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アイノマ。

読了目安時間:6分

エルーセラと…キャロル。

「エルーセラの意味をご存知で?」 「突然何の話だ。儂はそのような話はしておらん。貴様は話の腰を折るのが得意の様だが、そのような態度を取り続けるのは感心せん。よいか、この場所は……」 「狭間の空間、至極中立で、至極自分勝手な空間。存じておりますよ。だからこそ、貴方にエルーセラをお出ししたのです」 「話の腰を折ったのではないと言いたいのか?」 「根本的な部分では」 「ふん、またしても曖昧な。話の腰を折ったのではなくとも、その理由がはっきりと見えぬのでは同じことではないか」  不機嫌をそのまま素直に現して、カクテルグラスに残ったエルーセラを一気に空に。おくびこそ出さなかったが喉奥から息を小さくだして、カクテルグラスをマスターに付き返した。 「そのように事を霞に包み、相手を翻弄して良いように操ろうという根性こそ、貴様があちら側についたという何よりの証拠。全く、何もないと思っていれば早速これだ。やれやれ、報告事項が出来てしまったではないか」  好きな酒を飲み、何事もなく帰るはずだった初老の男は、面倒事が沸いてきたことに憤然として席を立ち、ポールハンガーへと歩み寄る。 「相変わらず短気なお方で」 「何を言う、儂はミカエル様に仕える中では一番気長で一番温厚。何者にも善を見出し、善を説く」 「貴方が一番温厚で気長と? それでは数多くの陰気な短気者を部下に持ったミカエル様はさぞかし大変でしょうね」  堪えるように笑ったマスターの声は初老の男の怒りに更に燃料を注いだ形となり、男は乱暴に帽子をハンガーから取った。 「貴様に善の心はないと、誰よりもあちら側の者だということを伝えよう。覚悟しておくがいい」 「それは別にどのようにでも」 「ふん、そのように強がりを。まぁ、いい。もう二度と会うこともないだろうて」 「二度とですか、それは困りましたね」 「ふふん、今更怖くなったのか。だが、残念だな。儂の気持ちは変わらぬぞ」 「いえ、困ったのはそちらではなく、二度とお会いしないとなればエルーセラの意味をお教えして差し上げることが出来なくなると思いまして」  勝ち誇った笑みを浮かべながら去ろうとしていた初老の男は、マスターの言葉に笑みを沈めて口をつぐむ。 「だって、貴方は知らないのでしょう? エルーセラの意味を。何人にも劣らない素晴らしい知と真、そして善を持ち合わせた天使様がエルーセラの意味も知らずに居てよろしいのでしょうかねぇ」  マスターの口調は明らかに挑発していたが、初老の男は無垢な素直さを持っており、挑発だと分かっていても振り返った。への字に結ばれた口とじっとマスターを見つめる瞳はまるで意地悪をされてべそをかいている子供のよう。 「貴様がそこまで言うなら、聞いてやろうじゃないか」  聞かせて欲しいと思いながらも聞いてやろうという態度を取る初老の男に、マスターは意地悪な笑みを浮かべて初老の男に右手の平を見せてその手をひらひらと左右に振る。 「別に聞いて欲しくて言うわけではないのでお帰りいただいて結構ですよ」 「聞いてやるといっているのだ。さっさと言わぬか!」  じらすように微笑んでいったマスターに、初老の男はその場で地団駄を踏み、握った帽子をばたばたと自分の太ももに打ちつけた。 「エルーセラ、それは自由」 「ふむ、ふむ。それで?」 「自由という意味があるのです」 「……自由? そ、それだけか?」 「えぇ」  まるで何か重要な物が隠されているかのようにもったいぶっていた答えが自由と聞いて、初老の男は足を止め、瞳を丸くしマスターを見る。にっこり微笑むマスターの顔に、暫くあっけにとられていた男だったが、頭を振ってごほんと咳払いをした。 「たった、それだけの為にあんなにもったいぶったのか? 信じられん、やはり貴様は……」 「私が何処にいようと私は私。貴方にどちら側だと決め付けられる覚えはありません」 「自由だと、言いたいのか? エルーセラのように」 「ある意味そうですが、ある意味違います。私は私であると、貴方の価値観に当てはめて私という自由を奪わないでいただきたいという意味です」 「ふん、己のことも分からない半端者が己の自由を語るのか?」 「貴方は、それは正しく出来ています。全てにおいて正しく。しかし、その正しさが全てのものに当てはまるかといえば違う。無理強いは脅迫に近い。それは正しい事とはいえないでしょう?」 「そうして、自由を語るというのか」 「束縛あってこその自由。束縛があるから自由が何かが分かる。だからといって、相手を思わずただ、己の善を押し付けるのは脅迫以外の何者でもない」 「だが、善という物は等しく善であり、悪は悪」 「確かに。ただ、世界は善と悪、たった二つの事柄で全ての決着が付くほど単純には出来ていません。貴方は私をあちら側の者だといって、狭間の管理人として認めず断罪したいという。しかし、私は狭間の管理人である前に私自身。私という人格の全てを狭間の管理人として押し込め、自由を奪うのはおやめいただきたい」  マスターの言い分に一度も首を縦に振ることなく、初老の男は目深に帽子をかぶった。  ばさりと真っ白で体のわりに小さな翼を背中に広げた男は大きなため息をつき、出口の方へと歩き出す。 「何のために律がある。貴様の言うことは我らの存在自体を否定することになる。やはり、貴様は危険な存在に成長しているようだ」 「そうですか、では、お好きなように」 「無論、そのつもりだ。貴様のような存在に何を言われようと、儂が一番正しいのだから」  開かれたドアから数歩進み、初老の男は天を仰いでぱたぱたと翼をはためかせ、上空へと消えていった。  マスターはやれやれと頭を小さく振りながら、後片付けを済ませ、自分自身の為に一杯のカクテルを入れる。  深みのある濃い茶色の液体に真っ白で真珠のように美しいパールオニオンがカクテルピンに刺して沈められた。  いつも自分が立っているカウンターから真っ直ぐ前方の壁際、一番隅に椅子を引きずり出して座り、自らのために入れたカクテルをゆっくり喉へ運ぶ。 「窓があって外の風景が見られればもう少し雰囲気も出るという物ですが、仕方ないですね」  ため息混じりに打ちっぱなしのコンクリートの壁を見つめ、遠い瞳を保ちながらほぅと肩の力を抜いた。 「さて、断罪できるのかどうか。罪を裁くというのはそう簡単なことではない、あの方の正しさと私の正しさ、どちらも正しいのであればそこに罪は存在しない」  正義と不義。善と悪。  ある者の正義が必ずしも万民の正義だとはなりえない。  善は人それぞれであるがゆえに律が存在するが、その律を作った者が明らかな万民の正義とも限らない。  貧しさゆえの盗みは罪。  しかし、その貧しさという土台を作った者は罪にはならないのだろうか? 生きる為の罪は罪となりえるのだろうか?  自由。  それはとても曖昧でとても不確かな物。  束縛があるからこそ感じることの出来る物。  罪を裁くための律の中にあるからこそ自由が手に入るのかもしれない。  相対する二つの力が必ずしも対立しているわけではない。 「あちら側の者、確かにそうかもしれませんね。私が私であるのなら、それはある意味正解かもしれない」  自らの為に作ったカクテル、キャロルに沈めたパールオニオンを口に運んで、微笑んだマスターは壁に額をつけ、コンクリートの冷たさを感じる。 「そう、答えはずっと傍にあった。自由のないこの空間こそ、私の答え」  小さく呟いたマスターはゆっくりその瞳を閉じた。

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