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アイノマ。

読了目安時間:5分

来訪…初老の男。

「相変わらず辛気臭い店だな」  偉そうに入ってきたのは、灰色に白い筋の入った背広をきちんと着こなした初老の男。  中折れ帽を入り口のポールハンガーに引っ掛け、近くの壁に備え付けられている姿見で頭髪を直して再びマスターの方へ向き直る。 「どうかね? 調子の程は」 「これといって変わりなく」 「それは結構」  大きな腹を突き出すようにゆっくりと歩いて、カウンター席に何とかよじ登って座った初老の男はふぅと一息つく。 「全く、毎度思うがここの席はなってないな。座りにくくてかなわん」  ぶつりと一言。  小さく文句を言いながら、マスターに向かって掌を上に人差し指を立て、曲げて何かを催促し、マスターはやれやれといった風に頷いた。  初老の男はマスターに催促をしておきながら自分はゆったりと椅子に腰掛け話し始める。 「何もないというのは至極よろしい。見回りに来て何かあっては困る」  なんとも自分勝手な言い分に手元を動かしながらマスターはため息混じりに初老の男を流して見つめた。 「貴方も相変わらずですね。何のための見回りなのか」 「ふん、面倒事は儂以外の者の時にすればいい。儂はただ、見に来ただけだ」 「怠慢ではないですか?」  呆れながらもマスターは初老の男の目の前にコースターを置き、鮮やかな月光を思わせる黄色く輝く液体が注がれたカクテルグラスを静かに置いた。  初老の男は当然のようにカクテルグラスの足を持ち、下唇をグラスに押し付けるように液体を飲み干す。 「ふぅむ、今宵もなかなか良いムーン・リバーだ。知っているかね、このムーン・リバーはティファニーで朝食をという映画をイメージして……」 「知っています。貴方こそ知っていますか? その講釈はこれでもう二十回以上ですよ」 「ふん、出来損ないのくせに口だけは達者な」  マスターの言い様にそう吐き捨てた初老の男はグラスをカウンターのほうへ押しやり、二杯目を催促。  マスターはやれやれと仕方なしに二杯目のムーン・リバーを作り始める。 「どちらでもない狭間の空間でありながら、貴様は時間が経過するほどにあちら側へと向かっているようだな」 「そうですか? そのようなつもりはございませんが」 「ふん、つもりがなくともそうなっておる」 「しかし、ここはただ、狭間の空間というだけ。別に私がどのようでなくてはならないという規定は一つもございませんでしょう」 「ほれ、その物言い。まるで自分が正しいかのように言っているが、よく聞けばただの言い訳にすぎん」 「それを言うのであれば、貴方も大差ないでしょう」 「儂は親切からそう言ってやっているのだ」 「親切、ですって?」  初老の男の親切という言葉にマスターの片眉は引き上げられ、口角には不気味な笑いが浮かぶ。 「それ、今の己の顔を鏡に映して見よ。まるであちら側の者、そのものではないか。狭間を管理する者としては不適格極まりない。常に中立、常に属さぬ者であらねばならぬのに」  次から次へと吐き出される言葉に、マスターはカウンターに出そうとしていたムーン・リバーを引っ込めた。  手を伸ばしてカクテルグラスを受け取ろうとしていた初老の男は少し口をすぼめ、一体何をしているといった風にマスターを睨み付ける。  男の睨みを何とも思ってないかのように、マスターはシェイクし始めた。  暫くして出てきたのはムーン・リバーよりもずっと黄色みの少ない、濁りのある液体。 「何だ、これは」 「エルーセラです」  その名称に初老の男はたっぷりとお肉の付いたお腹を揺らしながら大きく一笑する。 「これは面白い。では、貴様は先ほどハイボールでもシェイクしていたのか?」 「ハイボール? あぁ、ウィスキーのエルーセラのことですか。私もそこまで馬鹿ではありませんから、ハイボールをつくるのにシェーカーは使いません」 「しかし、これはエルーセラなのだろう?」 「間違いなく。飲んでいただければ分かります。それが貴方の思っているエルーセラではないということが」  偉そうに瞳を細くして微笑を向けてくるマスターに、怪訝な瞳を向けてカクテルグラスの足を持った初老の男は、グラスをいつもの様に下唇に押し付ける。グラスからふわりと湧きたった香りが、すでに自分の思っていたエルーセラではないと物語っていた。 (何だ、この香りは。バナナか?)  恐る恐る口に含んでみればバナナの味と香りが前面に押し出されることなく、ライムが程よくさわやかさを演出している。思っていた以上の美味さに、思わず感嘆の声が出そうになったが、初老の男は無理やりそれを飲み込んだ。 「なかなか面白い味だな」 「ラムをベースにバナナリキュール、ライムジュース、メロンリキュールをシェイクして作ります」 「ふん、なるほど、フルーツだらけというわけか。しかし、儂はやはり美しきムーン・リバーが良いがな」 「そうでしょうね。貴方はいつ何時であろうともそのカクテルしかお飲みにならない。ほかに数多くのカクテルがあるというのに」 「ムーン・リバー以外のカクテルなど。わからぬのか? ムーン・リバーは月の美しさ、さらにはペプバーンと、その曲の美しさをも現しているではないか。これほどのカクテルが他にあるというのかね」 「それはもう、星の数ほど。貴方の様に狭く、自分本位な意見を人に押し付けているようでは、その素晴らしい星達にめぐり合うこともないでしょうけど」 「ふん、またそのような憎まれ口を。やはり貴様はあちら側で存在することになるのだろうな。嘆かわしい」  額に手を置き、頭を横に振りつつ、肩をすぼめた初老の男の様子にマスターの瞳は鋭く輝く。  咳払いを一つし、男の視線を自分に向けてからマスターはじんわりと話し出した。

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