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アイノマ。

読了目安時間:4分

夢と…ドリーム。

 柱時計の長針が十二の数字を指し示すと、マスターはカウンターに置いたグラスの脚を持って、琥珀色をしたそのカクテル越しに女を見つめて言った。 「ふぅ、全く、貴女と言う人は。本当にしようの無い方ですね。良いですか、夢は幾つになっても見ても良いです。そしてそれを追いかけるのに年齢制限は無いんですよ?」 「やっぱり、貴方は世間知らずだわ。そんな事……」 「出来るんですよ。本来ならば……。出来ないのはただ、自分自身で自分の限界と制限を設けてしまっているだけ。勿論、貴女も。貴女が望めば貴女の夢もまた輝き始める」 「私も?」 「当然です」 「……理想論ね」  女は嘲笑し、出口の方へ体の向きを変える。風に乗り、なびいた髪の毛からは白髪がのぞき、女の横顔に輝くものがゆっくりと顎へと滑り落ちていく。  自動ドアが開き、女は一瞬立ち止まって背中を向けたまま、マスターに言った。 「そう、理想。それもまた夢なのね」 「はい、夢はいつでも傍にあり、そして傍に落ちているものです。それに気づき、拾い上げるか否かはその人次第……」 「理想を追いかけるほど若くは無いけれど、夢を先に見ているのも悪く無いかもしれない」 「……カクテルはお飲みにならないので?」 「えぇ、要らないわ。悪く無いかもしれないけれど、私は追いかけ無いと思うから。なのにお腹の中に夢を飲み込むのはおかしいでしょう?」  肩を小さく揺らして少し和んだような雰囲気を背中に背負った女は、遠くに聞こえる賑やかな雑踏の音を耳に入れ、少し汚れた街の空気を吸い込む。 「それに、夢は見るものであって、飲むものでは無いもの」  女は手に提げていた薄手のカーディガンを腰に巻いて、ミニスカートから出ている足を少し隠し、右手を顔の横まで上げて手を振った。 「じゃぁね。お節介で嫌味なバーテンダーさん」  自動ドアのガラスに映る顔は少し笑みがこぼれ、晴々としているようだった。 「……良い夢を」  マスターの言葉に返事をする事無く、女は颯爽と夜の街に消え、店の柱時計が日付が変わったことを大きな鐘の音で知らせていた。  音も無く閉まっていく自動ドア。  その向こう側で胸を張って前へと進んでいく女の背中にマスターはそっと声をかけ、飲まれることの無かったドリームという名のカクテルを見つめた。 「とうとう、お飲みにならずに帰ってしまいましたね」  カクテルを手に取り、静かにゆれる水面を眺めてそっとグラスに口をつける。  口の中に広がる香りに瞳を閉じて鼻から息を吐き出し、一人心の中で呟いた。 (夢は見るもの。その通りです。が、美味しい夢を飲むのもまた一興だと思うんですけどね)    女は、鏡を見て自分の年齢を痛感した。  ……老いは誰にでもやってくる。そんな事、一生という大きく長い物差しで計れば小さな出来事なのに。  そして、同時に夢も努力も全てを捨ててしまった。  ……外見の老いばかりを気にして、その中身まで老いに蝕まれ。  見た目や着飾ることではなく、美しく自身の歳を重ねる事。それはお金で買える物じゃない。  外見を着飾るブランド品や化粧品も、それ、その人にみあった、身の丈にあった物で無いなら意味が無い。  ご機嫌取りのお世辞で与えられる褒め言葉など塵も同然。  いかに内容が濃い人生を生き、いかに過去の自分に未来の自分が胸を張れるか、それこそが本当の美しさを滲み出させる。  今現在、生きているこの時までの人生どれだけの夢を見て、どれだけの夢を諦めてきたか。  それは人それぞれ。  ただ、折角抱いた夢を諦めるのであれば、その夢に胸をはって「お前を諦めて良かった」と言えなければ意味が無い。  その時、その事柄に後悔したとしても、未来で過去の夢があったから今の自分があるのだといえたなら、それはとても素晴らしい。  今幸せでないのであれば……。  未来の自分が幸せだと胸が張れるよう、そうなるように努力をしなければならない。  諦めてはいけない。  怠ってはいけない。  己が己である為に。  鏡を見つめてみれば、そこには等身大の己自身が偽り無く映っているはず。  そこに立つアナタは一体どんなアナタだろう。  自分の背丈に、自分にみあった、内側からの美しさ。そして、そこから生まれる外見の美しさ。それこそが美ということ。  彼女は気づいただろうか?  どんなに歳を重ねても、人は夢を見る生き物だと言う事が。  そして、その夢を実現するのに年齢制限など無いと言う事を。自分にもまだまだ輝ける瞬間が残されて居るのだと言う事を。 「そう、全てを諦め、全てに怠った時、鏡には何も映りこむ事は無い。美しさも汚さも、何も無い、誰も居ない世界がそこには広がる。夢を思い出せるうちに、己自身の諦めを認識できるうちに、もう一度自分自身を見つめなければ……。全ては本当の無に飲み込まれてしまう。夢を飲み込んでしまう」  ぼそりと呟いたマスターは、グラスに残ったドリームを喉に流し込む。そして、そっと、グラスを持っていないほうの手で自分の喉をさわり、カクテルが流れていくその道を外側からなぞった。

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