苛立ちは抱えている女が少々静かになったのを見計らって、マスターは瞳を閉じ、女に向き直って笑顔を見せる。  目の前でころころと変わっていくマスターの態度に女は身構えるように聞いた。 「急に何?」 「お答えください」  女の態度に半ば強引に答えを求めるマスター。女は上から下までマスターを眺めて恐る恐る答えを言う。 「だ、男性に見えるけど」 「そうですか。では、私も貴方に批判を受ける筋合いはありませんね」  女が応えるとマスターはそう言って顔をふいっと女が居る方向とは別の方向に向けて言い放ち、女はただただその様子に唖然とした。 「え? 何を言っているの? 私、貴方を批判なんてしてないわ」 「そうでしょうか?」  マスターは窃笑。  体の正面を女に向けて近づき、席に座る女を見下ろした。見上げれば威圧的なマスターの笑顔があり、女はごくりと唾を飲み込む。 「貴女から見た私は男。女の貴女に男はと一括りにされる覚えはありません」 「一括りって。そんなつもりじゃ」  女は迫力に負けそうになりながらも自分はそんなつもりでは無かったと言う釈明を述べようとしたが、マスターの眼光の鋭さに途中で口籠り、さらにマスターは女言葉を遮った。 「ほぉ、そんなつもりではなかったと? ではどの様なおつもりだったのでしょう。先ほどの貴女の言い分は、十分、男は馬鹿だとおっしゃったようなものではありませんか。男といったからには世の全ての男性が当てはまるわけですよね?」 「そ、そんなこと」 「一括りと言うのはなかなか便利な言葉で、つい使ってしまいますが、使いどころを間違えればそれはその人を批判したことになる。ほら、よく言うでしょ、今時の若者はとか、年寄りとか。貴女は今、それと同じ使い方をしたんです、男の前で男達はと」  目を細めて笑みを向けてくるマスターの威圧感は女の心臓を激しく鼓動させた。 (ちょっと、言っただけじゃない。どうして、私がこんなに責められなきゃならないの?)  笑みを浮かべながらもマスターの瞳と言葉は強い。  責められている理由を理解しても、素直に自分の感情の中に理由を呑み込めない女は、自分の胸の辺りが苦しくなり、鼻の奥がつんと痛くなる。  今にも涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で堪えた。  女は。  肩肘を張って頑張ってきた。どんな事をいわれようと唇を噛み締めて、汗で化粧が落ちてしまっても化粧直しなどせず、誰よりも仕事をこなした。  何を言われてもすぐに応えられるように、仕事の全てを把握する為、どんな事も嫌がらずにやった。  質問には即答。それが女のスタイルとなっていた。  問われた事柄をまっすぐ、即座に打ち返していた女だったが、このマスターには一言の抗議すら出てこない。  女は歯を食いしばる。  唇を噛み締め鼻で深呼吸を、マスターに分らないように静かに行い湧き上がってくる自分にとって不利であろう感情を押込めようとした。 (そう、マスターの言った通り、マスターは男だわ。だったら尚更、男の前で泣いてなんてやるもんですか!)  下を向いて自分を見ようとしなくなった女を微笑んで見つめ、マスターはそっと背中を向けてカウンターの中央へと戻る。その様子を眺めていた女の視界は歪み、大きく膨れ上がって瞼で支えきれなくなった涙が頬を伝い始めた。 (どうして? 涙が、あふれる……)  女は自分に起こっている自分ではどうしようもできない出来事に戸惑い焦り始めた。  詰まるように痛くなっていた鼻に空気を通し、口からゆっくり息を吐く。  高ぶった感情を抑え、過敏に反応した涙腺に、それは間違っていると通達。涙があふれて泣きそうになった時の女の対処法だった。  いつもなら、新鮮な空気を鼻に数度通してやれば、涙は流れる事無く、胸にわきあがった感情も静かにお腹の方へと下りていく。どんな場面であろうとも泣けば「女は良いな、泣けば済むんだから」と言われかねない。故に女は毎回こうして涙を抑え乗り切ってきた。  しかし、今日はどうしたことか、幾度空気を通そうとも女の瞳からはぽたりぽたりと涙がこぼれ、カウンターに小さな水溜りを作っていった。店の雰囲気がそうさせるのか。先ほど喉に流し込んだウィスキーの酔いがまわったのか。  どんなに唇を噛み締めても、どんなに瞳をしっかり閉じても、こぼれる涙はとめどない。  まるで今まで我慢していた分も全て流れ出しているようだった。 「わ、私は。貴方を馬鹿にするつもりなんて。一般的に、そうよ、一般的な言葉を、使っただけで、貴方を指した、言葉じゃ、ないわ」  涙に咽ぶ女は息を吐きながら途切れ途切れにそう言い、己の口から漏れだす自分の言葉に驚く。  今まで社会に出て一度だって口にしたことの無い「言い訳」という言葉を発していたからだった。  「言い訳」それは「弁解」。  自分を正当化する為、つらつらと並べられる口上。  女が一番嫌い、聞けば虫唾の走った言葉の並び。  それをたった今、自分で、自分の口から発しているのだ。  瞳からは涙を。  口からは情けない言葉を。女はそんな自分を確かめ、情けない自分を認めた時、自分自身に嘲笑した。  カウンターに肘をつき、顔を両手で覆って涙を流したまま、口角を上げて小さな息を吐き出すように笑う。  久しぶりの号泣に頭の中心が揺さぶられるのを覚えながらぼんやりと、カウンターの上にできた自分の涙の水溜りを見つめた。 「情けない。男の言葉にこんなに涙を流したりして……。あの瞬間でも堪えることが出来たのに」  数時間前。  女は職場の同僚でもあり、恋人でもあった男に指輪をたたき返してきたところだった。

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