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アイノマ。

読了目安時間:6分

バーテンダーと…キッス・イン・ザ・ダーク。

 その様子を心配げに見つめながら青年は天使の隣に腰を下ろす。 「何だ、心配か?」 「相変わらず天使って奴は姑息だな。こちらの事情を把握しておきながら、そちらの事情は決して教えない」 「教えてやったところでどうにもなるまい? 最も美しく事を運ぶにはこの方法が一番なのだよ」 「それが姑息だって言っているんだ。正解しなかった場合、彼女はどうなる?」 「貴様が知る必要は無い。貴様の仕事が終えるまで儂は親切にも待ってやったのだ。静かに儂の仕事が終わるのを待て。全く、悪魔はせわしなくてたまらん」  優しく緩やかな笑みを向けながらもその言葉の端々に嫌な雰囲気をちらつかせる初老の天使に、青年はただ、眉間に皺を寄せる。  ドライ・ジン、ドライ・シェリー、ドライ・ベルモット、デュボネ、そしてグラン・マルニエ。  並べられていく酒瓶を横目に初老の天使の様子を伺ってみても、天使は先ほどと変わらぬ笑顔を顔に張り付かせ、ただ、酒が出てくるのを待っていた。 「お待たせいたしました」  初老の天使の目の前に置かれたのは褐色の珈琲に近いけれどそれよりも透明度の高い色合いを見せるカクテル。 「ほぉ、これが貴様の解答かな?」 「えぇ、私の望みであり、そして、私の未来」 「そうか、なるほど。貴様ははやりあちら側に行くのだな。残念だ」  初老の天使が発した残念という言葉に眉をひそめたのは青年。  やっと、苦しく長い年月が終わるかと思った。なのに、天使によってそれが壊されてしまう。  青年の頭の中に浮かんだのは今すぐこの場から二人で逃げること。  差し出されたカクテルに口をつける天使。その様子を伺う悪魔の青年に天使が小さく笑った。 「これでお主達の試練も終わりだな」 「え?」  意外な言葉に青年は驚き、目を丸くして初老の天使を眺める。 「なんだ、嬉しくないのか?」 「いや、だって今、残念だと」 「あぁ、非常に残念だ。星の数ほどあるカクテルの中からたった一つの答えを見事に当てられてしまったのだからな。もしあたらねば彼女は再び零の、無の状態に戻され別の世界に住まうことになっていた。その時は儂の一存でどのような場所でも、存在にでも変えさせられたのだが。ふむ、実に残念だ」 「……貴方は、私のことを嫌ってらっしゃると思っていましたが」 「そうだな、好きか嫌いかで言えば今の貴様は大嫌いな部類だな」 「では、何故貴方はこの場所にやってきたのです? そして何故、次の私の選定人となったのです?」 「儂は魔が嫌いだ。その行為も言葉も態度も全てな。儂が好むのは清らかで美しく、穢れのない、そして誰よりも穢れやすいモノ。貴様の奥底にある本来の魂は儂がもっとも好むモノだ。そして、その心を持って、貴様は魔をも愛した。魔に魅了されておらぬ、穢れておらぬ貴様を一度儂の手元で育ててみたかったのだよ」 「……発想が気持ち悪いな。さすが天使だ」  ぼつりと呟いた青年の言葉に不機嫌に口をゆがめた天使だったが、そんな二人を笑顔で見つめる女の姿にふぅと一息ついて歪みかけた口を戻した。 「貴様があちら側に行く前にと思ったが、ここに来る前にそうだったのでは仕方が無かろう。貴様が生まれ変われるチャンスだったというのに、本当に残念だ」 「私は生まれ変わりましたよ。彼に会った事で。今私が私であり、私としてここに居るのは彼と出会ったからです」  きらめくような微笑を向けて言う女に、あきれ果てた顔を見せ天使は席を立つ。 「試練は終わった。貴様は貴様の未来のままに留まるが良い。聖と魔、互いの審判が下され、貴様は見事に自らの未来を勝ち得たと誇って良い。しかし……」 「しかし? 何です?」 「儂はやはりムーン・リバーが一番だ。仕事ゆえ仕方なく飲んだが、今度来た時は他のものは出さんでくれ」 「えぇ、かしこまりました」  白い翼をはためかせ、店を後にする天使に深くお辞儀をして見送った女はカウンターを出て、あっけにとられ腰掛けている青年の隣に立つ。 「えっと、何が何やら良くわかんないけど。これで本当に試練は終わったんだよな?」 「うん」 「どうして最後にバーテンダーのカクテルを?」 「分かっている事を聞こうというのですか?」 「君の口から聞きたい」 「私はずっとここに留まりたい、そう思ったからです。どんなに試練が終わろうと、私は人であり、貴方は悪魔。その事実は埋められない。貴方が人になりえないように私も悪魔にはなれない。人として過ごすなら貴方を捨て、貴方を選ぶなら私は生きることをやめなければならない。何かを選び何かを捨てなきゃいけない、そんな選択肢なら私は要らないと思ったのです。そして、見方を変えた。一切の理を持たないこの狭間の空間であれば、どちらも選ぶことが出来るのではないかと」 「……しかし、それは君が人の世界を捨てることになるんじゃないのか?」 「いいえ、この場所に居る限り、人の世界を捨てることなど出来ないでしょう。ここには生きるべきか死ぬべきかそれに迷う人々がやってくるのですから。それに」 「それに?」 「たとえ人の世界を捨てようと、貴方の傍で、死と言う形でなく居られるなら私はそれで良い。時間はかかってしまったけれど、私は貴方への気持ちを思い出した。そして、それは色あせることなく、今この時も変わらない」 「あぁ、俺もだ」  再び、互いに抱きしめあった二人はくすりと笑った。 「本当は、もう、君は思い出さないんじゃないかとそう思っていた。だから、それならそれで、君に思い出してもらえない苦しさがあっても、永遠に君をここに閉じ込めてしまう事になろうとも、この場所に君を捕まえておこうと思っていたんだ」 「それじゃ、その通りになりましたね」 「その通り? 違うな。君は思い出した。これは大きな違いだ」  そっと、女の存在を確かめるように頭をなで、肩を抱いた青年は見上げる彼女の額に唇を落とす。 「聖と魔、死と生、相対する全ての狭間に位置するこの空間。生と死の狭間でさまよう魂がその行き先を決める為に立ち寄るこのBARのマスターとして君が縛り付けられた時、俺は本当に苦しんだ。俺が君という存在に触れてしまったがゆえに何と言う運命を背負わせてしまったのだろうと。俺の命と引き換えに君を解放しようと何度思ったことか。だが、俺は弱くて、君の傍で君を感じていたかった。俺のエゴで君をこの場所どれだけの時間、閉じ込めただろう」 「貴方のせいじゃない。さっきも言ったでしょう、貴方が居たから私が居ると。それに、私はこの場所が嫌いじゃ無かった。人々が私と同じように迷い、悩み訪れ、最後にどこか何かを煌かせて去っていくこの場所。そして、貴方が訪れるこの場所が、そう、好きだった」  微笑み、背伸びをしてそっと頬に口付けする女性が呟く。 「キッス・イン・ザ・ダーク。貴方と私にこそふさわしいカクテル」 「君に贈りたいカクテルは沢山ある。でも、このカクテルは特別だ」  照れながら笑う青年の胸にしっかり女性は抱きついて、青年もまた、女性をしっかりと抱きしめた。

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